2. 2番目ぐらいが?(3)
その後はさすがにこれといったことは起きず、いたって平和に約束の金曜日を迎えた。
当初の予定ではそのまま街へと繰り出す予定だったが、制服でバレる可能性も考慮し、一旦家で私服に着替えてから、駅前で待ち合わせをすることに。
お金のほうは、事前に母さんからもらっていたので、いつもより多めだ。
『(前原) じゃあ、俺先に行ってるから』
『(朝凪) うん。じゃ、駅でね』
そうやり取りして、俺は朝凪さんの横を通り抜けた。
「海、一緒に帰ろ~!」
「わぷっ……夕、別にいいけど、寄り道はしないよ」
「え~? もしかして、今日も?」
「そ。最近家で色々あってさ、本当、やんなっちゃうよ」
「そうなの? その割にはなんかニコニコじゃない?」
「え? あ~……いや、気のせいでしょ」
と言いつつ、日中の朝凪さんは、時折鼻歌を交えたりとずっと機嫌がいい。
そんなに俺と街に遊びに繰り出すのが楽しみなのだろうか。だが、あれは俺にちょっかいを掛けようとする前の表情だから、これから何をするつもりなのか、今から心配である。
「でも、夕ちんが言う通り、朝凪って最近付き合い悪いよね。家の用事とか言ってるけど、もしかしてカレシ?」
「え~、まっさか~。海に限ってそんな……えっと、な、ないよね?」
「こら親友。敵の言葉に簡単に惑わされるな。新奈、後で覚えときなね」
「げっ……き、きゃ~、ウミちゃんこわーい」
いつもの三人の会話を中心に、そこからどんどん人が集まってくる。
「なになに、三人だけで楽しくやっちゃって」
「いやいや、お前は部活行けよ。ね、天海さん?」
といっても、そのほとんどが男子だが。遠くから様子を見てもわかるぐらい、露骨に天海さんに視線が向いている。
なんだか、嫌な感じだ。
「わかった。寂しいけど、今日はニナちと一緒に帰るね。ちなみに今日の用事ってなに? 私で協力できることなら……」
「兄貴のことだけど」
「そうなんだ。じゃあ無理だね」
「おいこら。ちょっとは悩む素振りとかあるだろ」
「いや~、あはは……」
天海さんがあっという間に引き下がった。
朝凪さんにお兄さんがいるのは初耳だが、俺にすらも分け隔てなくコミュニケーションのとれる天海さんをそこまで引かせるとは、いったいどんな人なのだろう。
二人を横目に教室から出た後、俺はおもむろにスマホを取り出して、ぽちぽちと朝凪さんへメッセージを送った。
『(前原) あ、そうだ朝凪さん』
『(朝凪) なに?』
『(前原) 今日はお手柔らかにお願いします』
『(朝凪) え~、どうしよっかな~』
『(前原) 頼む』
『(朝凪) う~ん』
俺ができることなんてたかが知れているけれど、それで朝凪さんが少しでも楽しく過ごせたり、気が楽になるのなら、それでいいと思う。
友達なんだから、やっぱりそれぐらいはしてあげたい。
学校から帰宅し
「……早く着きすぎた」
時刻はおよそ約束の三十分前。早く着きすぎなのだが、家にいてもどこかそわそわして落ち着かなかったので、結局は朝凪さんの到着を待つことにしたのだ。
週末の夕方とあって、駅のほうは多くの人で
「服、これで大丈夫かな」
駅の広告パネルに反射する自分を見る。黒のトレーナーに、下は黒のジーンズ。トレーナーには前と後ろに英字らしきものがプリントされていて、俺の持っている服の中ではもっとも新しい。といっても、これも一年ほど前に買ったものだが。
クスクス、という知らない女の子たちの笑い声が聞こえた気がして、俺は思わず体を縮こまらせた。
この人混みだから俺のことではないと思うが、しかし、こうして一人で心細くしていると、どうしても自分のことを笑われているのではと、つい考えてしまう。
もう少しのんびり来るべきだった──まだ待ち始めて五分と経過していないのに早くも後悔していると、
「──ま~えはらっ」
「あひっ……!?」
そんな
ついでに変な声も。
「もう、いくら何でもビビりすぎだって。よっ、前原」
「……よ、よっ」
振り向くと、そこには楽しそうな笑みを浮かべる朝凪さんが立っていた。
服装は、サイズ大きめのフード付きのパーカーに、下は七分丈のジーンズ。靴はスポーツブランドのスニーカーに、頭にはキャップを
「? なに? 一応バレにくいような服装をと思って大分ラフなやつ選んだけど……さすがにダサかったかな?」
「いや、別にそんなことないけど」
というか、むしろオシャレだと思う。
元々整っている容姿に、女子にしては高い身長とスレンダーなスタイル。その姿はまるでどんな服でも着こなすモデルのようだ。
「ってか、予想してたけど、前原はちょっとそれ黒すぎ。それじゃ陰ってより、もう闇って感じじゃん。なに? 実は闇落ち願望でもあるの?」
「いやそれはないけど……でもこれ、上も下もいい素材使ってんだよ。秋から春にかけて長く使えるし、暖かいし」
「気持ちはわかるけどさ……まあ、今日は仕方ないからそれでいいけど、次はちゃんと配色も考えるように。いい? それじゃ逆に悪目立ちしちゃうんだから」
家を出た時は感じなかったものの、こうして人が多く集まる場所だと、俺の『黒一色』は確かに浮いている。
もし黒のみの服装だったとしても、顔や体格のいい人なら問題ない。だが、マネキンが俺だと、一気に『残念』へと早変わりだ。笑われても文句は言えないと思う。
「そういえば、朝凪さんも結構早かったじゃん。まだ約束の待ち合わせ時間より前だけど」
「そ……それはほらっ、前原のことだから? どうせ早く来て待ちぼうけしてんじゃないかと思って。で、来てみれば案の定心細そうにしてたし」
「……そりゃどうも」
ちょっと悔しいがその通りだ。正直、朝凪さんの姿を目にした時、心底安心した気持ちになってしまったのだから。
「会えたことだし、さっさと行こ。早くしなきゃ置いてっちゃうぞ」
「あ、ちょっと……」
引っ張られるようにして、俺は朝凪さんのすぐ後ろをついて行った。
「そういえば今日の予定ってどんな感じなの? そろそろ聞かせて欲しいんだけど」
「ん? 別に決めてないけど。適当にぶらついて、お
「それ、『予定』っていうか『行き当たりばったり』のような……」
「いや、『一緒に遊ぶ』っていう予定は果たしてるからセーフだよ。ってか、いつも夕とかと遊ぶ時は大体こんなだし」
「そんなもんなのか……」
俺の場合、こういう場所に来る時は、買い物や習い事だったり、もしくは遊ぶにしても映画とかゲーセンに行くなど何らかの『目的』があるので、特にあてもなく街を歩いているこの状況は、どうにも落ち着かない。
「ところで、前原もたまにはここ来るんだよね? どこに出没するの?」
「人をレアモンスターみたいに……まあ、漫画とかゲームを買う時とかは、いつも決まった場所に行くかな。駅からちょっと離れたアニメショップ」
「へえ、それってどこ? 私、ちょっと行ってみたい」
「いや、それはあんまり教育上良くないというか……」
「行きたい」
「だからその、女子高生を積極的に連れていくような場所では……」
「前原」
「……はい」
仕方ないので、渋々了承することに。
ひとまず、引かれないことだけを願っておこう。