第2幕 Ladyプレイヤー1(1)
「ねぇねぇ! 柊木くんってホントにあの柊木遊月の息子なの!?」
翌日、月曜日。
俺にとっては授業初日ということで、教室で担任教師主導のもと自己紹介を済ませた後。
昼休みになるとクラスメイトから質問が飛んできた。
「ああ。あいにく芝居に関しては素人だけど」
緊張を隠しつつ返答。
せめて友だちゼロの不登校児だとはバレないようにしたい。
「えっ!? ほんまに? 子役経験もないん?」
「母さんから演技を習ったりしたけど、舞台に立ったことはないよ」
「たしかに柊木遊月に息子がいるなんて話、聞いたことありませんね」
「でもさ! 来愛の双子の兄貴だよ!?」
「ハリウッド女優の血を引いたサラブレッドかぁ。とんでもない天才かも……」
「う~ん、どうやろ? 顔はまあまあやけど……」
「芸能学校じゃ平均レベル。これっぽっちもオーラ感じねーぞコイツ」
「だってさ英輔! どうよ? いっちょエチュードでもやってみねえ? 『柊木遊月の息子が即興劇してみた!』って動画撮るからさ!」
「ナオ! 今朝アップした動画の再生数すごいからって調子乗りすぎ!」
「……騒がしくてごめんね、転校生くん」
「わはは。ウチら役者やから声がでかくて、クセが強くて、好奇心旺盛やねん」
「あはは、そうみたいだな……」
さすが芸能学校、容姿レベル高い陽キャの巣窟。
転校生に臆せずガンガン突撃してくる。
役者にとってはコミュ力も必要不可欠な能力の一つだしな。
ただ……。
「………」
心菜、雪村、来愛の三人は会話には加わらず、自分の席からこちらを眺めていた。
まるでタイミングを計るみたいに。
まあ、昨日あんなことがあったんだから当然だが……。
♡♣♢♠
「なぜ、ここに彼がいるのかしら?」
時間はさかのぼって、昨日。
非常にベタなラブコメイベントが起きた後で急遽会議が行われることになった。
家のリビングにいるのは俺。
軽く乾かした制服を着た心菜と雪村。
そして一度は帰ったはずの来愛。たぶん妹的には、『兄が家に着いたらクラスメイト二人とバッタリ』という軽いイタズラだったんだろう。
ドッキリ後にサプライズを用意してるのは、脚本家らしい仕掛けだが……。
「落ちついてください。兄さんを呼んだのは私ですが、別に問題はないでしょう?」
「まあ……それはそうだけど」
さすがに裸を見られたとは言えなかったのか、雪村はうなずいた。
「でもさ、アタシとつーちゃんをここに呼び出したのって来愛だよね?」
「用件は何なのかしら」
「実は、みなさんに仕事を依頼したくて。──私が企画したリアリティショーにぜひ出演して欲しいんです」
来愛は鞄から出したA4サイズの紙束を手渡してきた。
企画書らしく、一番上の紙には、
『キミの恋人オーディション』
そんな番組タイトルが記されていた。
(やけに用意周到ってことは、ここで始める気か)
来愛の仕事は──役者たちを口説き落とすこと。
脚本家ではなく番組企画者としてのミッション。
言わば、心菜と雪村をどう説得するかの心理戦だ。
「略称は『キミ恋』ですね。私が企画したのは、シェアハウスもの。あなたたちにはこの家で暮らしてもらいたいんです」
「!? 来愛! 本気で言ってるのか!」
妹の宣告に驚いた……芝居をしておく。心菜と雪村にこっちの思惑がバレないように。
なるほど、シェアハウスものか。
こう見えて実はラブコメ好きな来愛が考えそうなプランである。
「私も同意見よ。つまり、この三人でやるのは……」
「恋愛バラエティ。言わば、兄さんの恋人の座をかけた恋愛戦ですね」
「マジで!? でも、そう言うのってもっと参加人数多くない?」
「メインキャストは厳選はします。肩書が立派なだけの素人を大勢集めたよくある茶番劇にはしたくありません」
「………! 言うじゃん来愛!」
「私は本気ですよ。番組を配信するネットプラットフォームとも話はつけてあります」
「なかなかの気概ね。けど、先生たちの許可は取ったの?」
「もちろん。快く納得してくれました」
おお、やるな妹。
賭けてもいい。絶対に快く納得なんてしていない。
雪村つるぎは絶賛売り出し中のスター女優。
CMにもバンバン出ているし、主演した映画の公開予定もある。
雪村レベルの女優が関わる案件なら、億レベルの金が動いてるはず。
つまりはスポンサーがわんさか。
この業界において大事なのはそう言った連中への根回し。
その重労働をこなすのは事務所の人間──学園の教師たちである。
「恋愛バラエティに出たらファンも大騒ぎするぞ」
「ゆえにやる価値があります。リスクが高い分、宣伝効果も絶大ですから」
「……なるほど。だからSランクの権力を使って許可を取ったのね」
「はい。兄さんは十分奪い合うトロフィーになりえますし」
「たしかに、彼はあの柊木遊月の息子だけど……」
「う~ん、恋人になったら色々手に入りそう……話題性とかお金とか……それに英輔ってカッコいいもん!」
「美形揃いのこの学園で目立つほどじゃないわ。電流も感じないし」
「? 電流?」
「鏡さんには関係ないことよ。ともかく、私はこんな番組絶対出ないわ」
「あー、つーちゃんは人気者でお金持ちだし、恋愛バラエティに出るメリットは──」
「ありますよ。番組を通して、みなさんは役者として成長できる」
来愛は真摯に言葉をつむぐ。
「私の目標は、将来オスカーを取る役者を育てることです」
「「!?」」
心菜と雪村が驚愕した。
「オスカーって、あのオスカー像!? アカデミー賞で贈呈される!?」
「ええ。私はみなさんをアカデミー俳優にしたいんです」
「さすがにそれは……」
「いいえ、兄さん。夢物語ではありません。アカデミー賞は取っていませんが、私たちの身近にもハリウッド女優がいるでしょう?」
「あっ! そっか! 柊木遊月って華学のOGで……!」
「待ちなさい。話が急すぎるわ。あなたはなぜ私たちにオスカーを取らせたいの?」
「それは……私が柊木遊月の娘だからですね」
妹は役者ではなく脚本家。
演技じゃなく本音を交えて、相手に感情移入させる。
「娘として、母を超える役者を育てるのが私の夢です」
「わざわざ育てなくても、あなたがなればいいじゃない」
「残念なことに私には芝居の才能がありませんでしたので」
「もしかして……だから来愛は脚本家になったの?」
「そんなところです。私は、あなたたちをトップスターにしたい」
来愛は心菜、雪村、そして推しと呼ぶ俺を見つめる。
「想像してください、鏡さん。あなたと雪村さんが兄さんを奪い合う。つまりは『元天才子役と現在進行形スター女優の戦い』です」
「………!」
「面白そうでしょう? 視聴者もそう思うはず。この企画は莫大な金と話題を生みます」
「あいにく、私が欲しいのはお金じゃないの」
「雪村さんの願いは役者として成長することですよね?」
「………」
「以前インタビューで『ハリウッド映画の主演が私の夢よ』と言っていましたし、ランクもSに上げたいのでは?」
「………。たとえ成長できるとしても、私には彼を好きになる理由がなくて──」
「心配ありません。ないなら創作すればいいんですよ」
仕事で鍛えられた落ちついた口調。
来愛は見事な営業スマイルで告げる。
「物語を書くのは、脚本家の十八番ですから」
「えっ!? 待って! 物語って……!」
「『二人とも以前から兄さんのことが好きだった』という設定でいきましょう。視聴者や学園のみなさんからもそう見えるように、演じてもらいます」
「つまり……ヤラセってことかしら?」
「リアリティショーにはよくあることですよ? 生の食材を提供しても視聴者は喜びません。演出という名の調理を加えてこそ、至高の料理になるんです」
やけに説得力があるセリフだった。
来愛は自分が脚本を手掛けた作品の演出を手がけることもある。
言うなれば、演出家でもあるのだ。
「みなさんは役者。つまりは業界人。まさか、テレビやWEBメディアが本当のことだけを流していると思っていませんよね?」
「当然よ」
「ならばヤラセなんて安っぽい言葉は使わずに、私たちで何千万もの国民を魅了するストーリーを紡ぎませんか? スイーツのように甘く、スパイスのように刺激的で、麻薬のように病みつきになる……とっておきの物語を」
「………」
「そんな物語のヒロインを演じれば確実に成長できますよ。将来オスカーを獲得するような、千両役者に」
自信に溢れた笑顔とともに来愛はプレゼンをやりきった。
あらかじめ役者の情報を調べ、説得材料として活用。
さらには脚本家として魅力的な殺し文句を創作。
さすがSランク、執筆力だけじゃなく交渉力にまで長けて……。
「お断りよ」
「!」
雪村の言葉に、来愛が静かに息を飲んだ。
「見事なプレゼンだったわ、逸材さん。けれど私はあなたを信用していないの」
「えっ……」
「あんな……恥ずかしいイタズラで辱められたんだもの。当然でしょう?」
「!? 辱め、られた……?」
あきらかに困惑する来愛だが、無理もないか。
妹は自分のイタズラが原因で雪村たちが俺に裸を見られたことを知らない。
そして、最悪なことに。
雪村は裸を見られたことも含めて来愛のイタズラだと勘違いしてる。
「待ってつーちゃん! 冷静に考えよ!?」
「どういう意味かしら」
「さっきの件で怒ってるんだろうけど、あれは来愛のイタズラじゃないはず! 出演者候補にあんなことするなんて、どう考えても非合理的で──」
「……非合理的? ずいぶん難しい言葉を使うのね」
「あっ! えっと、たまたま思いついただけで……」
「なら黙っていて。そもそも共演者がCとEランクじゃ私と釣り合わないし、私はリアリティショーなんて大嫌い。映画に比べれば低俗な茶番劇よ」
一方的に拒絶され、来愛の顔から血の気が引く。
このままじゃ妹は負ける。
(──ただ、それは)
俺が何もしなかった場合だ。
逆転のポイントは、雪村つるぎがハリウッド女優に憧れてるってことか。
「茶番劇になるかは出演者次第な気もするぞ」
「? どういう意味? リアリティショーなんて所詮ヤラセドラマで──」
「だからこそ、役者の腕の見せ所なんじゃないか?」
昔母さんが言ってたんだ、と俺は付け足してから、
「『スポーツは筋書きのないドラマだからこそ面白い、なんてセリフをよく聞くけどそれは間違い。筋書きのあるドラマの方が圧倒的に人間を虜にする』」
「………! あの柊木遊月がそんなことを……?」
驚く雪村に、俺はできるだけ自然な口調で続ける。
「ああ。『本物の役者がいれば可能よ』って付け足してたっけ」
「………」
「たぶん母さんなら、この企画を受けてると思う」
「………っ。あなたはどうするの?」
「俺は……迷うけど、受けてみようかな」
「可愛い女の子とシェアハウスできるから?」
「ああ、それはもちろん……って、からかうな心菜! 出たい一番の理由は俺がCランクだからだっ」
「なるほど。スター女優と元天才子役。二人と共演できれば芝居の勉強になります」
「ああ。成長できれば、雪村に釣り合う役者になれるかもしれないし」
「……へえ。Cランクが大口を叩くのね」
「まぁな。母さんが言ってたんだ。『役者の商品価値は撮影現場でこそ上がる』って」
「………! その言葉はインタビューで聞いたことがあるわ……」
細いあごに手を当て、何やら考えこむ雪村。
今の話をハリウッド女優の金言と受け取ってくれたらしい。
心菜も「へえ~、さすが来愛ママ! いいこと言う!」と感心。
来愛は「そうですね」とうなずきつつ、一瞬だけ俺に目配せ。
(ああ、わかってるよ)
どうせ「嘘つき」って言いたいんだろ?
そう、今の話は俺が創作したハッタリ。
「役者の商品価値は撮影現場でこそ上がる」ってセリフ以外はすべて虚言だ。
凡人を演じてるおかげで油断したのか、上手く引っかかってくれたな。
今の構図は企画を持ってきた来愛に説得される俺たち三人だが、実際は違う。
そもそも来愛に何か企画を作ってくれないかと頼んだのは、俺だ。
俺の目的は雪村つるぎと共演すること。
雪村は紛れもないスター女優。
だとしたら、すでにこの学園で情華と出会っている可能性がある。
『役作りのためならなんだってする』
それが情華の口癖だった。
あいつは演技が上手い役者を間近で観察し、演技を盗むことを好んでいた。
だから正体を隠して雪村と接触しているかも。
それかもうとっくに演技を盗んで、成り代わっている可能性すらある。
(ここにいる雪村つるぎは、本物の雪村つるぎじゃないかもしれない)
だからこそ学園に来る前から「雪村と共演するための企画を何か考えてくれないか?」と来愛に頼んでおいたのだ。
雪村はSランクじゃないが、かなりの実力派。
(その証拠に変装も俺以外にはバレなかったし、来愛の仕草を完璧に盗んで再現してた)
クラスメイトで距離も近いし、最初の標的にふさわしい。
まあ、心菜まで一緒にキャスティングされてるとは思ってなかったが……。
「──いいでしょう。あなたの企画、出てあげるわ」
「えっ!? 本当ですか雪村さん!」
「ハリウッド女優の言葉には一理あると思ったし、私よりランクが低い彼が勇気を振り絞るなら、負けていられないもの。それに……」
「それに?」
「……いいえ、なんでもないわ。それより鏡さんはどうするの?」
「アタシは……う~ん、どっちでもいいかな~」
「自主性がないのね。それでも女優?」
「あはは。アタシ、パパやママが望んだから華学に来ただけだもん」
「天才子役も落ちぶれたものね。あんな姉がいたんじゃ仕方ないけど」
「でしょでしょ!? 自慢のお姉ちゃんなんだ~!」
「……ふん。私の共演者がこんなギャルなんて、とんだミスキャストね」
「いいえ。雪村さんのライバル役は鏡さん以外に存在しません」
「へ? アタシなんかが……?」
黒髪を揺らして首をかしげる心菜に、来愛はうなずく。
「では、教えますね。鏡さんに演じていただきたい役。それは──」