第一章 解錠士(2)
◇◇◇
「うぅ……」
おぼろげな意識が徐々に回復していく。
「そうか……寝ちゃってたのか」
ゆっくりと目を開けながら、そう呟いた。
そういえば朝早かったし、ずっと緊張状態だったからなぁ……それが助かったと分かって緩んだせいか、気を失うように眠ってしまったみたいだ。
俺は目をこすり、周囲を見渡した。
「ここは……」
意識がハッキリしてくると、今度は記憶がよみがえっていく。
お宝アイテムを探してダンジョンで先行し、そこでレックスからミルフィと恋人同士であるというとんでもない言葉を告げられた挙げ句、用済みってことで殺されかけたんだった。
そして、モンスターの群れに襲われそうになり、一か八か崖から飛び下りた。幸いにもなんとか助かって、地底湖を見つけて、それから――
「……三種の神器……」
「あら? 気がついた?」
「うおっ!?」
これまでの経緯を思い出していたら、いつの間にか部屋に人がいた。不意打ちのような形で声をかけられたため、俺は思わず飛び退くほどの大きな反応を見せる。
「な、何よ、そんなに驚かなくてもいいでしょ」
「あ、ああ、ごめん」
いちゃもんをつけられて咄嗟に謝ったけど……誰だ、この子?
「え、えっと……君は?」
「あたしはイルナよ」
イルナと名乗った少女に、俺は一瞬見惚れていた。
赤色をした長くてサラサラした髪。服装は動きやすそうなデザインをしていて、少々露出が多め。年齢は俺と同じくらいで、十五、六くらいかな。宝石のような青くて綺麗な瞳にジッと見つめられ、俺は身動きが取れなかった。
「ちょっと!」
「えっ?」
「あたしが名乗ったんだから、あなたも名乗りなさいよ」
可愛らしい外見とは裏腹に、結構気が強いみたいだ。
「俺はフォルトだ。フォルト・ガードナー」
「ふーん、フォルトね。覚えたわ」
そう言うと、イルナは話題をガラッと変えるためか、「コホン」とわざとらしい咳払いをしてから話し始める。
「それで、なんでフォルトは地底湖にいたのかしら?」
質問するイルナの目が鋭くなる。
そこで、俺は事態を察した。
意識を失う直前――俺の方へ駆け寄る冒険者たちがいた。きっと、イルナは彼らの仲間なのだろう。
そして、地底湖にいたということは……彼女たちの目的も、三種の神器だったってわけか。
「あそこは適当に歩いて偶然たどり着けるような場所じゃないし……もしかして、あなたも隠しルートの存在を知っていたの?」
「か、隠しルート?」
なんの話だ?
そんなの知らないぞ?
……確かに、普通じゃ絶対にやらないようなルートをたどったのかもしれないけど、地底湖にたどり着いたのは偶然だ。
どうやって説明したらいいものか、と俺が答えあぐねていると、イルナの表情が曇っていく。
「あなた……まさかとは思うけど……あの断崖絶壁を転げ落ちてきたとでも言うんじゃないでしょうね?」
「断崖絶壁?」
「まあ、そんなわけないわよね。モンスターの群れにでも襲われない限り、あんな危険な崖から飛び下りようなんて判断するヤツがいるはずがないわ」
ケラケラと笑いながらイルナは言うが……まさにそんな状況だったんだよな、俺。
「……えっ? まさか本当に崖から飛び下りたの?」
笑顔から一転、ドン引きしながら俺を見るイルナ。
誤魔化す必要もないだろうし、ここは素直に答えておくとしよう。
「イルナの言った通りだ。俺はモンスターの群れに追い詰められ、一か八かの賭けに出たんだ――飛び下りたら助かるかもしれないって賭けに」
「呆れた……なんで生きているのよ……?」
「なんでって……」
……まあ、実際死にかけてはいたけどさ。
これもすべては三種の神器のひとつである天使の息吹のおかげだ。
――天使の息吹?
「あっ!?」
俺は三種の神器のことを思い出して、首元に手を添える――と、そこには確かに天使の息吹があった。
「よ、よかった……」
命を救ってくれたお宝アイテムが消えていなかったことにホッと胸を撫で下ろす。しかし、イルナは俺のその態度が気に入らなかったようだ。
「何? あたしたちが盗ったと思ったの? 失礼しちゃうわね」
「あ、い、いや……ごめん」
ご立腹のイルナへ、俺は素直に謝罪の言葉を述べる。俺があっさり謝ったことが意外だったのか、目を丸くしていた。
「うちのパーティーには『人のお宝を横取りするな』って掟があるのよ。先を越されたのは確かに悔しいけど……」
唇を尖らせながら語るイルナ。心底悔しそうではあるが、きちんと掟を守っているあたり、彼女の所属するパーティーは随分と健全なんだなと思う。
しかし……パーティーか。
そういえば、気を失う直前に聞こえてきたいくつかの声の中に、イルナのものもあったな。
「すっかり話が逸れちゃったけど――結局、なんでフォルトはあの地底湖にいたの? どこで情報を手に入れたの?」
「そ、それは――」
「俺もぜひ知りたいな」
部屋にスキンヘッドの中年男性が入ってきた。
男性の姿を見た俺はギョッと目を見開く。
二メートル近い長身に、鍛え上げられた筋肉。歴戦の猛者の証である全身の傷。
間違いない。
この人が――
「パパ!」
そう、パパ……パパ?
「おう、イルナ。看病ご苦労だったな」
「うん。って、特に何もしていないんだけど」
この厳つい人とイルナって親子なのか……全然似てない!
「さて、少年」
イルナのお父さんは部屋の隅にあったイスを引っ張り出して、俺の寝ているベッド脇に座る。
……近くで見ると凄い威圧感だ。
ちょっとでも油断したら頭から丸呑みにされそうな気さえする。一体、どれだけの修羅場をくぐってきたらこんな迫力をまとえるっていうんだ……?
「先に自己紹介をしておこうか。俺は霧の旅団って冒険者パーティーのリーダーをしているリカルドってモンだ」
「っ!? き、霧の旅団!?」
冒険者パーティーはランク分けされている。
俺の所属する――訂正、所属していたレックスたちのパーティーは最底辺のFランク。
それに対し、今の目の前にいるリカルドさんがリーダーを務めている霧の旅団というパーティーは最高ランクのSだ。
その名前は、この辺りを縄張りとする冒険者ならば誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。
何せ、俺たちの住むレゲン大陸では、Sランクに入るほどの実力を持ったパーティーは全部で五つしかないからな。
そのうちのひとつともなれば、嫌でもその活躍は耳に入る。
思えば、これだけ広い部屋を俺のために使用している――つまり、それだけの規模の宿を貸し切りにできるか、或いは自分たちが活動拠点とするためのアジトを持っているということ。
それだけで、中規模以上のパーティーであることは明白だった。
レックスたちはいつも格安の宿を転々としていたからな……まあ、あれはあれでいい面もあったけどさ。
「意識が戻ったところで早速語ってもらおうか――なぜあの地底湖にいた? それと、三種の神器のことはどこで誰に聞いたんだ? うん?」
口調自体は穏やかなままだが、明らかに気配が異なる。
嘘は許さない。
獲物を前にした猛禽類のような眼光が雄弁にそう語っている。
桁違いの迫力を前にして、俺は顔が引きつり、なんとか質問に答えようとするが、言葉がつかえてしまってうまくいかない。――と、
カランカラン。
動揺している俺の服から、何かが落ちた。
「おっ?」
リカルドさんがそれを拾い上げる。
それは鍵だった。
「あっ」
思わず声が出た。
あれは……俺が三種の神器の宝箱を開ける際に使用した鍵だ。
「ハハーン……なるほどね。君は解錠士だったのか」
「えっ?」
俺は解錠士じゃない。
けど、リカルドさんが勘違いしてしまうのは無理もないか。地底湖にあった宝箱を開けたのは俺なわけだし……あれ? だったら勘違いじゃない?
「やっぱり俺って……解錠士?」
「何それ? スキル判定をしたから鍵を手に入れたんじゃないの?」
「ああ、いや……スキル判定はまだ受けていないんだ」
「? じゃあ、この鍵は?」
「地底湖で拾ったんだ」
「拾ったぁ!?」
信じられないといった感じに叫ぶイルナ。リカルドさんは無言のままだが、その表情はイルナ同様、驚きで満ちていた。
「三種の神器が入っていたくらいだから、宝箱の解錠レベルはめちゃくちゃ高いはずなのに……スキル判定すらまともにしていないあなたが開けてしまうなんて……」
「いや……あり得ない話じゃないぞ」
未だに信じられない様子のイルナとは違い、リカルドさんは急に合点がいったと言わんばかりに満足げな顔だった。
「昔聞いたことがある。一流の解錠士には、鍵の方から近づいてくるってな」
「鍵の方から……」
解錠スキルを得た者の大半は、解錠レベル1からスタートする。数々の宝箱を開けていくことで、そのレベルは上がっていくのだ。
「君には一流になれる資質があった。だから、鍵の方が君を選んだのさ」
「そ、そうなんでしょうか……」
「でなくちゃ諸々説明がつかん」
リカルドさんは言い切るけど……俺に解錠士としての資質があったなんて、ちょっと信じられないな。
「それより、地底湖の周辺に君以外の人間はいなかったんだが……君は単独であの場にいたのか?」
「あぁ……まあ、はい」
元パーティーメンバーに消されかけたってことは黙っておこう。そもそも思い出したくないし。
「パーティーには所属していない、と?」
「今はフリーです」
「よろしい。ダンジョンへ潜った経験は?」
「この前が初めてでした」
「「えぇっ!?」」
これにはリカルドさんだけでなくイルナも驚いていた。
「……いやいや、君には驚かされっぱなしだな」
「ほ、本当に……」
「そ、そんなに驚くことですか?」
「俺たちは半年以上かけて地底湖への安全なルートを調査検討し、二十人いるメンバーを総動員してようやくあそこへたどり着いたんだよ」
それを、初めてダンジョンに挑んだ俺が目的のお宝をかっさらったってわけか……リカルドさんたちからしてみれば、とても納得できることじゃないな。
掟で他人の物は盗まないって話だったけど……三種の神器は例外と見られるかもしれない。
そんな不安に襲われていると、リカルドさんは何かを考え込むように目を閉じ、ツルツルの頭頂部を無骨な手で撫でまわした後、パチンと叩いてから口を開いた。
「少年!」
「は、はい」
「うちに入らないか?」
「へっ?」
「だから、霧の旅団に入れって勧誘しているんだよ」
「…………」
しばしの間があって、
「「ええええええええええええっ!?」」
俺とイルナの叫び声が重なった。