第一章:『剣の都』-⑨


 遡ること一か月。第四章が終わりを迎えてから程なくした頃。

 海上都市ウィキペディオにて、新時代の幕開けを祝福する大きな祭典が開催された。

 その名も ──次世代の祭典。


 それは、《種子の世代第五世代》候補と呼ばれる主役の卵たちをお披露目する場。

 来る第五章新時代の担い手となるであろう新人ニュービーたちのためだけに用意された舞台。


 祭りの主催者であるシンボル家は、世界中で今最も注目を浴びている六人の新星たちをその祭典へと呼び寄せた。


「シティはその六人の内の一人に選ばれた。……いや、私が主催者に掛け合って、無理やり選ばせた」

「え」

「『【じん】の弟子だから』って理由で勝手にねじ込んだの。周囲の反対を押し切ってね」

「は、反対?」


 首をかしげる僕を見て、ベルお姉さんはニヤリと笑った。


「そう。だってその時のシティは ──私が剣を握らせてからたった三か月しか経ってない、ただの町娘だったから」

「な……」


 言葉を失う僕を見てベルお姉さんは続ける。


「そして、シティを含めたその六人は、世界最強の六人への挑戦権を得た」

「せ、世界最強の六人……」

「そう。知ってる?」

「えっと、多分」


  ──【《六大称号タイトル》】


 それはこの世で最も誉れ高いと呼ばれている六つの肩書きの総称。


【《朱王すおう》】

【《蒼皇そうこう》】

【《黄帝こうてい》】

【《翠聖すいせい》】

【《黒将こくしょう》】

【《白姫はくき》】


 世界にたった六つしか存在していないその称号を冠する者たち。

 六つの頂の一つを名乗ることを許された六人の主役たち。

 それが世界最強の六人 ──六雄。


「その人たちのこと……?」

「そう! ちなみにわた ──」

「ベルお姉さんもその内の一人」


 被せるようにして言うと、ベルお姉さんは口を尖らせながらジトとこちらを見てきた。


「なぁーんだ、知ってたんだ」

「う、うん」


 六雄の一人。【《六大称号》】の一つである【《蒼皇》】の保持者。

 それが ──【じん】ベルシェリア・セントレスタ。


「……というか、この世界ではそれを知らない人の方が珍しいと思う」


 僕の言葉を聞いたベルお姉さんは「そう?」と首を傾げると、「ま、それはいいか。話を戻すね」と言って続けた。


「私たち『六雄の六人』とシティたち『次世代の六人』は、そういった経緯で戦うことになったの。先鋒、二陣、三陣、四陣、副将、大将に別れて、それぞれ一対一で」


 それは「《再来の世代第四世代》代表」と「《種子の世代第五世代》候補」の戦い。

 それは「上座に座る者」と「下座に座る者」の戦い。

 それは「最強の六人」と「期待の六人」の戦い。

 それは「黄金世代」と「新世代」の戦い。


 当然、次世代側から勝利者が出るかもしれないなどと考えている者はいなかった。

 所詮は子供だ。激動の第四章を生き抜いてきた六雄たちを超えることなどできようものか。誰もがそう思っていた。

  ──しかし、


「たった一人だけいたの。次世代側に、その無茶をやってのけた子が」

「え……」


 心の中で「もしかして」と呟きながら唾を飲む。

 ベルお姉さんはそんな僕を見て「分かっちゃった?」と笑いながら口を開いた。


「そう、それがシティ」

「っ」

「先鋒として戦ったシティは【《白姫》】の名を持つ六雄の一人を破って、その称号を奪い取った」


 そして誕生したのが、最年少称号保持者 ──【しゆく】シティ・ローレライト。


「あの子は、剣を握ってたった三か月で、世界中から期待を寄せられる少女になったの」

「シティさんが……」


 僕は半ば呆然としながらその話を聞くことしかできなかった。

 自分の姉弟子がどれほど埒外の存在であるのかを思い知らされる。彼女との間にある差の大きさを突き付けられる。そして……僕なんかにその少女の敵手ライバルという役割を担うことができるのか、と。臆病者の自分が頭の中で零した囁き声を聞いた。




「だけど ──その後、私にも予想できていなかったことが起こった」




 ベルお姉さんが纏う雰囲気が一変する。

 僕は引きつる喉をなんとか動かして「予想、できていなかったこと?」と返す。

 するとベルお姉さんはコクリと頷いて、


「シティは、心が押しつぶされてしまいかねないほどの不調スランプに陥ったの」


 表情に悲痛の色を滲ませながら、その真実を告げた。


「凄まじい重圧。過度な期待。途絶えることのない視線。あの子は、それら全てを真正面から受け止めようとしたの。受け止めて、その全てに完璧に応えようとした。周りが期待する通りに、周りの期待を裏切らないように、って」

「……」

「そして気付くと、本当の自分が分からなくなっていた」

「っ」

「そこにあったのは本当の自分じゃなくて、人々の期待によって作り上げられた偽りのシティ・ローレライトだった」


 未成熟で未発達な少女は、その期待に耐えることができなかったのだ。町娘としての生き方しか知らなかった少女は、その突然の変化に追い付くことができなかった。

  ──少女は何よりも誉れ高い称号の代わりに、本当の自分を失ってしまった。


「あの子もきっと気付いている。自分自身のあり方が間違っていることに。でも、人々はそれを否定しない。そのあり方が間違っていようと、期待を乗せて全てを肯定してくる。まるで女神さまを崇めるみたいに」


 そして今も、少女はその歪みの中で壊れていっている。

 心に生じた真っ黒な染みを広げ続けている。


「……っ」


 視線という名の針に刺されることで生じる痛みは、人一倍理解しているつもりだ。

 思い起こされるのは昨日の苦い記憶。僕は凱旋道の上で嫌というほどそれを味わった。

 ……シティさんは、それ以上の痛みに蝕まれ続けているのだ。いつ、どこにいても。

 それはきっと、僕なんかには想像もできないほどの苦しみ。


「人や精霊から期待を向けられるほど、あの子の心は縛りつけられていく。シティ・ローレライトは苦しめられていく」

「……」

「だから ──」


 その時、不意に風が吹いた。


「そんな呪縛から解き放ってくれる存在が、あの子には必要なんだ」

 そして髪を風に靡かせるベルお姉さんは、僕の目を真っ直ぐに見てそう言った。

 僕に「私の弟子にならない?」という話を持ちかけてきた時と、全く同じ表情で。まるでその『呪縛から解き放ってくれる存在』というのが、僕なのだとでも言いたげに。


「は」


 一瞬、息の仕方が分からなくなった。頭が真っ白になった。

 僕がそんな役目を?

 臆病者のアイル・クローバーが、そんな大役を?

 いや、いやいやいや。何を言っているんだ、この人は。そんなの ──無理に決まってる。できない。できるはずがない。僕なんかが、そんな役目を果たせるわけがない。

 僕はベルお姉さんの視線から逃れるように俯く。正面から目を逸らさずにはいられない。


「僕には……できない。シティさんよりずっと弱くて、なんの才能も持ってない僕に、そんな役目が務まるなんて、思えない」


 そして弱音を吐いた。臆病な僕の心からの言葉を紡ぐ。


「そもそも、どうして僕なんかにそんな役目を」

「それは、アイルちゃんがあの娘と正反対の存在だから」

「っ」


 ベルお姉さんは考える間を挟むことなく答えた。そして淀みの一切ない声で続ける。


「今のアイルちゃんは、シティの正反対の位置にいる存在。誰からも期待されている【淑姫】とは違って、誰からも期待されていない存在」


  ──誰からも期待されていない。

 その言葉を聞いて、昨日自分が晒した凱旋道の上での失態が鮮明に思い起こされる。

 注がれる軽蔑の視線。真っ白になる脳内。喉からせり上がってきた嘔吐物の嫌な臭い。

 そう、その通りだ。ベルお姉さんも分かってるじゃないか。今この都で最も期待されていない存在は、きっと僕。この顔に張り付いた『恥さらし』の仮面を見て笑わない人なんていない。いないんだ。


「いい? アイルちゃん」


 更に俯く僕を見て、ベルお姉さんは口を開いた。


「人っていうのは、誰もが補い合って生きてるの。時には支え合い、時にはぶつかり合い、それらの過程を繰り返していくことで原石は玉へと磨かれていく」

「ぎょ、く」

「そう。……キミたちは正反対の存在だ。だからきっと、お互い他の誰とよりも素直にぶつかり合える。あの娘の隣に居るべきなのは ──アイルちゃんなんだよ。アイルちゃんしか、いないんだ」


 そう言い切ると、ベルお姉さんは僕の頬を両手で挟んできた。

 そして視線を無理やり絡ませると、真剣な面持ちで言った。


「そんなアイルちゃんに、私だけは誰よりも期待してる」

「 ──」


 沈み込んでいた僕の心を掬い上げるようにしてベルお姉さんは告げる。

 冷めきっていたこの身体にゆっくりと熱を注いでゆくようにして言う。


「私を守れる主役になる前に、あの娘を救ってあげて」

「っ……っ」


 正直に言えば、自信はない。僕にそれができるとは思えない。

 でも……ベルお姉さんが「期待してる」と言ってくれるのなら、僕はベルお姉さんが信じてくれる自分を信じないといけない。信じたい。


「……わかった」


 僕はベルお姉さんの目をしっかり見返して言う。そして、覚悟を決めた。

 強くなる。強くなってみせる。本当に誇れる自分になれるように。

 そして、助けを求める一人の少女の隣を歩いてあげられるように。


  ──弱い自分を、変えてみせる。

 僕は心にそう誓い、歩き出した。

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