◆第四条 リトルギンザでのペットショップ開業は登録を要する その2
「右手に見えますのは、通称、『始まりの草原』です」
先頭のシロに案内され、歩きながら、だだっ広い草原を見渡す。
今いる場所は、首都チヨダクから出て……日本の東京都二十三区的に言えば、千代田区の東隣、中央区の南をぐるっと歩き、さらに東隣の江東区との境目まできたところだ。
──俺たちは、リトルギンザに向かうためにチヨダクの
一歩チヨダクを出ると、そこは土の地面が露出する荒れ地だった。リトルギンザらしき街が見えたものの、最短経路は工事現場にふさがれていた。迂回しているうちに、さらに東に垣間見える草原が気になって、俺の希望で見ることにしたのだ──
「やっと、ファンタジー異世界らしい眺めだ」
王女の部屋から外界を一覧した時に、チラリと見えた、草原地帯。
時刻は、昼前。
ファンタジー世界にありがちの丈の低い草が、太陽の光に照らされて、風の凪ぎに揺れている。何匹か野生の青スライムが跳ねている。遠くには遊牧民らしい家が見えた。
日本化した街並みとは違う。この世界の元々の自然環境と、
「ご主人様のお気に召したようでなによりです」無表情で言われる。
「この草原って、どんなところなの?」
「かつてチヨダク王国の直轄地でしたが、今は自治区です。チヨダク民の中には、ここをコートーク地方と呼ぶ者もいます。街はなく、遊牧民のような移動式の村が点在するかたちです。昔、魔王討伐を志した者は、ここでスライムと戦うところから始めたそうですが、この数十年は、ペットとなるスライム、食肉となる魔獣の産地となっています」
「なるほど……ここから冒険を始めたから、『始まりの草原』ってわけか」
イィじゃん……。
遠くを見る。ここから、どんな冒険が始まり、どんな仲間が増えたのだろう──
「ねえあっくん。早く賑やかな方行こう。なんかこのへんゴミ多いし。不法投棄よね」
と、姉が横から俺のムードを一気に冷ます。
言うとおり、草原と、市街地との合間には、うずたかくゴミが積んであった。
「ツカ姉、ゴミよりもさ、草原フィールド。イィと思わない?」浸ろうよ。
「そう? でも、裁判を求められるとしたら広い草原じゃなくて街中でしょ。不法投棄した人を見つけて刑事処罰ってのもありかもだけど……『訴え』ってあったし」
「あぁ……速やかに、裁判をしなきゃいけないんだった」
忘れてた。というか忘れたかった。
この世界に来てから、ベターな対応に努めている。でも本当は、せっかく来たんだし、時たま、ファンタジー異世界な感じに浸ったり、楽しんだりしたいのだ。
「ま、優先順位は守るか」気持ちを切り替える。「ツカ姉の新しい服、似合ってるね」
隣、姉の姿は、新しい衣服。
途中のお店で、購入して着替えたのだ。
シロは、チヨダクの終審裁判所の役職を請けた俺たちには給与があると教えてくれた。喜んだ姉は、早速、ウニクロという
「シロちゃんがお姉ちゃんの趣味を察して選んでくれたおかげね」
「コンセプトは、異世界OLです」
日本のOL風ファッションの中にも、絶妙に異世界さがあって良い。
なお周囲の人々のファッションについてだけれど、ファンタジー異世界らしい衣装の中にも、日本的な衣服やバッグなどを持つ人が多い。和洋折衷、ならぬ、和とファンタジーの和ファン折衷、という様相だ。振り切って日本的なモノのみを着る者もいる。
元の中世ヨーロッパ風文化の衣服から、輸入された日本的衣服へと変わりつつあるその様は、日本のここ数十年の欧米化の逆バージョンのようにも見えて興味深い。
(俺もそのうち、この場所に馴染む衣服にしたいな)
ずっと高校のシャツとスラックスなのが、気になってきた。まあ後回しにしよう。
「髪の毛のべちょべちょは乾いたし、お姉ちゃん、裁く気力は充分。もう行きましょ」
すでに街中に入れる位置ではあった。三人で、西へと歩き。
──『ここから リトルギンザ』という道路標識を仰ぎながら、目抜き通りを渡る。
「あっくん……ここ、それとなく銀座中央通りに似てる。けどさ……」
「うん……いろいろと違うよね……」
多種多様な異種族に対応できる都市計画、といった体をしている。
銀座らしい時計塔のあるデパートは、一階が異様に大きい。巨人混じりらしき大男と大女のカップルが、頭を下げて入店していく。一方で、脇にある小さな扉から、小人族の団体旅行らしき集団が、ちまちまと入っていく。誤って踏まれないための工夫だろう。
他、地表以外も目に付く。ツリー状に連なったベンチに腰掛ける鳥人がいたり、翼を持った人がバルコニーからカフェに入店したり。『ゴミポイ捨て・糞尿 罰金』という標識が斜め上を向けて設けられている、と思えば、そのポールの下には『爪研ぎは自宅でやりましょう』とステッカーが貼ってある。いたるところに創意工夫があるようだ。
「ホンモノのニホン人様から見て、この街はいかがでしょうか」と、シロ。
「活気があって……ファンタジー異種族の街って、カオスな感じが、イィね」
今まで見てきた光景を思い出す。王宮周辺は王宮以外の風景が日本だった。アキハバラはアキハバラとして賑やかであるものの聖地化し観光地的だった。始まりの草原は、ある種の原始的な雰囲気があった。ここ、リトルギンザは、新興の街として、異種族的多様性の混沌が渦巻いて、独特のエネルギーを感じさせる。
あらゆる種族との共存を目指したデザインは、コピペではないからこそだろう。
「同じ場所に、似た、違う人々……確かに、『ヘンな事件』がいくらでも起きそうね」
「そういえば、事件があったとして、俺たちはどうすればいいんだろ」
「【裁きの欠片】には、どこでも裁判を行う機能があります」
「訴えがあったら裁判所に持って帰るんだと思っていたわ」
なんて、会話している時に、
『あーあー マイクテストー マイクテストですわぁー』
街頭のスピーカーから、王女の声が聞こえた。
『良きですわ。はい、みなさまおまた生存権~! 国営放送おはようコンプライアンスの時間ですわぁ! 本日は、重大な発表があって生放送いたしますの!』
ガガッ!と鳴って、ビルの壁に取り付けられていた大型モニターに、王女の姿がでかでかと映る。いつものピンクのメイド服に、白い手袋、頭にティアラを乗っけた格好だ。
『実は! 昨日! おジャッジ様たちの召喚が成功したのですわぁ!』
ざわざわ……辺りの異人たちが、みな、脚を止め、モニターの中の王女を注視する。
『ホンモノのニホン人で、し・か・も☆ 千代田区民っ! ようやくうちの王国に、みなさまご待望の、まともな裁判的統制がもたらされますわ。今後、いろんな法やルールが正しく働いて、人権とかがもっとちゃんとすると思いますの!』
この国がまともじゃなかったと認めるようなスピーチだけれど、路上の反応は、「このカオスに秩序が」「淫らな僕の同人誌、売れるようになるのかな」「カレの親、結婚認めてくれないんだよね」「おジャッジ様がなんとかしてくれるのか」などと、好意的だ。
『今、【裁きの欠片】を所持するのは、ホンモノの裁判官のおジャッジ様と、この世界での補佐全般をするアクト様ですわぁ! うちのシロと一緒にそのへんにいらっしゃると思いますので、裁判したい人は見つけてお願いしてみてね!』
両手の指でハートマークを作って突き出す王女。
「王宮府主導で進めてきた王国のニホン化は、これにて本格的な段階に入りますわ! 今日を記念して、年号をチヨダと改め! みんな仲良し楽しい王国に励みましょう!』
王女は、カメラに向かって、身体をYの字にしてダブルピースをした。
『ではみなさぁん、チヨダクゥゥゥル!』
路上の異人たちが、同じように「「「チヨダクゥゥゥル!」」」と応じ。
ブツッ──放送は終わった。
「相変わらず、勢いがヤバいな」
不意に自分たちのことが放送され、気恥ずかしさを覚える。が、
「負けてらんないわね」と、頼もしい姉。
「どちらに行かれますか」と、シロに訊かれ。
「まあ歩くか」と、中央通りを行く。
俺たちの姿から、召喚された日本人であることに気づく人たちもいるにはいたけれど、どうも先陣を切って『訴え』を起こす者は現れない。さてどうしよう、というところ、
「あのお店、すごく賑わっているわ」
姉が見る先には、多くの人たちがいた。
「あれは『スライムストア』……今、一番人気のペットショップです」
お店から出る人たちが、スライムを連れていた。赤いスライムを手のひらに乗せていたり、緑のスライムを肩に乗っけたりしている。たいへん可愛らしいサイズばかりだ。
「へぇ……入ってみようか」
「お二人でどうぞ」シロは犬耳を伏せ、俯いて言う。「シロは入れません」
なぜ……と問うまでもなく、その意味はわかった。店先には大きく、
『犬系種族 入店お断り』
と、張り紙があったのだ。
「──これは?」
「スライムストアのオーナーは、犬系種族を嫌います。入店できないルールです」
「そんな人種差別的なルール、勝手に定めていいわけないでしょ」と、姉。
「そうなのですか?」
「営利を目的とする商業店舗であれば、営業の自由として、誰を顧客とするかを選ぶ自由権、それに店舗の施設管理権に基づく入店者の管理行為は、私的自治として認められるでしょう。だとしても、無制約に個人の基本的な自由、平等を侵害してもいいわけではない。……シロちゃんの可愛い耳と尻尾が差別され、このお店に入店する権利を奪われる、だなんて不当な話よ。この張り紙は、憲法14条、それに人種差別撤廃条約に反するわ」
突然に路上で始まった裁判官の法律論──
お店を外から眺めていた、他の犬系混じりの異種族たちも、立ち聞きをし始めた。
「シロちゃん、スライム好きでしょ。ストアに入りたいのよね」
「あ……」シロは迷った後、「……っ」コクリと、頷いた。
「なら、行きましょ」
「え、あっ──」
おジャッジ様は、メイドの手を引いて『スライムストア』の中に入って行った。
店先。見ていた犬系混じりの子どもたちが数名「あたしもっ」と、続いていく。
(これは──なにか、イベントが起きそうな気がする)
ここで起きそうなことを予期しつつ、俺は、頭上で輝くカラフルなスライムの看板を仰ぎ見ながら、スライムストアに入店した。