プロローグ
「君は、人間だよ」
ユグロ・レンの目をまっすぐに見つめて、少女は言った。
彼女の造作は、まるで精巧な人形のようだ。髪は銀色で、目は紅く、肌は白い。だが、少女の纏う衣装に関しては、人形のように大人しいとはとても言い難かった。
ドレープをふんだんに使った白のドレスは、胸元まで肌が剥き出しになっている。また、滑らかな腹や長い脚の付け根が際どく覗いてもいた。美しいが、どこか凄惨に破かれたような印象を抱かせる──そんなドレスを身に纏い、彼女は立っている。
その様はただ美しい。
たとえ、己と他者の血に塗れていても。
汚れた姿で、彼女は凛と続けた。
「君は自分の弱さを知っている。それでいて、人のために怪物にすら立ち向かう意志を持つ。人でなしの私のために、君はなんの利もなく動いてくれた。君は強くて、脆くて、危うく、美しい。君は美しいよ、少年。君の持つその輝きは、人間の証明に他ならない」
少女は手を前へと差し伸べた。白い指がレンの頬についた血を拭う。彼の顔に、少女は己の顔を寄せた。細められた紅い目が、レンのことを映す。そして、少女は優しく囁いた。
「私にはいつか、君と出会わないほうがよかったと思う日が来るのかもしれないね」
何故、とレンは尋ねたかった。何故、そう思うのかと。だが、レンの口にそっと触れて、少女は彼の言葉を封じた。まるで口づけをするかのようにレンの唇を撫でて、彼女は囁く。
「そんな日が来ないことを私は願っているよ」
そう、少女はまるで祈る代わりのように微笑んだ。