プロローグ 少し昔の話
初恋の経験はあるだろうか。あるとしたら、それはどんな初恋だった?
俺には姉ちゃんが居て、そんな姉ちゃんの友達を好きになったのが初恋だった。
顛末を先に言うなら、これは叶わずに終わった虚しい恋の話だ――。
小二の秋、仲の良かった女の子が遠方に引っ越すことになった。
彼女は
一個上で小三の彼女は、よく我が家を訪れては――
「
と、姉ちゃんの弟でしかない俺のことも遊びに誘ってくれるような、分け隔てない優しさを持つ可愛い女の子だった。
とある理由から自宅療養ばかりの日々を過ごしていた俺にとって、彩花さんが遊びに来てくれる夕暮れ時は、人生における最大の楽しみと言える時間帯だった。
そんな彩花さんへの好意を覚えるのに時間はかからなかった。
「結斗くんはお勉強が出来るんだね?」
「勉強しかやることないから……」
ある日の夕暮れ時。ベッドで上体を起こし、学校に行けないから自習するしかない俺を見て、彩花さんは「すごいね」と頭を撫でてくれた。俺は照れ臭くなった。
「す、すごいって何が……?」
「ゲーム三昧の生活も出来るはずなのに、サボらず勉強してるのがすごいなって思うの」
「そ、そんなの、すごいことじゃないよ」
「ううん、すごいと思うよ? 努力家だなって思う。きっと結斗くんが元気に登校出来るようになったら、学校で一番の秀才になれるんじゃないかな」
「……なれるかな?」
「なれるよ。だからきちんと元気になって、その姿を早く私に見せてね?」
そう言ってくれた彩花さんに対して、俺はもちろん頷いた。
いずれ元気になって、勉強で一番を取ったその姿を彩花さんに見せる。
この時から、それが俺の人生における目標となった。
けれど、俺がそれを成し遂げる前に、彩花さんが引っ越すことになってしまった。
親の急な転勤とのことだった。
ショックだったが、大人の都合に振り回されるのが子供という存在であり、大人しく受け入れるしかなくて。
けれどやっぱり、そう簡単に受け入れられるモノではなくて――彩花さんの引っ越し当日、俺は別れの挨拶に来てくれた彩花さんを部屋に通せなかった。
別れの挨拶を聞きたくなかったのだ。それを聞いてしまったらもう二度と会えないような気がして、俺は別れの挨拶を拒絶していた。泣き顔を見せたくないというのもあった。
「……元気になった結斗くんを、一番の成績になった結斗くんを……きちんと見届けられなくてごめんね?」
部屋を頑なに開けず、こともあろうに無言を貫いていた俺に対して、彩花さんが最後に告げてきた言葉はそれだった。
遠のいていく足音を聞きながら、俺はいっそう涙の粒を大きくした。
そうして涙が涸れ果てた頃に、水滴の残滓をぬぐいながら俺は誓った
いつかもう一度、彩花さんに会えると信じて。
それまでに体の状態をきちんと整えて――俺は勉強で一番になってやるのだと。