2 でたらめちゃんは語る(3)

「さて、ではそんな恐ろしい嘘を、一体どうやってやっつければいいのでしょうか? 何度も言うように嘘とは不死身の存在ですから、仕留めるためには当然、それ相応の手段を取る必要があります──と言っても、何も難しいことはありません。

 どれだけ嘘が強力だろうと、要するに、そのエネルギー供給源さえ絶ってしまえばいいのです。そうすれば必然的に、嘘は〈実現〉を維持することが出来なくなりますからね。あくまで狙うべきは嘘本体ではなく、その嘘をいた人間、ということです。私は彼らのことを、嘘にかれた人間、〈嘘憑き〉なんて呼んでいますけども」

「……〈嘘憑き〉」

 しやくするように、海鳥はその言葉をはんすうする。響きはともかく、字面の方はまったくみのない単語である。

「ちなみに──〈嘘憑き〉になりやすい人間というのにも、やはり共通点がありまして、それはというものなんですけど」

?」

「はい。それほど世界の形を変えたいと願うということは、すなわち今の世界の形を窮屈だと感じている、社会にとっての『不適合者』である、ということですからね。そりゃあ『まとも』であるはずがありませんよ。私もこれまで、それなりの数の〈嘘憑き〉を相手取ってきたものですが、まあ誰も彼も、ぶっ飛んだ人格の持ち主ばかりでしたし」

「……はあ。人の家に包丁持って押しかけてくるでたらめちゃんが言うくらいだから、確かによっぽどヤバい人たちなんだろうね、その〈嘘憑き〉さんたちって」

「そして、そんなぶっ飛んだ〈嘘憑き〉のぶっ飛んだ願望を、嘘は本当にかなえようとするわけですが……しかし〈嘘憑き〉からその願望自体が消えてしまえば、『これが本当であってほしい』と思わなくなれば、嘘はたちまち力を失います。つまり〈嘘憑き〉に、嘘を吐くのをやめさせること。これが嘘を殺す、最も効率的な方法なのです」

「はあ、効率的な方法ね」

 と、あいづちを打つ海鳥……いつの間にか、彼女も普通に会話に参加するような流れになってしまっている。「っていうかそもそも、なんででたらめちゃんは嘘を殺そうとするの?」

「──? どうして、と言いますと?」

「いや、でたらめちゃんも同じ嘘なんでしょ? どうしてわざわざ、嘘同士で殺し合いとかしなくちゃいけないのかなって」

「…………なるほど」

 うみどりからの問いかけに、でたらめちゃんはうなずいて、「言われてみれば、それに関してもまだ説明できていませんでしたね。簡単な話ですよ。食べるためです」

「……食べる?」

「つまり私にとって、うそとは『餌』です。とはいえ、それは海鳥さんの想像する『食事』とは、だいぶ中身が異なっていると思いますけど。

 ──まず一口に〈実現〉した嘘といっても、個体差があるんですよ。おもいが一定値を超えれば、嘘は〈実現〉しますが、ではその一定値をどれだけ超過しているのか? という点も重要なのです。例えば最低限しか超過していないような嘘は、意識と肉体を手に入れても、ぜいじやくなものです。願いをかなえられることもなく、すぐに消滅してしまいます。

 そして私は、その一定値をギリギリ超えただけの、とんでもなくか弱い嘘なのですよ。本来なら、とっくに消滅していてもおかしくないほどの」

「…………え?」

「もうずっと前から、私という嘘をいた人間──私にとっての〈嘘き〉からの想いの供給は完全に絶たれています。ガス欠寸前の自動車のような状態ですね。要するに、死にかけってことです。

 私が人間に吐かれたのは、かれこれ十年以上も前のことになるでしょうか? 一体それがどういう内容の嘘だったのか、ここで語ることはえてしませんけれど──結局私は、宿主である〈嘘憑き〉の願いを叶えることが出来ませんでした。この世界をねつ造することが出来ませんでした。嘘としての本懐を遂げられないままに、見限られたんです」

「……でたらめちゃんも最初は『これが本当であってほしい』と思って吐かれたのに、途中で『別に本当にならなくてもいいや』って、人間にてのひらを返されたってこと?」

「それでも十年以上、こうして生き延びることができたのは、食べつないで来たからです。私は他の嘘を食らいます。そうして取り込んだ嘘の身体からだを、自分にツギハギすることで、どうにか存在の消滅を食い止め、今日まで生き永らえてきました」

「他の嘘を、自分にツギハギ? どういうこと?」

「裏技的な方法です。私という『個』の核となる部分がバラバラに解けてしまう前に、から別の嘘の欠片かけらを持ってきて表層を補強し続ければ、たとえ〈嘘憑き〉からのエネルギーの供給がなくとも、消滅は回避できるのです。

 ……もちろん、我ながら見苦しい、自分勝手な行いをしているという自覚はありますよ? 本当はもう消えないといけないのに、その運命を受け入れないだなんて。自分が消えたくないからって、他の嘘を食い物にし続けるだなんて」

「……別に私は、そんな風には思わないけど。人間だって、他の生き物を食べないと生きていけないわけなんだし」

「ははっ、気を遣っていただかなくても結構ですよ、うみどりさん。自分自身でこんな生き方を選んでいる以上、誰かに外道呼ばわりされても、何も文句は言えないんですから」

 でたらめちゃんは冗談めかしたように言いながら、しかし、不意に真面目な顔になって、「まあ、誰にどんな風に思われようと、別にどうでもいいんですけどね。どれだけ生き恥をさらそうと、どれだけ同族を食い物にしようと──を根絶やしにするまで、私は消えるわけにはいかないので……」

「……?」

「……。いえ、すみません。話がれてしまいましたね。忘れてください」

 でたらめちゃんはそう言って、何かをすように微笑ほほえんでみせてから、

「無駄話をしている暇なんて、今の私にはないんです……というのも、そんなその場しのぎにも、ついに限界が来てしまいましてね。さっきも言ったように、今の私は死にかけの状態でして、いつ消滅してしまってもおかしくありません。このまま何もしなければ、もう一週間と持たないでしょう」

「…………! 一週間!?」

 告げられた事実に、海鳥はがくぜんと息をむ。

「い、一週間って……本当にもうすぐじゃない……!」

「ええ、絶体絶命ですね。十年以上も散々ズルをし続けてきて、私もいよいよ年貢の納めどきというわけですが──とはいえ、私はまだ諦めていません。この期に及んで、性懲りもなく一発逆転を狙っています。今さら弱いうそを食べたところで、焼け石に水でしょうが、もっと強大な嘘を食べることが出来れば、話は別です。それこそ『本当』にまで至れるような、一握りの中の一握りをね」

「そ、それを食べることが出来たら、でたらめちゃんは助かるの?」

「助かるでしょう、えずは。問題は、勝てるかどうかです」

 でたらめちゃんは肩をすくめて言う。

「なにせ『今回の標的』は、一握りの中の一握り。今まで私が相手取って来たような小物たちとは、〈嘘き〉としてのレベルがまるで違うでしょうからね……」

「……『今回の相手』って、目星はもう付けてあるの?」

「既に名前と住所は押さえてありますよ。間違いなく、私の生涯で一番の難敵です。加えて、ただでさえ現状の私は衰弱し切っていますから。勝ち目なんて、どこを探したってないでしょうね」

「……じゃあ、どうするの?」

になって特攻する、というのもまあ、他に何も頼るものがなければ、考えなくもないんですけど。幸いなことに、ちゃんと『策』はあります」

 でたらめちゃんはそこで、言葉を切って──人差し指で、うみどりの方を指し示してくるのだった。「あなたですよ、海鳥さん」

「…………え?」

「あなたさえ協力してくれるのなら、私はこの絶体絶命の状況を切り抜けることが出来るでしょう。ねえ、正直者の海鳥とうげつさん。あなたこそ、私の救世主なのです」

「…………?」

 だが、そう呼びかけられても、当の海鳥は不思議そうに首をかしげるばかりである。

「……ああ、そういえばでたらめちゃん、さっきも言っていたね。あなたが私に会いに来たのは、〈嘘殺し〉の『パートナー』になってほしいからだとか、なんとか。

 いや、なんで? まったく話が見えないんだけど? あなたがうそを殺さないといけない理由については、まあ分かったけど……そんな恐ろしい嘘との戦いに、私みたいな普通の女子高生が役に立つはずないじゃない。なに考えているの、でたらめちゃん?」

「……いいえ、それは考え違いというものですよ」

 でたらめちゃんは首を振り返して答える。「なにせ海鳥さん──あなたは、『絶対に嘘をけない』なんていう、の持ち主なんですからね」

「……は?」

 告げられた言葉に、ぜんとしたように固まる海鳥。でたらめちゃんは微笑ほほえんで、

「ええ、海鳥さん。『嘘を吐けない』、まさにそれなんですよ。私は今日、あなたのその唯一無二の才能を見込んで、この部屋にやってきたのです。ともすれば最強の〈嘘殺し〉になり得るかもしれないあなたの元に、協力を依頼しに来たのです」

「……いや、本当に何を言っているの、でたらめちゃん?」

 いよいよ訳が分からない、という表情で、海鳥はでたらめちゃんを見返していた。

? この、ただ『思った通りのことしか言えない』ってだけの厄介体質が、そんな化け物退治の、一体何の役に立つって?」

「……ふふ、ご理解いただけませんか。まあ、無理もありませんね。海鳥さん自身に自覚がない以上は、そういう反応にもなるでしょう」

 だが、海鳥の困惑の視線を受けても、でたらめちゃんのひようひようけむに巻くような態度は、まるで崩れない。「別に今すぐ理解していただけなくても結構ですけどね。どうせ実際に〈嘘殺し〉を進めていけば、嫌でも分かることでしょうから」

「……は、はあ? なにそれ? もっとちゃんと説明して──」

「もちろんタダで手伝ってくれとは言いません」と、海鳥の疑問を放置して、更に畳みかけてくるでたらめちゃん。「嘘を食べなければ消えてしまうというのは、あくまで私の事情ですから。そんな我が身可愛かわいさだけで、何の見返りもなしに海鳥さんを危険に巻き込むわけにはいきません。当然、それに見合うだけの報酬は用意させてもらうつもりです」

「……報酬? お金とか?」

「いいえ。海鳥さんの望むものが金銭というのなら、そちらでも構いませんけど……それは恐らく、あなたにとっては、お金なんかよりもっと価値のあるものでしょう」

 でたらめちゃんはニヤリと笑って、

「私に協力してくれたら、、と言ったらどうします?」

 ささやくように、その言葉を続けてきた。

「──え?」

うみどりとうげつは、生まれつき『呪い』みたいなもので、うそくことが出来ない。なるほど確かに、そんな奇怪な症例他では聞いたことがありませんから、あらゆる病院が海鳥さんに対してさじを投げたというのもうなずけます。ですけれど海鳥さん、よく考えてみてください。

 なんでもありの嘘の力を使えば、あなたの原因不明の『嘘を吐けない』体質だろうと、?」

「……は?」

「〈嘘き〉にかなえられない願いなんて、この世には一つとして存在しないのですよ、海鳥さん。あなたが嘘を吐けずに苦しんでいるというのなら、どこかの〈嘘憑き〉に、その体質を治してもらえばいいだけの話なのです」

 一切のよどみのない口調で、でたらめちゃんはまくててくる。

「そして私は、十年以上嘘の世界を生き抜いてきた〈実現〉嘘です。当然これまでの嘘生じんせいの中で、色々な同族と巡り合って来ました……そんな私の手にかかれば、海鳥さんの問題の解決に役立ちそうな〈嘘憑き〉を見つけ出すくらい、造作もないことです。

 これは対等な取引ですよ、海鳥さん。私の〈嘘殺し〉に協力してくれた暁には、必ずあなたの助けになる〈嘘憑き〉を紹介すると約束します。あなたに嘘を手に入れさせると約束します。嘘しか吐けないでたらめちゃんと言えど、この言葉だけは、100%の真実だと信じていただいて構いません」

「…………」

「想像してみてください、海鳥さん。嘘を取り戻せる。『普通』になれるんですよ? それはあなたが、ずっと思い描いてきた理想のはずでしょう?」

「……『普通』」

 海鳥は言われて想像する……まともな自分。嘘を吐ける自分。他人と普通に関わることの出来る自分。『海鳥さんって空気読めないよね~』なんて言われることのない自分。

「いかがです、海鳥さん? 私の〈嘘殺し〉、手伝っていただけますよね?」

「…………っ、ちょ、ちょっと待ってよ。私、まだ色々混乱している所だから、まずはいったん整理する時間を──」

「──いいえ、待てません、残念ながら」

 と、首を左右に振りながら、でたらめちゃんは海鳥の言葉を遮るのだった。

「嘘殺しは『今この瞬間』から始めます。こっちもだいぶ追い込まれているもので、海鳥さんが決断されるのを悠長に待ってあげている余裕はないのですよ。もしもこの場で即決出来ないというのなら、大変申し訳ないですけど、このまま無理やりにでも〈うそ殺し〉に巻き込ませてもらう形になりますね」

「……は、はぁ!? なんなのそれ!? そんなちやちやな──」

「まあ、最終的にどうするかは追い追い決めてもらえば結構ですから。もし途中で辞めたくなったなら、遠慮なく言ってください。私は基本的にうみどりさんの意思を尊重しますので……既にその時点で引き返せなくなっていたらアレですけどね」

 などと、海鳥にとっては聞き捨てのならないようなことを最後に小声で付け加えながら、でたらめちゃんは不意にドアの方に視線を移して、「では、いよいよ開演ですね──お待たせしました。もう入って来ていただいて大丈夫ですよ」

 、そう呼びかけていた。

「……え?」

 海鳥は驚いて後ろを振り向く。

 二人の少女が見つめる前で、ドアが開かれ──現れたのは、海鳥と同じブレザーの制服を着た、短い髪の少女だった。

「いやぁ、よく我慢していただけましたね。包丁を振り回しているときなんか、あなたが乱入してくるんじゃないかと、気が気じゃありませんでしたよ」

「まあ、本当に殺したりはしないだろうと思っていたからね」

 少女は淡々と答える。「なにより私は、失意のどん底にあったからさ。友達だと思っていたやつに裏切られて、なおつ友達じゃない、なんて言われちまったんだから。キミと取っ組み合う気力なんざなかったさ」

「…………なんで?」

 海鳥はそれしか言えなかった。? どうして彼女がここにいる?

「そういう訳です。海鳥さん。こちら、今回標的となる〈嘘き〉さんですよ」

「やあ海鳥。本当に、よくもやってくれたね。キミにはすっかりだまされたよ、この大嘘きめ」

 少女──よしは海鳥とうげつを見据えて、言葉をかけてくる。

 その声に気安さはなかった。

 表情と同じに、凍り付いていた。

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