第一章 その1
ある日の昼下がりのこと。
俺は悠然と、街を歩いていた。
そんな俺の姿を見て、道行く街の人々が皆、尊敬の眼差しを向けてくる。
「おい、見ろよ。ダグラスさんだぜ」
「さすが、Aランク冒険者は違うよな。風格があるよ」
「格好いいわよね、ダグラスさん。体が大きくて、頼りがいもありそう。一度でいいからあんな人に抱かれてみたいわ」
「バカね、あんたなんかじゃ無理よ。ほら、ダグラスさんが連れている女の子たちを見なさい。とんでもない美少女揃いよ」
俺はそうした人々の声を気分よく聞き流しながら、道の真ん中を堂々と闊歩していく。
そんな俺に付き従うのは、三人の愛らしい少女たちだ。
「にゃーっ、ダグラス。今夜はミィナを抱いてくれるにゃよね?」
「何を勘違いしているんですか、この駄猫は。今夜は私が、ダグラス様に抱いていただくんです」
「えーっ、違うよ。今夜はボクの番。そうだよね、ダグラス?」
一人は猫耳と尻尾と八重歯がかわいらしい、獣人族の少女。
一人は輝くような銀髪を持った、賢者の少女。
一人は黒髪をポニーテールにした、剣士の少女。
俺はそんな三人の少女たちに、笑って答える。
「そんなことで喧嘩をするなよ。今夜は三人ともまとめて抱いてやるさ」
「「「わーい!」」」
歓喜の声を上げて、俺に抱きついてくる少女たち。
まったく、かわいいやつらだ。
だがそんな夢のような風景が、徐々に暗い霧に覆われていく。
やがて視界が真っ暗闇に染まって——
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。
小鳥の鳴き声が聞こえる。
俺はベッドの上で、目を覚ました。
狭い安宿の一室。
薄暗い部屋の中には、木窓のすき間から朝日が差し込んでいる。
当然、部屋には俺一人である。
ベッドの隣に寝ている絶世の美少女など、いるわけもない。
「……はあ。なんつーみっともない夢を見ているんだ、俺は……」
ベッドの上で身を起こし、俺は大きくため息をついた。
俺は冒険者ダグラス、四十歳。
聞こえの良い言い方をすると、稼業を始めて二十五年のベテラン冒険者である。
だがその実態は、「Eランク冒険者」という絵に描いたような凡夫だ。
最低ランクのFでこそないものの、ここ二十年はずっとEランクから動けていない。
それがよりにもよって、Aランクとは。
夢だからって、ずいぶんと図々しい妄想を思い描いたものだ。
そんなランクは文字通り、夢のまた夢。
天賦の才能に恵まれた者だけがたどり着ける、世界的英雄の格——それがAランク。
俺はベッドから下りて、部屋の木窓を開ける。
すがすがしい朝日とともに、秋の気持ちのいい風が吹き込んできた。
俺は両手で、自分の両の頬をぱちんと叩く。
「さ、バカなことばっか考えてねぇで、今日もやることをやるか」
俺は訓練用の動きやすい衣服に着替えると、井戸から汲んだ水で顔を洗ってから、日課の早朝トレーニングを開始した。
***
その日の夕刻、酒場でのことだ。
「なあ、ダグラスのおっさん。あんたもう邪魔なんだわ。うちのパーティから出ていってくれよ」
二年ほどともに仕事をした、冒険者仲間の青年からそう告げられた。
俺は動揺を顔に出さないようにしながら、青年に問い返す。
「待て、理由を聞かせてくれ」
「はあ? 理由もクソもあるかよ。実力も伸びしろもないあんたにこれ以上パーティに居座られたら、迷惑だって言ってんだよ。いちいち言わなくたって分かるだろ?」
「そうか……」
俺は小さくため息をついた。
この剣士の青年が言うことは、決して間違いではない。
彼には剣士として才能があり、冒険者を始めてからの二年間で、メキメキと実力を伸ばしてきていた。
パーティを組んですぐの頃はまだヒヨッコだったから、ベテラン冒険者である俺がいろいろとサポートしてやったものだが、その実力差も今では見事に逆転している。
俺も冒険者を目指し始めてからのおよそ三十年間、最低限の努力は欠かしていないつもりだが、生まれついての才能の差ばかりはいかんともしがたい。
そう——俺は凡人であり、この剣士の青年は天才なのだ。
「アデラ、シェリル。お前たちも同じ考えか?」
俺は剣士の青年の後ろに侍るように立つ、二人の若い女性冒険者にも声をかける。
片や神官、片や魔法使い。どちらもかなりの美貌の持ち主だ。
この二人もまた、冒険者としてヒヨッコの頃から俺が面倒を見て育ててやったメンバーなのだが、今や彼女らも俺と互角か、それ以上の実力を持っている。
つまり彼女らもまた、才能の塊なわけだが——
「はい、ルーク様の言うとおりです。ダグラスさん、あなたのような人が私たちのパーティに居続けようとすること、ご自分で図々しいとは思わないのですか?」
「本当よね。一緒にパーティを組んでやってきたよしみで、これまで言わないでおいてあげたけど、もう我慢できないわ。ダグラスさん——いいえ、ダグラス。これ以上、私たちに寄生して利益を得ようとするのはやめてちょうだい。私たちのパーティから早く出ていって」
などと、なんとも好き勝手なことを言ってくれた。
彼女らがヒヨッコの頃に何度も失敗して、そのたびに俺に命を救われたことなどは、もはや完全にノーカウントのようだ。
まあそんなことを恩に着せるつもりもないから、それはいいのだが——それにしてももうちょっと、言い方ってものがあると思うんだがな。
ちなみにこの二人、剣士の青年ルークと今では恋仲のようで、冒険の最中も休日も、夜には毎日のようにとっかえひっかえギシギシアンアンやっている。
成人男女の付き合いだしどうこう言う話でもないが、こんな歳まで浮いた話一つない俺にしてみれば、なんとも羨ましい限りだ。
結局のところ、世の中は顔の良さと才能、それに若さということだろう。
今の俺には、どれも持ち合わせがない。
対してこの三人は、そのすべてを持っている。
吟遊詩人が歌う英雄物語の主人公には、こういうやつらこそがふさわしいのだろう。
「分かった。そうまで言われてパーティに居残る理由もない。これまで邪魔をしたな」
俺はそう言い残して、支払いの銀貨をテーブルに置くと、酒場から立ち去った。