①
祭りのあくる日の昼下がり。
(……もうこんな時間か……)
昨晩、ひとしきり泣いたのちにミコは部屋に
テーブルの上には用意してくれた食事が、手つかずの状態でそのまま残っている。
(作ってくれたモニカさんに申し訳ない……)
せめて飲み物だけでもと、ミコは
朝方、モニカとタディアスが持ってきてくれたときはあたためられていたが、すっかり冷えてしまっていた。それでもかまわず、ミコはゆっくりとミルクを飲み干す。
(……昨日のことがあったから、様子を見に来てくれたんだろうな)
二人はごく自然に食事などの世話を焼きながら、ミコにとりとめのないことを話しかけてくれたのだ。
そっとしておこうという姿勢ながらも関わろうとするその接し方からは、
(気にかけてくれるのは、すごくありがたい)
事実は
もっとあとで、それこそお役目を
だからタディアスとモニカに責任を感じてほしくないし、心配もかけたくはなかった。
──けど、今は心がくしゃくしゃで。
二人がいなくなってからというもの、ミコは食堂
いつもなら太古の森に行っている
「……
弱々しい声で唱えてみても、勇気は
ミコの
時を同じくして。
別形態を取ったジルは、昨日に引き続いてブランスターの街へと出向いていた。
理由はといえば──ミコが姿を現さないから。
(……昨日のミコは
ミコは明るく
本人は
それらが引っかかって、ジルは自ら人間の
(ミコのことになると調子が
以前はミコの存在を
挙句の果てに『ミコの力になってやりたい』という理由から、
(…………なぜ俺はこうもミコに甘くなった……?)
手のひらを返すような
「きゃあ! めちゃくちゃかっこいい!」
「一人かな? 思いきって声かけてみる?」
「えー、相手にされるかなあ?」
──やけに見られているな。
昨日もそうだったが人間の、特に女からの視線を至るところから感じる。
ミコはこの姿で街に来るようにと言っていたくらいだ。正体がバレているわけではないだろう。
(敵意は感じないが……)
人間と見れば一も二もなく
とはいえ、その視線は異様にぎらついているもので。
(……上から下までを
そんなことなど知る
(このあたりを曲がった裏手だったな……)
「おっ、昨日のお兄さん!」
前方にある
そして、その
「パン屋の
(……こいつはたしか、火事の現場にいたな)
「そういう
「花屋のばあさん家の火事を
「そりゃ知らなかった!」
「黒髪の兄ちゃんはこの辺に住んでんのかい?」
「棟梁、お兄さんは外国人で言葉が
彼らが何を話しているかが、ジルには見当もつかない。
(……ミコの能力が言語の
「旦那よ、ミコちゃんって誰だ?」
「この裏手に住むハイアットご夫妻の
「か──! いっちゃん甘ずっぺえときじゃねえか!」
──なんだ?
先ほどの人間の女たちと同じく、二人はじっくりとジルを見てくる。
不思議と不快感は胸にせり上がってこないものの、視線が生ぬるくて
直観に従ったジルがこの場を立ち去ろうとすると。
「ちょっとストップお兄さん! 棟梁、引き留め役は任せた!」
「よしきた!」
陽に焼けた男が両手を
丸っこい男はといえば腹を
それからさほど
「ここにいるってことは、お兄さんこれからミコちゃんとこに行くんだろ? あの子はうちのベーグルとマフィン好きだから持っていきなよ! おっちゃんからのサービスだ!」
なぜか甘い香りが立ち上る、形も色も異なる食物が入った茶色い物体を押しつけられた。……これは、やる、と言っているのか?
ジルが
──
(きちんと意識して見ると、わかるものだな……)
ミコに言われてここへ来たが、ミコが違うだけであとはどうせ同じだろうと、ジルはひどく冷めた考えを持っていた。
それなのに、この街の人間からもたらされた言葉は予期せぬあたたかいもので。
(態度も表情も、太古の森で見てきた
無論、ジルにもこれまでの経験による
だがミコ
良い人間もいるというミコの考えが
(……人間には……)
様々な動作があると、ジルはミコを見ていて気づいた。
過去にどこかで聞きかじった、感謝を伝えるときは手を
(ミコはたしか……)
何かをもらい受ける際には、軽く頭を下げてありがとうと口にしていた。
言葉は通じず、あのやわらかい表情も簡単には
それを
「お兄さん、またミコちゃんと
「ミコちゃんとよろしくやれよ、黒髪の兄ちゃん。家が欲しいときはいつでも言ってくれ、
すぐにまた生き生きと笑って、ジルに手を振る。
なんと言っているかは解らないながらも、二人の砕けた表情から己の反応は間違っていないようだとジルは判断して、再びミコの家へと歩を進めた。