第二章 高速レベルアップ その3

 朝食を食べ準備を終えた後、俺と華は電車に乗って都心にやってきていた。

 俺は特に欲しいものがないので、基本的には華の行きたいところに行く感じだ。

 人が多くいる道を歩いていると、華が「あっ」とある方向を指さした。

「見て、クレープだよお兄ちゃん。寄って行こっ」

「分かった分かった」

 手を引っ張られるまま、クレープ屋の列に並ぶ。

 店頭に置かれているメニュー表を見ながら、華は目を輝かせていた。

「私はストロベリーのにしよっと。お兄ちゃんは何にする?」

「そうだな……じゃあ、チョコバナナで」

 俺の答えを聞いた華は、大きく目を見開いた。

「あれ? お兄ちゃんがこういうの買うのって珍しいね。いつも何買うか訊いても、俺はいいって断るのに。突然どうしちゃったの?」

「……む」

 確かに俺はこれまで余計な出費を控えようとして、こういう時は華の分だけ買っていた。

 しかし、今はダンジョンで稼いだお金がある。ちょっとくらいの贅沢は許されるだろう。

 そんな事情を説明するのもなんなので、言い訳を考えてみた。

「昨日から甘党になったんだ」

「昨日から!? な、何があればそんなことに……」

 驚愕する華。うん、どうやらうまく誤魔化せたみたいだな!

 その後、クレープを受け取った俺たちは近場のベンチに腰掛ける。

「いっただきまーす。うーん、甘酸っぱくておいしい!」

「ん、美味いな」

 甘みがあってとても美味い。こういうのも久々にはいいもんだな。

「お兄ちゃん、そっちも一口ちょうだい」

「ん? ああ……っと」

 クレープを包む紙ごと渡そうとしたのだが、華は口を大きく開けてそのまま齧りついてきた。なかなかアグレッシブな行動に驚きながら様子を見ていたのだが、その意図を華は少し勘違いしたようだった。

「お兄ちゃんも、こっちのが一口ほしいの? 仕方ないな、あん」

 華は柔らかな笑みを浮かべながら、自分のクレープを俺に差し出した。

 別にそういうつもりではなかったが、せっかくだ。ありがたく頂くことにしよう。

 そんな考えのもと俺がクレープに顔を近付けた、次の瞬間だった。

「えっ……? 凛さんに、華ちゃん? どうして二人が一緒に……?」

 どこかで聞いたことのある声が鼓膜を震わせる。

 見ると、そこには先日会ったばかりの少女、由衣が立っていた。

「由衣?」

「由衣先輩!?」

 俺と華の声が重なる。どうやら華も由衣のことを知っているみたいだ。

「華、由衣と知り合いなのか?」

「う、うん。学校の先輩なんだ。ていうかお兄ちゃんが知り合いなほうが驚くんだけど、どんな関係なの?」

「この前ダンジョンで知り合ったんだよ……って、どうしたんだ、由衣?」

 由衣は、ぽかーんと間抜けな表情のまま突っ立っていた。

 俺の問いかけによって、はっと普段の姿を取り戻す。

「ご、ごめんなさい、二人が一緒にいるところに声をかけてしまって。まさか二人がそんな関係だとは知らなくて……」

「そんな関係?」

 俺と華が兄妹であることを言っているのか。

 まあ説明したことがなかったんだから、知らないのも仕方ないだろう。

 と、思ったのだが。

「まさかお二人が、そんなラブラブなカップルだったなんて……」

「「カップル!?」」

 どうやら由衣はすごい勘違いをしているらしい。

「ちょっと待て、俺と華はカップルじゃない。というかこの前、知り合いに天音って奴がいるって言ってなかったか? それって華のことだろ? ここまで言えばもう分かるよな?」

「な、なるほど。それはつまり――」

 ようやく兄妹と分かってもらえたみたいで、ほっと胸を撫で下ろ――

「――学生結婚、というわけですね!」

「ちげぇよ!」

 ――せなかった。どう考えたらそうなるんだ。

 深いため息をつく俺の横では、華が苦笑いを浮かべる。

「あはは……相変わらず、思い込みが激しいみたいだね」

「元からこうなのか……」

 呆れながらも、俺たちは再度説明を試みる。

 由衣に俺たちが兄妹だと理解してもらえたのは、それから五分後のことだった。


「変なこと言っちゃって、ごめんなさい!」

 由衣と遭遇後、俺たちはせっかくということで近場のファミレスに入った。

 由衣は深く頭を下げて、俺と華に謝っている。

「顔を上げてくれ。別に被害を被ったわけじゃないし、怒ってないから」

「そうですよ、由衣先輩。それに先輩があたふたしてるところ、見てて楽しかったので何の問題もありません!」

「それは私に問題大アリだよぉ……」

 自分の行いを思い出したのか、由衣は恥ずかしそうにテーブルに突っ伏す。

 その様子を見ながら、俺は追い打ちをかけた華のS気質に戦々恐々としていた。

 そんなことを話しているうちに、パフェが二つ運ばれてくる。華と由衣の分だ。

「いっただきまーす!」

 嬉しそうにスプーンを手に食べ進める華。

 そんな彼女とは対照的に、由衣は申し訳なさそうに俺を見る。

「あの、凛さん。本当にご馳走になってもいいんですか? ただでさえご迷惑をおかけしたのに」

「もちろん。高校では華もずいぶんお世話になっているみたいだからな、そのお礼だと思ってくれたら嬉しい」

「わ、分かりました。それじゃあ、いただきます」

 美味しそうにパフェを食べる二人を見ながら、俺はブラックコーヒーを持ち上げる。

 さっきクレープを食べたから、ドリンクだけで十分だ。

 しかしながら、俺と同じ立場なはずの華は余裕でパフェを食べていた。

「華、お前よくそんなに食えるな。さっきので腹が膨れなかったのか?」

「ふっふっふ、知らないの、お兄ちゃん? 女の子にとってデザートは別腹なんだよ!」

 お前さっき食ってたのもクレープだっただろうが。

 いや、もしかしたら華には別腹が二つあるのかもしれない。

 なんて冗談はともかく、呆れながらも手に持つブラックコーヒーをすする。

 うん、女の子がいる手前かっこつけてブラックを頼んでみたが、何だこれ苦っ!

 俺は二人にバレないようにそそくさと、コーヒーにミルクを入れた。

「えっ、凛さんも私たちと同じ高校だったの?」

「うん、そうだよ。だから由衣先輩とも一年はかぶってたんじゃないかな?」

 そうこうしているうちに、華と由衣の会話は盛り上がっていた。

「そうだったんだ、気付かなかったよ……そっか。だったらこれからは、凛先輩と呼ばせていただきますね!」

「ん? あ、ああ、どうぞ」

 なんだかテンションが上がった様子の由衣に押し切られるまま頷く。呼び方くらいそう大した問題じゃないはずなんだが、由衣はずいぶんと楽しそうな表情だった。

「あっ、そうだ! よかったら由衣先輩もこの後一緒に遊びませんか? 用事があったりするかもなので、無理にとは言いませんが……」

「用事はないけど……わ、私も参加していいのかな?」

 由衣は少しだけ不安げな表情で、俺の様子をうかがう。

 俺が嫌がるのではないかと心配しているみたいだ。

 よし、不安の種を取り除いてやろう。

「心配するな。華の買い物は面倒な時も多いからな。それに付き合ってくれる奴が増えるのは俺としてもかなり助かる」

 自分の立場としても、由衣がいてくれて助かると華麗に伝えたつもりだったのだが……。

「むぅ、お兄ちゃんサイテー」

「凛先輩、その言い方はちょっと……」

 華と由衣は、俺に冷たい視線を向けていた。

 ……えっと、選択肢間違えたかな?


 その後、俺たちはショッピングモールに行き、色々な店を見て回った。

 華はもともと何かが欲しかったというわけではないらしく、ウィンドウショッピングを楽しみたかったとのことなので、ほとんど何も買わずに回っていく。

 何も買うつもりがないなら、何で俺は荷物持ちとして呼ばれたんだろう?

 ……そういった疑問も浮かび上がるが、当然そんな野暮なことは言わない。また冷めた目で見られたら心が傷付いちゃうしね。

「ねえねえ、お兄ちゃん。これとこれ、どっちが似合うかな?」

「わあ、このネックレス素敵。値段は……うん、見なかったことにしよ」

 流行りの服を体にあて意見を訊いてくる華に、手に取ったアクセサリーをそっと元に戻していく由衣。なんというか、完全に女子の買い物といった感じで、俺は一人置いてけぼり状態だった。

 しばらくショッピングモール内を歩くうちに、俺は少し喉の渇きを感じた。

「ちょっと飲み物買ってくる」

「うん。この辺りにいるから早く戻ってきてね」

 華とそんなやりとりを交わした後、一時的にその場から離れる。

 フロア内を一分ほど探し自動販売機を見つけた俺は、缶コーラを購入し、カシュッとタブを開ける。その直後、

「うおっ!」

 別に缶を振ったりはしていないのだが、中からコーラが溢れてくる。なんとか床に落ちないよう努力した結果、代わりに手がべたべたになった。

「これは……水で洗わないとな」

 俺は急いで、近くのお手洗いに駆け込んだ。

 数分後。

「ふぅー、大変な目にあった」

 ハンカチで手を拭きながら、華たちのもとに戻る。

 おかげで五分ほど時間がかかってしまった。まだ待ってくれてるといいんだけど……。

「おっ、いたいた」

 そんな心配は必要なかったのか、戻った場所には由衣が立っていた。あれ? 華の姿が見当たらないが……。

 ていうか、待て。

 一瞬、由衣が一人でいると思ったのだが、よく見てみると彼女に話しかける二人の男の姿があった。

「ねえねえ、きみ、この後暇だったりしない?」

「も、申し訳ありません、用事があるので……」

「えー、いいじゃん、俺たちと一緒に遊ぼうよ。絶対にそっちの方が楽しいって!」

「…………っ」

 というか、明らかにナンパされていた。

 確かに、由衣はそこらのアイドルと比べても、見劣りしないほどに可愛い。一人でいればあんな風に絡まれてしまうこともあるだろう。華はいったいどこにいったんだ?

 ……って、俺が言えることじゃないか。由衣を一人にしてしまったのは、俺が戻ってくるのが遅くなったからというのもあるだろうし。……よし、いくか。

 俺は由衣のもとに急ぎ足で向かい、男たちとの間に割り入った。

「すみません。この子、俺の連れなんです」

「凛先輩……」

 後ろからは由衣の安堵の声が聞こえる。

 問題はこの男たちが素直に引いてくれるかどうかだが……。

 警戒する俺の前で、男たちは不満げな表情を浮かべて言った。

「なんだ、男連れかよ」

「ちっ、行こうぜ」

 そんな言葉を残し、男たちは去っていく。

 ……思ってたよりあっさり引いたな。いや、これが普通か。間違いなく、自分に不満のある展開になったからといって剣を抜く奴に比べたらよっぽど常識的だ。

 なんにせよ、ひとまず由衣が変な目にあわなくて一安心というものだ。

「悪いな、由衣。俺が戻ってくるのが遅れたせいで」

「い、いえ! むしろこちらこそごめんなさい。私、凛先輩に何度も助けられちゃってますね……」

 しゅんと落ち込んだ顔をする由衣。その表情が、幼い頃の華にかぶって見えた。

「え、えっと、凛先輩? この手は……」

「――はっ!」

 しまった! 幼い頃の華をなぐさめていた時のように、つい無意識のうちに由衣の頭を撫でてしまった!

 慌てて手を離すも、俺が由衣の頭を撫でた事実は消えない。えっ、これ、事案になったりしないよね……?

 と、とにかく謝らなければ。

「ご、ごめん、悪気はなかったんだが、つい」

「そんな、謝る必要なんてないです! 全然嫌じゃありませんでしたから! む、むしろ、もっとされたかったというか……」

 後半は声が小さくよく聞こえなかった――と言いたいところだが、冒険者は一般人より五感も鋭いのでしっかり聞こえてしまった。

 しかし、由衣自身が俺に聞こえていないと思い込んでいるようなので、その発言について深掘りするわけにもいかない。

 俺と由衣の間に気まずい空気が流れだした、その時だった。

「いや、すごくびっくりっ。まさかお兄ちゃんと由衣先輩が、そんなに仲良しだったなんて……」

 にやにや顔の華が、弾んだ声を出しながら近付いてきた。

 どこからかは分からないが、俺と由衣のやりとりが見られてしまっていたらしい。

 ……恥ずかしさで、顔が真っ赤になりそうだ。

 って、それよりも。

「華、その手に持っているアイスクリームはなんなんだ?」

「ふふん、よくぞ訊いてくれたね! 美味しそうだったから買いに行っちゃった!」

 本日の総論。

 華の別腹は三つあった。


 それからもしばらくショッピングモールを回った後、俺たちは帰宅することにした。

「華ちゃん、今日は誘ってくれてありがと。すごく楽しかったよ!」

「由衣先輩にそう言っていただけて私も嬉しいです。また一緒に遊びましょうね」

 女性陣は楽しそうに別れの挨拶を交わしていた。

「り、凛先輩……」

 と思ったら、次は俺の番みたいだ。

「えっと、今日は色々迷惑かけちゃってごめんなさい。でも、凛先輩と遊べて嬉しかったです。また機会があれば、よろしくお願いします!」

「ああ、こちらこそ」

 俺は軽く手をあげて、由衣の言葉に応えた。

 その後、帰り道が違う由衣とは別れ、俺と華は二人で帰路につくのだった。

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