第2話 約束

「ぎゃー、寝坊したーっ!」

 早朝のきりしま家に、絹を裂くというには程遠い、ひめの叫び声が響き渡る。

 はやはその声を聞きながら「またか……」とつぶやき、あきれた顔のまま長方形の卵焼き用フライパンで、器用に卵をひっくり返していた。

 作っているのはだし巻きたまご。かつおぶしがしっかり効いた、隼人の得意料理の一つである。もちろん宴会でのお墨付きだ。冷蔵庫の掃除がてらに刻んだ水菜が入れられているのはごあいきよう。しかしこれはこれで食感が楽しくなるので、隼人本人は気に入っていた。

「もー、どうして起こしてくれなかったの!」

「いやだってほれ、時計」

「もう7時半回ってんじゃん!」

「余裕だろ?」

「ダッシュしても……って、そっか。そうだった」

「向こうと違って、学校近いだろ?」

 寝癖がまだ付いたままの姫子は、テヘりと小さく舌を出す。

 急な引っ越しに思うところはある。しかし登校時間が大幅に削減されたのは、素直に喜ばしいところだった。

「おにぃ、それなに?」

「弁当だよ。昨夜の残りにだし巻きを加えただけだけど。昨日、購買や食堂を見てちょっとな……」

「あーうん、そういうこと。で、時におにぃ様?」

「はいはい、姫子の分もあるぞ」

「さっすが、わかってる!」

 隼人は昨日の人だかりに薄ら寒いものを感じていた。

 全員が食べ物に向かって殺到する様はさながら合戦である。

 それは都会の学生にとっては慣れたものだろう。しかし田舎者の隼人はそんな訓練を積んでいない。たまにならともかく、隼人は毎日あの戦場に突撃する勇気は持ち合わせていなかった。それはきっと妹も同じだろうと思い、あらかじめ2人分用意していたのである。

 隼人は割と、世話焼きなところがあった。

 時間に余裕があるとはいえ、さほどゆっくりしていられるほどでもない。

 手早く朝食と準備を済ませ、隼人と姫子は同時に家を出てカギをかける。

「暑い……」

「あっつ……」

 そして外に出た瞬間、兄妹そろって同じ台詞せりふを吐き出した。

 田舎と違ってき出しの地面は無く、敷き詰められたアスファルトが熱を蓄えている。日差しを遮る木立も皆無で、初夏の太陽がこれでもかと肌を焼く。

 つきと違い、この街は体感温度がやたらと高い。兄妹は朝からげんなりした気分のまま通学路を歩く。

「じゃ、あたしこっちだから」

「おぅ」

 途中で姫子と別れた隼人は、田舎の涼しさを恋しく思う。

 人の多さと緑の少なさが、いやおうなしに新天地に来たことを意識させる。

 望んで来たわけではない。馴染むには、まだまだ時間が掛かりそうだった。

(あ、そういえば)

 田舎のことを考えていたからか、気になることを思い出す。

 昨日、月野瀬のことを連想させられた、校舎の裏手にあるうねの作られた花壇である。

 ズッキーニの花は朝に咲く。そして昼過ぎにはもうしおれてしまう。

 だから、朝の内に受粉させなければならない。

 脳裏に浮かぶのは、一所懸命だけどあわあわしてばかりの女の子。

(大丈夫かな……)

 校門を通り過ぎた隼人は、気付けば足が花壇へと向かっていた。


 花壇のある場所は、校舎の裏手とは言え陽当たりの良い場所だ。人の通りも少なく、校内で植物を育てるには最適だろう。

 遠目からでもズッキーニの大輪の黄色い花が、いくつか咲いているのが確認できた。それらの前で月野瀬のげんじいの羊に似た癖っ毛の女の子が、オロオロしているのが見える。

「おはよう、どうしたんだ?」

「ぴゃあっ! ……あ、昨日の」

「花、咲いてるね。受粉は?」

「ええっと、あのその……」

「綿棒があると楽だけど」

「……無い、です」

 園芸部の女の子は、恥ずかしそうに顔を赤らめうつむいてしまう。

 どうやら調べが甘かったようだ。

 このまま何もしなければズッキーニの実は大きくならないだろう。わざわざ声を掛けながら、それじゃあと去っていくほど、隼人は薄情でもない。

「あー、根元に緑色の実の元があるのが雌花、無いのが雄花だな。摘んでいい?」

「ふぇ? は、はい、よろしくお願いします!」

「花弁は邪魔だから剥いちゃって……剥き出しになったおしべをこう、めしべにこすり付ける。わかるか?」

「や、やってみます! こう、かな……えっとその」

「一度に全部花粉を付けるんじゃなく、おしべ1本でめしべ2つ3つくらいはできるよ」

「は、はい!」

 隼人のアドバイスを受けて、彼女も受粉に取り掛かる。

 畑に比べれば小さいが、花壇としては結構な大きさだ。朝のショートホームルームまでの時間は残り少ない。

 少し急ぎつつも、隼人も久しぶりの農作業に心が弾む。自然と口元も緩む。

「私、野菜って勝手にできるものだと思っていました……」

「うん?」

「おしべとめしべがくっ付いて、そうした営みがあって実がって……あぁ、この子たちも生きているんだなぁって。そして私たちはそれを食べているんですね……」

「そう、か。そうだな……うん、その通りだ」

 隼人にとって畑仕事は、身近にある生活の一部だった。

 月野瀬は農家が多く、こうしたことなんてありふれていた。単なる作業の一つだと思ってしまっていた。

 だからこそ園芸部の女子生徒の意見は新鮮で、思わず彼女の顔に見入ってしまう。

 隼人の視線に気付いた彼女は、やおら顔を赤くしていったかと思えば、急に立ち上がって手をバタバタとさせて慌てだした。

「あのその変なっ……変ですよね! おしべとめしべってそれってえっちぃ……はうぅぅ」

「ま、待て!」

「いやその、おしべとめしべのこれって子づく──きゅぅぅ」

「落ち着いてくれ!」

 突然の彼女の暴走に、隼人もどうしていいかわからない。

 隼人には絶対的に、同世代の女子への対応力というものが欠けていた。

「おしべめしべに赤い顔のたけさん……一体これは何をやってるんですか、

「に、かいどうさん!」

「はる……二階堂っ」

 そんな2人の状況にツッコミをいれるかのごとく、この場にはるが現れた。

 そのひとみはジト目でとがめるような色を宿している。元が美少女なだけに妙な迫力があり、隼人と園芸部の女子生徒は後ずさってしまう。

「あのえとその、私……お、おはようございます、失礼しますっ!」

「……あっ」

 女子生徒はそんな空気に耐えられなくなったのか、元からいっぱいいっぱいだったことも相まって、脱兎のごとく逃げ出していった。

 後に残された隼人は、むすーっとした様子の春希と2人っきりになってしまう。

「これはだな、その……」

「ふふっ、やっぱりあの子、源さんに怒られて逃げるメェメェたちに似てるね、隼人」

「……春希?」

 どう言い訳しようかと思案していた隼人であったが、予想に反して春希の弾んだ声が返ってくる。その顔は悪戯いたずらが成功したかのような、悪ガキの顔そのものだ。

「いつから見ていた?」

「受粉の残り半分くらいから? 何してんだろうって見てたら、あの子が急に赤くなって慌てだして、これはボクが助け舟を出さなきゃと思ってさ」

「結構前からじゃねーか。見ていたのなら声を掛けてくれてもよかったのに……俺に変なこと言ったってなっているぞ、あれ」

「ボクには学校での立場とかキャラがあるからねー、しょうがないんですー」

「俺はいいのかよ」

「隼人はいいの」

 春希はくるりとスカートを翻して、楽しそうな笑みを浮かべて言う。

「だって友達だもん」

「……なんだよ、それ」

 無茶苦茶な理屈だった。

 2人の間にくすくすという忍び笑いが流れる。

(ま、いっか)

 どうしたわけか、そう思ってしまう隼人であった。

 ついでとばかりに、春希と共に花壇から教室へと向かう。

 いい時間になっていた。昇降口は遠く、かつてのように肩先を並べて早足気味に急ぐ。

 そんな中、隼人はふと春希の視線を感じてしまい、横を見る。

「うん、何だ?」

「べっつにぃ~? どうしてボクの方が見上げなきゃ、だなんて思ってないよ~?」

「……子供か!」

「ぷいっ」

 つーんとそっぽを向き、「昔はボクの方が背が高かったのに」とつぶやく春希。

 そのっぽい言動に、隼人もあきれつつも、笑い混じりのため息を吐いてしまう。

 昔も今も変わらぬおさなじみ。同じ過去と思い出を共有した仲。

 しかし教室に足を踏み入れれば、たちまちただのえない転校生と優等生のたかの花へと変化してしまう。

「あ、二階堂さんだ」

「よし、ここは二階堂に聞いてみよう。英語の課題なんだけどさ、この訳だけど……」

「すまん、こっちもついでに教えてくれ」

「あーしも!」

「えぇっと、ですか? はい、いいですよ」

 猫をかぶりなおした春希は、男女を問わずあっという間に囲まれた。一瞬にして隣の席周辺の人口が過密する。

 どうやら彼らは昨日出た課題の件で、春希に聞きたいことがあるようだった。

(そういや成績優秀なんだっけか)

 昨日聞いたことを思い出す。それでも押しかけているうちの何割かは、春希と話をしたいだけが理由なんじゃないか、などと考えてしまう。

 きっと春希自身も、そのことはわかっているのだろう。

 それでも静かに微笑みたおやかに返事をする様は、なるほど人気があるのもうなずける。

 隣の席ではあるのだが、田舎者で人混みの苦手な隼人は、自主的に窓際の方まで避難して、人気者の幼馴染の様子を観察することにした。

(擬態、って言ってたっけか)

 そんな昨日の言葉を思い出す。隼人も最初、その擬態にだまされた1人だ。

 もっとも騙されたからと言って、春希にどうこう言うつもりはない。

 隼人にとって春希はだ。

 擬態にも何か理由があるのだろう。無理に聞き出す気も無い。もし必要となったら言ってくれる──そんな信頼感があった。

 今はただ大変だなぁと、人に囲まれている春希の様子を眺めて苦笑いをこぼす。

「二階堂、すごい人気だろ? あれ、いつものことなんだぜ」

「凄いな。確かに見た目は可愛いとは思わなくもないが……ええっと?」

「そういや自己紹介まだだっけ? もりだ。森おり。よろしくな、転校生──いや霧島」

「あぁ、よろしく、森」

 話しかけてきたのは、明るく脱色した髪が特徴的な、少し軽い感じのノリの男子生徒だった。昨日積極的に質問してきた1人でもある。

 森はニヤニヤした顔をしながらも隼人の隣に陣取り、一緒に春希の方へと視線を移す。

「まぁ、転校したてであの輪の中へ飛び込むにはハードルが高いわなぁ」

「俺は別にそういうのは……そっちこそ、あそこに行かなくていいのか?」

「高嶺の花だからね。そもそもオレ、彼女もいるし、観賞用って感じ?」

「なるほど?」

「オレ以外にもそういう奴、結構いるぜ?」

「へぇ」

 教室を見渡せば、友人同士で会話に興じる者、せっせと課題を写す者、文庫本を開いて本の世界に没頭する者、色んな人が見てとれる。彼らも時々春希の方に視線を移すこともあるが、皆が皆、春希にべったり興味があるというわけではないようだ。

 二階堂春希は特別な存在だ。

 特別だからこそ、自分たちとは住む世界がかけ離れている──そう考える人も多いのだろう。隼人自身もそう考える側の1人だ。そのはずだ。そのはずなのだ。しかしどうしてか、春希を見ているとけんしわが寄ってしまう。

「……」

「……なるほど、うんうん、頑張れ霧島」

「は? いきなり何を?」

「まぁまぁ。わかってるって」

「いや待て、何か誤解している!」

「ははっ」

 何を思ったか森は、そんな隼人を揶揄からかうかのように茶化してきた。

 神妙な気持ちになっていたのは否定できない。

 7年という時間は想像以上に長い。互いに知らないことも多いだろう。だけど、あの時のように子供というわけじゃない。

(これは……やっぱり学校では関わらない方がいいか)

 容姿端麗、文武両道。は高嶺の花で人気者。学園のアイドルのような女の子。

『擬態』をしている、と言っていた。つまり、そんな擬態ことをしなければならないという理由があるのだろう。それに合わせるのも、かつてと変わらぬ友人として、幼馴染としての役目に違いない。

「ふぅ……」

「霧島?」

「ん、何でもない」

「そうか?」

 少し寂しい気持ちもある。

 だけど隼人は自分に言い聞かせるように息を吐き出し、春希の様子を見守った。


 そして訪れた昼休み。

 それまでの間も、散々皆に囲まれる春希を目にしてきた。

 学校にいて、隼人とは住む世界が違う。そのことを見せつけられた形だ。

「霧島くん、ちょっと付き合ってください」

「はっ……二階堂、さん?」

 だから一瞬、その言葉の意味がわからなかった。

 隼人は困惑しつつ春希を見つめるも、その顔は先ほどまでと同じように静かな微笑みをたたえ、だけどその瞳はどこか切羽詰まった真剣みを帯びていて、無視もできそうにない。

 教室がにわかにざわめき始めた。

 二階堂春希は高嶺の花であり、その行動は皆に注目されている存在だ。

 春希自身もそうあるべきと行動してきたし、その価値を正しく理解しているはずだ。

 彼女から何の用件もなく男子に話しかける──それだけで周囲に様々な憶測を呼んでしまう、特別なことだった。

「二階堂さんが転校生に?」

「まさか、好みだとか……」

「いや、転校生だから何か用事があるに違いない、そうであってくれ!」

 周囲から興味やねたみ混じりの視線やヒソヒソ声が聞こえてくる。

 既に注目の的になっていた。もはや無かったことにするには難しい。

 それは隼人も春希も、いやが応でも理解させられる。

「ええっとその、アレ、アレです。アレのことです」

「アレ……? 二階堂?」

 だというのに、春希は先と変わらず涼し気な顔のまま「アレ」を連呼する。まったくもってアレである。

 しかし傍から見れば、むしろ隼人が何故わからないのかと責めたてられているような構図になってしまっていた。だが隼人には、それが今まさに自分の失敗に気付き、全力で誤魔化そうとしているのだと、わかってしまう。

(そういえば……)

 かつてのことを思い出す。

 子供の頃、春希が調子に乗って牧場と畑を隔てるもくさくに上って歩いていたら、急に壊れてしまったことがあった。

 幸いその時は近くで農作業していた大人たちのお陰で羊が逃げることもなく事なきを得た。

 木柵が腐りかけていたのが原因で、春希に責任も怪我もなかったのだが、その時の春希は自分がやらかしてしまったと思い込み、今のように『アレだよアレ、アレがああなっていてアレ……』とひたすらアレを連呼していたのだった。

 澄ました顔をしているものの、隼人には今の春希は、その時のと全く同じものに見えた。ついでに言えば助けを求めるようなひとみまであの頃と一緒である。

(……ったく)

 隼人はくつくつとした込み上げる笑いをこらえながら、さてどうしたものかと言葉を選ぶ。

「あぁ、アレだな。今朝、俺が花壇で頼まれたやつ」

「っ! そ、そう、それです。早めに済ませておきたくて……今、大丈夫ですか?」

「わかったよ」

「あ、かばんも一緒にお願いしますね」

「へいへい」

 とつのアドリブだった。

 しかしこれで、『頼まれごとを早く済ませたいからかしている』という図に作り替えることに成功する。

 周囲にも「なーんだ」「だよねー」といったあんの空気が広がり、興味を失っていく。

 隼人から見ても春希はあからさまにホッとしたような顔をつくり、誤魔化すようにさっさと教室を出ていった。やれやれとため息を吐く隼人に、ニヤニヤした様子の森が話しかけてくる。

「役得だな、

「はは、うっせぇよ」


    ◇◇◇


 春希と共に向かったのは、旧校舎にある、こぢんまりとした何もない部屋だった。

 広さはおよそ教室の4分の1ほど。細長く板張りで、歴史を感じさせられるうらぶれた場所だ。しかし床はチリ一つなく、しっかりと手入れされた形跡がある。

「……ここは?」

「んー秘密基地。この辺って資料置き場にしか使われてないからさ、誰も来ないんだよね」

「基地にしては何も無さすぎだろう」

「あは、確かに。今度何か持って来よう。避難所シエルターも兼ねてるしね」

避難所シエルター、か」

 周囲の目が無いせいか、春希は昨日の自室と同じくガキ大将モードになる。

 スカートのことなどお構いなしに、ドカリと座って胡坐あぐらをかく。一瞬迷いはしたものの、さすがに靴下まで脱ぐのは躊躇ためらったようだった。

(これ、教室の皆には見せられないな)

 隼人はこめかみを押さえつつも辺りを見渡す。

 板張りの何もない小さな部屋。

 秘密基地にしては寂しい場所。

 けんそうを離れる為だけの避難所。

 空き部屋にしても資材も何も置いていない、窓が付いているだけの殺風景な部屋だ。

「……どうしたんだ、ここ?」

「たまたま見つけたんだ。カギもあるよ?」

「いいのかよ」

「バレなきゃ大丈夫。隼人も座ったら?」

「ったく」

 春希の前に腰を下ろした隼人は、同じく胡坐をかいて向かい合う。

「それで? 一体どういう了見だ?」

「あ、うーん……なんていうかね……」

 うなりつつ、歯切れの悪い返事をする春希。何かを躊躇っているようだ。

 先ほど春希は隼人を誘った。

 普段の仮面を装いつつも、軽率な行動とも言えた。しかし、何かを強く訴えてくる瞳が、強く印象に残っている。それほどまでに何か言いたいことがあるのだろう。

「笑わない?」

「ものによる」

「笑ったら貸しだよ」

「あぁ」

 春希の真剣な目が隼人をとらえる。隼人もその想いを受け止めようと向き直る。

「実はボク…………友達とお昼を食べるのが夢だったんだ」

「…………は?」

 思わず間抜けな声が出た。

 それをあきれられたと勘違いした春希は、りゆうり上げて抗議する。

「もう! ボクにとってはすっごく重要なことなんだよ! ボクってほらさ、あんなだから……誰かと食べるとかでめ事とか起きちゃったこともあったし……だからずぅ~っと1人だったから、その……」

「…………」

 最後の方は消え入りそうになっていた。

 春希の言ったことは容易に想像できる。

 先ほどまでの教室での光景と、避難所シエルターと呼んだこの空き部屋。

 きっと、そういうことなのだろう。

 この部屋でずっと1人でお昼を過ごしてきたかと思うと胸が痛む。

(まったく……っ!)

 隼人はその痛みを誤魔化すようにボリボリと頭をき、鞄から弁当を取り出した。

「そうか、ならこれからは毎日夢がかなってしまうな」

「隼人……」

「違うのか?」

「ううん、違わない。じゃあこれはボクからの貸しってことで!」

「安い貸しだな」

「あは、じゃあ10回で貸し1つにしよう」

「それだと春希の貸しが貯まる一方だろ……特に用事が無ければ昼はここに集合、そういう約束でどうだ?」

「約束……そっか、約束……うん、約束だよ、隼人!」

「お、おう」

 春希はきょとんとした様子で目をぱちくりさせたかと思うと一転、子供のように無邪気な笑顔を咲かせた。感情を抑えきれないのか、興奮気味の春希は額がくっつきそうなほど隼人の下へと詰め寄ってくる。

(ち、近すぎるだろ!)

 見た目は美少女の春希である。それは隼人も認めざるを得ない事実だ。

 そんな春希が、他の人には絶対見せないであろう満面の笑みを、こうまで近付けられてしまうとドキドキしてしまうのは仕方ないことだろう。

 隼人はそんな胸中が春希に知られてしまうのは、なんだか悔しい気がした。

「離れろって」

「あ、ごめんごめん」

 だから多少強引に春希を押しのけると、ぶっきら棒に右手の小指を差し出した。

 自分でも子供っぽいことをしているなという自覚があった。

「約束、な」

「うん、約束。えへっ」

 絡まる小指。さいな秘密の約束。互いにこぼれる笑い声。

 また1つ、あの時のように、2人の間に思い出が生まれるのだった。

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