第一章 姫と古の魔女 その5

   ☆ ☆ ☆


 リリシアの奴隷として、エイトは迷宮の探索を再開することになった。

 本当に罠がたくさんある迷宮だ。

 落とし穴があったり、槍が飛び出してくる仕掛けがあったり、それどころか天井が落ちてくる仕掛けなどなど、いかにも子供がイタズラ心満載でつくったような仕掛けまである。

 誰が何の目的で、こんな迷宮をつくったのか。

 小鬼や、狼のような姿形をした魔獣も襲ってくるし、攻略は二人でも簡単なものではない。

 それでもエイトたちはそれらを打ち倒して罠を切り抜けていき、二つのフロアを攻略。

 だが、そこからが難関だった。

 地図がここまでしかなかったからだ。

 つまり地図をつくった者たちは、ここで撤退したのだろう。

(この迷宮、あとどれくらいあるっていうんだ?)

 残る食料にも不安があるし、撤退という二文字も脳裏をよぎった。

 だが、王の力に興味を惹かれるのも確かだ。

 伝説の中で語られる、国をつくったという王が持っているようなすごい力。

 それを手に入れることが出来たら、三級市民である自分たちをバカにしていたやつらに復讐することが出来るかもしれない。

 もちろん妹にだっていい生活をさせることが出来るだろうし、いい教育を受けさせることだって出来るだろう。自分と似たような苦労をメロディにはさせたくないというのが、エイトのなによりの望みだった。

 それに本当の王様にだってなれるかもしれないし、たくさんの女の子に囲まれてモテモテになれたりだって――それはきっとリリシアの奴隷としての任務を果たして、ラングバード王国に家や仕事を貰うよりも、輝かしい未来に違いない。

「ねえ、なに突っ立ったまま、気味悪い顔してるのよ」

「あ、いや、なんでもないぞ」

 うへへと、妄想に浸っている場合ではなかった。

「だったら早く次の部屋に入って、安全を確かめなさいよ」

「わかってるよ」

 リリシアの命令に答えながらも、エイトは心の中で愚痴ってしまう。

(それにしてもこのお姫様、ほんと我が儘で傲慢だな)

 最初からそうだろうと思っていたとはいえ、一緒に探索を始めてからは、更によくわかってきた。

 何でも危険そうなことは、エイトにやらせようとするのだ。

 そのせいで何度も罠に引っ掛かりそうになったし、命の危険を感じることにもなってしまった。

 いくらなんでも、奴隷使いが荒すぎだ。

 身の上話を聞いた時は同情して、世界を変える力を譲ってやってもいいかと思ったが、そんな気持ちすらなくなってきてしまう。

(俺が世界を変える力を手に入れたら、最初にお前に復讐してやるからな)

 まずは平伏させて、エイト様の奴隷になりますとか言わせてやりたい。

 やられたことの仕返しだ。

(いっそ全裸で土下座させてやろうか)

 それからはまあ、その魅力的でエッチな身体にいろんなことを――。

「――って……」

「ちょっと! なんでいきなり足を止めて――って、んっ、んぐっ、ちょっと、何するのよッ!」

 背中に不満げな声を掛けてきたリリシアの口を慌てて塞いで、エイトは耳元に小さく声を掛けた。

「静かにしてくれ。それで、部屋の中を見るんだ」

「部屋の中? 何があるっていうのよ」

 どうやら何か異変があることには気付いたようだ。先ほどのエイトと同じような小さな声で、リリシアが言葉を返してくる。

「たぶんあれは、帝国のやつらだ」

「えっ……!?」

 部屋の中を覗き込むリリシア。

 瞬時に目を丸くして、震える声を放った。

「なんで、ルーファスがここに……?」

「知ってるやつなのか?」

「グルシア帝国の第三皇子よ。ルーファス・グルシア。長年会っていないけれど、たぶん間違いないわ」

 替わってエイトは、再び部屋の中を確認する。

「ほーん、あの煌びやかな服を着ているやつが、ルーファスって皇子でいいんだな」

「ええ、そうよ」

 確かに皇子らしい格好をしている。

 なんか腹立つイケメンだし。

「あいつらもお前――いや、ご主人様と同じように、世界を変える力とやらを探してやってきたのかね?」

「それはわからないわ。もしかしたらわたし、追われていたのかも」

 リリシアがかなり困惑していることは、表情からも読み取ることが出来た。

「で、どうするんだ?」

「どうするも何も、わたしが知っている限り、ルーファスは帝国の皇子の中で、一番剣の腕が立つはずよ。そんな男がもし世界を変える力を――王の力を手に入れたとしたら、大変なことになってしまうわ」

「じゃあ見つからないようにして、先を急ぐってことでいいんだな」

「話をすることなんて、何もないもの。わたしを追ってきているとしたら、捕虜にして、国同士の交渉材料に使うつもりだと思うし、ろくなことにはならないわ」

「つまり俺たちがやるべきことは、あいつらよりも先に世界を変える力を――王の力を手に入れることってとこか」

「その通りよ。わたしの奴隷らしくなってきたじゃない」

 別段、それに異論はない。

 リリシアよりも先に王の力を手に入れるのは自分というだけだ。

 それからエイトたちは帝国兵たちがいる方とは逆のルートを選択し、目的の場所――地図に目印がある方へと進み始めた。

 しかし先を歩いていたエイトは、また足を止めることになってしまう。

「なによ、また帝国兵がいるとか?」

「いや、そうじゃない」

 しーっと目の前に指を一本立てて、エイトは続ける。

「足音、聞こえないか?」

「足音って……あっ!」

 ようやくリリシアもその音に気付いたようだ。

 ドスンドスンと、音と共に地面も揺れ始めている。

 次第にその音は大きく、揺れは激しくなっていって――。

 ついにその要因が、エイトたちの目の前に現れた。

「なんでこんな怪物が、こんなところにいるのよ」

 震える声を漏らすリリシア。

「いや、こんなところだからこそ、いるんじゃないのか?」

 二人の目の前に現れたのは、大きなライオンのような、肉食獣にしか見えない怪物だった。つま先から頭の上までは二メートルほどあって、尻尾までも三メートルほどはあるだろう。肌は紫色で不気味だし、口からはダラダラと唾液を垂らしている。

 今にもエイトたちを捕食しようとしているようにも見える状態だ。

「お宝の門番ってところかね」

 地上でこんなヤツを見たこともないし、存在しているなんてことももちろん聞いたことがない。まるでこのダンジョンに長年封印されていた、伝説の魔獣か何かのように思えてしまう。いわゆる魔物の凶悪なやつだ。

「ちょっとエイト、あれ見て!」

 慌ててリリシアが叫んだ理由を、エイトはすぐに理解した。魔獣が大きく息を吸い込むように、口を開いていたからだ。

 その奥に見えるのは炎で、今にも吐き出そうとしているようにしか見えない。

「逃げるぞ!」

「わかってるわよ!」

 慌てて背を向け、走り出す二人。

 予想通り、すぐに魔獣は炎を吐き出した。

(なんだよ、あれ……。やべぇな)

 横道に逸れてやり過ごしたあとに振り返ると、道いっぱいに激しい炎が広がっているのを見ることが出来た。

 あんなものに巻き込まれていたら、間違いなく丸焼けどころか黒焦げだっただろう。

 そこに再びドスンドスンと足音が聞こえてきて、地面が揺れた。

「追って来たみたいよ!」

「わかってる!」

 とにかく逃げるしかない。

 この場から離れるために、また二人で走り出した。

 しばらくしたところで、複数の声が聞こえてくる。

「何かあそこにいたぞ!」

「人間? 小鬼か?」

「いや、魔獣だ! 巨大な魔獣がいるぞ!」

 帝国兵たちの声だ。

(アイツらも混乱してるのは、不幸中の幸いか)

 この隙に魔獣や帝国兵から距離を取るしかないと、そのまま二人で走り続けていると、

「なによ、行き止まりじゃない!」

 リリシアの言葉通りだった。

 道の選択を誤ってしまったらしい。

「――って……」

 振り返ると、小鬼たちが目の前に飛び出してくる。

「くそっ、次から次に現れやがって……!」

 こうして通路に閉じ込めて襲い掛かるために、待ち構えていたのだろうか。

 棍棒を持ったヤツらが三匹。

 エイトたちを襲う気満々といった様子で、歯を剥き出しにして威嚇している。

 たいしたことがない相手とはいえ、この状況では面倒くさいことこの上ない。

「やるぞ」

 それ以外に選択肢はないだろう。

 エイトは二本のナイフを引き抜いた。

「わかったわ」

 同じようにレイピアを引き抜くリリシア。

 直後、どこからともなく声が聞こえてくる。

『すんすん、なんだかいい匂いがするね。とても懐かしい人間の匂いだ』

「なんだ、この声……?」

「声? なんなのよ、それは」

「お前、聞こえなかったのか?」

「だからお前じゃなくて、ご主人様って――」

『すごくボク好み。本当に懐かしい匂いだ』

 再び聞こえた、可愛らしい声。

 ただその声音に似合わず、不気味なことを言っている。

 直後、リリシアが叫んだ。

「エイト、見なさい!」

 その視線が向けられている先はリリシアの足元だ。

 エイトも自分の足元に視線を向けると、

「なんだ、これ……?」

 エイトとリリシアの足元を囲むように、床に魔法陣が形成されていた。

 しかも、激しく輝いている。

『ボクのところに来てくれないかな?』

 再び、頭の中に話し掛けられた。

 と、同時のことだ。

「え……?」

 魔法陣が大きな穴へと変化を見せ、エイトたちの足元の床がなくなってしまう。

「ちょっと、これ――」

 リリシアは逃げ出そうとするが、その時間が与えられることはなかった。

 エイトも同じだ。

「うわああっ!?」

「きゃあああっ!?」

 エイトとリリシアの二人は、揃って足から落下していって――。

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