第一章●再び、不当な炎上(4)
「ん~~……さて、どうするかねぇ……?」
午後八時、『CRE8』社員寮の四階にある自室のPCの前で、零は誰に聞かせるでもない独り言を呟いていた。
SNSや、動画サイトに投稿されている配信のコメント欄には今もなお数々のアンチコメントが寄せられているが、もはやそんなものはどうだっていい。
謝ろうが、開き直ろうが、彼らは自分に対して火を投げ込むことを止めはしないのだ。
ならば、何もせずに放置するのが最適だと、零は既に炎上に対する学習を終えた対応を取っていた。
まあ、自分の場合は状況が特別だから、普通ならしっかり謝ったりした方がいいのだろうが……と思いつつ、それはそれだと考え直す零。
子供の頃から勝手に鍛え上げられてきたスルースキルがこんな風に役に立つとは思いもしなかったと苦笑した彼は、改めて本日の夜をどう過ごすかを考え始める。
「多分荒れると思ったから、今日は配信の告知をしとかないで助かったな。ま~た大炎上かますところだった」
昨日、羊坂芽衣とのコラボを発表するにあたって、ファンたちからの反発を受けることは間違いないと判断した零は、本日は配信を行うのは止めておこうと決めていた。
予想以上の炎上と反発が起きている今、その判断は正しかったなと自分の危機
きっと、多分、ほぼ間違いなく……コメント欄は過去最大級の罵詈雑言で埋め尽くされることとなっていただろう。
弾いても弾いても足りないくらいのアンチがやって来る地獄の配信を思い描いた零は、その光景に身震いしてから、頭の中から悪い想像を振り払った。
「しばらくは大人しくしとけって薫子さんからも言われてるし、配信の準備もしなくていいしな~……やることねえわ」
この炎上がひと段落するまで、蛇道枢は息を
会議を終えた後、ひっそりとLINEで配信を
このままでは二期生コラボの出席すら危ういなと思いつつ、やはり断った方が無難かと今回の件で得た教訓を胸に欠席の判断もやむなしと考えた彼は、降って湧いた暇な時間をどう過ごそうかと椅子の背もたれに寄り掛かりながら考える。
現在時刻は午後八時過ぎ、眠るにはまだ早い時間。
食事も風呂も済ませてしまってやることはないが、まだまだ
ならば適当なVtuberの配信でも見て、勉強でもしておくか……と考えた彼が配信プラットフォームである動画サイトを開いてみれば、丁度良いタイミングで羊坂芽衣の配信が始まった通知が流れてきた。
「おっ、ナイスタイミングじゃ~ん。これも何かの縁だし、覗いていくか」
コメントもせず、SNS上で反応を見せたりもしなければ、零こと蛇道枢がこの配信を見ているとは誰も気付かないだろう。
フォローを外してしまったことや、炎上に巻き込んでしまったことへの罪悪感がある零は、彼女の再生数を一回でも増やすことでその気まずさを振り払おうと、流れてきた通知をクリックして配信ページへと飛ぶ。
数瞬後に切り替わった画面にはかわいらしい羊が柵を飛ぶアニメーションが流れていて、芽衣が来るまでの待機中であることがわかった。
運がいい。これなら有栖がどんな風に配信の入りをこなしているかが見られる、と飲み物の用意をしてからPCの前に座す零。
配信視聴のお供に烏龍茶とみたらし団子という一風変わった組み合わせの夜食を選択した彼は、羊坂芽衣が登場するまでの数分間をもちゃもちゃと団子を食べながら待機し続けた。
『……え~、みなさん、こんばんめ~、です。【CRE8】所属Vtuber二期生、羊坂芽衣です。今日も私のお喋りに付き合ってくださ~い』
ややあって、アニメーション画面が切り替わると共に表示された羊坂芽衣の立ち絵が、やや緊張した面持ちを浮かべながらリスナーへの挨拶を行う。
まだ独自の挨拶を行うことに慣れておらず恥ずかしがる様子や、硬さの残る配信の始まりを見た零は、このぎこちなさが良いというファンの気持ちが理解できるようになっていた。
自信があまりなさそうな芽衣の雰囲気と表情は、非常にこちらの保護欲をそそる。
演技とは思えない、芽衣の魂である有栖の緊張や怯えが画面を通じて伝わってくるようなその立ち振る舞いに、零は自然と感心してしまっていた。
「……中身と合わせたキャラ設定って大事なんだな。入江さんをVtuberにするなら、確かにこのキャラクターが一番だ」
引っ込み思案で、臆病で、そんな自分を変えたいと思っている有栖をそのまま二次元に転化したような羊坂芽衣のキャラクター性に
自分とかけ離れたキャラクターを演じさせるよりも、素の自分に近い性格を
『え~っとですね、今日は、そう! 今後の配信でゲームの実況をやろうかな、って思ってるんですけど、どんなゲームがいいかな? っていうのを皆さんに相談しようと思って――』
丁寧に、慎重に、配信と話題を進めていく芽衣こと有栖。
まだ少しリスナーたちとの距離を測りかねている様子もまた愛らしいものだと、妹を見るような感覚で配信画面を眺めながら、零は彼女の話に耳を傾ける。
『定番はFPS……確かに、他のVtuberさんもやってますよね! でも私、他人と争うゲーム苦手なんですよ……』
【なら、一人でできるアクションゲームとかは? メッガマンみたいなシリーズものなら、一を気に入ったら続編とかもプレイできるよ!】
【確かに芽衣ちゃんが誰かと戦うゲームをやるっていうのは似合わないかも……どうぶつの里みたいなスローライフ系は?】
【Vも三次元ライバーもやってるワレワレクラフトは? 慣れると色んな建築物が作れて楽しいよ!!】
【ワレクラは二期生コラボで初プレイがいいでしょ。CRE8鯖もあることだし、一人で回るより誰かと一緒の方が楽しめるじゃん】
『わ~、わ~!? コメントが早過ぎて、追いつかない~……!! 皆さん、ちょっと待ってください~!! 提案が多過ぎて逆に困る~!』
投げかけられた質問に対しての返答がぽんぽんと寄せられるコメントの流れる速度は尋常ではないことになっており、確かにそれを目で追うのは大変だ。
驚き、慌て、一生懸命に全員のコメントに目を通そうとする羊坂芽衣の頑張る姿にどこかほっこりとした気分を抱きつつ、零は新たな串を手に取ると、それに突き刺さっている団子を口へと運び、頬張った。
(なるほどな。あんまり何かを演じることを意識せず、あくまで素を見せてる感じか。緊張でいっぱいいっぱいになってるってのが大きいんだけど、気取らず、演じずでありのままを見せてるから、リスナーたちも落ち着けるんだな)
歌唱能力やゲームの腕を見せつけ、それをリスナーに楽しんでもらうのか。
あるいは、今観ている羊坂芽衣の配信のようにゆったりとくつろげるような雰囲気を作り出し、足を止めてもらうのか。
まずは各配信者が自分の配信の雰囲気というか、特色のようなものを設定する。
その雰囲気を気に入ってくれた人間がリスナーとなり、チャンネル登録者となってくれるのだなと、まだまだ配信初心者である零は、同僚の仕事ぶりからそういった学びを得ると共に、深く頷きを見せた。
やっぱり他人の配信は勉強になるな、と甘じょっぱいみたらし団子を味わいながら何度も頷く零。
自分も今回の学びを活かした配信ができるように頑張ろうと思いつつ、蛇道枢の配信特色としては、今の所炎上によるアンチコメを見られるという部分しかないなとげんなりとした気分を抱えた彼が、そんな前向きなのか後ろ向きなのかわからない考えを頭の中で繰り広げているうちにも、配信の話題は進んでいたようだ。
『やっぱり人気なのはホラーゲームなんですね。だけど私、本当に怖いの無理で……』
ゲームチョイスの話題の中で、盛り上がる定番はホラーゲームだという意見が大多数を占めるようになったコメントを目にした芽衣が言う。
見た目や雰囲気の通り、怖いゲームは苦手らしい彼女は、寄せられる意見に対して難色を示していた。
まあ、羊坂リスナーの気持ちは重々にわかる。あえて彼女に苦手なホラーゲームをやらせて、怯える様を楽しもうということだろう。
保護欲をそそる彼女を恐怖させたいという気持ちは
文字通り、子羊のように怯える芽衣の姿を目にして、励ましてやりたいのだろうという相反したリスナーたちの
【なら、私と一緒にプレイしませんか!? 見守り配信でも大丈夫ですよ!!】