始 真丘家の男の宿命

1 新入生歓迎会殺人事件(6)

「あー、何しているんです? えっ、パフォーマンスにゴール使いたい? ダンク決めたい? できるんですか? ちょっ、待ってください。許可取ってます? えっ、すぐそこにあるからいいじゃないって。やめてください、湿気で滑るんですから! シューズすら履いてないでしょ!」

「はあ? カンペ渡すから代わりにしやべってくれって。いや、いいんですか? アピールできるチャンスですよ? ただ読むだけですよ、家庭部の皆さん。頑張って、頑張って!」

「あー、十分前には集合してくださいって言ったのに、なんで来てないの!? 飛ばすよ! 飛ばしていいの! あー、わかりました、次の部活と順番入れ替えるんですぐ準備してくださいよ」

 と、いう流れで俺のSAN値はゴリゴリ削られる。

 ただ、来ているか確認してチェック入れるだけって言ったじゃないですか、うそつき!

 なんか時間が押したら俺の責任になりそうで嫌だから、どの部活が何時何分に受付に来たか、紹介に何分かかったか計っておきますね。

 自分の保身のためなら、いくらでもマメになる子、それがおか家の男です。

 ふうっ、それにしても、たくさん新入生がいるなあ、千人って村作れるよね。半分が女の子として、『運命の女性』とやらがいればいいなあ。

 他力本願だけど、俺自身、何が運命なのかさっぱりだからな。

 じいちゃんや親父おやじいわく、「ズキュンと来て、ぐわんとなる」とか「なぎかと思えば、渦潮に巻き込まれていた」だとか。俺としては、血走った目をして包丁持った女性がいたら、心臓がズキュンとなるし、まさに渦潮に巻き込まれた心境になるからね。

 意味がわからないけど、今のところ俺は異性に対して脅される以外でそんな気持ちにはなったことがない。ただひたすら恐怖の半生しかないんだ。

 さて、疲れているところに、まつおか先生がやってきた。

「なんでしょうか?」

 俺は義務的に対応する。

「ステージ内を確認する。入るぞ」

「ええっと、何を確認するんですか?」

 俺はドキドキしつつ、松岡先生に聞いた。

 ステージの奥、どんちようの裏にはオーケストラ部の楽器や、演劇部の大道具などが置いてある。去年の学園祭の時に、ステージに置いてあったそれらや種々の機材が壊されていたことがあったらしい。なので、ステージ内は基本立ち入り禁止、特別な用事で入る時はちゃんと用件を確認するように言われていた。主に、オーケストラ部と演劇部に。

「演劇部が昇降装置を使いたいなどと抜かした。駄目だと言ったらくされていたので、危険な別の機材を使う可能性がある」

 俺には松岡先生を止める理由はない。『女史』なら勝手にやりそうだ。

「な、中は暗いのでお気をつけください」

 俺にはそれしか言えない。いや、奈落の掃除したんだけど、無駄になっちゃいましたね。

「ああ。少し時間がかかるかもしれないが気にしないでくれ」

「わかりました」

 俺はステージに入っていく松岡先生を見送ると、次の部活動紹介の確認をする。部員たちはすでに来ていたのでよかった。


「悪いけど、ちょっとトイレ行ってきていい?」

 俺は隣に座っていた放送部の子に話しかける。松岡先生はまだ出てこないけど、ちょっと時間が空いた隙に行きたかった。

 放送部の子は、同級生で名前は知らない。けど、たぶん悪い女の子じゃないと信じたい。今後も顔を合わせるようなら、傾向と対策手帳に追加する予定だ。

「わかった。じゃあ、そのあと私、交代だから早く帰ってきて」

「うん」

 さっと、トイレに行って戻ってくると、今度は『聖母』がやってきた。

 ジッと俺を見ている、何か用だろうか。もしかして受付を代わってくれるのだろうか。

「ま……」

 まりあちゃんと言いかけて止まる。やめよう、下手に異性を下の名前で呼ぶと、勘違い野郎として警察に突き出されるかもしれない。確か名字は『柊木ひいらぎ』だったよな。同じ名字のやつがクラスにいて、『柊木』というと、ふんわりマシュマロボディの彼を思い出してしまう。名字で言い直す前に、『聖母』はどどんと黒くて細長い革のケースを取り出した。

「音楽部です。受付そろそろですよね」

「……はい?」

 俺を手伝いに来たんじゃなかったんかい、と落胆しつつ、音楽部にチェックを入れる。音楽部は代表がフルートを演奏すると聞いていた。でも発表者が『聖母』だとは聞いていない。

 一言教えてくれてもいいんだけどなあ。

 まー、なんとなくですがわかります。どうやら俺は『聖母』に嫌われているようです。妙ににらまれている気がします。理由はわかりませんが、生理的に受け付けないとかあるかもね。面と向かって言われたら、毎朝鏡を見ては舌をみ切りたくなると思う。

 嫌われる、いいよ、病んでるレディに刺されるより、距離を取っていただいたほうが俺としては安全なので。あっ、傾向と対策手帳には記入済みです。あとで音楽部と追記しておこう。

 今の俺のままでは、叔父さんと同じ運命を辿たどるんだろうなって確信があって怖い。叔父さんは、高校時代女性を避けまくった。避けまくった挙句、全然違うところでストーカーに会って刺された。死にたくない。死にとうない。

『聖母』はステージに上がると、革ケースからフルートを取り出した。

 ステージの前側に立つと、『聖母』は一礼だけしてフルートを吹き始める。制限時間は五分なので時間がもつたいないと言わんばかりだ。

 でも、彼女のやり方は成功だ。

 新入生の空気は「早く終わらねえかなー」という『歓迎』の二文字とはかけ離れたものになっていた。面倒くさい説明をすっ飛ばして、ただれいなフルートの音を奏でる。興味なさそうにスマホをいじっていた新入生、舟をこいでいた新入生もだんじように見入っている。

 俺自身も何の曲かわからないけど、つい目をつぶって聞き入ってしまった。

『聖母』は曲を終えると一礼して帰る。パチパチと拍手の音が鳴り、暇そうな新入生たちは目をきらきらさせた。電子しおりも、『聖母』が誰なのか調べるためか、二次元コードを読み取る者もいる。

 あー、『聖母』。全然、仕事してくれなかったけど、ありがとう。ほんと、ただ見ているだけだったけどありがとう。今思えば、ただ音楽部の下見に来ただけだったのかもしれないけど、ありがとう。

 さて、いい感じになったところで、上げて落としてしまう。次は部活というか、同好会。軽音同好会だ。しよぱなから、いきなり「キィーン」はやめてくれ。フルートの余韻がもろくも崩れ去る。インパクトを狙ったのかもしれないけど、たぶん技術が追い付いてなかった。新入生だけでなく、先生たちもにらんでいる。悪いけど、部への昇格は難しいだろうな。

 それにしても、オーケストラ部、音楽部、軽音同好会。うちの学校、音楽系多いなあ。

 ざくら高校は部活動への参加は自由なんだけど、学校側としては勉学を優先してもらいたいらしい。赤点を取ると、追試で合格するまで部活動禁止。特進クラスだと成績が上位五十位以内に入らないと退部しないといけないらしい。

 普通科で帰宅部の俺には関係ない話だけどね。

 ってことは全然手伝ってくれないけど、『聖母』は成績優秀者なんだねえ。手伝ってくれないけどねえ。

 軽音同好会のあとは化学部。愚者の黄金を作りたいとか言っていたけど、薬品系を持っていくのは先生に却下された。仕方なく、ドライアイスと段ボールで空気砲。小学生のわくわく理科実験みたいだ。煙は線香でやる予定だったが、火災報知器が反応すると怖いのでドライアイス。そういう工夫いいよね、と俺は感心。

 こうして次々と部活動紹介を終えていく。予定より進行が少し早くてうれしい。

「ねえ、ステージに入りたいんだけど」

 大変高圧的な言い方をなされるのは、はい、『女史』です。今日もおかっぱ頭が決まっていますね。おや、眼鏡は銀フレームですか。お洒落しやれですねえ。

「ええっと、何をしに?」

「機材チェック! 開演前に壊れていたら困るでしょ!」

「はい」

 俺は黙って見送る。

 そういえばまつおか先生はどうしたんだろ?

「ねえ、松岡先生はステージから出てきた?」

 俺は隣の放送部員に聞く。前半の女の子と交代していた。名前も知らないけど、男子なのでいくらか話しやすい。

「出てきたんじゃない?」

「そう」

 俺がトイレに行っている間に出たのかな。一応確認したいけど、次の部活がやってくる。受付をしているうちに、『女史』が出てきた。

「どうでした?」

「別に、ぱっと見、変なのはなかった気がするけど、暗いからよく見えないのよね」

「あと中に、まつおか先生いらっしゃいませんでした?」

「はあ? 松岡なんていなかったわ。あいつのせいで、演目変更になったのよ!」

 松岡先生、嫌われているなあ。

「あの野郎、『大した結果も出していないのに、大きな顔だけはするなあ』ですってー。はあ? 成績至上主義な癖に、特進クラスから外れた先生はずいぶん大きなことをおっしゃられるわねえ。大体、去年機材が壊されたのもあいつがやったんじゃないかって……」

 スイッチが入った。終わらない終わらない。つらつらと松岡先生の話が出てくるのだから、憎悪を通り越して好きなんじゃないかと疑いたくなる。

「あっ、はい。ええっと、言いたいことはわかりますが、後ろがつかえてまして」

「──なんで私は言ってあげたの。そこは……」

 話、聞いてくれない。落ち着こうね。ごめんね、放送部員。俺の代わりに受付してくれている。早く終わらねえかな、と天に祈っていると、キュッキュッと足音が聞こえた。

「演劇部、受付できないだろ、困らせるなよー」

『三角巾』の足音だった。今日は大雨なので、湿気で体育シューズの底から音がするんだ。上履きと比べて滑り止めがついている。

 あー、しかし、床汚れているわ。あとでモップかけしないといけない。基本、体育館では体育館シューズを履かないといけないんだけど、面倒だから皆上履きで入ったりするんだよね。

「困らせてないから。あんたこそ何の用?」

 いや、困ってます。『女史』ったら自覚ないんだ、これはたちが悪い。

「それがさ、ステージにスマホ忘れてきたみたいで。朝、入学式の準備したときじゃないかと思う」

「はあ? 何やってんのよ。全然、既読つかないと思ったら」

 仲悪そうに見えて連絡先は交換してんですね、お二人。

「だから取りに行っていいか?」

「すぐ戻ってきなさいよ」

 あっ、実はツンとしてデレ側の人なのかな。俺にはそういう特性の人はわからない。大体、ヤンとしている人にばかり会ってきたもんで。

「じゃあ、ちょっと見てくる」

「そう、じゃあね」

『女史』、ようやく去ってくれた。俺は、『三角巾』の後ろ姿に手をすりすり合わせておく。

『三角巾』のスマホはすぐ見つかったらしく、五分もしないうちに出てきた。

「ありましたか?」

「あった、あった。悪いね。仕事の邪魔して」

「いえ」

『三角巾』が帰っていく。そういや、陸上部、最初の紹介だったけど、『三角巾』はいなかったなあ。しているから、代わりの人がやったのかな。

 それから、いくつかの部活の発表を挟んで、『名誉運動部』とオーケストラ部員が数人やってきた。

「どうしましたか?」

「演劇部と同じ理由と言ったらわかる?」

「はい、どうぞお通りください」

「そのまま残っていていいか? すぐ出番だと思うけど」

「問題ないかと」

 どんだけ用心深いんだろう。去年、楽器や機材を壊されたことが、余程嫌だったってことはわかるけど。

 何か熱中できるものがあるっていいなと思いつつ、俺はスケジュールを確認する。

 あと二つ終われば、残りは大掛かりな出し物の部活だけ。オーケストラ部に演劇部。

 ということでさっさと終わらせたい。

「よっ、りく

 ぎゅっと拳を握った俺に話しかけるのは、ユキだった。

 俺は進行表を確認する。次は剣道部で、ユキは両側から部長と副部長に挟まれてやってきている。逃げられないようだ。

「あー、早く終わらせたい」

「終わらせたいって、ただ立ってればいい。無駄にいい笑顔を見せて、ただ突っ立ってればいい」

「そうそう。あんたはマネキン。マネキンは何もしなくていいから」

 剣道部部長と副部長に言われる。

 ユキは、すごい言われようだ。

 部長と副部長はユキの素をわかっているみたいだ。よかったな、ユキ。同時に利用されているけど。

 文芸部の紹介が終わり、剣道部が移動する。

 俺は時計を確認する。一つの部活につき五分、だけどただカンペを読むだけの部活は三分とか四分とか時間が余る。それを見越して、オーケストラ部と演劇部は余った時間を有効活用するつもりでトリを狙ったのだ。

 俺としては、この辺りで厄介ごとが出てきそうな気がしたけど問題なく終わりそうで安心する。

 こんなことを考えている間に、剣道部が終わる。本当に何もしなかったな、ユキ。終始笑って、手を振れと指図されていた。

 剣道部が戻ってくる前にオーケストラ部は速やかに準備を始める。軍隊の隊列を思わせる楽器を持った部員たち。バイオリンやチェロ、シンバルにホルン、あとトランペットもある。他はよくわからない。大きな楽器はそのままステージに置いているはずだ。

 どんちようが上がり、やってきた部員がそれぞれ楽器を持って配置に移動する。

 引き割幕というやつが、妙に曲がっている気がしたが、気のせいか。

 準備に二分もかからなかったのはさすがだなあと思いつつ、いや、残り時間足りるの? という心配は予想通り、尺を無視した時間延長で終わった。

 次の演劇部がイライラしている。わかる、わかるんだけど、俺に殺意を向けないでくれ。

『名誉運動部』は演奏を終えると、満足しきった顔で楽譜を片付け始める。特に紹介もなく、片付けを終えた部員から出ていく。

 演劇部は、片付け途中のオーケストラ部を追い出すようにずかずか大道具を運び込んでいく。

 いや、寸劇にしようよ? 何、背景をスクリーンに映し出しているの? 五分だよ、五分。

 怖い、まつおか先生に文句を言われる。

 怒られる時は、『聖母』、何もしなくていいから、横に突っ立っててくれないだろうか。松岡先生は、特進クラスには甘いから、説教タイムが減ると思うんだけど。

 ハラハラしながらも、劇は終わった。

 演劇部は短い時間ながらもわかりやすい内容の劇で面白かった。面白いんだけど、そこ、カーテンコールかけないで。すぐ終わらせて。

 放送部が頑張って終わりのアナウンスをかけてくれたからよかった。『女史』はちょっと不満ながらも、舞台から降りてくれる。

 あとは、松岡先生が締めの挨拶をすれば終わりだ。ええ、あの松岡先生です。締めは学年主任です。

 けれど、おかしい。だんじように松岡先生は現れない。妙な間に体育館がざわめく。

 どうしようか、と放送部が俺に助けを求めている。仕方なく、何人か残っていた先生に話をする。先生の一人が代わりに挨拶をする。三年の学年主任の先生がいて助かった。松岡先生とはさほど仲良くないようで、閉会の挨拶のあとは任せたとこっちに放り投げた。

 新入生は特に気にした様子もなく、体育館から出て行った。

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