④
黒竜との約束から一週間が経った日の昼過ぎ。
「ふー、ちょっと休憩しようかな」
ミコははめていた
「結構
ミコは連日、黒竜が指定した川岸の
俺とやり合って勝てとでも言われたら、ミコは自分の命を優先して
―― そこからして、甘かったのだけれど。
「先はまだまだ長いなあ……」
何せ、指定された森に沿うこの川はとにかく長い。それでもどうにかミコは中流からごみをこつこつ拾いながら移動してきて、ようやく下流付近まで進んできたのだ。
この川はどうやら、密猟者たちが水場として使っているらしい。
岸にはナイフやら折れた
(密猟者って多いんだろうな……)
ごみの量と範囲からだけでも、かなりの数がいると推測できる。落ちているのも
密猟者は昔から今まで絶えず
(これだけ
森の外から持ち込まれた人工物が
森に似つかわしくない異物には、ミコだって顔をしかめたくなる。
「午後からもがんばろうっと」
ミコが背伸びをしながら、気合いを入れ直したとき――
石を蹴る力強い音が聞こえるなり、地を割るような獣の咆哮が
ミコは
すると、視界に大きな
「きゃあああああっ!!」
視線の先に獣の集団がいたものだから、ミコは絶叫を
だけど――
『そこの人間、今すぐこの森から出てい―― 』
「すごいっ、あなたはひょっとして幻獣!? あっ、子どももいる! 可愛いっ!」
口火を切った
盛り上がるミコとは反対に、その場にいる幻獣たちは一様に目が点になってしまった。
『……いやちょっとあんた、グリフォンであるあたしを前にして、なんで嬉しそうなんだい……?』
『そうだよ! 上位幻獣に威嚇されて逃げ出すどころか喜ぶっておかしいだろ!?』
母グリフォンと、額に赤い宝石がついたうさぎに似た幻獣から
幻獣の
「す、すみません。……何せラスボス感満載の黒竜さまが
…………………。
ミコの弁解に、幻獣たちは
「赤い宝石がついているあなたは、なんていう幻獣?」
『……カーバンクル』
(その名前、聞いたことある気がする)
なんにせよ、小さなカーバンクルから大きなグリフォンまで、どの子も毛並みがすこぶる
ミコはもふもふしたい
「ところで、あなたたちはわたしと
『それは、……まあ、オイラたちは先に聞いて知ってたし……』
(誰から聞いたんだろう?)
小首を
(もしかして……)
「あなたたち、水浴びに来たんでしょ? わたしはこのあたりを
………………。
再び目を点にして黙り込んでしまった幻獣たちを
―― しばらくして。
『ミコ、はい』
「カーバンクルくん、ありがとう。それはこの袋に入れてくれる?」
『わかった。あそこにも落ちてるから、オイラ拾ってくる!』
「尖ったもので怪我をしないように気をつけてね」
『これはこっちでいいのかい?』
「大丈夫です。って、グリフォンさん! 子グリフォンちゃんが川にダイブしました!」
『なんだってっ!? こらっ、勝手に入るなって言ったじゃないか!』
『きゃーっ!』
『………………おい』
―― 黒竜は陽光を受けて、紫を帯びた黒鱗は宝石のように輝いていた。
相も変わらずのとんでもない存在感に、ミコはつい後ずさりたくなる。
(でも、最初みたいに腰を抜かすほどじゃない)
黒竜は密猟者がいないか森の中を
……よく目にはしていても、やっぱり背筋が寒くなってしまうけれど。
『お前たちは何をやっているんだ……』
鷲の上半身と獅子の下半身を持つ黄金色の子連れグリフォン、額に赤い宝石がついたうさぎに似たカーバンクル。その他にもミコの周りには数匹の幻獣たちがいて、
そんな
『……手助けしろなどと言った覚えはないぞ』
『申し訳ありません。このお嬢ちゃん、威嚇したあたしに驚きはしましたが恐がらず』
『反応にこっちが逆に困っちゃって。どうしようかと思ってしばらく様子を見てたけど、オイラたちに何もしてこないし害はなさそうだし、ビビらせるのも無理っぽいしってことでなんかこうなっちゃった』
カーバンクルに同意するように、母グリフォンは首を上下させた。
やりとりから察するに、どうやら幻獣たちは黒竜の指示でミコを
『……もういいから、
何か言いたげだがそれを
(意外と恐くないのかも……?)
『ミコ!』
「ソラくん」
尻尾を振りながら、ソラがこちらへやってくる。地面に膝をついたミコは、駆け
きてじゃれつくソラの頭をよしよしと撫でた。
この一週間、ソラは毎日のようにミコに会いに来てくれていた。
だいたいすぐ黒竜に見つかって引き揚げざるをえなくなるのだけれど、それでも会いに来てくれるソラにミコは愛着が湧いているし、向こうも懐いてくれているのがわかる。
『……ソラ、懐くにしても相手は選べ』
『どうして? ミコはやさしいの!』
『俺が言いたいのは気質のことじゃない……』
ジト目で黒竜は唸る。
黒竜をこんなふうに振り回せる無邪気なソラを、ミコは軽く尊敬した。
「黒竜さまは何かお好きなものはありますか?」
『……森の静かで
黒竜には
『……三日もすれば投げ出すと踏んでいたんだが』
点在する麻袋を見やりながら、黒竜はぼそりと言う。
黒竜の予想を裏切り、他の幻獣をけしかけさせるまでに至ったことに、ミコは胸を張りたくなった。
黒竜との約束という前提こそあるけれど――
「自分が
正直に言えば、ふと、頭上から視線を感じた。
顔を上向かせてみると、黒竜と目が合った。すぐに逸らされてしまったけれど。
『……お前は変わっているな』
「そうでしょうか? 能力以外はいたって
『ソラや他の幻獣たちをこうも
「そんな人聞きの悪い。わたしはただ、何気なく話をしただけです」
『意図していないならなおのこと質が悪い。会話ができる上に、ぽやんとした顔が警戒心を
「今さらっと失礼なことを言いましたね!? 」
憤りながらも、ミコは黒竜とのやりとりが増した手ごたえを感じていた。
―― 相手と
社会での基本に
その
「条件は必ず果たしてみせますので、転居と心の準備をしておいてくださいね!」
今さらなかったことにはしませんよと、ミコは目顔で
次の
『……
おもむろに黒竜は
ミコは
「…………え?」
『俺は考えると言っただけで、承諾すると言った覚えはないぞ』
「そ、れは、……」
言われてみればそうかもしれない。だが、それならどうして。
「要求を吞む気がないのに、あんな約束をしたんですか!!」
『……
黒竜は『見た目と違って意外に
ミコの
『……その気になれば、俺は能力で
ミコの抗議のまなざしなど意に
―― 静かな間が数
ミコの怒りに震える大きな声が森の中にこだました。
「この噓つき竜――――――――っ!」