第一章 姫と古の魔女 その3

「つまりは恩人の娘を妹として育てているってことなのね。その話が本当なら、コソ泥だってのに、少しはいいところがあるじゃない」

「だから冒険者だって言ってるだろ」

 せめて盗賊と言ってほしい。

 それに近いとしても、コソ泥はなんか嫌だ。

「それに、話も本当だよ」

「だったら、あなたの働きようによっては、わたしがお父様にお願いしてあげるっていうのはどうかしら? お城で仕事が出来るようにしてあげる」

 つまりはそれが報酬ということのようだ。

「もちろん家だって用意してあげるわ。妹さんと一緒に住めるものをね。それなら、コソ泥をする必要もなくなるでしょう? 帝国とは違って身分の差もない。あなたも国民皆が家族のようなラングバード王国民の一人になれるのよ」

「それは……」

「悪い条件ではないと思うのだけど」

 確かにそうだとはいえ、上から目線の上級に施しを受けるというのは、あまり気持ちが良いものでもない。

 貧乏人の僻みというなら、そうかもしれないけれど。

「で、どうするの? わたしのお胸を揉んだこと、まずは謝罪してくれるのかしら?」

 そういえば、そういう話だった。

 どのみちお宝をゲットするためには、地図があった方がいいだろう。だからこそ、まずは共闘するのがいいのではないかというのが、エイトの今の結論だ。

「……とりあえずアレだ。偶然とはいえ、胸を揉んだのは悪かった。これで許してくれるか?」

「謝罪するってことは、さっきの話も決まりでいいのね?」

「ああ」

 エイトは即答する。

「お前の奴隷になってやる。いや、ならせてもらうよ」

 とはいえ、隙があれば出し抜く気は満々。場合によってはお宝を奪って逃げて、それで関係はおしまいというのもありだろう。

「うーん、なんか言葉が軽い気がするのよね。頭も下げなかったし。どうにも信用ならないわ」

「なんだよ、頭でも下げればいいのか?」

「うーん、そうね……」

 頬に指をあてるようにして少し考えて、

「平伏して、わたしに忠誠を誓いなさい」

「なっ」

「奴隷になるって言ってるのに、それも出来ないのかしら?」

 見下すように言うものだから、当然のようにイラッとしてしまった。

 でも、ここは従うしかなさそうだ。

「ほら、早く」

「……リリシア様、あなたの奴隷にしてください」

 言われた通りに両膝を地面について、エイトは頭を下げた。

「うふふ、やったわ! いいわよ。認めてあげましょう。これであなたはわたしの奴隷よ♡」

 リリシアはとても嬉しそうだ。

「……お前、そんなに奴隷が欲しかったのか?」

「この迷宮、一人で探索するのは大変なんだもの。たくさん罠もあるし、一人よりも二人の方が探索しやすいのは、間違いないでしょう? あと、お前じゃなくてご主人様よ」

「はいはい」

 それなりにこういう場所に慣れているエイトだって苦労しているのだ。洞窟探索経験などがないお姫様ならば、尚更なのだろう。

「ということで、奴隷さん。まずは少し休息をとりましょう。わたし、お腹が空いてきたところなの。水や食べ物は持ってるわよね?」

「それは、持ってるけどさ……」

「だったら、シェアしなさい。わたしの持って来てる食糧、あと少しで尽きそうなのよ」

 まさかと思ったのだが、そのまさかだった。

「もしかして、お前が俺を奴隷にしたのって――」

「だからお前じゃなくて、ご主人様。もちろん、それもあるわよ。お腹が空いたら、探索どころじゃなくなっちゃうし」

「あのな、食糧がなくなりそうな状況なら、出直せばいいだろ。冒険っていうのは、無理をしてまでやるもんじゃねぇぞ」

「奴隷のくせに、口答えしないでよ。それにお宝があるところまで、あと数フロアなんだから。せっかくここまで来たってのに、引き返せるわけないでしょ」

「それでも命を失ったら、意味がないだろうが」

 お宝を手にしたって命を失ったら全て終わりというのは、エイトが盗賊のおっさんから最初に教えてもらったことだ。

(とはいえおっさんは、たぶん死んじまったんだけどな)

 だからこそエイトは、こういった冒険に出る時は、出来る限り安全第一で動いていた。まだ小さな妹の――メロディの面倒を見るという役目もあるからだ。

「確かにあなたの言うことにも一理あるかもしれないわ。でもわたしには、命と同じくらいに、この迷宮にあるお宝が――世界を変える力が、一刻も早く必要なのよ」

「世界を変える力……?」

 それは初めて聞くワードであり、エイトの興味を唆るものでもあった。

「この迷宮にあるお宝が、その世界を変える力ってやつなのか?」

「そんなことも知らないで、あなたはこの遺跡に来たっていうの?」

「いやー、なんかすごいお宝があるって、冒険者仲間から聞いてやってきたっていうか……」

 本来はそいつと一緒にこの遺跡を探索する予定だったのだが、エイトはお宝を独り占めするために出し抜き、一人でやってきたのだ。

 それだけに、お宝の詳細はちゃんと聞けていない。

 出し抜いた理由は簡単なもので、その仲間が、いつも自分優位に報酬を得ようとするやつだからだ。

 前に似たようなことをやられたので、そのお返しというわけである。

「だからその世界を変える力っていうのが何なのか、俺に教えてくれないか? お願いだ、ご主人様!」

 いっそまた、土下座でもしてしまおうかと思った。

 というか、土下座した。

「あなた、都合がいいわね……」

 呆れたという表情を見せるリリシア。

「……でもまあ、いいわ。もうわたしの奴隷なんだし、その話は、ご飯を食べながらしましょう」

 情報を得る代わりに、食糧を提供する。

 リリシアは気付いていないようだが、結果的に言えばご主人様と奴隷というより、対等な取引になったというわけだ。

 それはエイトにとって、悪いことではなかった。

「ということでご飯の提供よろしくね、奴隷さん♡」

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