第一章:『剣の都』-⑤


 

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 ベルお姉さんに連れられて、僕は再び【氷霊】のギルドへと戻ってきていた。


「絶対シティに負けないくらいまで強くしてあげるからねッ、アイルちゃん!」

「とりあえず武器! まずはお姉さんが最高の武器を見繕ってあげる!」

「冒険者の血が滾ってきた ─────────────────あ!」


 ふんすっ、と鼻息を荒げて歩くベルお姉さんに引っ張られながら、僕はギルドの薄暗い通路を進んでいく。

 すれ違う人たちから向けられる「なんだなんだ?」という視線が痛い。


「着いたっ、ここ!」


 しばらくして、到着。ベルお姉さんの視線をなぞるようにして顔を前に向けると、そこには見上げるほどの大きさを誇る扉があった。


「べ、ベルお姉さん。ここは?」


「気になるーぅ? びっくりするよー。ここはウチのギルドのほ、う、も、つ、こ」


 宝物庫。ベルお姉さんは慣れた手つきでその部屋の鍵を開ける。そして、胸を高鳴らせる僕の様子をニタニタという表現がぴったりの表情で一瞥すると、宝石箱の蓋を開くようにしてその扉を開け広げた。


「わぁ」


 その先にあった光景を見て、僕は無意識にそんな声を零してしまう。

 そこにあったのは ──キラキラと輝く武器や防具の山。魔獣狩り、宝具探し、秘境探索、魔境調査、犯罪者狩り。そういった活動を生業とする冒険者たちが世界中からかき集めたお宝の数々。

 この光景を前にして興奮しない子供なんていない。そんな子供いるはずがない。

 気づけば僕の頬も自然と緩んでしまっていた。


「満足するにはまだ早いよーっ! 本番はこれからっ。気合入れて武器を漁れー!」

「お、おー!」

「武器といったら剣! 剣がある場所はこっち!」


 そうして始まった武器漁り。

 ……しかし、結論から言うと僕にしっくりくる短剣は一つしかなかった。

 伝説の武器なんかでは、もちろんない。どこにでもある、ただの短剣だ。


「アイルちゃん、本当にそんなのでいいの?」

「うん、これでいい。正直他の短剣は、全然手に馴染まなかったから」


 どれもこれも、僕の身の丈に合わないくらい上質すぎて。


「うーん、じゃあ仕方ないか。確かに、武器に頼りきりってのも良くないしね」


 自分に言い聞かせるように言いながら、僅かに肩を落とすベルお姉さん。


「じゃあ、せめてこれは受け取ってくれる?」


 そう言って手渡されたのは、形が整えられた手のひら大の結晶体だった。


「それは【収納結晶】。【創霊】のギルドの錬成師によって創られた叡智の結晶」

「しゅうのうけっしょう……」

「そ! なんと、この世のあらゆる物質を収納して持ち運ぶことができるっていう夢の魔道具! うっかりなくすなんてことがないように気をつけるんだぞー?」

「う、うん」


 僕は返事をしてすぐソレをバッグに入れる。

 そしてこれまで以上に持ち物のことに気を配ろうと心に決めた。


「あ、あと【収納結晶】には容量があるから、中身がいっぱいになったらお姉さんに言ってね。新しいのあげるから」


 ベルお姉さんはそう告げ、大量の【収納結晶】が入った革袋を無造作に放り投げた。

 衝撃を受けてギシギシと軋む床。ジャラジャラと中身の音を鳴らしながら転がる革袋。

 それらの影響で、部屋の隅に積み上げられていた書物の山が勢いよく崩れ落ちる。


「うわ、やっちゃった。私知ーらない!」

「か、片付けなくていいの?」

「大丈夫大丈夫! 用はもう済んだんだし、ほっといて出よ出よ」


 ひぇー、と口にしながら早足で出口へと向かって行くベルお姉さん。

 それを見た僕も「まあ、ベルお姉さんがそう言うのなら」と足を踏み出し、




『んだァ!? 誰だァ、オレを雑に扱いやがるヤツァ!?』




 突然背後から上がった荒々しい声に弾かれるようにして跳び上がった。


「あえっ!?」


 突然の出来事に、身体が強張ってしまう。

 僕たちの他にもこの部屋に人がいたのか。全然気づかなかった。

 ドクンドクンと跳ねる心臓の音を聞きながら、慌てて振り返る。背後に目を向ける。

 しかし ──そこには誰もいなかった。


「あ、あれ?」


 人の影も、気配もない。

 気のせい? いや、そんなはずは……いや、待って。もしかして ──ゴースト?


「っ」


 冷たい汗が背中を滑り落ちてゆく。

 いや、違う。絶対に違う。自分に何度もそう言い聞かせながら首を振る。

 そして顔中を汗で濡らしながら踵を返し、


『あァ?んだァ、このチンカス臭ェガキはァ』

「っ ──っっ」


 ハッキリと聞こえたその声に、僕は再び引き止められた。

 気のせいじゃなかった。気のせいではなかった。気のせいなんかじゃなかったっ!

 

「だ、誰ですかっ?」


 虚空に向かってそう問いかける。

 それは恐怖でおかしくなりそうな自分を奮い立たせてなんとか搾り出した一言。

 すると、


『……あァ?』


 僕の放った問いかけに対する返事はすぐに返ってきた。


『ああァ? ああああァ!? うッそだろオイオイ! オイオイオイ! ガキィ! オレの声が聞こえてやがんのかァ!?』

「だからっ、そう言って!」

『ひャッッッはァァァァああああ! マジかよ! スゲェ! スゲェスゲェスゲェ! オイオイオイオイオイオイオイ!』


 心配になるくらいの勢いで騒ぎだす声の主。

 僕はガクガクと震える足をなんとか抑えつけ、その場に立ち尽くすことしかできない。


『ガキ! こッちだァ! 下を見やがれ!』

「し、した?」

『そォだァ! 最高にイカした【魔導書】があンだろァ!』


 僕は促されるまま、ゆっくりと視線を下げる。下を向く。床を見る。

 すると……さっきベルお姉さんが散らかした書物の中に、不気味な模様の記された一冊の書物が確かにあった。


『そォだ! それだァ! 合ってる!今 ァ見つめ合ッてンぜオレたちよォ!』

「う、うそ」

『嘘じャねェ! ホラ! 分かったならさッさとオレを手に取りやがれ! そして外に連れ出せァ! オレァずうッッッとヒマしてたンだァ! このカビ臭ェ場所でよァ!』


 瞬間、僕の記憶の底から、とある物語の光景が浮上してきた。

 それは、一人の狂人が悪魔と契約を交わす場面。狂人が「力」を得るために、悪魔に「寿命」という対価を差し出す場面。破滅の始まりとも言える一幕。

 それが鮮明に蘇る。

 どうして?  ──今、僕が置かれている状況と似ているからだ。


「 ──ッ! い、い、いや、いやですっ。すみません!」


 気づけば僕は、そう言って駆け出していた。

 怖い。すごく怖い。どう考えてもアレは関わっていい代物じゃない。そんな気がする。いや、気がするじゃない。絶対にそうだ。そうに違いない。そうとしか思えないっ!

けう


『オイ待て! 待て待て待てェ! てめェは稀有な【適格者】なんだッてェ! オレの声を聞けんのも【適格者】だけでッ、おッ、おィィィィィィィィィいい! マジでこのまま行くのかァ!? なあ! おいァ! 男なら強くなりてェだろァ! オレァ【適格者】にすンげえチカラを渡すことがなァ ──』


 勢い良く扉を閉め、その声を遮断する。


「はあ、はあ」


 荒れる自分の息だけが響く薄暗い廊下。そこで僕は、たった今見聞きしたものを記憶から葬り去ることに決めた。


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