第一章●再び、不当な炎上(3)

 【CRE8】のSNSアカウントに蛇道枢と羊坂芽衣のコラボ配信の中止の報せが掲示されたのは、朝の会議から数時間後のことだった。

 デビュー後の初コラボは二期生全体での配信にした方が良いと考えた事務所からの指示という形での中止が報告されたネット上では、忌み嫌う男とアイドルのコラボが立ち消えたことに対する喜びの声が沸き上がっている。

 トレンドに『コラボ中止』のワードがランクインするほどの盛り上がりを見せたSNSでは、羊坂芽衣のファンたちが自分たちの勝利に酔い痴れたようなコメントを大量に投稿していた。

『裏でどんな動きがあったのかはわからないけど、俺たちの声がCRE8に届いたのは確か。この勢いで蛇道枢の引退も認めさせよう!』

『尻拭いのために駆り出されたかと思ったらそれも中途半端なところで終わりにさせられるだなんて、芽衣ちゃんがかわいそう……』

『ってか、二期生コラボに蛇道枢も出るの? あいつマジじやだから、それまでに引退してほしいんだけど』

 【CRE8】所属のVtuberをアイコンと名前に取り入れた箱推しファンたちの蛇島への罵声が、ハッシュタグと共にネット上に出回っている。

 その発言をしている者の中に、自分こと羊坂芽衣のファンを公言しているアカウントがあることを見て取った有栖は、昨日とは真逆に不快感を通り越した無の感情を抱く。

 彼らは事務所と同僚に対する罵声を発した口で自分のことを応援しているとのたまっているのだと……ざんこくなまでの中傷と、普段の配信で見る温かい声援が、同一人物から発せられているという事実を再認識した瞬間、込み上げてきた吐き気に有栖は意識をもうろうとさせてしまった。

「うぐ……っ」

 頭の中によみがえる嫌な記憶。

 自分を取り囲む人々のちようしようと、狂ったような叫び。

 胸を抑え、呼吸を整え、何とか自分を保った有栖は、スマートフォンをベッドへと放り投げるとPCへと向かった。

 数日後のコラボはなくなってしまったが、それ以外の配信は当然のことながら普通に行わなければならない。

 夜に行う雑談配信の枠を取り、流れを確認し、どういった話をしようかと考え始めたところで……どうせ、視聴者たちからは中止になったコラボについて尋ねられるのだろうな、と有栖は思う。

 無くなって良かったねだとか、大変な役目を押し付けられた芽衣ちゃんがかわいそうだとか、あるいは同情するかのように残念だったね、などというコメントが寄せられる配信を想像したところで再び吐き気をもよおしかけた有栖であったが、深呼吸をして何とかそれをこらえた。

 そして、つい先ほど放り投げたばかりのスマートフォンが乗るベッドへと視線を向けると、今度はどんよりとした深いため息を口から吐き出す。

「……折角、仲良くなれると思ったのにな」

 会議を終えた後、自身のSNSアカウントを確認した有栖は、昨日自分をフォローしてくれていたはずの蛇道枢の名がフォロワーの一覧から消えていることに気付いてしまった。

 そのことに少なからずショックを受けた後……これは仕方がないことなのだと、有栖は自分自身を納得させた。

 【CRE8】のファンたちは、枢と芽衣が関わりを持つこと自体を嫌っている。

 二人きりでの配信を行うことは勿論、SNS上ですらも何からの関わりがあれば、そのことについて鬼の首を取ったように責め立ててくるだろう。

 これ以上の炎上を避けるために、また、周囲に被害を齎さないためにも、羊坂芽衣との相互フォローは切るに限る。

 そのことについてまた叩く者は現れるだろうが、目に見える形で繋がりを持ち続けているということは、常に爆発の危険がある不発弾を抱えていることと同意義だ。

 零も好きで自分から離れたわけではない。これは仕方がないことで、彼は当然の対策を取っただけなのだと、有栖も頭では理解している。

 だが、それでも……一度押したフォローのボタンをもう一度押してそれを解除する時、有栖の胸にはほうもないさびしさとむなしさが過ぎっていた。

 折角、自分から動いて繋ぐことができた関わりだったのに……。

 折角、自分を変える一歩を共に歩み出してくれるかもしれない人を見つけ出せたのに……。

 それが全て、無に帰してしまった。

 零も薫子も、自分のために動いてくれていたのに……それが全部ぶち壊されてしまった。

 そして、有栖の心中など知りもせずにそれを打ち砕いたちようほんにんたちは、きっと今日も自分の配信にやって来て口々に言うのだ。

 良かったね、かわいそうだね、残念だったね……と。

 自分たちの手で、有栖を傷つけておいて。

「はぁ……」

 悪意が無いというのが、自分が正義だと思い込んでいる人間が、何よりも厄介だ。

 ファンたちは【CRE8】を良くするために、羊坂芽衣を守るために動いていると思っている。自分たちの行動は間違っていないと信じ切っている。

 しかし、その行動の余波を受ける側からすれば、それはこの上ないありがた迷惑だ。

 さりとて人気商売であるVtuberとして活動している以上、あまりはっきりとその行動をとがめるわけにもいかない。

 そもそも、臆病な自分にはその意思を口にすることもできやしないじゃないかと、自分自身の情けなさに大きなため息を吐いた有栖が、配信準備の作業を行おうとした時だった。

「あれ……?」

 PC画面で開いていたSNSのベルマークに、明かりが灯っている。

 つい気になってしまったそれをクリックしてみれば、新たなダイレクトメッセージが届いたという通知が目に入った。

 またファンからのメッセージだろうか……と、辟易しながら、ネットの巡回を止めようとした有栖であったが、その送り主の名を見て眉をひそめる。

 ほんの少しだけ嫌な予感を覚えながらも、それを無視するわけにはいかなくなった彼女は、その内容を確認すべく送られてきたばかりのメッセージを開いた。

『お疲れ様です! いきなりで悪いんですけど、蛇道枢の代わりに、私とコラボしませんか!?』

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