第2幕 Ladyプレイヤー1(2)
♡♣♢♠
「せっかくだから、
転校生がやってきた日の昼休み。
兄さんがそんなことを口にしました。
「えっ、オレらが?」
「ああ。みんなの芝居を見たいんだ。俺って転校生だし、芝居に関しては素人だしさ」
聞き返してきた二見さんに、兄さんが返答。
(100点満点の誘導です!)
今の発言で教室の注目が兄さんに集まった……いえ、集められました。
① 他人の行動を先読みすること。
② 他人がついた嘘を見抜くこと。
③ 他人を演技や虚言で欺くこと。
この三つにおいて、兄さんの右に出る者はいません。
昨日のプレゼンでも助けてくれました。あえて母さんが言った真実を一言だけ混ぜて、ハッタリの信憑性を上げるなんて……最高に頼りになりますね。
「よっしゃ、やってやろうじゃん! 最初にエチュードっつったのはオレだしな!」
「何かお題を出そうか?」
「おお! その方がやりやすいぜ!」
「なら……あっ、そうだ。俺は今朝みんなに自己紹介をしたろ? 今度は二見が俺を紹介してくれないか?」
「? オレが?」
「だって俺たち、ずっと前から知り合いだろ?」
「むっ……」
お題の振りが上手いじゃねえか、と考えこむ二見さん。
周囲の生徒たちも一気に表情を変えました。いかにも役者らしい反応。自分なら兄さんの振りにどう応じるか思考しているんでしょう。
「よし、できたぜ。役になるきる準備がよ」
コホンと小さく咳ばらいをしてから、
【英輔はオレの親友だ!】
二見さんはよく通る声で叫びました。
【実はオレたち、中学の野球部でバッテリーを組んでたんだぜ? オレがキャッチャーで、英輔がエースピッチャー。ほら、名前もエースケだし……おい! 笑えよおまえら! 今のは笑うとこだぞ!?】
あわてながら怒る演技に何人かの生徒からクスクスと笑みがこぼれます。
ふむ、つかみはまあまあ。
【オレと英輔はいいコンビでさ。けど、地区大会の決勝でオレがエラーして負けて……それが原因でケンカしちまったんだ。その後、二人とも野球からは足を洗うって決めた】
その言葉にドッと沸く教室。
「足を洗うってなんだ!」「野球は犯罪じゃない!」と笑い混じりのツッコミが。
【ま、まあ落ちつけって! ケンカの後は疎遠になっちまってさ。でも、月日は流れて……オレたちは学園で再会した!
コイツは素人の転校生だけど、仲良くしてやってくれよな?
ここの生徒は全員が最初から演劇をやってたわけじゃねえ……そう! オレらみたいに野球から演劇への転向組もいるんだからさ!】
二見さんは兄さんとぐっと肩を組んでスマイル。
これにて終演といったところでしょう。
教室からも拍手と「二見にしてはよくやった!」とエールが飛びます。
(ただ……すみません、私的にはダメダメでした)
ウケていましたし、転校と転向をかけてオチをつけたのは及第点。
しかし「足を洗う」のくだりは素で間違えたでしょう?
おまけに兄さんと仲直りした理由も語られていないのですが?
「おっと」
いけないいけない、つい脚本家としての辛口意見が。
今は状況に集中しましょう。
役者の性でしょうね。教室中から「次はウチ!」「僕は兄役になりきるよ」「ナオなんかよりうまくできる!」と次々と名乗りが上がり……短いエチュードが何本か続きました。
「みんな、すごいな!」
感激した様子で歓声を上げる兄さん。
「へへっ! エチュードは授業でもよくやるから楽勝だぜ」
「なるほど。俺にもできるようになるかな……」
「ははっ、おまえは柊木遊月の息子にしちゃオーラないけど心配すんなって……ん? なんで時計を見て……ああ。もうすぐ午後の授業か」
兄さんの視線に誘導され、二見さんが教室の時計を見ます。
あと5分ほどで授業開始の予鈴。
「あと一人くらいできるか? なんだったらオレがもう一回……」と二見さんが口走った──瞬間でした。
「アタシも演る!」
真夏のヒマワリみたいにキラキラした声。
鏡心菜。
かつて天才子役と呼ばれた少女が、笑顔で手を挙げていました。
♡♣♢♠
「ふえ!? こ、心菜さんがエチュードを……?」
「ちょ、どしたの心菜! お弁当に毒でも入ってた!?」
クラスメイトたちが驚愕します。
兄さんだけが「どういうことだ?」と困惑していると……。
「不思議そうな顔をしているわね、柊木くん」
疑問に答えたのは、ずっと黙っていた雪村さん。
クラス全員の視線が強制的に引っ張られ、《雪の女王》に集中します。
「鏡さんがエチュードをやるのは驚きなのよ」
「えっ、ホントなのか、来愛?」
「えっ……」
なぜここで私に話を振るんです?
そう言いたいのを堪えて「え、ええ」とうなずく。
「言いにくいんですが、鏡さんは……」
「わっ、来愛。そんな気マズそうな顔しないで大丈夫。アタシが話すよ。アタシって、あんまり芝居とかやる気なくてさ」
「いいえ! あんまりどころじゃありません!」
「筆記テストは全教科赤点ギリギリで、実技の授業も毎回サボって……」
「『なんで華学に来たの?』って言いたいよ!」
「演技も全然しないやん! 中学時代にスランプになったってウワサもあるし……」
「バカ鏡! エチュードをナメんな! ブランクあんだから失敗するだけだ!」
鏡さんの友人たちが大騒ぎするのも無理はありません。
鏡さんは誰に対しても人懐っこい猫のように優しく、明るく、温かい。
けど、芝居に関しての向き合い方は真逆。
だからこそ劣等生なんです。
「どれだけサボっても退学にならないわよね。まあ、それも当然かしら」
「? とーぜんって?」
「あなたは芸能一家の出身。そしてお姉さんはSランクだもの」
「わっ、つーちゃんキツいな~。お姉ちゃんのおかげで退学にならないって思ってる?」
「……どうなんだ、来愛?」
だからなぜ私に振るんですか兄さん!?
今日ここで私がしゃべる予定はなかったのに……!
「……そんなウワサがあるのも事実です」
兄さんのことだから主役を光らせるための策略に決まってる。けど……ダメですね。推しの生芝居を観られた高揚感で推理が進まない……!
(……いえ、動揺してる場合じゃありません)
鏡さんが芝居をすることこそ、私の書いたシナリオ。
そのために兄さんにも色々演ってもらいました。
私にしゃべりかけた以外は完璧以上の芝居! ああ! さすが私の推し! ここではしゃぐわけにはいかないので心の中で推し活しよう! もちろん両手に団扇で!
「じゃ、始めるね?」
鏡さんの言葉に教室に緊張が走り、私も唾を飲みこみます。
(実力が未知数なので、さすがに不安ですね……)
彼女の役目は脚本家から与えられた役どころをみなさんに示すこと。
リアリティショーを始める前の土台作り。
そして、彼女の配役は──。
【実はアタシ、英輔と付き合ってたんだ】
鏡さんの完璧なスマイルとともに、舞台の幕が開きました。
【出会ったきっかけは
──いい声をしている。
自然で、聞きやすく、優しい声色。
間違いなく、今日エチュードをやった、誰よりも。
【パパとママに連れてこられたんだけど、そのときアタシはもうギャルになってたから、たくさんの業界人と話すのがダルくて。
だからパーティーを抜け出して、建物の外にある花壇のふちに座って真冬の夜空を眺めてたの。そのころは……色々悩みもあったしさ。でも、そこで──】
英輔と出会ったんだ、と。
鏡さんは懐かしむように口ずさんだ。
【英輔は柊木遊月に連れてこられたってワケ。
けど、役者じゃないからパーティーに居づらくて逃げてきたんだって。
それで偶然居合わせたアタシを見つけて、『具合でも悪いのか?』ってアタシの肩に自分が着てたコートをかけてくれた……。
今考えると、すごいよね!
あとで知ったんだけど、英輔は子役時代のアタシのファンだったの。
なのにギャルになったアタシに驚きもせず、アタシのことを気づかってくれたんだ!】
鏡さんは幸せそうにはにかみました。
(──可愛い)
無論脚本家として手は打ってありますが、昨日のドッキリで兄さんと鏡さんが交わした会話と矛盾点が発生しています。
けど、みなさんその事実に気づかずに鏡さんの演技に集中している。
彼女はまるで王子様に恋したお姫様。
わざわざ説明されなくても、この笑顔を見れば伝わってきます。
真冬の夜空の下で、鏡さんは兄さんのことが好きになったのだ。
「………!」
そこまで考えて、ゾッとした。
これは、演技だ。
なぜなら今のエピソードを執筆したのは私なのだから。
実を言うと、鏡さんがやっているのはエチュードじゃない。
昨日私が渡した脚本をなぞった演劇。
にもかかわらず、私はその事実を忘れるほどに鏡さんに魅入っていた。
「──ああ」
不安もあったけど、鏡さんをキャスティングしてよかったです。
兄さんから雪村さんと共演したいと頼まれ、相手役の女優について考えたときに最初に浮かんだのが鏡さんでした。
(彼女と雪村さんには、初共演したときの因縁もありますからね)
それに鏡さんをキャスティングしたのは、あの兄さんがほめていたから。
『見ろよ来愛。この子、たぶん全部計算して芝居してるぞ』