(……う、気持ち悪い……)
車酔いでもしたように、全身がどうにもだるい。
それでもなんとか身体を起こして瞼を開けると、――なぜか、図形や謎の文字が描かれた石床の上にいた。
高窓がある天井は高く、壁には立体的な模様が彫り込まれている。
(ここは、……ん? なんの匂いだろう?)
何かが燃えるような焦げた匂いがふと鼻をかすめたが、ミコの周囲に火の手はない。
たぶん、どこからか風にでも乗ってきたのだろう。
それよりも――
(教会みたいなところだけど、ここはどこ?)
「……本当に、現れただと……!?」
状況を把握すべく頭を働かそうとするミコの耳に、戸惑い含みの声がすべり込む。
声がした方を見ると、一人の青年がたたずんでいた。
(……ああ、夢だこれ)
その綺麗な、西洋人風だが濃すぎない顔立ちの青年は二十代前半くらいだろう。
こちらに向いた瞳は銀色だ。長く、深みのある赤髪は首の後ろでゆったりと束ねてある。容姿といい、煌びやかな衣装といい、物語に出てくる王子さまのようだ。
(うーん、最近読んだ作品の中にこんな美形キャラいたかな……?)
ミコはファンタジーものの小説や漫画が好きで、よく読んでいる。
すぐには思い浮かばないが、きっと読んだ作品の登場人物が夢に出てきているのだろう。
「―― 私はアンセルム・ヴィ・アルビレイト。そなたの名前は?」
「え、と、福丸ミコです。ミコが名前で、福丸が姓です」
(夢の中で名乗るのって、変な感じだなあ……あれ? これが夢だとするとわたし、もしかして公園でうたた寝の真っ最中?)
それはちょっと、とミコは急いで頰を抓ってみる。
…………痛いだけで、なんの変化もない。
抓るだけでは刺激が足りないのかと、ミコは今度、頰を両手でしっかり叩いてもみた。
これで目が覚める―― ことは一向になくて。寒くもないのに背筋がぞっとする。
「ミコ・フクマル殿か。我が国へよくぞ参られた―― 歓迎しよう、異世界の乙女よ」
「いっ!?」
不安に駆られたミコは勢いよく立ち上がって、アンセルムに詰め寄った。
「あのっ、そうに違いありませんけどここは日本、あるいはジャパンですよね!?」
「ここはリーキタス大陸を成す一国、アルビレイト王国の王宮だ。王太子である私は大陸の地理についてほぼ把握しているが、ニホンもジャパンも聞いたことがない」
「!?」
国名はミコが知らないだけかもしれないが、大陸名くらいはさすがに知っている。
―― リーキタス大陸なんて、地球には存在しないはず。
(…………これってまさか。……いやいや、そんなことあるわけがない)
ミコの理性が、脳裏をよぎった厨二的発想を否定したそのときである。
「殿下っ、こちらですか!? じきに会議が始まりま、―― っ!?」
勢いよく扉を開け放ったのは、涼しげな碧眼の上に銀縁眼鏡をかけた金髪の青年だった。
歳はアンセルムと大差ないように思われる。抑制された華のある美男だ。
「……殿下、そちらのお嬢さんは……?」
「ミコ・フクマル殿だ。どうやら召喚が成功したらしい。ここではなんだ、場所を移す」
「召喚!? ちょ、殿下、きちんと説明をしてくださいっ!」
(ショウカン? ……しょうかん? …………召喚?)
召喚――――っ!?
ミコは胸中で叫声を爆発させた。
(しょ、召喚って、……噓でしょ……?)
アンセルムが放った台詞で驚愕が振り切ったミコの頭の中は、真っ白になった。