第二章 教官シド(3)

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 テンコ率いる王国の兵士達に保護された後、アルヴィン達はキャルバニア王国首都、王都キャルバニアへと到達する。

 城壁の門をくぐり抜けた先に広がる城下町には、鋭角の屋根の石造り家屋や建物が建ち並び、あちこちに広場が点在している。街の各所に神殿や大学、集会場に商館、市場に広場、居酒屋にといった施設が存在し、城門へと続く大通りの脇には、様々な店舗や露店、屋台が建ち並び、行き交う多くの人々で活況を呈していた。

 そんな大通りを進んで、アルヴィン達は王都の中心部へ。

 そこには、山のようにそびえ立つ、キャルバニア城がある。

 キャルバニア城は、中心部にある巨大な本棟城館の周囲に無数の塔や別棟城館、城壁が配置されており、その構造は、上から大きく四つの層に分かれている。

 王族の居住区、宮廷、謁見の間──国政に関する機能などが詰まった、上層階。

《湖畔の乙女》の神殿、叙勲を受けた騎士や国政をつかさどる大臣達の居住区、法廷所や軍施設、空中庭園などがある、中層階。

 未来の騎士達を育成するキャルバニア王立妖精騎士学校と、その訓練場や学生寮、中庭や前庭、堀や水路、馬舎などがある、下層階。

 倉庫や資料室、ろうごくや刑場、闘技場など、その他の施設がひしめく、地下層階。

 キャルバニア王国建国時に、湖畔の乙女達や、巨人族ティターンの職人達が力を合わせて建造したとされるこの城の内部は、古き魔法によって異界化しており、外見をはるかに超える区画面積を有している。

 まるで城自体が、一つの巨大な町──そんな城だ。

 堀にかかる跳ね橋を渡って、王城へ帰還したアルヴィンは、さっそくシドを、王城中層階《湖畔の乙女》の神殿区画へと招くのであった。


 ────。


「いくらアルヴィンの言葉でも、私は絶対に反対です!」

 幾本もの石柱とアーチ型で構成され、奥に祭壇があるさい場にて。

 テンコのキンキン声が響き渡っていた。

「ま、まぁまぁ、落ち着いてよ、テンコ」

「いえ、落ち着けません! あなたは何もわかってません!」

 アルヴィンが宥めても、テンコは頑としてそれを受け付けない。

「だって……彼は、あの《野蛮人》シドきょうなんでしょう!?」

 テンコは、どこか楽しげにこちらを窺っているシドを、びっ! と指差した。

「残虐非道にて冷酷無比! さいは聖王アルスルに成敗された大罪人! そんな悪人をアルヴィンのそばに置くなんて、いくら強くても、私は絶対に反対です! ましてや、キャルバニア王立妖精騎士学校の、私達の学級クラスの教官騎士にするなんて!」

 アルヴィンが、シドに関する経緯と事情を説明し、シドを自分達の教官騎士として迎え入れたい……そう言いだして以来、テンコとの議論は完全に平行線であった。

「な、なんてことを言うのさ、テンコ!」

 さすがに聞き捨てならないと、アルヴィンが声を少し荒らげる。

「何度も言ったじゃないか! シド卿はそんな人じゃない! 本当のシド卿は──」

「いつもの与太話ですか!? そんなのうそっぱちに決まってます!」

「だ、だから、それは──」

 すると、アルヴィンがシドへすがるような目を向ける。

「シド卿も何か言ってください! あなたはそんな人じゃありませんでしたよね!?」

「俺が悪人か、どうかだったかって?」

 すると、腕組みしているシドは、くすくすと面白そうに含み笑いをした。

「ふむ? さぁて、実際はどうだったかな? 俺、よく覚えてないんだよなー? アルヴィン、お前はどう思う?」

「し、シド卿!?」

 なぜか、はぐらかすシドを、アルヴィンがさらに問い詰めようとした、その時だ。

「もう、あなた達は一体、何をやっているのですか? シド卿が困っているでしょう?」

 その場に、まるで夢か幻のように美しい女が現れていた。

 見た目の歳の頃は、十八、九程だろう。

 あおく輝く長い髪、澄んだマリンブルーの瞳。とがった耳。肌は新雪のように白く透き通っており、尊顔の造作は神域の彫刻家が人生を費やして彫り出したかのごとく精緻に整っている。そのようえんな肢体は、女性として過不足ない完璧な黄金律を描いている。

 優美な身体からだのラインを申し訳程度に隠すように、極薄のドレスと羽衣を羽毛のようにまとっており、その全身からにじみ出る神秘性は隠しようもない。

「お話は、お聞きしました……見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

 叱責を受けて押し黙るアルヴィン達の前で、女はぺこりとシドへ頭を下げた。

「そして、あの子を……王子を助けてくれて、本当にありがとうございます。先日はちょうど、私もテンコも王子のかたわらにいなくて、本当に危ないところでした」

 すると。

「ほう? ……お前、半人半妖精族ニミュエか?」

 シドは、何かをなつかしむようにそう問う。

「はい。私は、《湖畔の乙女》の当代のおさを務めるイザベラ。聖王アルスルとの古き盟約に従い、この国を守護する者です」

 しつけな質問にもかかわらず、その女──イザベラはにっこりと屈託なく名乗った。

 この世界には、実に様々な人種がいる。

 代表的な人種を挙げれば、人間族ヒューマン亜人族セリアン巨人族ティターン半人半妖精族ニミュエ……等々。

 半人半妖精族ニミュエは、光の妖精神エクレールの使徒とされる存在であり、人に比類なき美貌とマナ、寿命を持つ、女性だけの神秘的な一族だ。

 そんな半人半妖精族ニミュエ達の中でも、聖王アルスルと古き盟約を結び、王家と王国に力を貸す者達を、特に《湖畔の乙女》と呼ぶのである。

「そうか。王家と《湖畔の乙女》達との盟約も、まだ生きているんだな?」

「あら、過去の記憶が曖昧だとお聞きしましたが、覚えていらっしゃるのですか?」

「ああ、部分的にはな」

 そして、シドがちらっとテンコを見て、どこか愉快げにイザベラへ聞いた。

「しかし……今の時代、俺はそんなにし様に語られているのか?」

ひどいってものじゃないですよっ!」

 すると、我が意を得たりとテンコが割って入る。

「残虐非道にて冷酷無比! 弱きを痛ぶり、女を犯し、戦場で無意味なさつりくを続け、ざんけつを築き上げたと語られる、騎士の風上にも置けない外道! 今に伝わる《野蛮人》シドの悪辣な伝説や逸話なんて、挙げ始めれば枚挙にいとまがありません!」

 そうテンコが断言すると。

「くっくっく……」

 逆に、シドはどこかうれしそうに含み笑いをするだけだ。

「な、何がそんなにおかしいんですか!?」

「いや、何。お前達が伝説と呼ぶ時代……俺達騎士は後世に名を残し、詩人に活躍をうたわれることを夢見て戦ってたもんだが……」

 ニヤリと不敵にほほんで、シドがテンコを流し見る。

「〜〜〜〜ッ!?」

 その瞬間、テンコの顔が怒りで真っ赤になる。

「騎士ともあろう者が悪名と悪行を誇るなんて! 今、わかりました! 私、あなたのことが大嫌いです! 伝説時代最強の騎士か何か知りませんが、私は同じ騎士として、あなたのことなんか、絶対、絶対、ぜ〜〜ったい、認めませんからねっ!?」

 ひょうひょうとしているシドに、激しい剣幕で詰め寄るテンコ。

 だがそこへ、アルヴィンが意を決したように表情を引き締め、割って入る。

 そして、シドへ力強く言った。

「僕は、信じます」

 それは、とても強い意志がみなぎる言葉であった。

「ほう?」

 やはりどこか愉快げなシドを真っぐ見上げて、アルヴィンは告げた。

「あなたが自身の評価について肯定も否定もしないのは、何か理由があるんでしょう?」

「……、……さぁな?」

 ほんの一瞬だけ言葉に詰まり、シドは肩をすくめて、そう返した。

「ただ単に、過去をキレイさっぱり忘れているだけかもだぞ?」

「それでもです。僕は、あなたが悪し様に語られるような人だったとは思えない」

「…………」

「シド卿は、昨夜、絶望のふちに立たされた僕の呼び声に応えてくれました。そして、死の眠りから目覚め、僕のために戦ってくれました。僕はシド卿を信じます! 僕はあなたこそ、騎士の中の騎士だと信じています!」

 アルヴィンは自身の内の気持ちを真っ直ぐ、目をしばたたかせるシドへとぶつけた。

「そして、だからこそ、あなたに教えを乞いたいんです」

 身を乗り出すようなアルヴィンの勢いに、シドは目を瞬かせる。

 アルヴィンは悔しそうに、おのが手を見つめる。

「近年活動が活発になった妖魔達や、北の魔国の脅威に、今の王国の領民達は常に不安を抱えています。この平和は、ふとしたことでもろく崩れる砂上の楼閣……」

「…………」

「いずれ、僕はこの国の王になります。その時、僕はこの国を、民を、あらゆる苦難から守らなければならないんです。だから、強くなりたい。

 僕だけじゃない、この国を守るために、皆、一人一人が強くならないといけないんです。だからお願いします! 僕達の教官になってください! 鍛えてください!」

 そう必死に訴えて、アルヴィンはシドをじっと見つめた。

 そう、アルヴィンは信じられる。他の誰がシドを信じられなくとも、キャルバニア王家の人間たる自分だけは、シドを信じられるのだ。

 なぜなら──……

「…………」

 そんな真っ直ぐな思いを目でぶつけてくる、アルヴィンを。

 シドは、しばらくの間、じっと見つめ返す。

 やがて、ふっと相好を崩して、懐かしむように言った。

「ああ。やっぱ、お前……似てるなぁ、あいつ……アルスルに」

「……え?」

「やれやれ、気をつけろよ? そんな簡単に人を信じちゃ、あいつアルスルみたいに、悪い女にすーぐだまされるぞ?」

「えええっ!?」

「あいつ、イケメンだったが、女運が最低最悪の上におひとしだったからなぁ。俺がついててやらんと、すぐ女で酷い目に遭う」

「な、何か今、偉大なご先祖様の知りたくなかった駄目な一面が!?」

「だがな……」

 シドは、アルヴィンの頭に手を乗せ、優しくでながら言った。

「……ありがとうな、アルヴィン」

「あ……」

 アルヴィンへ向けられたシドの笑みは、どこまでも優しかった。

「そうまで言われて協力しなきゃ騎士が廃る。しゃーない、教官騎士の件、任せろ」

「……う、うん……こちらこそありがとう……よろしくお願いします……」

「おいおい。言ったろ? 王が簡単に頭を下げるなと」

「それでも、です」

 アルヴィンは、心の底から嬉しそうに微笑み返すのであった。

 そんな二人の様子を見ていたイザベラが、苦笑しながら隣のテンコを流し見る。

「……どうやら、決まりのようですね」

「む、むぅ〜〜ッ!」

 当のテンコは、納得いかなそうに、みするしかないのであった。

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