第一章 姫と古の魔女 その6

   ☆ ☆ ☆


「……っ、てててて……」

 高さはそれほどなかったとはいえ、突然の落下だった。それだけに受け身を取ることは出来なかったのだが、どうやら運が良かったらしい。

 強く痛むところはないし、たいした怪我もなさそうだ。

「おい、リリシア――って……」

 声を掛けた直後、その姿を発見。

 仰向けに倒れたまま、動いていない。

「リリシア、大丈夫か!?」

 近付き、声を掛けても反応はなかった。

(頭を強く打って、気を失っちまったのか?)

 となれば次にすべきは呼吸の確認だ。

 少しドキドキしながらも、リリシアの口元に耳を近付けてみる。

 頬に感じる、微かな吐息。

 それでほっと胸を撫で下ろした。

 どうやら気を失っているだけのようだ。

(それにしても、あの声はなんだったんだ?)

 ボクのところに来てくれないかとか、そんなことを言っていた。

 さっきの声のやつがここに落としたのだろうかと天井を見上げるが、穴はもう見ることは出来ない。

 周囲に光はなく、とても薄暗い場所だ。

「おーい」

 声をあげてみる。

 数秒後、自分の声が反響して返ってきた。

 結果的には一階分フロアを下りることは出来たわけだけれど、お宝に近付けたと言っていいのかはわからない。

 気を失っているリリシアのこともあるし、状況は決して良いとは言えないだろう。

 そこにまた、さっきと同じ可愛らしい声が聞こえてくる。

『うーん、やっぱりいい匂いだ。近付いて来たら、尚更ゾクゾクするよ』

 いったいどういうことなのだろう。

(まさか、俺を捕食でもするつもりなのか?)

 そんな風にしか思えない言葉だ。

「おい、お前は誰なんだ! どこにいる! お前が俺たちをここに落としたのか!?」

 訊ねながら首を左右に振って声の持ち主を探してみるが、見つけ出すことは出来なくて――。

『探しても無駄だよ』

 再び、聞こえてきた声。

『ボクは遠くから、キミの頭の中に直接、話し掛けているんだから』

「だったら、俺の質問に答えてくれ」

『まずはボクのところに来てくれないかな? そこでお話をしようよ』

 言葉と共に、火の玉のような青白い光が灯った。

 それがゆっくりと、エイトから離れるように動き始める。

『この先に階段があるんだ。それを下りて来て。そうすればキミは、この迷宮のお宝である、世界を変える力――王の力を手に入れることが出来るよ』

 ――王の力。

 それはリリシアがこの場所にあると言っていたお宝そのものだ。

 怪しいけれど、他には何もあてがない。

 周囲も真っ暗なのだし、光についていくしかないだろう。

 それで本当に世界を変える力――王の力が手に入るならなによりだ。

 もちろん、警戒は怠らないけれど。

(あとは、リリシアだよな……)

 どのみち出し抜くつもりだったのだし、このまま放置していくのもアリかもしれない。

 とはいえ――。

(なんだかんだでお人好しだよな、俺は……)

 今は一応奴隷の立場なんだし、世界を変える力を手に入れたら、このご主人様に復讐すると決めたのだ。今の状態ならば、わたしにお宝を寄越せ、などと言われる展開はないだろう。

 たとえ言われたとしても、先に手中に収めるのは簡単。

 だから連れて行くことにしようと、その身体にエイトは手を掛けた。

 鍛えられているとはいえ、女の子らしい肉がついている柔らかな腕を取り、エイトは肩を使って担ぐようにリリシアを背負っていく。

 すると、二つの膨らみを背中に感じた。

 間違いなくおっぱいの感触だ。

 その凹凸と温もりに気付いてからというもの、エイトの胸のドキドキが止まらない。

 また直接、その感触を手で確かめたいだなんて感情も芽生えてしまうが、もちろんそんなことをしている場合ではなかった。

(どのみち俺が世界を変える力を手に入れたら、いくらでもやり放題になるんだしな。焦る必要もないだろ、うん)

 そんな風に考えて、気を紛らわすことにする。

 そもそもこの状況、

「助けてくれてありがとう。お礼にわたしをどうぞ♡」だなんて、リリシア自ら身を差し出してくるような展開になってもおかしくはないはずだ。

 とはいえ、そんな未来を想像することは出来ない。

 リリシアの性格からしてあり得ないことだとわかっているからだ。

 あくまで奴隷なんだから助けて当然としか思われないに違いない。

 エイトが世界を変える力を手に入れて、それと引き換えに身体を要求する方がまだあり得る未来だろう。

(なんにしろ、まずはその力を手に入れてからだな)

 リリシアを背負ったエイトは、青白い光の案内に従って歩き出した。

 するとすぐにその光と同じような青い明かりが灯る、壁に設置された燭台が見えてくる。

 続けて見えてきたのは、その燭台が一定の距離で設置されている、幅の広い階段だ。

『そのまま下りてきて』

 頭の中に響く声のままに階段を下りていくと、上のフロアで出会った巨大な猪型の魔獣すら入ることが出来るくらいの、大きな扉が見えてきた。

(この向こうに、声のやつがいるのか?)

 いったいどんなやつなんだろう。

 扉の前に辿り着くエイト。

 背中のリリシアのせいで両手が塞がっているので、いっそのこと体当たり――というか、体重を掛けて開こうか、などと思っていると、自然に扉が開いていった。

『さあ、中に入るんだ』

「これって……」

 目に映ったのは、壁に備え付けられている燭台と同じように青白い蝋燭が灯されている、いかにもお宝がありそうな祭壇だった。

 中心には仄かに輝く、手のひらに載せることが出来るくらいの大きさの宝玉を見ることが出来る。

(もしかしてあれがこの迷宮のお宝――世界を変える力なのか……?)

 怪しく輝く宝玉に魅せられ、引き寄せられるように、エイトは祠のような場所の中へと入っていった。

 勝手に扉は閉じていく。

(そういや、アイツはどこにいるんだ?)

 自分を呼び寄せたやつの姿を探そうと祠の中を見回すが、その姿は見つからなかった。だから、どこにいるのかと訊ねようとしたのだけど、

『ボクに触れるんだ』

 祭壇に置かれている宝玉が強く輝きを放ち、エイトの頭の中に声が聞こえてきた。

『そうすればキミは、世界を変える力を手に入れることが出来る』

 さっきまで呼び掛けてきたのと同じ声。

 ということは、輝きを放ち続けているあの宝玉が、声の主ということなのだろう。

「ちょっとここで待っていてくれ」

 困惑しながらも、エイトは近くの柱にもたれかからせるような形で、リリシアの身体を地面に下ろした。今のところ追っ手の気配はないので、問題はないはずだ。

 祭壇に近付き、宝玉の前に立つ。

「お前に触れればいいんだな?」

『うん、そうだよ。さっき言った通りさ』

 元々仄かに輝いている宝玉だが、喋っている最中は更に輝きが強くなるらしい。

『さあ、ボクに触れて。もうすぐここにたくさんの人たちが来るから、早くした方がいいと思うよ』

「えっ」

 ここに来るというのは、帝国兵たち以外にあり得ないだろう。

 怪しい宝玉とはいえ、誰よりも先にこれを手に入れにきたのだから、触れない理由はない。騙されていたとしてもその時はその時だと、エイトは宝玉に手を伸ばしていった。


「ありがとう」

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