2 でたらめちゃんは語る(3)
「さて、ではそんな恐ろしい嘘を、一体どうやってやっつければいいのでしょうか? 何度も言うように嘘とは不死身の存在ですから、仕留めるためには当然、それ相応の手段を取る必要があります──と言っても、何も難しいことはありません。
どれだけ嘘が強力だろうと、要するに、そのエネルギー供給源さえ絶ってしまえばいいのです。そうすれば必然的に、嘘は〈実現〉を維持することが出来なくなりますからね。あくまで狙うべきは嘘本体ではなく、その嘘を
「……〈嘘憑き〉」
「ちなみに──〈嘘憑き〉になりやすい人間というのにも、やはり共通点がありまして、それはとにかく頭がおかしいというものなんですけど」
「とにかく頭がおかしい?」
「はい。それほど世界の形を変えたいと願うということは、
「……はあ。人の家に包丁持って押しかけてくるでたらめちゃんが言うくらいだから、確かによっぽどヤバい人たちなんだろうね、その〈嘘憑き〉さんたちって」
「そして、そんなぶっ飛んだ〈嘘憑き〉のぶっ飛んだ願望を、嘘は本当に
「はあ、効率的な方法ね」
と、
「──? どうして、と言いますと?」
「いや、でたらめちゃんも同じ嘘なんでしょ? どうしてわざわざ、嘘同士で殺し合いとかしなくちゃいけないのかなって」
「…………なるほど」
「……食べる?」
「つまり私にとって、
──まず一口に〈実現〉した嘘といっても、個体差があるんですよ。
そして私は、その一定値をギリギリ超えただけの、とんでもなくか弱い嘘なのですよ。本来なら、とっくに消滅していてもおかしくないほどの」
「…………え?」
「もうずっと前から、私という嘘を
私が人間に吐かれたのは、かれこれ十年以上も前のことになるでしょうか? 一体それがどういう内容の嘘だったのか、ここで語ることは
「……でたらめちゃんも最初は『これが本当であってほしい』と思って吐かれたのに、途中で『別に本当にならなくてもいいや』って、人間に
「それでも十年以上、こうして生き延びることができたのは、食べ
「他の嘘を、自分にツギハギ? どういうこと?」
「裏技的な方法です。私という『個』の核となる部分がバラバラに解けてしまう前に、
……もちろん、我ながら見苦しい、自分勝手な行いをしているという自覚はありますよ? 本当はもう消えないといけないのに、その運命を受け入れないだなんて。自分が消えたくないからって、他の嘘を食い物にし続けるだなんて」
「……別に私は、そんな風には思わないけど。人間だって、他の生き物を食べないと生きていけないわけなんだし」
「ははっ、気を遣っていただかなくても結構ですよ、
でたらめちゃんは冗談めかしたように言いながら、しかし、不意に真面目な顔になって、「まあ、誰にどんな風に思われようと、別にどうでもいいんですけどね。どれだけ生き恥を
「……?」
「……。いえ、すみません。話が
でたらめちゃんはそう言って、何かを
「無駄話をしている暇なんて、今の私にはないんです……というのも、そんなその場
「…………! 一週間!?」
告げられた事実に、海鳥は
「い、一週間って……本当にもうすぐじゃない……!」
「ええ、絶体絶命ですね。十年以上も散々ズルをし続けてきて、私もいよいよ年貢の納めどきというわけですが──とはいえ、私はまだ諦めていません。この期に及んで、性懲りもなく一発逆転を狙っています。今さら弱い
「そ、それを食べることが出来たら、でたらめちゃんは助かるの?」
「助かるでしょう、
でたらめちゃんは肩を
「なにせ『今回の標的』は、一握りの中の一握り。今まで私が相手取って来たような小物たちとは、〈嘘
「……『今回の相手』って、目星はもう付けてあるの?」
「既に名前と住所は押さえてありますよ。間違いなく、私の生涯で一番の難敵です。加えて、ただでさえ現状の私は衰弱し切っていますから。勝ち目なんて、どこを探したってないでしょうね」
「……じゃあ、どうするの?」
「
でたらめちゃんはそこで、言葉を切って──人差し指で、
「…………え?」
「あなたさえ協力してくれるのなら、私はこの絶体絶命の状況を切り抜けることが出来るでしょう。ねえ、正直者の海鳥
「…………?」
だが、そう呼びかけられても、当の海鳥は不思議そうに首を
「……ああ、そういえばでたらめちゃん、さっきも言っていたね。あなたが私に会いに来たのは、〈嘘殺し〉の『パートナー』になってほしいからだとか、なんとか。
いや、なんで? まったく話が見えないんだけど? あなたが
「……いいえ、それは考え違いというものですよ」
でたらめちゃんは首を振り返して答える。「なにせ海鳥さん──あなたは、『絶対に嘘を
「……は?」
告げられた言葉に、
「ええ、海鳥さん。『嘘を吐けない』、まさにそれなんですよ。私は今日、あなたのその唯一無二の才能を見込んで、この部屋にやってきたのです。ともすれば最強の〈嘘殺し〉になり得るかもしれないあなたの元に、協力を依頼しに来たのです」
「……いや、本当に何を言っているの、でたらめちゃん?」
いよいよ訳が分からない、という表情で、海鳥はでたらめちゃんを見返していた。
「嘘を吐けないのが、才能? この、ただ『思った通りのことしか言えない』ってだけの厄介体質が、そんな化け物退治の、一体何の役に立つって?」
「……ふふ、ご理解いただけませんか。まあ、無理もありませんね。海鳥さん自身に自覚がない以上は、そういう反応にもなるでしょう」
だが、海鳥の困惑の視線を受けても、でたらめちゃんの
「……は、はあ? なにそれ? もっとちゃんと説明して──」
「もちろんタダで手伝ってくれとは言いません」と、海鳥の疑問を放置して、更に畳みかけてくるでたらめちゃん。「嘘を食べなければ消えてしまうというのは、あくまで私の事情ですから。そんな我が身
「……報酬? お金とか?」
「いいえ。海鳥さんの望むものが金銭というのなら、そちらでも構いませんけど……それは恐らく、あなたにとっては、お金なんかよりもっと価値のあるものでしょう」
でたらめちゃんはニヤリと笑って、
「私に協力してくれたら、嘘を吐けるようになる、と言ったらどうします?」
「──え?」
「
なんでもありの嘘の力を使えば、あなたの原因不明の『嘘を吐けない』体質だろうと、治療できる筈だとは思いませんか?」
「……は?」
「〈嘘
一切の
「そして私は、十年以上嘘の世界を生き抜いてきた〈実現〉嘘です。当然これまでの
これは対等な取引ですよ、海鳥さん。私の〈嘘殺し〉に協力してくれた暁には、必ずあなたの助けになる〈嘘憑き〉を紹介すると約束します。あなたに嘘を手に入れさせると約束します。嘘しか吐けないでたらめちゃんと言えど、この言葉だけは、100%の真実だと信じていただいて構いません」
「…………」
「想像してみてください、海鳥さん。嘘を取り戻せる。『普通』になれるんですよ? それはあなたが、ずっと思い描いてきた理想の
「……『普通』」
海鳥は言われて想像する……まともな自分。嘘を吐ける自分。他人と普通に関わることの出来る自分。『海鳥さんって空気読めないよね~』なんて言われることのない自分。
「いかがです、海鳥さん? 私の〈嘘殺し〉、手伝っていただけますよね?」
「…………っ、ちょ、ちょっと待ってよ。私、まだ色々混乱している所だから、まずはいったん整理する時間を──」
「──いいえ、待てません、残念ながら」
と、首を左右に振りながら、でたらめちゃんは海鳥の言葉を遮るのだった。
「嘘殺しは『今この瞬間』から始めます。こっちもだいぶ追い込まれているもので、海鳥さんが決断されるのを悠長に待ってあげている余裕はないのですよ。もしもこの場で即決出来ないというのなら、大変申し訳ないですけど、このまま無理やりにでも〈
「……は、はぁ!? なんなのそれ!? そんな
「まあ、最終的にどうするかは追い追い決めてもらえば結構ですから。もし途中で辞めたくなったなら、遠慮なく言ってください。私は基本的に
などと、海鳥にとっては聞き捨てのならないようなことを最後に小声で付け加えながら、でたらめちゃんは不意にドアの方に視線を移して、「では、いよいよ開演ですね──お待たせしました。もう入って来ていただいて大丈夫ですよ」
ドアの向こうで、ずっと聞き耳を立てていた第三者に対して、そう呼びかけていた。
「……え?」
海鳥は驚いて後ろを振り向く。
二人の少女が見つめる前で、ドアが開かれ──現れたのは、海鳥と同じブレザーの制服を着た、短い髪の少女だった。
「いやぁ、よく我慢していただけましたね。包丁を振り回しているときなんか、あなたが乱入してくるんじゃないかと、気が気じゃありませんでしたよ」
「まあ、本当に殺したりはしないだろうと思っていたからね」
少女は淡々と答える。「なにより私は、失意のどん底にあったからさ。友達だと思っていた
「…………なんで?」
海鳥はそれしか言えなかった。
「そういう訳です。海鳥さん。こちら、今回標的となる〈嘘
「やあ海鳥。本当に、よくもやってくれたね。キミにはすっかり
少女──
その声に気安さはなかった。
表情と同じに、凍り付いていた。