3章 歩み寄りと無情な事実

 ミコが太古の森へ出向くようになって、一カ月余り。

 今日はモニカが行きつけの花屋で買い物をするというのでミコも同行した。太古の森にそうげいしてくれる馬車が来るまで、時間があったのだ。

「ミコちゃん、最近楽しそうね」

 店先で花たちをぎんしながら、モニカが楽しそうにいてきた。

「え? そうですか?」

「ええ。最初のころかない顔をしていることもあったけれど、今は表情が明るいわ」

(表情に出ちゃってたんだ……)

 カーバンクルらをみつりょう者から守った出来事を機に、森の入り口近くで待機するソラがミコを運んでくれるようになった。命じたのは他でもないジルである。

 川のせいそうをする必要がなくなってしまったので、現在のところミコは言葉を重ねてジルを説得するべくふんとうしている最中だ。

(もともとクールな性格みたいだから、明朗さはないけど)

 とはいえあの密猟者のことがあってからは、ミコへの対応がけんちょおだやかになった。

 このまま交流を続ければ、『そこまで言うなら仕方がない』と、ジルは転居に応じてくれるかもしれない。そう遠くないうちに、元の世界に帰れるかもしれないのだ。

(それにしても……別形態があんなにかっこいいなんて)

 顔もスタイルも声も、おとの理想がまっているかのような。―― いやいや、相手はりゅうだから!

 自分の感想にそくつっこみを入れたミコは、ひとりでにってしまうほおを両手で包む。

「どうしたのミコちゃん?」

「なんでもないですっ」

「そう?」

 小首をかしげながら、モニカは選んだ花をこうにゅうする。くなっただんさんがのこした店を一人で切り盛りする店主のおばあさんは「いつもありがとうねぇ」とあいよく笑う。

 ちなみに、なるべくつうに暮らしたいミコはタディアスたちにじょうはもとより、王宮の使者であることも秘密にしてもらっている。

 そのためご近所さんはミコのことを、「ハイアットていに下宿するしんせきの子(幼く見えるが実ねんれいは十八歳)」とにんしているのだ。

「モニカさま、これはあたしからのおまけだよ」

「まあ、いつもすみません」

 おばあさんはモニカが買ったピンクの花たちに気前よく黄色い花を足して包んだ。

「それから、これはミコちゃんに」

「わたしにですか?」

 わたされたのは包装された一輪の白い花だった。ミコはそれほど花にくわしくはないけれど、多くの細い花びらがついたそれはたぶんガーベラだ。

「白いガーベラの花言葉は『希望』だからねぇ。ミコちゃんにぴったりだよ」

「ありがとうございます、花屋のおばあちゃん!」

 おばあさんのこころづかいがうれしくて、ミコはにっこりと笑った。それにつられるように、モニカとおばあさんも表情をほぐす。

「あら、ミコちゃん。そろそろ馬車が来る時間じゃない?」

「そうでした! じゃあ、行ってきますねモニカさん。花屋のおばあちゃん、お花ありがとうございました!」

 気をつけてと手をる二人に見送られて、ミコは馬車へと走った。

 太古の森に足を運んだミコだが、その左手には花屋のおばあさんからもらった白いガーベラをずっとにぎっていた。

『……来たときから、ミコは何を大事そうに持っているんだ?』

 ねぐらのシンボル的大樹の根元にもたれかかるジルは、別形態の人形を取っている。

 あくしゅをして以来、ジルはミコに会うときは人形になってくれているのだ。

「これはガーベラという花です。ここに来る前に花屋のおばあちゃんがくれました」

『植物一本が鼻歌をうたうほどに嬉しいのかミコは……?』

「花自体というより、花屋のおばあちゃんの思いやりが嬉しかったんですよ」

『……そういうものなのか?』

「そういうものです」

 ミコと他愛たわいもない会話をわすジルはずっと無表情だけれど、態度はやわらかい。

 その変化に比例するように、ミコもジルにおくすることがなくなった。おそろしいほど美形なので竜のときとはまたちがきんちょう感はあったけれど、毎日のように顔を合わせているうちにたいせいがついてきたらしく、かたに力が入るほどではない。

 きょが着実に近づいているようで、ミコはどういうわけだか嬉しくなる。

『くわぁ』

 ジルの横で丸まっていたソラが、大きなあくびをして目を閉じた。

 さっきミコのおすそ分けをたいらげていたので、おなかがいっぱいでねむくなったのだろう。

(そういえば)

「ジルさま、ソラくんは何歳ですか?」

『六歳くらいだ。ソラはげんじゅうとしてまだ幼体中の幼体だな』

 ふとした疑問をたずねるミコに、ジルはおうように応じてくれる。

「そうだったんですね。ちなみにジルさまは?」

『俺は二百三十八歳だが……』

「!? に、二百三十八歳!? 年齢に対して見た目が若すぎませんか!?」

『不老長生の幻獣はある程度まで成長すると老いなくなるからな』

 若々しいとかいう次元の話をちょうえつしているぼうを、ミコはえんりょぎょうする。

 すると。

こくりゅうさまだ』『ほんとだ、今日もお変わりなさそうだね』『黒竜さまが元気で嬉しいね』

 なごやかな声が聞こえてきた方向にいたのは、二匹のふさふさした毛並みのリスだ。横並びになって、の幹から上体を乗り出すようにしてこちらをうかがっている。

 ミコの視線に気づくと、リスたちは樹をのぼっていった。

「ジルさまは動物たちにもしたわれているんですね」

『? 恐れられているのちがいだろう?』

 ジルは不思議そうに首を傾げる。幻獣であるジルには動物たちの言葉がわからないのだ。

 今は人形だけれど、性質は竜のままで人間になったわけではないので人語も理解できないとのこと。

(種族間の言語のかべって、わたしが思っているよりも厚いみたい)

「さっきリスたちは、ジルさまが元気で嬉しいと言っていましたよ」

『……近づくとすぐげられるから、おののかれているものとばかり思っていた』

あこがれとかせんぼういだいている反面、おそおおいから近寄りがたいだけだと思います」

『……そうか』

 言うと、ジルは表情こそ変わらないが、どこか気のけたような空気がただよう。恐れられていないことに、ほっとしたのかもしれない。

「あ、そうだ。ところでジルさま、そろそろ移住されませんか?」

『―― ミコ、いくらなんでも話題の変え方が脈略を無視しすぎだ』

 そうこぼすジルの語調は角が取れており、物言いもやわらかい。

 これだけでも、ジルがいくらか歩み寄ってくれたのだと実感できる。気をゆるめると頰がにやけてしまいそうになるので、顔に力を入れておかないと。

「『今思い出しました』感でさらっと言えば、案外ノリでいけるかと思いまして」

『なぜいけると思ったのか俺にはなぞだが……』

「何が当たるかわからないので、いろんなパターンをためしてみないと」

『……ミコが必死なのは、役目を果たせなければ何かばつでも受けるからか?』

「それは正直わかりません」

 課された使命に失敗したら、責任を取るなりおとがめを受けるなりするのが道理。だがしかし、ミコはそれについて考えたことはない。

 失敗は元の世界に帰れないという結末に直結するかもしれないのだから。

「わたしにはかなえたい願いがあります。……それに、これでも一応は聖女ですから……他の場所で困っている生き物たちのためにも、がんばらないと……」

 後半にかけては作り話のため、ミコは良心のしゃくから我知らずすぼむ。

(……でもジルさまが太古の森からいなくなると、ここにいる幻獣たちがこわい思いをするかもしれないんだよね……)

 知ってしまったからには、王太子にこの場所の警備を厳重にしてもらう必要がある。

 早く元の世界には帰りたいけれど、ジルがいなくなったあとの太古の森がへいおんであることを見届けるまでは帰れない。

(お試しでも、わたしは聖女としてしょうかんされたんだから……)

『どうした、ミコ?』

 ミコがひっそりと決意を固めていると、ジルが顔をのぞき込んできた。からんでくる静かなまなざしの近さに、どきっとしてしまう。

「と、とにかくですね! わたしは仮にも聖女ですから、ジルさまが転居してもこの森をしっかり保護するように責任をもって伝えますので! ジルさまには他の生き物たちのためにも、別の場所に身を置いていただきたいです」

『……それは断る』

「そう言わずに! これをするなり用意するなりしたら、要求をむとか」

『特にない』

「そんなあっさりと……。まあでも、絶世の美女のいけにえとかをしょもうされたらそれはそれで無理ですが」

『―― 人間の生贄なんてお断りだ』

 ジルの語気がついとあらくなった。ふかむらさきひとみの奥にはけんのんな光も混じっている。

 その言い方や態度はまるで、人間がおんてきだといわんばかりだ。

 ミコには恐さよりも、まどいが先に立つ。

(人間ぎらいは、ったときから変わらないけど……)

 だが―― どっこい、幻獣を助けたミコには今や、丸い態度を取ってくれている。

 どうしてジルが人間を目のかたきにしているのか明確な理由はわからないが、太古の森にただたきぎを取りに入ってくる善良な人間がいるとは思えない。

 きっとジルは、この間の密猟者のような人間ばかりを見てきているのだろう。

(そうじゃない、やさしい人もたくさんいるのに)

『……悪い、強い言い方をした』

 その言葉に、無意識にうつむいていたミコはがばっと顔を上げる。

 ミコを見ているジルは無表情ながら、どことなくうれいが見て取れた。うつむくミコがおびえているとかんちがいしたようだ。

(こうやって、自然とづかってくれる)

 クールでも、その心根は静かな優しさであふれていて。

 こうげき的とは正反対で、森と森にむ生き物たちへのいつくしみやはいりょの気持ちが強い。

 そんなジルに、ミコは知ってほしくてたまらなかった。

(わたしはこっちの世界に来て、いろんな人たちの親切とあたたかさにれたから)

「―― ジルさま。つかぬことをうかがいますが、人の住む街に行ったことは?」

『飛行のときに見たことはあるが、行ったことはないな』

「では森の中以外で、人間と会ったことは?」

『それもない』

 ……心に土足でずかずかとみ込むなんてできない。

 でも、相手のことを知るきっかけを作る。その手伝いはしてもかまわないはずだ。

(ちょうどアレもあることだし、―― よし、決めた!)

 きらりと瞳を光らせたミコは、ジルに向かって前のめりになる。

「ジルさま、人間観察をねていっしょに街へ行きましょう!」

『………………は?』

 表情はピクリともしないが、ジルはあっにとられたような声を出す。

「森で出逢うのは、殺気立ったぶっそうな人たちばかりですよね?」

『だからといって、なぜそうなる……?』

「実は、明後日あさってにわたしの住む街ではお祭りがあるんです」

 アルビレイト王国の季節は春。北国に位置するため朝晩はまだ冷えるが、日中は穏やかな陽気で過ごしやすいこの時期、各地では春のおとずれを祝う祭りがかいさいされているのだ。

「お祭りにはたくさんの人が集まりますから、観察にうってつけなんですよ」

『なぜ俺がわざわざ人間の観察に……』

「わたしには、ジルさまがどうしてそこまで人間を目の敵にするのかわかりません。でも、ジルさまはわたしに今やこうして友好的に接してくれています。普通の営みを送る人たちを知れば、人間へのへんけんが少しはやわらぐと思うので」

 ミコはジルをじっとえてうったえかける。

 言葉に熱が入るのとへいこうして、胸の前で組んだ両手にも力が入った。

「だからわたしと一緒に、街へ行ってもらえませんか?」

 お願いします! と、ミコはジルにより一層、前のめりになった。

『…………』

「……やっぱり、だめ、ですかね?」

 ジルのちんもくにミコはしょんぼりする。

 ジルはミコからそれとなく視線をずらして、小さくせきばらいをした。

 それからあきらめたようにささやく。

『…………別に、だめとは言っていない』

「! じゃあ、一緒にお祭りに行ってもらえますか!?」

『……仕方がないな……』

「ありがとうございますジルさま!」

 ため息交じりの声でジルがりょうしょうすると、ミコはぺこりと一礼して、喜びの表情を顔いっぱいに溢れさせた。

「では明後日、太陽が一番高くのぼった頃に城門前に来てください。あ、場所はわかりますか? ここから東に行くと、最初に行きつく大きな街です!」

『……わかる』

「それなら心配ないですね。あと、本来の姿ではなく今の別形態でお願いします!」

 さすがに竜形だと、目にした人間はこの世のしゅうえんむかえたとばかりにわくらんするだろう。

 ろうにゃくなんにょあわを食って逃げまどえば、にんだって続出しかねない。

(こっちの姿なら、その心配はないし)

「じゃあジルさま、今日はこれで失礼しますね!」

『待てミコ! まだが高いぞ、迎えは着いていないだろう!?』

「歩いていればちゅうで会うからだいじょうですっ!」

 呼び止めるジルにはずむ声で返答しつつ、ミコはかばんを背負うなり助走もなく走り出した。

 身体からだがすごく軽くて、荷物の重みも全然気にならない。

(嬉しいな! ジルさまが本当に、わたしの申し出を受けてくれるなんて!)

 顔はこらえようとしても勝手ににやけてしまう。

 それに、頰があったかく感じるのはどうしてなのか。

(どうしよう、帰ったらプランを練らなくちゃ!)

 ミコははやる気持ちをおさえて、森の出口へと急いで向かったのだった。

 ―― 一方。小さな背中が勢いよく遠ざかっていく様子を、ジルはぼうぜんながめていた。

『……あんなに急いで、転びでもしたらどうするつもりだ』

 元気なのはいいが石に頭をぶつけたくらいで死ぬようなもろい、小さな身体がちょこまか動き回っていると、見ているジルの方が、気が気でない。

(……人間相手に、俺がこんなことを思うとは……)


 異世界から召喚され、しんの領域に踏み込む能力におどろくものがあるとはいえど。

 ミコはジルの大恩ある大事な存在をうばったやからと同じ人間だ。

 ―― 出逢ったとき、ミコを他の人間と同様に敵視した。

 怪我を負ったソラへの反応からして害意はなさそうだとは思ったものの、森から出ていけと勝手なことをのたまうミコに、ジルがかなりのいらちと不快感を覚えたのは事実。

 だからといってまるごしでぷるぷるふるえる、無害な子犬みたいな少女を武力で制するのはさすがに気が引けたため、実力行使は諦めたが。

(ビビっているくせに、ミコは引かないからな……)

 大きな丸い瞳には、ジルへのきょうがありありと浮かんでいたのに。

 ミコは冷たくあしらわれようとめげなかった。ジルを目にするたびに必ず話しかけてきて、約束はもとより森のためにと振られた無茶を投げずに根気よく実行し続けたのだ。

(あのがらな身体に見合わないこんじょうには、……正直舌を巻いた)

 そんな折、カーバンクルたちを捨て身で助けようとしたことを知って。

 ―― 自分でも驚くほど、大きなしょうげきを受けた。

 幻獣を前にすればする、あるいは目の色を変えてろうとしこそすれ、助けようと動く人間などジルは見たことがなかったのだ。

 ―― 『ミコは人間だけど、あいつらと違って悪いやつじゃないよ』

 あのときのカーバンクルからの訴えに、ジルは反論することができなかった。

 今までのやりとりから、ジルもミコが他の人間とは違うと思わざるをえなかったからだ。

容易たやすれそうなほどか弱いくせに)

 自らの危険をいとわず、顔見知りだから放っておけなかったと正直に話すミコを、変わっていると思った。

 それに、とんだおひとしだとも。

 どうほうを助けてくれた恩義と、意地が悪いぼうな条件をふっかけた罪悪感が多少なりともあって、ジルはミコに険のある態度を取らなくなったが――

(いや、取れなくなった)

 日ごとジルへの恐れが消えていく代わりに、ミコが向けてくるようになったのは節度を保った親しさと、かざのないやわらかながおだ。それらにあてられ続けた結果、ミコへの敵意は空気にけるようにせていった。

 ミコの前で別形態を取っているのもそのいっかんだ。

 人に近いこの姿をジル自身はあまり好いていないが、ほんしょうと比べてあっとうてきあつ感が少なく、小さなミコを誤って踏んづける心配もない。

ほだされているな……)

 自覚がないわけではなかった。先ほども、街へとさそうミコの熱心でけんめいな働きかけをっぱねることができず、つい了承してしまったくらいだ。

( ―― ミコの願い、か)

 ただの即物的なものとは考えにくい。ミコは森にもそこに棲む生き物たちにも、さも当たり前のように心を配るほど気がいいからだ。―― そのせいか、うそがへたくそすぎる。

 別の場所へ転居してほしい理由について、ミコは口にするたびに目がジルから外れるし、言葉もつっかえ気味だ。

 本人は無自覚のようなので、ジルが噓だと気づいていることにミコは全然気づいていないだろう。悪意によるものとは思えないので、あえてついきゅうするつもりはないが。

(まったく、馬鹿正直というかなおな奴だ……)

 ジルがあきれたようにたんそくすると、横でていたソラがくあっ、とあくびをした。

『……あれぇ? あるじ、ミコはどこにいるの……?』

 ごとに近い発声でそうこぼしたソラは、寝ぼけまなこであたりを見回す。

『お前がひるをしている間に帰ったぞ』

『ええ!? ミコ、かえっちゃったんだ……』

 残念そうにしゅんとするソラの頭を、ジルはでてやる。

(ソラはミコにすっかりなついたな……)

 人間にかいほうされた驚きに加えて、会話ができる点にこう心を抱いたのはあるだろう。

 だがなんにせよ、ソラは今やミコをまったくけいかいせずに自分からじゃれついている。それはミコの心がすこやかだと感じているからだ。ジルも接する中で実感している。

『あ、うさちゃんなの!』

 ソラの視線を辿たどると、茶色い毛並みの野うさぎがいた。

(…… わいい)

 自分とは正反対の小さな生き物は、見ているだけで心が和む。

 もふりたい欲が頭をもたげるも、か弱い彼らをこわしたらといういちまつの不安からかつには手を出せない。

(ミコならじゃとつげきしていきそうだな……)

「見てくださいジルさま! ふわふわで可愛いうさぎですよ!」という、んだ明るい声が、どこからか聞こえてくる気がしてしまう。

『……恐れられてはいない、か』

 先ほどのミコからの言葉は思ってもみない内容だったが、同時にジルは安心した。

 か弱い生き物たちを慄かせる気はなくても、おのれの強大さがあらゆる生物にとってきょうの対象だと自覚していたからだ。

 教えてくれたミコには感謝するが――

(ミコは性質的に、こうしょう事に恐ろしく向いていないよな……)

『ねぇあるじ。ボクね、とってもうれしいの』

 ソラがおもむろに言った。

『なんだ、急に?』

『ちかごろね、あるじはミコといるとたのしそうだから!』

 あらぬ方向から飛んできたソラの台詞に、ジルはどうもくした。

 図星を突かれたようにどうが一度、ドクッとがる。―― いや、図星ってなんだ。

 らしくない異常が生じた状態をさとられまいと、ジルは感情を切り捨てた声を発した。

『……別に、いつもと何も変わらない』

『そんなことないの! くふふ、あるじがたのしそうだと、ボクもうれしいの!』

 ソラはジルの発言をすぱっとしりぞけて、げんがよさそうにしっを振る。

『―――――楽しそう? 俺が?』

 否定しなければならないのに、否の言葉がのどの奥でうずくまる。

 ジルは言葉なく緑の地面を見つめたまま、右手で口元をおおった。

 幻獣の王者をどうようさせるというぎょうげたことに気づかないソラは『どうしたのー?』と、のんきにあるじあおぐのだった。


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