第二章:『試練』-①



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 修行、鍛錬、訓練、稽古。

 主役を夢見る少年たちは、その単語一つ一つに胸の高鳴りを覚えずにはいられない。

 それは物語の醍醐味で、物語の進行において欠かせないものだから。


「いい? この世の殆どは力があれば解決する。地位も名声も、それらを捩じ伏せるだけの力さえあれば全てがひっくり返る。ならその力とは何か。それはズバリ ──速さだよ!」


 ベルお姉さ ──師匠のその一言から、僕の修行は幕を開けた。

 僕たちが今立っているのは、精霊樹の庭と呼ばれている場所。ここ《剣の都》の七分の一を占めるほどの広大さを誇る巨大な庭園だ。

 精霊樹と呼ばれる広葉樹がそこかしこに植え付けられていることから、ここはそう呼ばれている。聞いた話によるとその樹の数は数百本にも及ぶらしく……もはやここは庭園というより森と呼ぶ方が正しいのかもな、なんてことを思ったり。


「じゃあアイルも復唱して。強さとは速さ、ハイ!」

「強さとは速さ!」


 そしてその庭園の一画で、僕と師匠は向き合って立っていた。


「相手がどれだけ強かろうと、それを凌駕する速さがあれば負けない。少なくとも、私はずっとそうだった」


 故に師匠は【じん】と呼ばれている。



「だから私は何よりも速さという一点を優先してモノを叩き込む。いいね?」

「はい! 強さとは速さ!」

「よし良い返事! 流石はアイルちゃ ──アイル!」


 ちなみにこの鍛錬を始めるにあたって、お互いに「アイルちゃん」「ベルお姉さん」呼びを改めることになった。これからはちゃんと「師匠」と「弟子」の関係でお互いを意識し合っていくためだ。


「よし、それじゃあ速さを磨き上げるための試練を一つ、これからアイルに与えるね!」

「は、はい!」

「まずはお手本として私が実演してみせるから、アイルはそこでしっかり観察してて!」


 師匠はそう言うと一本の精霊樹の傍へと歩み寄っていく。そして幹を目の前にして立ち止まると、腰の短剣をスラリと引き抜いた。

 僕はゴクリと唾を飲み下し、その一挙手一投足を視線で追う。

  ──直後。蒼銀の髪を翻した師匠が、精霊樹の幹へと神速の蹴りを打ち込んだ。


「わっ」


 ズンと重苦しい音を立てて揺れる精霊樹。

 その衝撃を受けてひらひらと宙を舞い始める精霊樹の葉。


「ふ ──」


 跳躍。師匠の姿が一瞬にして精霊樹の傍から掻き消える。そして、幾条もの銀閃が視界いっぱいに広がった。


「うっ」


 刃物が空気を切り裂く音。巻き上がった土のにおい。顔を叩きつけてくる風。そのあまりの激しさと眩しさに僕は目を瞑ってしまう。

 どれだけの時間目を閉じていたか。一秒? 五秒? 分からない。

 バクバクと肋骨を叩いてくる心臓の音を聞きながらまぶたを持ち上げる。すると ──すぐ目の前に、師匠の顔があった。


「ばっ!」

「うわっ!」


 突然の出来事に思わず仰け反りそうになってしまう僕。

 師匠は悪戯を成功させた悪童のような顔で笑うと、髪を手ぐしで整えながら開口した。


「三四まーい」

「へ?」

「どうだった?」

「ど、どうって……僕にはなにがなんだか」

「だよねぇー」


 師匠は「あはは」と笑ってその場へとしゃがみ込む。そして「アイルもほら!」と言いながら腕をぐいぐいと引っ張ってきた。僕は慌てて師匠の言葉に従う。


「はい、これを見て」


 目の前でそう口にする師匠の指の先にあったのは、落ち葉。精霊樹の葉っぱ。


「この落ち葉が、どうかしたんですか?」

「持ち上げてみて」


 師匠がなにを伝えたいのか全く理解できていないまま僕は頷く。

 瑞々しさの残る葉っぱ。それを恐る恐るつまみ上げ、


「……あ」


 驚きの声を漏らした。

 葉が真っ二つに斬られていたのだ。それも、綺麗に。その断面は誰の目から見ても一目瞭然なほど一直線。

 まさかと思い、近くに落ちている他の葉も試しに持ち上げてみる。すると、それも綺麗に真っ二つにされていた。

 更に他の葉も、更に更に他の葉も、落ちている全ての葉が同じように両断されている。


「も、もしかして……斬ったんですか? 今落ちてきた葉を全て」

「せーいかーい! それもしっかりと斬ったよ」


 呆気にとられる僕に向かって、師匠はいつもの調子でそう答える。


「アイルに課すのはこれ。落ちてくる葉を斬る修行。最初は一枚からで良い。そこから着実に二枚、三枚、四枚と斬れる枚数を増やしていって、いつかは私みたいにできるようになってもらいます!」


 誇らしげな顔で言う師匠を前にし、僕は息を呑んでから姿勢を正した。

 そして勢いよく頷きを返そうとして……やめる。


  ──いつかは私みたいに。師匠はそう言うけど、僕には想像することができないのだ。たった今師匠が見せてくれた神業を習得している「いつかの自分」の姿を。

 これは師匠だけじゃなくてシティさんを相手にしても同じことが言える。

 そう、二人とも ──あまりに

 筋力、敏捷性、耐久力、動体視力。それら全てが人間の域に収まっていない。僕のようなただの人間に二人のような動きを再現できるとは、到底思えない。


「……」


 僕は口を噤んで俯く。するとそれを見ていた師匠は、笑った。


「アイルは分かってるみたいだね。普通の方法では、私たちみたいにはなれないって」


 言って、師匠はバッグの中をごそごそと漁りだす。


「大丈夫。アイルも私たちみたいに、人間離れしたチカラを引き出すことができる」

「えっ」


 そして取り出した何かを、僕の目前へと突き付けてきた。


「じゃーん! これ、なーんだ」


 それは、人間の眼球くらいの大きさのガラス玉だった。


「これ、なーんだ!」


 黙ったままの僕を見て、再びそう問いかけてくる師匠。


「えっと、ガラス玉?」

「ぶーっ!」

「ち、小さい【収納結晶】?」

「ぶーっ! 違います! でも惜しい!」

「……分かりません」


 降参すると、師匠は「じゃあ、答え!」と言って口角を持ち上げた。


「これは ──【精霊結晶】」

「せいれいけっしょう?」


 師匠の口から飛び出してきたのは、聞き馴染みのない単語。


「そう、精霊の涙が固まってできた結晶。人が人の境界線を越えるために必要なモノ」

「なる、ほど……?」

「これを、アイルにあげます!」


 言うと、師匠はその結晶を投げた。

「え、わっ」


 放物線を描いて胸元に飛んできたソレを僕は慌てて掴む。その結晶に指で触れる。

  ──直後、視界に生じた急激な変化に思わず目を見開いた。


「うわっ! なに、これ!」


 赤青黄と様々な色の光の粒子が、師匠を囲むようにして浮かんでいたのだ。

 可視化した精霊?

 ……いや違う。シティさんが【大鬼オーガ】と戦っていた時に見えた精霊

の光とは少し違う。似ているけど、これはなんていうか、もっと薄い。


「見えるようになった?」

「う、うん。これは……?」

「これはね──【祝福ファンファーレ】」


 ──【祝福ファンファーレ

 それは、精霊からの『喝采』であり『礼讃』。


 成長を遂げた者。勇気を示した者。偉業を成した者。

 そんな人々に向けて精霊たちから贈られる賞賛。強くなるために必要不可欠なもの。

 小さいことならゴミ拾いからでも良い。どんなことでも精霊の目に留まった行動は賞賛される。そして、その賞賛は【祝福ファンファーレ】となってその人へ降り注ぐ。


 偉業を打ち立てる。強大な魔獣を討ち倒す。前人未踏の地に踏み入る。その行動がより困難なものであればあるほど、精霊から贈られる【祝福ファンファーレ】の量は膨大になってゆく。

 そしてそれらを体内に取り込むことで ──己の潜在能力が引き出されていく。


「つまり【祝福ファンファーレ】っていうのは『チカラの養分』ってことになるね」


 師匠は、そう説明してくれた。


「今、この場に満ちている【祝福ファンファーレ】は、さっき私が落ち葉斬りで力を示したことよって生じたもの。まあ、力を示したって言っても今の私にとってはもうなんてことないことだったから、【祝福ファンファーレ】の濃度はそこまで高くないんだけど。そして ──」


 師匠は僕が持っている【精霊結晶】を指差して、続ける。


「【祝福ファンファーレ】を体内に取り込むための媒体として必要となるのが、コレってわけ」「ばいたい」「そ。他には『入口』や『中継役』なんて言葉にも言い換えることができるね」


 説明しながら、師匠は自分の太ももに装着していた足の装身具アンクレットを取り外した。


「これが私の【精霊結晶】!」


 そしてそのアンクレットを僕の頬へと押し付けてくる。

 まだ人肌の温もりが残るそのアンクレットには、この世のものとは思えないほどの美し

さを誇る一つの結晶が埋め込まれていた。

 その色は、紅。気を抜くと吸い込まれてしまいそうになるほど深い紅色。

 その輝きに、僕は思わず見入ってしまう。


「綺麗でしょ? これが私の【精霊結晶】。最初はどの【精霊結晶】もアイルに渡したのみたいに無色透明なんだけど、【祝福ファンファーレ】の『通り道』としての役割を果たせば果たすほど、その色は持ち主の魂の色に深く染まっていくんだ」


 説明を耳にしながらも、僕の視線は師匠の【精霊結晶】に釘付けにされたままだった。

 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 その色をしっかり目に焼き付けると、僕は名残惜しさを感じつつもその【精霊結晶】を持ち主である師匠へと返した。師匠は困ったような笑みを浮かべながらアンクレットを受け取ると、それを太ももに装着し直して「じゃあ見てて」と口にする。

 すると、突如辺りに充満していた【祝福ファンファーレ】が生き物のように動き出した。


「うわっ!」


 それらは融け合って一つの流れになると、師匠の【精霊結晶】へと収束していく。

 僕にも分かった。今まさに【精霊結晶】は辺りに充満している【祝福ファンファーレ】を師匠の体内へと送り込んでいるのだと。


「ふうーっ」


 しばらくして周囲の【祝福ファンファーレ】を取り込み終えた師匠は、力こぶを作って笑う。


「これで、今ここら一帯にあった【祝福ファンファーレ】は力となって私に蓄積されました! 私たちはこの儀式を何度も繰り返して強くなってきたんだよ」

「な、なるほど」


 そうだったのか。


「あと【精霊結晶】は、身からだ体のどこに着けるかも大事になってくるの。例えば ──」


 腕輪にして身に着けると『腕力筋力』を軸とした力が身についていく。

 指輪にして身に着けると『指力器用』を軸とした力が身についていく。

 首輪にして身に着けると『頭力賢さ』を軸とした力が身についていく。

 師匠のように足輪にして身につけると『足力速さ』を軸とした力がついていく。


「私のお勧めはもちろん『足力』特化!」

「そくりょく?」

「そ。アイルには私みたいなスピードスターを目指して欲しい。ということでハイ!」


 差し出された師匠の手に握られていたのは、師匠が着けているのと同じアンクレットだった。どうやら、僕に選択権はないみたいだ。

 でも、別に文句はない。どうせ最初から師匠の言う通りにするつもりだったから。


「持ち主の詳しい力量は【精霊結晶】のを見ることで測ることができるんだけど、それについてはまた今度説明するね」

「は、はい!」

「よーし、じゃあ暫くは【精霊結晶】を馴染ませる意味も込めて、こっちの精霊樹ししょうのもとで葉斬りの訓練を頑張ること! そうだなー、とりあえず期間は一か月! 一か月でどれだけ力を伸ばせるか」


 言うと、師匠は真っ直ぐにこちらを見て笑った。


「楽しみにしてるよ、アイル!」



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