②
「――
案内されたラグジュアリーな応接室。
深い呼吸で落ち着きを
そのデューイ
ずばり、ここは地球じゃない。
異世界の名前はエルカヌム。ミコがいるのは、緑豊かなリーキタス大陸の北方、アルビレイト王国らしい。
半世紀ほど前までは後進国にすぎなかったそうだが、現国王が税の軽減とそれを補う財源として、国内の観光資源を整備し観光客
その善政が実を結び、今や経済・貿易で
……これだけなら、百歩
この世界の王族や一部の人間には能力――
「能力の保有数は個で異なり、強い魔力を持つほど能力の
「…………そ、そうですか……」
後半にかけてのデューイの話は、通常であればはいそうですかと受け入れるべくもない、
しかしながら、超常も
導き出した結論として―― 異世界転移したのだ、信じられないことに。
(……これって、本当に現実なの……?)
最後のあがきで、ミコはまた頰を抓ってみた。結果はいわずもがなである。
「―― いったいどうして、王太子殿下は召喚なんて」
「………………なんと申しますか……その……」
非常に言いづらそうなデューイの反応からすると、ロクな理由じゃないだろう。
ミコがよくない
「待たせたな、会議が長引いた」
言って、アンセルムはミコの向かいの
「このような
「まさか王宮の大書庫で
「そういうことを申し上げているのではありません! 王太子たるものご自身の行動には、責任はもとより
「お前の説教など聞きたくない」
アンセルムはうるさそうに右手を振って、デューイの話を
「召喚の
―― ちょっと待って。ってことはつまり――
「お試しで召喚を実行したら、……思いがけず成功したってことですか?」
「そういうことになるな」
何か問題でも? といわんばかりに、アンセルムは平然と答える。
召喚の動機は、ものは試しという軽い気持ちからくる『お試し』。―― 何それ!
(というか、この人はどうしてちっとも悪びれないの!?)
椅子にどっかり座しているアンセルムから
ごめんの一言くらいあってもいいのに! と、ミコは心中で悪態をつく。異世界とはいえ、
「まあ私も、召喚対象がこれほど幼いとは思ってもみなかったが」
「こんなにいたいけな少女になんてことを……」
「…………あの、ちなみにわたしは今十八歳なんですが……」
「「十八歳っ!?」」
声を
「まさか十八だったとは……」
「申し訳ありません、てっきり妹と同じ十四歳くらいとばかり……」
二人の
(うう、ここでもやっぱり
童顔・低身長・
ミコが地味にへこんでいたちょうどそのとき、扉がコンコンとノックされる。
「失礼
現れたのは、白を基調とした
「ご足労いただきありがとうございます、大
「かまいませんよフォスレター
二人とも猫について何もつっこまないあたり、見慣れた状態なのだろう。
「さっそくだが、彼女の鑑定を
「使いの方よりお話は
「はい。召喚されたミコ・フクマルさまです」
「お初におめもじ致します」
大鑑定士長が
「それではさっそくですが、鑑定を始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい」
大鑑定士長は「失礼致します」と前置きして、ミコの
「《鑑定》」
ファンタジーでお
「……ミコ・フクマルさまには《異類通訳》の能力があるようです」
「「「《異類通訳》?」」」
三人の第一声が、ハーモニーかのようにぴたりと重なった。
「私も初耳の能力です。内容としては、あらゆる生き物と会話が可能。同族の言語のみ理解できるという世の
(もしかして、
なんの確証もないが、能力についてはミコの願望が作用したとしか思えなかった。
『……そっちの女の子は初めて見る顔だわ』
「!?」
大鑑定士長の足元でおとなしくしている猫の
(う、わあ、すごい……)
異世界というのはさておき、
コタロウが生きていたときにこの能力が使えていたら、と思わずにはいられない。
「初めまして、
『! そんな、どうして人間の言葉が解るのかしら!?』
「……もしかして、わたし以外の人間の言葉は解らないとか?」
うなずく猫。これがこちらの世界独自なのか、はたまた元の世界でもそうなのか。
ミコには知る
「大鑑定士長さん、猫ちゃんは人間の言葉が解らないみたいです。ただ、わたしの言葉は理解できると」
興味深そうに様子を観察しているお三方に向かって、ミコは報告を入れる。
「そうでしたか……その能力は他種族の言語を理解するばかりでなく、相手にも伝わるということですね」
大鑑定士長は続けた。
「そして
(はいっ!?)
大鑑定士長からの思いもよらない単語にミコは
一方で、アンセルムとデューイはというと。
「案の定、聖女だったか」
「やはり聖女さまだったのですね」
まるで初めから予想していたかのような口ぶりである。
「すっ、すみません! 聖女ってどういうことですか!?」
「私が行ったのは聖女召喚の儀だ。それによって現れたそなたは聖女の可能性が高かったが、これで立証された」
召喚で勇者・聖女は定番中の定番だ。……でも、こんなちんちくりんが聖女?
ミコは混乱のせいで、頭がちっとも整理できない。
「では大鑑定士長、能力について報告を続けろ」
「聖女さまの保有能力は、《異類通訳》のみでございます」
「――――わかった。下がれ」
大鑑定士長が猫を連れて部屋を出ると、アンセルムは
(聖女って、なんの
スペック不足にも
そう
「王太子殿下、わたしはどうしたら元の世界に帰れるのでしょうか……?」
「…………仮にも聖女が現れたからには、試してみるか」
アンセルムの
「この王都から西に行くと、太古の森という深く広い森林地帯が広がっている」
なぜか、アンセルムはミコの話とは全然関係ない地理の解説を始めた。
不思議に思ったけれど、「人の話、聞いていますか?」と、初対面の王太子に面と向かって聞き返せるほどの
「その奥地には、能力の威力を
―― 『守り主』?
ファンタジー感満点の魔石には興味を
「聖女殿、その通訳の力を生かして守り主を説得し、太古の森から
「な、」
一度、ミコは息を吸う。そうしないと、二の句を
「なんですかその急転直下の無茶ぶり!?」
「無論、
アンセルムは絶賛
「太古の森から出ていくならば、代わりに守り主が望むものを与える。聖女殿には交渉期間中の衣食住の他、成功
「だからどうして、わたしがその役目を引き受けないといけないんでしょうか!?」
「―― 元の世界に帰りたいのだろう」
「!!」
落とされたアンセルムの言に、ミコは声を
語勢は決して強くはないのに、アンセルムの声にはこれまでとは違い、相手をひれ
せる圧のようなものが含まれていたからだ。
「守り主を太古の森から転居させる。この取引に応じるならば元の世界に帰してやる」
「殿下!? 何を……」
「
「―― っ!」
その一言で、デューイは苦虫を
ミコにはなんのことだかさっぱりだが、何か事情がありげなことだけは察せた。
「さて、返事は?」
(もしも、断ったら……)
元の世界に帰してもらえず、右も左もわからないまま放り出される。……取引に応じるなら、というアンセルムの含みはたぶんそういうことだろう。
(これって取引じゃなくて、
腹の底でふつふつと
支え合ってきた大切な家族と会えなくなるなんて絶対に嫌。のしかかる重圧と不安でどんなに
「………成功すれば、元の世界に帰してくださるんですよね?」
「ああ」
胸にまとわりつく不安を払うようにミコは
「わかりました―― このお話をお受けします」
「取引成立だな」
見知らぬ世界の空にも、こちらに来る前に見たときと同じ夕焼けが広がっていた。
―― お母さん、お兄ちゃん。天国にいるお父さん、コタロウ。
なぜかいきなりとんでもないことに、なってしまいました。