◆第三条 チヨダク王国は、みんな仲良し楽しい王国になることを誓う その4
翌朝──
部屋の中には、中世ヨーロッパ風の高そうな家具と。
ユニコーンのような獣の剥製などが置いてあり。
再認識する。本当に、ファンタジー異世界にきたこと、そして、
「……くん……が……いる……おかげでぇ……ムニャムニャ」
俺の腹の上でよだれを垂らして寝ている姉が、若返っていることも。
「あっくんの……すべてが、癒やしぃ……」
と、俺の胸(ぜんぜんないけど)を揉みしだいている。
その姿は、洋風バスローブ姿。
(別の部屋で寝たはずなのに。ここまで甘えにやって来たのか……)
やれやれ──と思うも、無理に起こしたくない。
馴染みのないファンタジー異世界に疲れた姉に、多めに休んで欲しい。
そう思い、動かずにいるところ、
「アクト様ぁ~! おはようご罪刑法定主義ぃ~」
ピンクのパジャマ姿の王女がやってきた。
「おジャッジ様も! さて本日のご予定は、いかがいたしましょう~」
「そうだなぁ……もうちょっとしたら、この国をざっくり案内してもらえるかな?」
「りょーかいですわぁ! では、一緒に『王宮ラン』しましょ!」
──というわけで。
俺と姉は、用意されたランニングウェアに着替え。
王宮前、北側の門の前で、軽く準備体操をして。
「じゃ、レッツ合意管轄っ!」
ピンクのランニングパンツ姿の王女と、走りだした。
「お二人とも、皇居ランはご存知かしらぁ?」
「うん……皇居の外周を走ることでしょ」
「そのとおりですわぁ! 王宮の外周でやるのが、流行ってるんですの!」
ゆるやかなペースで、走る。爽やかな風、健康的なことをしてる意識が、気持ち良い。
すれ違う、「王女様ぁ~」「エクスタシア様だ」「今日も可愛い!」「いつも応援してますぅーっ!」色とりどりのウェアを着たランナーたちが挨拶をしていく。
「ありがと~! わたくしもみなさん大好き! コンプライアンスぅ~!」
「国民に、慕われているみたいね」
「挨拶がヘンよ」と、すっかり目が覚めた姉。
「日々、国民の皆様に、ニホンの法律用語を広めるようなご挨拶をしているのですわ」
「その独特なワードチョイスに、そんな意味あったんだね」
「……王女自ら、国民に法規範を根付かせる……良いわね」
姉が、好感を持ったようだ。
なお、メイド長の加藤シロは、白いランニングウェアを着て、数人の黒いランニングウェアを着たメイドを連れて併走し、護衛に目を光らせている。
「今のウェア、それに車も……日本製と違う、兜みたいなマークがあるわね」
「あれはドワーフ印ですわぁ! コピペ品だけでは数に限りがありますので、ドワーフ混じりさんたちが研究して、全力で模倣品を造ってくださってますの!」
走りながら、姉が俺に「ドワーフってなによ」と訊く。
「ファンタジーものには定番の、地底で暮らす職人肌の異種族、だと思うんだけど……」
俺の知識と、この世界の実態が同じなのか、確かめなければわからない。
「ちょうど出てくるところですわぁ! ドワーフさんおはようコンプライアンスぅ~!」
「……ん、おぉ……エクスタシア様かい。今日もマブいねぇ」
道の脇で、サングラスをした小柄な、兜みたいなヘルメットをかぶった髭の濃いおじさんが、マンホールの蓋を開けて出てくるところだった。
「配達の途中ですの?」
「おぅ、模倣品の新作だよん。配達時間指定なんでな、失礼するぞい」
「おジャマしましたわぁ、がんばりガヴァナンスぅ~!」
おじさんは、
「チヨダク王国の技術は、ドワーフの王国からいらした、ドワーフ混じりのおじ様たちが、地下から支えてくれてますのよ!」
「すごいな。そういえば昨日の露天風呂も、ちゃんとしてた」
「お褒めいただき嬉しいですわぁ~。図書館の豊富な資料もコピペ済みですし……環境に合う限りで、魔法とニホンの科学を融合させて、魔科学に励んでますの!」
「コピペだけに頼らず、自国の技術力も持てているのね」
と、感心する姉。
混じり、とか、環境、とか、気になるところは後でどこかで確認しよう。
「さて、あっちのほうには、勇者神社がありますわぁ!」
と王女が指さす方には、立派そうな神社──
「はいっ、次!」
「ちょっと待って! もうちょっと詳しく教えてよ。勇者を祀っているの?」
「勇者の魔王討伐にまつわる品が、納められているらしいですわ」
「魔王っているの? どういう系?」
「もういませんわ。魔獣を産んだり、凶暴化させる能力を持っていたようですけれど、五十年以上も昔のことですし……わたくし
王女の口ぶりは、そっけない。通行人の中には老年の方もいるが、どうもこのピンクな女の子を見る表情が険しい。相性が悪いのかもしれない。
(勇者……大法廷で見た、あの酔っ払いの爺さんだよな)
思い出す。時代に取り残された、なれの果てといった感じだった。
「あっくぅぅぅん、お姉ちゃん走るの疲れてきたぁ。胸が重いの」
「ごキョーミおありでしたら、そのうち行かれてみてくださいな」
「そうするよ」ここは後回しにしておこう。
後方、メイド長の加藤シロが、姉をおんぶした。そのまま、南西へとランする。
「ニホンの叡智が詰まった、国立国会図書館~。『アニ●ージュ』も読めますわぁ」
通り過ぎていく風景の中、俺と姉が召喚された、最高裁判所もあった。
が、その看板は、『チヨダク王国裁判所』に書き換えられていた。
そのまま……南方を、ぐるっと回り、東へ。
「カスミガセキ、ヒビヤ、マルノウチですわぁ。いつ見てもトーキョー駅ってステキ!」
この辺は、王女の部屋から見渡したとおりのビル群……モノ的には千代田区に近い。
「さて、アキハバラまでご案内いたしますわっ!」
「そっか、この国、秋葉原があるのか!」
異世界にある、もう一つの秋葉原──テンションが上がる。
「お父様も、わたくしもアキハバラが大好きですの! コピペ魔法のエネルギーは
「めっちゃピー音が聞こえた気がするよ」
王宮を背後に進んでいく。さきほどのビル群は張りぼてだったかのように、中世ヨーロッパ風の煉瓦造りの建物が散見される。が、その向こう、秋葉原のメインストリートは、王宮外周と同等に、千代田区の秋葉原だった。
「だからここは、最新の日本文化、高度文明の最大の発信地となっておりますの! 人種を超えて仲良くできるスポットでもありますわ!」
嬉しそうに喋る王女……近づいていくうち、その説得力は増してくる。
人間、異種族が、好きなコスプレに興じた姿で、路上で踊っている。
店先には、アイドルやエロゲの看板に混じって、先王と王女の写真が飾られている。
そんな通りを前に、走りを緩めた時だった。
前方に光る棒を振る男たちの集団が待ち構えており、「王女様ぁ!」「尊い!」「お出かけの目撃情報をチヨッタ~で拝見し!」「我らここに集まった次第でござる!」「愛してる!」と口々に叫んだ。
「みなさんお久しぶ立憲君主
と、王女はメインストリートにあるコンクリートの建物の中に入っていく。一階、内部はがらんどうのようで、『コピペ待ち』という札が貼ってあった。
王女の両手両指がワキワキと動き、十指すべてから出たピンクの光が、すさまじいスピードで魔法陣となる。あっという間に床一面が魔法陣で埋まり、
「いきますわァ──~ッ!」
嬌声と共に、ピカァ──ッ! と,ピンクの光が輝いた。そして──
「【コピペ魔法】成功いたしましたわぁっ!」
空間が一瞬、二重に見えたあと、最新の日本のゲーム、雑貨類が出現していた。
「あっくん、ほんとに魔法ってあるのね」
「ツカ姉が酔いつぶれてた時も、こんな感じに光ってたよ」
王女のコピペの成功に、通行人たちから歓声が上がる。
その光景を見守っていた、大臣らしき人物と、職人のドワーフらしき者たちが、「いきますよ」「腕がなるぜ」と建物内に入っていった。
「調査研究の後、くじ引きにより、一般販売を行っています」とは、メイド長。
おんぶされていた姉は降りて、「ちゃんと管理してるのね」とその様を見る。
感嘆している俺たちを置いて、王女はみんなに握手をし、「みんな仲良く! 楽しくて、より良い王国にしましょうね!」と一人一人声をかけている。
「ツカ姉……おジャッジ様、引き受ける気になった?」
この国と、国民の実態を見て、裁判をしていけない理由はないように思えた。
「……モノのコピーから、ここまで発展して、生活も日本に近くなって……ううむ……」
巨乳の下で腕を組み、うなる裁判官のところにも、王女はやってきて、握手した。
ついで、俺も王女の手を握る。が、
ザラリ──っとした、感触。
「王女……どうしたの、その指」
ズタボロだった。皮膚がずる剥け、爪が割れ、傷だらけで、あかぎれまみれの、血が滲んだ、拷問されたような指をしていた。運動のため手袋をとっていたので気づかされた。
「召喚魔法を編み出すのに、魔法陣を一万個くらい描いてたらこうなりましたの。でもこんなの、アクト様と、おジャッジ様にお会いできたと思えばへっちゃらですわ!」
あまりに純真無垢な、笑顔に、ダブルピース。
そのでかい声に、周囲の人々が気づいたのだろう、「おジャッジ様ですと?」「あの少年と少女が?」「召喚が成功とは」「王女様、天才」「ホンモノのニホン人様っ」「この国にまともな裁判的統制が」「裁判官になってくれるの?」俺たちを見て口々に呟く。
「ツカ姉」
「やるわ」
我妻ツカサは、仁王立ちで、宣言した。
「ここで断ったら裁判官失格。いえ、人間失格よ。おジャッジ様、やるわ」
「お、おジャッジ様……うれぴいですわァ──ッ!」
王女は喜びの声をあげながら、ポケットから小さな欠片を差し出た。
「ではこちら、【裁きの欠片】を差し上げますわっ!」
「そのちっこいのが?」
「これぞ神器ですわ。所持者になると、【裁きの魔法】が使えるんですの!」
裁きの魔法──大法廷の光景を思い出す。
巨大な天秤に、不思議なVRウィンドウ、浮いた文字……
「裁きの魔法は、『裁きの信念』を持つ者が、『正しい裁き』をして、『信頼』されて、特別な『力』を発揮するんですの。とても多機能で便利なしろものなのですわぁ。ジャジャジャジャッジメント~♪ 【所持者ウィンドウ 表示】!」
王女の手元に、ヴゥン、と魔法のウィンドウが出現した。
【所持者兼委託者 王女 伊藤エクスタシア
受託者 検察官 斎藤イレアナ 】
「おぉ……すごい、ゲームみたい。これが裁きの魔法か……」
目の前、字面は厳めしいが、ゲーム世界的なウィンドウに、胸が高鳴る。
「わたくし、伊藤エクスタシアは、裁きの欠片を、えっと──」
王女は俺と姉を見た。姉は俺を見て、そして言った。
「それ、私と、弟の、共有ってできる?」
「ツカ姉、俺も?」
「お姉ちゃん、裁判中にこんなヘンなウィンドウの操作とかできないから」
「ヘンかなぁ」このウィンドウ、けっこう格好いいと思うんだけどな。
「やってみますわぁ! えい!」念じる王女。
【共有所持者 裁判官 我妻ツカサ
共有所持者 裁判所補佐官 佐藤アクト】
「おお、できた! って、なにこの、補佐官って?」
「新設の役職ですわぁ! 昨夜、イレアナと検討してましたの。お二人が『ファンタジー異世界を正しく裁いてくれるニホン人』で、お姉様が裁判官なら、弟様は、裁判について裁判官以外のすべてを担う役職になるはずですわ。それっぽい名前にしてみましたの」
「ヨーロッパには司法補助官って役職もあるし。良いネーミングだと思うわ」
「そうか。ジョブ名考えてくれて、ありがと」
「あ、裁きの欠片が、移りますわ」
フワリ、と、その小さな欠片は俺と姉の間に浮かび、
【必要的クエスト 速やかに完全新件の訴えを裁くこと】
と、表示された。
「これは……クエストをしなきゃいけないのか」
「裁きの欠片は、まだまだ未解明なところが多いんですの。うぅん……早速勇者さんの裁判をお任せできると思っていたのですけれど、ここで出るなんて……シロ、わかる?」
「このタイミングで必要的クエストなら、所持者たる資格の問題ではないでしょうか」
メイド長の加藤シロは、涼しげな口調で答える。
「大法廷でイレアナさんと、あの勇者さんに裁きの欠片の所持者を交代する見込みを伝えたのですが、『この世界に来たばかりの小僧と小娘なんじゃろ』『戦争も知らん、平和ボケのニホン人に、儂を裁く勇気なんぞなかろう』『勇気を証明してみせい、お膳立てじゃなくてな』と、この欠片にも聞こえるように言っていた、そのためかもしれません」
「なるほど……この欠片、空気を読む機能までついているってことか」
「本職の裁判官をナメやがって……そういやいたなぁ酒臭いジジイが……」
姉の闘志に火が点いたようだ。
不穏ではあるけれど、姉がやる気になってくれるのがなんだか嬉しい。
「まずはクエストのクリアを目指してみてよろですわ!」
「了解」ゲームのチュートリアルみたいなもんだろ。
王女はクルッと回り、犬耳のメイドに言った。
「シロ。今後、おジャッジ様と、アクト様のお付きのメイドになってくださいまし」
「──エクスタシア、様」薄い碧の瞳を、見開くメイド長。
「シロはずっと、エクスタシア様のために……他の者に、仕えるなど、」
「シロが一番だから、ですの」王女はメイド長の両肩に手を置いて、「シロなら、お二人を危険から護り、必要な情報を良い感じにお教えしたり、できますわ。それが、今、この国のためなんですの」と、諭すように言った。
「──エクスタシア様の命とあらば。承知、いたしました」
数瞬して、加藤シロは、平然とした表情になり、
「只今から、お仕えさせていただきます」
と、俺と姉の側に立ち、恭しく礼をした。
「じゃ、わたくし、放送のためにここで失礼いたしますわ。シロ、お二人と楽しくね~」