◆第四条 リトルギンザでのペットショップ開業は登録を要する その1

「あっくん。【裁きの欠片】って言うけど、どう見てもこれ、裁判所バッジの欠片よ」

 元の世界の私服に着替えた俺と姉に、メイドの加藤シロを加えた三人。チヨダクの通りを歩きつつ、王女から譲り受けた小さな欠片をいじっている。

 裁判所バッジとは、裁判官、裁判所書記官、裁判所事務官等がつけるバッジのことだ。

 何年か前、裁判官に任官した姉から自慢げに見せてもらったことがある。デザインは、日本国三種の神器の一つであるの鏡を象っていて、中心には『裁』という文字が描かれている。弁護士バッジ、検察官バッジには文字がないので、けっこう異色だ。

(八咫の鏡って、日本神話で登場する、真実を正しく映す鏡……だったはずだ)

 なぜそんなものがあり、それもその欠片で、裁きの魔法が使えるのだろう。

「メイド長さん。【神器】って言ってたけどさ、もうちょっと教えてもらえる?」

「はい。【神器】は、はるか昔から時折出現する神通力を持った道具のことで、神様が主に既存の物体を用いて錬成し、この世界を良くする存在だと伝え聞いています」

「なるほど……道具を授ける系の神かぁ」

 なんとなく、地上に力を授ける系の神を想像する。聖剣とか……。

「どんな神様なの?」と、姉。

「古代。出現する魔王を幾度となくご討伐され、この世界を豊かにされた──らしいのですが、もう数百年もお姿を消しています。神器はそれ自体が自律して力を発揮するため、神器の設計の中にその意思を宿しているとも考えられています。裁きの欠片は半世紀以上を経て現れた最新の神器で、なぜか裁判所バッジ、それも最初から欠片の状態でした。そのわけは、残念ながらわかりません。ただ、欠片は他の地にもあると聞いています」

「神の意思が、『裁き』って、かなり変わってるね。普通は剣とかじゃない?」

「今までに出現した神器は、基本的に魔獣を、そして魔王を倒す力を授けるものでした。裁きの欠片の力は従来と異なり、その地において信頼される者に、リスクと力を与え、終審として正しい裁きを実現させる、というものです。これを持つ者が、その地の最高裁判所、とイメージしていただければよろしいかと。いまだ研究途中ですが、多機能なウィンドウに、高度な測定能力、そしてすべての魔法に優越する力……異例の神器ながら、魔王が失せ、凶暴な魔獣が減り、比較的平和な世にあっては、極めて重要な役割を持ちます」

「ふぅん……ま、この扱いはあっくんに任せるわ。お姉ちゃんは裁判に集中したいから。魔法とか、多機能ウィンドウとか、あっくんならどうにかできるでしょ」

 姉から手渡され、小さな【裁きの欠片】は俺の所持品となった。

「謎が多いな」気になるところは多いけれど、歩きながらだし、「じゃあ、その時になったらメイド長さんに教えてもらえるかな」と、訊く。

「当然です。シロは、エクスタシア様から拝命しましたとおり、お二方の護衛、情報提供、そしてメイドとしての雑務一般を担当させていただきます。あと──」

 加藤シロは、無表情に俺を見据え、言った。

「今後、シロのことは、シロと呼び捨てにしてください。シロからは、ツカサ様を、おジャッジ様。アクト様を、ご主人様と、呼ばせていただければと思います」

 ──ご主人様。

 可憐な唇が、その言葉をこちらに向けて紡いだ瞬間、脳髄に甘い痺れが走ったのを感じた。白銀髪犬耳美少女の、専属メイド。男の夢がそこにはあった。が、

「うん、わかった。よろしく──」自分の良心が、単純には喜べず、「急な話で悪いね」

 と、申し訳なさを付け加えた。

「……? わかりません。悪いとは、なんでしょうか、ご主人様」

「えっと。昨日この世界にやってきた、普通の男子高校生をいきなり『ご主人様』なんてさ。王女と離れさせちゃったし、無表情だし、シロの気持ちに、悪いかなって、」

「ご主人様は、お優しいのですね。お心遣い、たいへん恐縮です」

 乏しい表情のまま、シロはペコリ、と頭を下げ、

「今後、そのようなお心遣いはご無用です。この無表情は、シロには表情が必要ないだけです。そもそも従者に自分の気持ちなどいりません。構わずお使いください」

 キッパリ、言われてしまう。

「……それ、誰かに教わったの?」たじろぎつつも、問う。

「シロが受けた、一族の従者の教え。『感情があるほど、弱いメイド』──ですから」

「そっか。異世界の人たちにも、いろいろあるよね──」

 俺は出会ったばかりの、この子のことをなにも知らない。それでも、

「でも、自分の気持ちがいらないなんて、ヘンだと思うよ」

 と、伝えておきたいと思った。

「……ご主人様のお考えは、拝聴いたしました」ジト眼。

 どうも、調子が狂う。かといって、これ以上、自分の価値観を言ってもしょうがない。

「ねえねえ、あっくん、シロちゃん、もっと人が多い方に行ってみない?」

 街行く人を観察していた姉が、東の方を指さして言う。

「賑やかな方が法的紛争がありそう。『速やかに』『裁』かないといけないんでしょ」

「ツカ姉、その『速やかに』ってなに? 焦ることなの?」

「法律用語的に、『速やかに』が要求する時間的切迫性は、訓示的で、中ぐらい。『直ちに』よりも弱いから、なにがなんでも今すぐ裁かなければならないわけではないと思う。でも、現状、遅滞を正当化する理由なんてないから、今日にでも裁かないと……所持者の資格っていうのを、逃すかもしれないわ」

 なるほど……あの少ない文言から、そこまで読み取るのか。さすが、『本職』だ。

「さすが、おジャッジ様……急ぎ、シロがご案内いたします」

 シロを前に、俺と姉がついていくように歩き始める。

 千代田区的に言えば、今、歩いている場所は、南東のあたり、東京駅の南側だ。

「このあたりは、チヨダク内でも最もおハイソなエリア、マルノウチです」

 整然としたビルが建ち並び、小綺麗な国民たちが買い物をしている。

「異種族の種類、多いね」

 人外の耳、尻尾……だけにとどまらない。下半身が蛇、一つ目、小人、脚が八本……。

「ここチヨダクは、混じりの方が何万人もいるので、世界異種族のサラダボウルと言われています。人口比はハーフと混じりを合わせて過半数、純血の人間が半分未満」

「混じりっていうのは?」

「混血が進んだ結果、なにがどれだけ遺伝しているのかのカテゴライズを諦めまして、ちょっとでも遺伝していれば、それ系の混じりと呼称しています。といっても、人間的な都市生活の適応上、人間の血が半分以上入っている方がほとんどです。そのため、チヨダク内では、ハーフ……イレアナさんのような方は、もはやエルフとお呼びしています」

「なるほど……」複雑すぎて、単純化したのか。「シロは犬系の混じりとか?」

「……似たようなところです」

「ふぅん。だからアパレルショップに、あんなに服の種類が多いのね。たいへんね、異世界って。……ところで、あのプヨプヨしたのも、異種族なの?」

 姉が指さす方向、路上には、確かにプヨプヨしたものがある。

 青いゼリーみたいな固まりに、眼のようなくぼみがついて、中型犬くらいの大きさだ。

「あれは……もしかして、スライム?」

 ゲームでも有名なモンスターらしき生命体が、人に寄り添いゆっくり跳ねている。

「さすが、ホンモノの千代田区民のご主人様……一目でスライムとおわかりとは」

「千代田区民関係なしに、定番のゲームモンスターだよ。街中にいていいのか……」

「この世界には、様々な魔獣がおります。昔は、魔王の力により多くの魔獣が凶暴化させられていましたが、魔王が失せた今、その力から解き放たれた魔獣の中には、友好的なものもおります。青スライムは、その代表格です。世界の大気中に満ちた魔素から、草原地帯に朝露のように生まれ、人に懐きやすく、賢く成長します。国民からも、ペットとして愛されています。あのスライムは、動きから見るに盲導スライムかもしれません」

魔獣スライムと一緒に暮らしている人たち、か」

 平和な感じが、イィ。

「スライムって、洗濯のりとホウ砂を混ぜるとできるおもちゃでしょ?」

「ツカ姉、今のシロの話聴いてた?」

「でも、透明なゲルよ? 冷え●タみたいな。脳みそ入ってないのに、知性なんてあるわけないじゃない──」

 姉がせせら笑っていると、後ろからボヨンボヨンと音がして、でっかい青スライムが、

「スラァーッ!」

 のしかかった。

「──んぐぐブクブクブクブク!」

 青いゲル状のボディの中に、すっぽりと入り、苦しそうな姉。

「まさか、ツカ姉が、攻撃されたっ!?」

「いえ、ここはお任せください!」

 シロは自分の身長ほどもあるスライムを抱き、その表面にまるで熱を測るように額をつけ匂いを嗅いだ後、内部の姉に向けて念じるように眼をつむった。スライム内の姉は、

「──ブググググ! ゴベブババビ! ゴベブババビ!」

 と叫ぶように言う。数瞬ののち、大きな青スライムはブヨンと大きく波うって、「ペッ」とおジャッジ様を吐き出した。

「──ハア、ハア、ごめんなさい……もうスライムさんのこと、悪く言いません……」

 泣いている。

「すごいな。シロ、なにしてくれたの」

「スライムさんのお怒りを感じたので、おジャッジ様に、謝罪されるように【念話魔法】でお伝えしました。申し訳ありませんが、お護りするため、他に選択肢がなく──」

 遅れてやってきた、飼い主らしき男性が、「すまんです! うちのスラぽん、バカにされると人を呑む癖があって」と、俺たちに謝り始めた。

「ご主人様、どうしますか。この者の責任を裁きますか」

「いや、無理でしょ。ツカ姉が悪いのに裁くとかさ。こちらこそ、すみませんでした」

 と、俺は飼い主に頭を下げた。

 男性は、シロを見ると「ひっ、お、『王家の番犬』……も、申し訳ありませんでしたっ」と、スライムを連れて去って行った。

「シロって……王家の番犬って呼ばれてるんだ」

「エクスタシア様に抱きつこうとする者たちを捕まえては埋め捕まえては埋め──等していたら、いつの間にかそのように呼ばれるようになりました」

「そう……」頼りになるボディガードのような、やりすぎのような。「いや、今のは助かった。ありがとう。シロは、魔獣の気持ちがわかるんだね」

「はい。一部の魔獣ですが」シロは嬉しいのか、尻尾を左右に振っている。

「ツカ姉、ほら立って。もうスライムさんをバカにしちゃだめだからね」

「はい……」

 粘液まみれのベチョベチョな手で、しおらしく、俺の手を握る。反省してるようだ。

 にしても……【念話魔法】とは、便利なものだな、と思う。

(習得したい──)

 そう強く思った時。脳裏の奥の方に、【習得 念話魔法】という文字が見えた──

「ご主人様。どうなされましたか?」

「──えっと」探ってみよう。「スキルとか、魔法があるって、どんな感覚なの?」

「スキルは様々ですが、魔法は、己の力として行使できるようになった際には、本人の内部で明瞭なかたちをとります」

「なるほど。自分の中で習得済みの魔法リストが表示される感じか」

 ゲーム的に、今の感覚を納得する。そんな俺を、

「じぃー……」ジト眼で見る、シロ。「それがなにか?」

 彼女の視線からは、微かではあるが警戒があった。

 思い出す。昨夜の露天風呂で『危険な力を隠し持っていないか』と気にしていた。

(魔法に目覚めたらしいことは、まだ言わない方がいいのでは……)

「ねえ、もっと賑やかなところに行きましょう」

 そこに、姉が話しかけてくる。

「──確かに、マルノウチは人の密度が低くて静かだ」

 移動する流れに乗ることにして、問う。

「シロ。どこか近いオススメ、教えてもらえる?」

「では。ここから東、首都チヨダク外の王国直轄地、リトルギンザはいかがでしょうか」

「シロちゃん……銀座あるの? コピペしたってこと?」

「いえ、リトルギンザはコピペではありません。主にドワーフさんとオークさんたちがニホンの建築技術を模倣して生まれた街になります。あちこちで工事中なので……多少迂回して、歩き回ることになってしまうかもしれませんが、賑やかではあると思います」

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