第一章 解錠士(3)

「ちょっとパパ! 何を考えているの!」

 叫び終えると、すかさずイルナが迫った。

「えっ? この解錠士の少年を仲間に加えようとしているんだが? ちょうどマレンの爺さんが引退して後釜が欲しかったところだし」

「そうじゃなくて! うちは大陸でも五つしかないSランクパーティーなのよ!?」

「ああ、知っているぞ」

 そりゃリーダーだからね。

 って、そうじゃない。

「どこの誰だかも知らないヤツを勝手に勧誘しないでよ!」

 うん。

 勧誘されている身で言うのもなんだけど、俺もそう思う。しかし、当のリカルドさんはあっけらかんとした態度で告げた。

「この子はいい子だ。目を見れば分かる」

「うっ……」

「それにいいモノも持っている」

 そう言って、鍵と三種の神器を指差した。

 イルナの反対意見を押し切るのにはこのふたつで十分であった。

「た、確かに……そこは認めるけど……」

 ため息交じりにイルナは言い、それ以降は口をつぐんでしまった。このことから、「パパは言い出したらもう変更はきかない」ってあきらめるくらいのレベルなのだろう。親子だからその辺は手に取るように分かるんだろうな。

 しかし、俺の立場から言わせてもらえば、Sランクパーティーである霧の旅団のリーダーから熱烈な勧誘を受けているというわけなのだが……改めて整理すると、凄い状況だな。

「どうだ? 今はパーティーに所属していないんだろう?」

「…………」

 一瞬、ミルフィの笑顔が脳裏をよぎった。

 ……でも、ミルフィはリーダーのレックスと――

「? どうかしたの?」

 ミルフィの顔を思い出していたら、その上からイルナの顔がかぶさるように覗き込んできた。

「うおっ!?」

「きゃっ!? ちょ、何よ!」

「す、すまない。ちょっと考え事をしていて……」

「考え事、ねぇ」

 俺の言葉にピンと来たのか、リカルドさんは優しい口調で尋ねてきた。

「どうやら、以前所属していたパーティーとは円満な別れといかなかったようだな」

「あ、いや、それは……」

「強要する気はないが、そういうのは口にして吐きだしちまった方がいい。愚痴の聞き役なら任せろ」

「パパがそう言うなら、あたしも付き合うわ」

「…………」

 この親子の言う通りなのかもしれない。

 たぶん、そうしないと、俺はこれからもズルズルとこの件を引きずるだろう。

「……実は――」

 さっきまでは語るのをためらっていた、レックスたちの俺に対する行為。しかし、今はむしろ話してしまいたいという気持ちが勝っていた。思えば、ミルフィ以外に心の内側を遠慮なく吐露したことなんてなかったな。

 不思議な感覚に包まれつつ、俺は地底湖にたどり着くまでの経緯をふたりに洗いざらい説明した。

「な、何よ、それぇ!」

 真っ先に反応し、憤慨したのはイルナだった。

「人を囮に使って自分たちだけ逃げだすなんて!」

「私欲を満たすため、仲間をモンスターに襲わせるとは……度し難いな」

「まったくよ!」

 大声で怒りをあらわにするイルナ。一方、リカルドさんは静かな口調ながらも、その中にハッキリとした怒りが込められていた。

 ……それが嬉しかった。

 俺のために怒ってくれる人なんて、ミルフィ以外ではほとんどいなかった。

「しかし少年……これも何かの縁だと思わないか?」

「えっ?」

 ニッと笑いながら、リカルドさんは俺の肩に手を添える。

「あの断崖絶壁から落ちて生き残り、そこで三種の神器を入手して俺たちと出会う。――まあ、仲間に裏切られた直後だっていうのに信じろというのは難しいと思うが……俺たちは君をそんな目には遭わせない。絶対に、だ」

「そうよ! そんなチームに戻るくらいなら、うちにいなさいよ!」

 イルナの言っていることがさっきと逆になっている――というツッコミはこの際置いておく。

 俺にとってはありがたいお誘いだ。

 ……しかし、気になる点もある。

「で、でも、俺はなんの役にも立てませんよ……」

「そうかな?」

 言い終えた直後に、リカルドさんが否定する。

「三種の神器を使ってアイアン・クラブをひとりで討伐したろ? それだけで十分うちにくる資格はある。それに……俺はどちらかというと、こっちの役割で君の力を必要としているんだけどな」

「こっち?」

 指差す先にあったのは例の鍵……そうだった。パーティーでは役立たずって扱いが長すぎたせいか、未だに実感が湧いてなくて忘れていたよ。

「君には立派な王宮解錠士になれる才能があると思っているんだけどな、俺は」

「そ、そんな……」

 俺が王宮解錠士って……考えたこともなかったな。

「さっきも言ったが、うちは今新しい解錠士を探していてな。君さえよければ加わってもらいたいのだが」

「で、でも、俺まだスキル診断を受けてなくて」

「その必要はないだろ。――ほれ、持ってみな」

 リカルドさんが鍵をこちらへと放る。

 慌てて、俺がその鍵をキャッチすると、凄まじい輝きを見せた。

「こ、これは……」

「鍵が君を選んだんだ。スキル診断をするまでもない。君は紛れもなく解錠士だ」

「解錠士……」

 それが、俺の持つスキル。

 果たせる役目。

 新しい生き方。

「……あの、リカルドさん」

「うん?」

「俺をパーティーに入れてくだ――」

「分かった!」

 食い気味に了承された。

「そうと決まったら、次のお宝を目指して明日ここを発つ! ちょうど領主殿から仕事の依頼もあったことだしな! イルナ! 旅の支度をしろ!」

「分かったわ、パパ」

「えっ!? あ、明日ですか!?」

「諦めなさい。パパはああ見えて頑固だから」

 苦笑いを浮かべるイルナ。

 Sランクパーティー霧の旅団をまとめるリカルドさんは、まさに豪快って言葉を擬人化したような人だった。

 ……それにしても、領主から直接依頼が来るなんて……さすがはSランクパーティーだな。

「旅の前に今夜は君の歓迎会を開くから、それまでしっかり休んで体調を整えておけよ!」

 リカルドさんはそう告げて、部屋を出ていった。

 残されたのは俺とイルナのふたりだけ。

「まっ、それはそうと――」

 豪快な父の背中を見送ったイルナは、俺の方へと向き直ると手を差し伸べた。

「これからよろしくね、フォルト」

「あっ……う、うん!」

 俺とイルナは握手を交わす。

 なんだか、むずがゆいけど……仲間になった証だって気がしてとても嬉しかった。

 俺はここからやり直す。

 霧の旅団の一員として。


 あの超有名なSランク冒険者パーティーである霧の旅団にスカウトされた日の夜。

 歓迎会という名の顔合わせが行われた。

「集まったな」

 アジトの広間に、霧の旅団のメンバー総勢二十人が集まった。

 ひとりひとりからオーラが漂っているというか、雰囲気のある人ばかりだった。

 中でも俺が注目したのは、隊長クラスのふたり。

 霧の旅団は一番隊、二番隊、三番隊の三つのグループで構成されている。

 一番隊の隊長はリーダーであるリカルドさんが務めているが、他のふたつの隊をまとめる隊長も相当な手練と評判だ。

 ひとり目は、やっぱりなんと言ってもリーダーのリカルドさん。

 元某大国魔法兵団の副団長をしていた経験があるらしく、知識も豊富で判断力があるというまとめ役に打ってつけの人物だ。……しかし、なんでまた安定職を捨てて冒険者になったんだろう。

 続いては、

「随分と若いのだな」

 二番隊隊長のエリオットさんだ。

 一見すると冒険者稼業とは無縁そうに見える小柄で優しげな金髪のおじさんだが、剣術の腕は超一級品らしく、パーティーでは副団長としての役割もこなすとのこと。

「実力と常識があるなら誰でもいいわ」

 三番隊隊長を務めるのは女性のアンヌさん。

 特徴的なのは美しい黒髪と凛としたたたずまい。そして可愛らしい犬耳か。

 そう。アンヌさんは狼の獣人族だったのだ。

 高い身体能力を駆使した打撃技が得意という近接戦闘タイプだ。

 ちなみに、イルナも格闘戦が得意らしく、こちらのアンヌさんに技を教わっているらしい。父親のリカルドさんは元魔法兵団の副団長を務めるほど魔法使いとしての才能を有していたが、イルナには受け継がれなかったようだ。

 以上、この三人がパーティーの中心となっている。

「は、初めまして! フォルト・ガードナーです!」

 最初に好印象を与えようと元気よく挨拶をしたが効果は薄そう。

 なので、俺は地底湖で手に入れた三種の神器を出してみる。

「あ、えっと、実績になるかどうか分かりませんが……俺が解錠して入手したアイテムです」

 そして並べた三つのアイテム。

 龍声剣

 天使の息吹

 破邪の盾

 すると、

「「「「「うおおおおおおおおおおおお!?」」」」」

 全員の目の色が一瞬で変わった。

「むぅ……リカルドが言っていたのは冗談かと思ったが……」

「まさか本当だったなんて……」

 これにはエリオットさんもアンヌさんも驚いているようだ。

「凄いだろ? 前所属していたところはこんな凄いヤツを切り捨てたっていうんだから笑える話だよ」

 レックスたちの行動に、霧の旅団の面々は騒然となる。

「あり得ない話だな、そりゃ」

「冒険者稼業を舐めていやがる」

「おまけにそんな辛い待遇……よく耐えてきたな」

 ついには俺の過去に同情してくれる人まで現れた。

「……仲間のスキルを把握していないとは、素人以下だな」

「まったくだわ」

 エリオットさんとアンヌさんの隊長ふたりもあきれ顔だ。

 そこへリカルドさんが割って入り、得意げな顔で語り始めた。

「みんなも知っての通り、三種の神器ともなれば解錠レベルは間違いなく三桁は超えてくる。そうなった場合、解錠は法外な値段をふっかけてくる王宮解錠士に依頼しなければならないが……その心配が一切なくなる!」

 ダン、と力強く机を叩きながら言い放つリカルドさん。

「しかし、フォルトはまだ冒険者としては駆けだしだ。そこで、当面の間はイルナとふたりで組ませて冒険者のイロハを叩き込むのと同時に、うちのルールをしっかりと覚えてもらおうと思う。幸い、次に拠点としようと考えている西方の町の近くにはグリーン・ガーデンがあるからちょうどいい」

 リカルドさんの言葉に、周りのみんなは「そういうことなら」と納得した様子。

 ……ところで、グリーン・ガーデンってなんだろう?

 イルナに聞いてみようとしたが、それよりも先に俺の歓迎会という名目の大宴会が始まってしまった。

「さあ、飲んで楽しみましょう!」

「お、おう」

 グリーン・ガーデンについての情報を求めようとした瞬間、イルナは満面の笑みを浮かべて俺の腕を掴むとそのまま盛り上がりのド真ん中へと連れていく。

 正直、こういうノリは初めてなので緊張していた。

 しかし、霧の旅団の人たちが温かく俺を迎え入れてくれたおかげで、徐々に体の硬さはほぐれていった。

「いろいろと大変だったんだなぁ、フォルト」

「これからはうちで力を発揮してくれよ」

「は、はい!」

 誰かに必要とされている。

 その嬉しさを実感しつつ、騒がしくも楽しい夜は更けていった。


   ◇◇◇


 歓迎会の翌日。

 霧の旅団は丸一日をかけて西へ移動した。

 ただ、アンヌさん率いる三番隊はやり残したことがあるとのことで、数日間はここに残るとのこと。

 それ以外のメンバーは新たな地方へと移り、そこで国からの依頼をこなしていくのだという。もちろん、それ以外にも気になったダンジョンにはどんどん挑戦していくとリカルドさんは教えてくれた。

「忘れ物はないな! よし……いくぞぉ!」

 気合いの入ったリーダーのひと声で、続々と馬車が出発していく。

 そのうちのひとつの荷台に乗り込んだ俺は、徐々に遠くなっていく町をジッと眺めていた。

「さよなら……ミルフィ」

 自然と、そんな言葉が口をついた。

「うん? 何か言った?」

 同じく荷台に乗っていたイルナが尋ねてくる。

「いや、なんでもないよ」

「そう? それより、少しは慣れたかしら?」

「おかげさまでね。ひとりひとりが凄い実績を持っているのに、それを鼻にかける様子もなくて……本当にいい人ばかりで驚いているよ」

「パパがリーダーを務めるパーティーなんだもの、当然よ!」

 ドヤ顔でそう語るイルナも、俺がパーティーに溶け込めるようにいろいろと気遣いをしてくれていた。リカルドさんは良いリーダーであり、良い父親なんだな。

「イルナのおかげでだいぶ喋れるようになったよ。……でも、俺なんかがこの凄いパーティーでやっていけるか、ちょっと自信がなくて」

「そうかしら? あたしは十分やっていけると思うけど? 三種の神器もあることだし」

「うーん……なんというか、まだ実感が湧かないっていうのもあるかな」

 ついこの前まで、役立たずの能無しって散々バカにされ続けてきたからな。

 今に手にしている龍声剣をはじめ、あの地底湖で入手したアイテムと謎の鍵――解錠スキル持ちの解錠士ってことが分かってから、怒涛の勢いで人生が回り始めている。

 ネガティブな思考で、俺の気分が少しだけ暗くなってしまった時だった。

「ふあぁ~」

 イルナが大きくあくびをする。

「眠いの?」

「遅くまで酔っ払いの相手をしていたから……あなたは平気なの? あたしと同じくらい夜更かししていたのに」

「あぁ……慣れちゃったかな」

 前のパーティーにいた時は、雑用で作業が深夜になるってザラにあったからな。

「そうなの……悪いけど、ちょっと寝るわね」

「了解」

「それじゃあ、失礼して――ふわぁ」

 もう一度大きくあくびをしたイルナは、荷物に背を預けて目を閉じた。

「…………」

 寝息を立て始めたイルナを、俺は思わずジッと見つめてしまう。

 整った顔立ち。

 長い睫毛。

 鮮やかな赤い髪。

 柔らかそうなピンクの唇。

 そして――割と露出多めの服装。

 ……あまり凝視しないでおこう。


 こうして、俺は住み慣れた土地をあとにし、新たに加入した霧の旅団の解錠士として活躍することを胸に誓った。

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