幕間一 ミルフィの決断

 フォルトが霧の旅団に加入し、歓迎会に参加している頃。

 当初の狙い通り、フォルトを始末したと思い込んでいるレックスだったが、格安の宿に戻ってからずっと不機嫌であった。

 理由は単純なもので、モンスターの大群にフォルトを襲わせたまではよかったが、一部が逃げる自分たちを追いかけてきて、やむを得ず戦闘に発展。その際に負った傷が思いのほか深く、ダメージが残ったからだ。

「クソッタレが……」

 設えられたソファに身を預けながら悪態をつくレックス。

 周りでは同じように戦闘で負傷したパーティーの仲間が痛みに顔を歪めている。

 万年貧乏な彼らのパーティーに人数分の回復薬があるわけなどない。その代わりに、ある優秀な回復スキルの使い手がいた。

 彼はその使い手を自室へと呼び寄せる。

「あ、あの……」

「来たか、ミルフィ。早速だが、回復してくれ」

 そう口にしたレックスの視線の先には、怯えた目つきをした金髪セミロングヘアの少女がいた。

 少女の名前はミルフィ。

 フォルトの幼馴染みで、彼が想いを寄せている子であり、パーティーでは回復士を務める。

 いつもならすぐに回復スキルを発動するミルフィだが、今日は少し動きが鈍い。顔も青ざめていて、明らかに様子がおかしかった。

「…………」

「どうした? 早くしろ」

「あの、リーダー」

「あん?」

「フォルトはどこですか? 一緒に連れて行ったんですよね?」

 意を決し、ミルフィは気になっていた疑問をレックスへぶつける。

 しかし、返ってきたのは思わぬ言葉だった。

「あ? あいつなら死んだよ」

「えっ!?」

 信じられない言葉に、ミルフィは固まった。

「それよりよぉ、体の傷だけじゃなく、心の傷も癒やしてくれよぉ」

 レックスの手がスッとミルフィの肩に添えられる――が、ミルフィはそれをすぐに払いのけた。

「フォ、フォルトが死んだってどういうことですか!?」

 声を震わせながら、レックスたちに迫る。

「モンスターに襲われたんだ。まさか、あんな一瞬で潰されちまうとはな……予想を遙かに上回る弱さだったぜ」

「そ、そんな……」

 とてもじゃないが、受け入れられなかった。

 本当にフォルトは死んだのか。

 自分の目でそれを確かめたくて、ミルフィは駆けだした。

 目指すはレックスたちの潜ったダンジョンであったが、いつの間にか背後に回っていた仲間に行く手を阻まれてしまう。

「どこへ行く気だ、ミルフィ」

 振り返ったミルフィが目にしたのは、ニヤつきながらこちらを見つめているレックスであった。

 ゾッとミルフィの背筋に冷たいモノが走る。

 次の瞬間、彼が――いや、このパーティーが自分たちを仲間として引き込んだ、その真の狙いを理解した。

 彼らは自分やフォルトを仲間として見ていない。

 きっと、彼らのことだ。

 フォルトを連れて行ったのは、いざという時の保険だったのだろう。そのいざという時が実際に訪れ、フォルトはその役目を果たした。

「フォルトを囮にしたんですか……?」

「囮? ……なるほど。そういう見方もあるか」

 ソファに座っていたレックスがゆっくりと立ち上がり、ミルフィへと近づく。

「おまえにとっちゃ辛い現実だが……死んだ人間はよみがえらねぇ。だが安心しろ。俺たちが末永くおまえを可愛がってやる」

 下卑た笑みを浮かべながら、レックスの手がミルフィに迫る。

 ――レックスがフォルトに告げた「ミルフィと付き合っている」という情報は事実ではなかった。すべてはミルフィを手に入れるためにレックスが仕掛けた卑劣な罠――だが、ミルフィにその真実を知る術は現状ない。

 気がつくと、周りの男たちも皆レックスと同じような顔になっていて、徐々に距離を詰めてきている。逃げ場を奪う気だ。

「…………」

 これからされることを想像して、ミルフィは震えた。

 大事な幼馴染み――いや、それ以上の感情を寄せているフォルトは死んだ。

 厳密に言えば、死んだのではなく、この連中に殺された。

 ここまでの情報をようやく頭の中で整理し終えたミルフィは、レックスたちの魔の手から逃れるため行動に出た。

「いやっ!」

 ミルフィは近くにあったモップを手にすると、それをレックスの顔面へ投げつける。それはちょうど彼の鼻っ面を直撃し、レックスはあまりの痛みに「ふごおっ!?」という間抜けな声をあげて床をのたうち回った。

「い、いってぇ! このガキィ!」

 起き上がり、鼻血を流しながら迫るレックス。

 だが、痛みで朦朧としているのか、動きが遅く、ミルフィは足を引っかけて彼を再び床へと倒した。

「レックス!」

 男たちの注意がレックスへ向けられている隙をついて、ミルフィは急いで部屋を出ていった。

「追え! 捕まえろ! 絶対に逃がすんじゃない!」

 走りながらレックスの叫び声を耳にしたミルフィは、急いで宿屋の階段を駆けあがると自分の部屋へ逃げ込み、慌てて鍵をかける。

 異変に気づいた他の仲間たちが次々とミルフィの部屋へと迫ってきているのが足音の数で分かった。

 ミルフィは手近にあった愛用のバッグを手にすると、窓からこっそり外へと出た。

 そのわずか数秒後に、レックスが仲間と共にドアを蹴破って室内へと押し入る。

「ちっ! ここから下へ下りたのか……すぐに捜しだせ!」

 もぬけの殻となった部屋を見たレックスは仲間たちにそう命令を飛ばす。さらに、自身も宿屋から出てミルフィを捜しに夜の町へと繰りだした。

「……なんとかまけたかしら?」

 ――ミルフィは宿の屋上にいた。

 窓を派手に開け放っていたのはフェイクで、本当はすぐ真上の屋上に避難していたのである。

 そこから町の様子を窺うと、あちこちにパーティーメンバーが散って自分を捜している様子が飛び込んできた。

「しばらくは動けそうにないわね」

 冒険者パーティーには欠かせない回復士である自分を、レックスは絶対に逃さないだろう。ここはすぐに動かず、状況を把握してから動きだしても遅くはないだろうと判断したミルフィは大きく息を吐いた。

「フォルト……」

 膝から崩れ落ちたミルフィは悲しみに暮れる。

 どれほどそうしていただろう。

 これ以上は出ないというほど涙を流した後、ミルフィはパチンと頬を叩いた。

「まだよ。自分の目で確かめるまでは……フォルトが死んだなんて思わない」

 そう決意を口にすると、ミルフィは屋根伝いに北を目指した。

 回復士は冒険者パーティーにとって必要な存在だ。

 夜通し捜していないと分かれば、彼らは捜索範囲を広げるため町を出ていくはず。

 ミルフィはそれをより確実なものにするため、町の北門近くに自分のハンカチを落としておいた。すると、それを発見したレックス一行は翌日狙い通りの行動に出る。

「ミルフィの足じゃそう遠くへは行けないはずだ! 隣町を徹底的に捜索するぞ!」

 大荷物を抱えて北門から外へと出ていった。

 きっと、次の町へ移動しがてら、自分を捜すつもりなのだろう。

「よし……これでダンジョンへ潜れるわね」

 レックスたちが見えなくなったことを確認すると、ミルフィは昨日彼らが潜ったというダンジョンのある町の南側へと向かうのだった。

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