第一章 姫と古の魔女 その4
☆ ☆ ☆
近くの壁に背中をつけるようにして座るリリシア。
その隣に並んで座ったエイトは、ポーチから取り出したパンを一食分千切って、リリシアに差し出した。
「それじゃ、話を聞かせてくれ」
「まずはパンを味わわせてよ。食べながら喋るものではないわ。マナーがなってない奴隷ね」
「うるせえよ」
受け取ったパンを、リリシアは口の中に運んでいく。
「あら、硬いとはいえ、三級市民が食べるにはもったいないくらいの、甘くて美味しいパンじゃない」
「ああそうかい」
っていうか、食べながら話をしてるじゃねえか。
ちなみにパンは、この遺跡に来る途中に寄った町で買ったものだ。
エイトも自分の一食分を千切って、口へと運んでいった。
リリシアの言う通り、硬いけれど、砂糖がまぶされていてとても美味しい。
「んで、世界を変える力ってどんなものなんだ?」
互いに一口食べ終えたところで、本題を切り出した。
美味しいパンを食べてかなり機嫌が良くなったのか、勿体ぶることなくリリシアは答えてくれる。
「それは、王の力とも呼ばれているものらしいわ。伝説の中にいる、国をつくった王様たちが使っていたようなすごい力なんだって」
「…………」
「…………」
「続きは?」
「続きって、わたしが知ってるのはそれだけよ」
「それだけって。どんな力なのかの詳細がわからないんじゃ、俺と変わらないような知識量じゃねーか。せっかくパンを分けてやったっていうのにさ」
「な、何よっ! そもそもあなたは奴隷なんだから、パンくらい分けてくれて当然でしょ! それに地図があるぶん、あなたよりは探索でも相当優位のはずよ。一緒にしないで。っていうか、言い方がなってないわね、奴隷のくせに!」
「うぐ……」
確かに今は奴隷とはいえ、当然と言われると、さすがにイラッとしてしまう。
少しくらいは、感謝してほしい。
「なんにしたって、わたしには世界を変える力が必要なのよ。わたしが愛する国――ラングバード王国を、帝国の魔の手から護るために。今すぐにね」
「さっきもそんなことを言ってたけど、なんかお前の国って、大変なことになってるのか?」
「あっ……」
しまったというような表情をリリシアは浮かべた。
「とはいえ、隠すようなことでもないのよね。普通の王国民なら知ってることだし。知らないのは、あなたのような帝国の三級市民くらいよ」
「はいはい、悪かったな三級市民で」
なんかもう、そういう扱いをされるのにも慣れてきた。
「まあせっかくだし、教えてあげるわ」
上から目線でリリシアは続ける。
しかしその表情は、すぐに険しいものへと変化してしまった。
「今、ラングバード王国は、隣国の帝国と戦争が起こりそうで、危機的な状況なのよ」
「戦争、か……」
ここ数年、グルシア帝国が他国に攻め入って領土を拡大しているという話は、エイトも知っていることだった。平和主義をモットーとしているラングバード王国との関係が悪化するのも当然のことだろう。
「帝国はここ数年、一度も戦争に負けていない、とても強力な軍隊を持つ国よ。もし戦端が開かれたら、ラングバード王国に勝ち目はほぼないわ。だからこそ、国を護るために世界を変える力が――王の力が必要ってわけなの」
リリシアの父親は病を患いながらも、国や、愛すべき国民を護るため、必死に帝国と交渉を続けてきたのだという。
しかし帝国は一方的な支配を求め、交渉は決裂。
開戦したら国を背負う者としての責務を負い、戦場に出たいというのが国を愛するリリシアの望みであり、このような時のために、愛すべき国や国民を護るために、幼い頃から剣の腕を磨いてきていた。
母を早くに亡くしていて、国や国民に育てられたという想いもあってのことだ。
しかし父であるラングバード王は、リリシアが戦場に出ることを認めなかった。
なにせ直系の跡継ぎ候補は、リリシアしかいないのだ。
戦争で死なれては困るという意見も、側近から多く出たという。
それでもリリシアは国を愛するあまり、自分に何か出来ることはないかと考え、いろいろと調べる中で、この遺跡や、世界を変える力のことを城の書庫にあった古い書物から知ることになったようだ。
そしてこっそりと城を抜け出して、この遺跡にやって来た。
自分の愛する国を救うために。
家族のような国民たちを護るために。
世界を変える力を――王の力を得るために。
「お前、かなりのお転婆なんだな」
「うるさいわねっ。わたしは、国を愛してるだけよ。帝国に、わたしの大切な国を奪われてたまるものですか」
話が終わってからしばらくした頃のこと。
お互いパンを食べ終えたあとのことだ。
「お腹も満たされて、元気も復活したわ。この勢いで、一気にこの迷宮を攻略しましょう!」