第一章 変態属性男子とクールな同級生女子(3)

 そうして迎えた放課後、掃除当番を終えたみおかばんを手に教室を出た。

 既に下校ラッシュは終わっており、落ち着きを取り戻した校舎を歩いて特別教室棟に向かうと、集合場所である被服準備室の前に立つ。

 社交辞令で「浦島君、お待たせしました」と挨拶を口にしながらドアを開けて──

「ハァハァ……これは実に素晴らしいパンツだ……」

「……え?」

 そこで開催されていたきようえんに澪は言葉を失った。

 それはちょっと他に類を見ないというか、到底現実とは思えない恐怖映像で──

 部屋の中央に立った恵太が、女物のパンツを両手で掲げ持ち、その純白の下着シヨーツこうこつとした表情で検分していたのである。

(え、なに? 浦島君はなにをしているの? なんでナチュラルに女の子のパンツを持ってるの? ま、まさか盗難……?)

 脳裏に浮かぶ『下着泥棒』の文字。

 とんでもない変態行為を見せつけられ、彼に対する警戒心が最高潮にたつしたところで変態がこちらに気づいた。

「あ、みずさん、ちょうどいいところに」

「ひっ!?」

「そんなところに立ってないで、こっちにきて話を──」

「お断りします!」

 その瞬間、とっさにみおが取った行動は逃走だった。

 身の危険を感じると同時にきびすを返し、一目散にその場から逃げ出したのである。

「水野さん!? どうして逃げるの!?」

「いやああっ!? ついてこないでください!」

 顔だけ振り向くと背後から変態が追ってきていた。

 やつに捕まったら最後、無理やりパンツを脱がされ、しげしげと検分されてしまうかもしれない──そんな恐ろしすぎる想像が澪の足を更に加速させた。

 変態の追跡を振り切って一階に下りる。

 昇降口にたどり着くと、過去いちばんの速さで靴を履き替え、学校を飛び出した。

 後ろから延々と彼の声がしていたが、振り返ることなく逃走を続行。

 捕まればひんかれるかもしれない恐怖の鬼ごっこなのだから必死にもなる。

 それからどれくらい走っただろうか。

 しばらくは一定の距離を保ってついてきていたけいだったが、どうやら彼は運動が得意なタイプではないようで、しばらくすると姿が見えなくなった。

「ふぅ……どうやらいたみたいですね……」

 歩道の上で足を止め、背後を確認してあんする。

「それにしても、さっきのパンツはなんだったんでしょう……まさか本当に下着泥棒に手を染めてしまったんでしょうか……」

 そんな人ではないと信じたいが、他にあの状況に至る理由が思いつかないのも事実。

 女物のパンツを所持していた時点でほぼ有罪確定だし、そろそろしかるべき機関に相談するべきかもしれない。

「……あれ? そういえば、ここって……」

 改めて周囲を見回すと、澪が立っていたのは駅近くのビル街だった。

 逃げるのに夢中で気づかなかったが、無意識に自宅のある住宅地ではなく、バイト先に向かう道を走っていたらしい。

 それも、澪が足を止めたのはしくも例のランジェリーショップのすぐそばで。

 お店のショーウィンドウには一週間前と同じ、リュグの新作が展示されていた。

「やっぱり、リュグの下着は可愛かわいいですね」

「ありがとう」

「え?」

 横からの声に振り向くと、そこにいたのは額に汗を浮かべたうらしまけいだった。

「う、浦島君!?」

「やあ。みずさん、足はやいんだね。危うく見失うところだったよ」

いたと思ったのに……」

 彼の諦めの悪さをあなどっていた。

 追跡を撒いたうえでどこかに身を隠すべきだったのかもしれない。

「それより、どうして浦島君がお礼を言うんですか?」

「だってそれ、俺が作った下着だからね」

「……へ?」

 一瞬、彼の言葉の意味が理解できなかった。

 世間話をするような軽い口調で、何かとんでもないことを言い放った同級生に、みおがおそるおそる確認を取る。

「え、なに? 浦島君が作った? この下着を?」

「うん、そう」

「それって……浦島君がチクチク縫ったってことですか?」

「いや、そういうのは専門の工場に頼むんだけど……えっと、ちょっと待ってね」

 そう言って、恵太が所持していたかばんから小型のタブレット端末を取り出す。

 それは着替えをのぞかれたあの日、彼が被服準備室に置き忘れていたもので。

 慣れた様子でタブレットを操作すると画面を見せてくる。

「これって……」

 それを見た澪の声は驚きで震えていた。

 表示されていたのは手書きと思われるイラストで、驚くべきことに、ショーウィンドウに飾られている下着の詳細なデザイン画だったのだ。

「実は俺、リュグのランジェリーデザイナーなんだ」

「ら、ランジェリーデザイナー……?」

「これが俺の名刺です」

「うわ、本当だ……」

 受け取った名刺には『RYUGUリユグJEWELジユエル』のブランド名と『ランジェリーデザイナー』の役職名、それから『浦島恵太』の名前が鮮明に印字されていた。

 こんな決定的な証拠を見せられてはもう認めるしかない。

「じゃあ、本当に浦島君がこの下着を……?」

「うん。だから、みずさんが可愛かわいいって言ってくれてうれしかったんだ」

「…………」

 本当に嬉しそうに笑う同級生をぼうぜんと見る。

 いろいろ想定外の展開に頭が追いつかない。

(まさか、憧れの下着を作ってたのが同級生の男の子だったなんて……)

 しかも同じ学校のクラスメイトだなんて、そんなミラクルがあるだろうか。

「あれ? それじゃあ、さっき学校で見てたパンツは……」

「ああ、アレは俺がデザインした新作の試作品だね」

「てっきり下着泥棒になったのかと思いました」

「あはは、いいパンツができたかられてただけだよ」

「それはそれでどうかと思いますが……」

 学校で彼が持っていたパンツはその試作品だったようだ。

 下着泥棒の容疑は晴れたが、まだ幾つか疑問は残っている。

「もしかして、わたしに見せたいものってあのパンツだったんですか?」

「そのへんの事情も含めて説明したいんだけど……立ち話もなんだし、よかったら俺の仕事部屋にこない?」

「えっ、うらしま君の仕事部屋!?」

「お、興味ある? すぐ近くなんだけど、自宅が職場なんだ。新しい下着のデザイン画とかもあるよ」

「新しいデザイン……ま、まあ、ちょっと見るだけなら……」

 誘惑に負けて思わず了承してしまった。

 自分でもチョロいと思うが、好奇心には勝てなかったのである。



 けいの自宅は中層マンションの一室だった。

 エレベーターで彼が押したのは七階のボタンで。浦島家にお邪魔すると玄関から広い廊下が伸びており、いくつか並んだ扉のうち、手前のドアを開けて中へと案内された。

「わぁ……」

 仕事部屋を兼ねているからだろうか、十畳ほどの広い部屋にはベッドやデスク、本棚やプリンターなどが置かれ、大きめのテレビにソファーも完備されている。

 男の子の部屋というよりはまるでホテルの一室のようだ。

 ただ一点、その中で異彩を放っているというか、一般家庭の個室には似つかわしくない物体がデスク脇に鎮座して──

「マネキンがある……」

「手足がないタイプだから、正確にはトルソーだね」

「手足どころか頭部もないですけど」

 よくお店で見かけるし、被服準備室にもあったが、個人のお宅で見たのは初めてだ。

 金属製の台座があって、これまた金属のパイプが台座と肌色の胴体部分をつないでいる立派な作りで、そんな妙にリアルなトルソーには黄色のブラとパンツが装着されていた。

「この下着も新作ですか?」

「それはまだ試作段階だけどね。商品になるのはもう少し先かな」

「そうなんですね」

 トルソーのおかげで異性の部屋に対する緊張はどこかへいってしまった。

 雰囲気が私室というより『仕事場』なので、これで緊張しろというほうが難しい。

「これが、リュグのデザイナーの仕事部屋……」

 ここから新しい下着が生まれていると思うとワクワクする。

 なかでも特に興味を引かれたのは、机に散らばっていた無数のデザイン画。

 素人のみおにも、その数が尋常じゃないことがわかる。

 色とりどりの下着の絵と書き込みからは、さっと目を通すだけで気の遠くなるほどの試行錯誤のあとが読み取れた。

「これ、ぜんぶうらしま君が描いたんですか?」

「そうだね。最近はずっとそのデザインに取りかかってたんだけど。──ようやく昨日、試作品が届いたんだ」

 彼がかばんから取り出したのはオシャレな紙袋。

 それ自体が高価そうな、さりげなく『RYUGUリユグJEWELジユエル』のロゴが入ったその袋の中に彼のデザインした試作品が入っているらしい。

みずさんに、いちばんに見てほしくてさ」

「どうしてわたしに?」

「水野さんをイメージして作った新作だからね。準備室で着替えをのぞいた時、強烈なインスピレーションを受けたんだよ」

「なぜそこからインスピレーションを……」

「それより水野さん、よかったら着けてみてくれないかな」

「え?」

「試作品だから、着け心地とか感想を教えてくれるとうれしいんだ。もちろん、時間があればでいいんだけど」

「時間は大丈夫ですけど……でも……」

「水野さん……?」

 了承の返事ができず、目を伏せてしまう。

 リュグの下着を試着するまたとない機会だが、素直にうなずけない事情がみおにはあった。

うらしま君には黙ってたんですけど……わたし、高校に進学した頃に、バイト代で一度だけ可愛かわいい下着を買ったことがあるんです」

 購入したのは、通販サイトで見つけたランジェリーだった。

 通販を利用したのはお察しの通り、くたびれた下着で入るのが恥ずかしくて、お店に足を運べなかったからだ。

「わくわくしながら到着を待って……だけど、いざ届いてみたらブラのサイズが合ってなくて……自分なりに調べて選んだんですけどね」

 自嘲気味に澪が笑う。

 リュグの下着ほどではないにしろ、もちろん自分にとっては大きな出費だったし、その下着が合わなかった時のショックは計り知れないものだった。

りんがBカップで、いずみがDカップだから、ふたりの間のわたしはCカップのはずなのに……)

 ずっとスポーツタイプのブラを使っていて、カップの付いたブラは初めてで。

 いったい何が間違っていたのかも、下着初心者の澪にはわからなかった。

(誰かに相談できたら違ったのかもしれませんが……)

 それと同時期、当時のクラスの子たちがしていた話を偶然聞いてしまったことがある。

 自分で下着を買ったことがないという女の子に対して、別の子が「自分のブラのサイズがわからないとか、そんな子どもじゃあるまいし」と笑いながら言ったのだ。

 別に、自分が言われたわけじゃない。

 その子も悪気があったわけじゃないだろう。

 言われた子も「だよねー」と笑って応えていたし。

 だけど、その言葉は澪の心を深くえぐった。

 高校生にもなって下着に関して無知な自分が、とても恥ずかしく思えたから。

 普通であれば真っ先に頼るはずの母親はずいぶん前に家を出ていたし、そんなことがあったから友人にも相談できず、サイズの合わないブラを袋に戻すしかなくて──

「結局、その下着は使われることなく押入れにい込んで……。それがなんとなくトラウマになって新しい下着に手が出せなくなったんです。もしもあの時みたいにサイズが合わなかったらと思うと、どうしても……」

 それが、澪が下着を新調できない本当の理由。

 当時のことが脳裏をかすめて、新しい下着をつけるのがこわかったのだ。

「なるほどね。そんなことがあったんだ……」

「はい……」

「でも、今回は大丈夫だよ。ちゃんとみずさんにぴったりだから♪」

「……え?」

「さあ、いこうか。脱衣所は向こうにあるんだ」

「へっ? あっ? ちょっとうらしま君……っ!?」

 笑顔のけいに背中を押されて部屋を出て、向かったのは廊下にある引き戸の前。

「さすがに下着姿を見せろとは言わないから安心してよ。あとで着けてみた感想を聞かせてくれるだけでいいから。──それじゃあ、ごゆっくり~」

 一方的にしやべった恵太に紙袋を渡され、そのまま脱衣所に入れられてしまった。

「浦島君って、けっこう強引ですよね……」

 女子のスタイルについて熱く語ったり、自作のパンツを穿かせようとしたり。

 なんというか、いろいろとめちゃくちゃな人物だと思う。

「でも……」

 受け取った紙袋をじっと見る。

 この中には、まだ発表されていないリュグの新作が入っていて、今か今かとおの時を待っているのだ。

 そう思うと心が震える。

 いまだにトラウマの影はちらついているが、この下着はつけてみたい──

 リュグの下着に憧れるみおにとって、その誘惑はあらがいがたいものだった。

「せっかくだし、ちょっと試してみるだけなら……」

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