一章 学園編入と共通点のある銀髪 その3

 人間界のほぼ中央に位置するミリラクシア。セルトが住んでいた村とは比べ物にならないぐらい、それこそ想像もつかなかったような場所。そこはまさしく世界の中心。

 段々とそこに近付いていくごとに道なき道は減っていき、自然が少なくなっていく。

 村や町、そして大きな都が道中には存在し、どんどん魔族の影は薄れ。

 道中のほとんどを徒歩で進んでいたセルトだったが、途中で乗合馬車という素晴らしい移動手段があることに感動を覚え。ミリラクシアへの道は一気に加速していった。

 そうしてセルトがルデス村を出てから約一か月半、時季的には初夏に入った頃。


「──今日も全然ダメだったわ。何も上手うまくいかなかった」

 木で作られた古い家屋など何処にもなく、全てが固いれんで造られた街並み。

 人々がせわしなく大きな通りを歩き、騒がしいというよりもにぎやかという雰囲気。

 一人の少女がゆううつそうな雰囲気を隠そうともせずにそこを重い足取りで歩いていた。

 銀色の髪を腰ぐらいまで長く伸ばした、街を歩けば十人が十人振り返るような美少女。

 黒と赤を基調とした、豪華な服装に身を包んだその少女は大きくためいきを吐く。

「私は、もっと上を目指さないといけないのに……!?」

 悩んでいる様子の彼女だったが、ふと横道に目をやると誰かが倒れているのに気付く。

 困っている人は放っておけない性質なのか、すぐさま少女はその人物に駆け寄った。

 それはうつ伏せでボロボロかつヨレヨレの黒いローブをまとっているのが分かる。

「だ、大丈夫ですか!? 誰かに襲われたり──」

「──ここ、広過ぎ。完全に迷った、動きたくない。マジで、無理」

「……は?」

 少女が声をかけると、何者かは非常に情けない泣き言を口から紡いでいく。

 思わず少女は疑問の声を出してしまう。その直後、何者かは勢いよく顔を上げた。

「何だってこんなに道が入り組んでんだよ、理解不能だ!! 改善を要求する!!」

「は、はぁ?」

 まくし立てるように文句を言っていたのは、ミリラクシアに辿たどり着いていたセルトだった。

 どうしようもない何かに怒りを覚えているようで、何を言っているか分からない。

「とにかく道分からんしもう無理だ。このまま野垂れ死ぬのもやぶさかではない」

「いや、明らかに迷惑よ!? こんなところで死なれたら!!」

 そして目の前で死なれるのは本当に困る少女は、無理矢理にセルトを起き上がらせる。

 起こされたセルトは恨みがましい目を少女に向けたところで、ある疑問を呈する。

「……誰だお前? というか俺を立たせるとはいい度胸だ」

「こっちの台詞せりふよ!? 目の前で死なれたら目覚め悪いって言ってるのよ!!」

 セルトはお構いなしにローブに付いたほこりをパンパンと手で払い、今度は壁に寄って座る。

「俺はもうここに住む。目的地が何処にあるかもうさっぱり分からないんだ」

「明らかにイカレてるわよ、貴方あなた。声かけなければ良かったわ……」

 迷い過ぎて頭がおかしくなっていたセルトに向ける少女の目線は非常に冷ややか。

 そんな目線も軽く受け流し、セルトは心底面倒そうに緩慢な動作で腰を上げた。

「まぁ、聞け銀髪少女。俺はここに学園があるって聞いてきたんだ」

 ここに学園があると聞いていたセルトだったが、あまりに広くて難解な街並みの前に屈していたことを明らかにする。ギャラガの描いた地図は見られたものじゃなかった。

「一体何の話……って学園? クレシエンド学園のことかしら?」

「そうそう、クレ何とか学園みたいな名前だった。もしかして知ってる?」

「知ってるも何も……私はそこの生徒よ。この通り制服着てるし」

 少女は自分の服装をセルトによく見えるようにする。どうやら学園の制服であるらしい。

 しくも降って湧いた光明の前にセルトは、一気に少女に詰め寄る。

 お願い事はただ一つ。自分では分からない場所に連れて行って欲しいだけ。

「案内とか……してくれたり?」

「貴方に対してそんな義理なんて無いんだけど……」

「そこを……何とか?」

「どう考えてもお願いするような態度じゃないって言ってるのよ!?」

 そして当然少女は拒否。希望が断たれたセルトは、また地面に身体を預ける。

 このまま放っておくと本当に死ぬまでここに居そうだと少女は頭を抱えた。

「……そこの大通りを右に行って、最初の交差点を右に曲がれば見えてくるわ」

 そもそもここからそう遠くは無い。彼女はその学園からここまで歩いてきたのだから。

 一応教えることは教えたので、これ以上彼に構う余裕は無い少女はきびすを返すが。

「おい、案内は?」

「しないって言ってるの!! そんなことしてる暇なんてないのよ、私には!!」

 お礼どころか当たり前のように案内を要求され、怒った少女は駆け出す。

「言っておくけど貴方みたいな不審者が学園に行ってもすぐに追い出されるからね!!」

 そして捨て台詞ぜりふ。ある意味で忠告とも取れるその発言を聞いてセルトはあつに取られる。

「……何であんなに余裕が無いんだ? でも、取りえず道は分かった」

 そこまでしつけなことは言っていないと、怒った少女にセルトは疑問符を浮かべる。

 とにかくなんとか道のりが分かったセルトは、大通りの方へ足を向ける。

「いい奴だったなーあいつ。また会えたらうれしいんだが」

 学園の生徒らしいので編入さえ出来ればまた会うこともあるとセルトは結論付ける。

 そして結局迷ったセルトが学園に辿り着くのは、それから三十分後のことだった。


    *


「学園ってよく分からなかったけど、こういう感じなのか」

 なんとか学園に着いたセルトは、まずその規模の大きさと人の多さに驚いていた。

 具体的な広さは分からないが、ルデス村の数十倍はありそうだと思わず目をく。

 また、恐らく自分と同い年ぐらいの少年少女が多数いる。当然初めて見る光景だった。

「──勇者たる者、人間の敵である魔族を正面から正々堂々打ち倒せる存在を目指せ。ここはその為の学園であり、君達には魔族に勇者はまだ健在だと知らしめる意義がある!!」

 適当にセルトが学園内を歩いていると、訓練場のような場所から声が聞こえた。

 そして多くの生徒が武装を用いた近接戦闘の訓練を行っているのが見て取れた。

「勇者になる為の努力とけんさんを決して惜しむな!! 勇猛果敢に敵に挑み、勇者としての誇りを強く持ち圧倒的な強さを持てばこの場の誰もがかつての勇者のようになれるはずだ!!」

 教員であろう男性は真面目に訓練に臨んでいる生徒達に向けてげきを飛ばしていた。

(……やっぱ勇者ってそういうもんなの? 志からして俺とは全く違うな)

 その発言の内容にセルトは内心でへきえきする。想像以上に熱血で真面目だった。

 そうは思いながらも、丁度いいとセルトはその教員に向かって歩き出した。

「あのー、すんません。ちょっといいですか?」

「ん? 勝手に入っちゃダメじゃないか、君。ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」

 案の定、セルトが話しかけるとあの銀髪の少女に言われたように追い出されそうになる。

 だからセルトはすぐに懐から小さな紙を一枚彼の目の前に提示した。

「ここに編入しに来ました。これあれば入れるって聞いたんで」

「!! そ、それは……!?」

 教員の反応が一気に変わり、彼は何やら何処かに通話を飛ばし始めた。

 早くしてほしいと思いながらセルトは、勇者に貰った小さな紙をただ眺めていた。


「──確かにギャラガ様の名刺……だな。これを何処で手に入れた?」

「だーかーら!! ギャラガさん本人から貰ったって何度も言ってるだろ!?」

 先程の教員に案内され、セルトは学園の運営を行っている場所に来ていたが。

 老若男女入り交じる教員達に囲まれながらセルトはギャラガから貰った名刺を再度提示。

 その結果、周りのセルトを見る目は一気に期待半分懐疑半分へと変わっていき。

 そして教員達に囲まれながら詰問を受けている。セルトは今そんな状況であった。

「しかし、あのギャラガ様がこのようなみすぼらしい少年に、名刺を手渡すかね?」

「疑わしいな。落ちていたのを偶然拾ったのではないか?」

「マジで怠いな……。銀髪赤目で年齢は四十ぐらい、酒飲むのが好きで娘がいて、とにかく押しが強くて豪快な人だった!! これで満足か!?」

 最初は使っていた敬語も思わず崩れてしまうというもの。まさかこんな面倒な状況になるとは思っていなかったセルトは不機嫌そうな顔を隠そうともせずに捲し立てる。

 実際に会ったギャラガの姿を追想し、その詳細を事細かに伝えていく。

「一応名刺は本物みたいでしたし、試験をやればすぐに分かると思いますが……」

「うぅむ……そうだな。おい、魔力測定用の水晶を持ってこい!!」

 その言葉で教員陣で一番偉いであろう老年の男性が、若い教員に指示を送り出す。

 ギャラガの紹介で編入という状況自体が珍しいのか一気に教員棟は慌ただしくなる。

 試験の開始を待っている間に、学園に編入するにあたっての説明が教員陣からされる。

 その多くは勇者としての振る舞い方であったり、勇者としての在り方とは何かなどという抽象的なものでかつ先程聞いたものであり、セルトの耳から耳へ八割が抜けていった。

(あれ、やっぱこれ勇者目指さないとダメなやつか? 普通に無理なんだが)

 そしてそのありがたい教員陣のご高説にセルトは不安を隠し切れていない。

 話が違うと思いながら、取り敢えず適当にあいづちだけは打っておくことにしていた。

「──それでは魔力測定を始める。この水晶に手をかざしてみろ」

 そんなこんなでセルトの前に大層な台座に置かれた魔力水晶が置かれる。

 魔力を流すと魔力量は輝きで、属性は色で表されるというものだった。

「分かりやすくていいな、これ。楽だし」

 教員達に囲まれたまま、セルトは特に意気込んだ様子も無く水晶に手をかざす。

 少しだけ体内の魔力が引っ張られるような感覚に陥った後、水晶は大きな変化を示した。

「むぅ!? これは……とてつもない量の魔力だ!!」

「色も澄み渡っている……。無属性ですが素晴らしく洗練されていますね……」

 まるでせんこうのようにまばゆい光を放ち、一点の曇りも無い純白に水晶は彩られる。

 白は全ての魔術の基礎となる無属性。そしてそこから派生した属性魔術はその属性に応じた色になっていく。火ならば赤、氷ならあおいろといった具合に。

 その結果を見て、それまで懐疑的だった教員達の目の色もみるみる変わっていく。

「素晴らしい!! 疑って悪かったな、流石はギャラガ様が認めた少年だ!!」

「君、出身は!? これ程の魔力を持つ逸材が埋もれていたとは……」

 美しいまでのてのひらがえしを披露され、セルトはそのこつけいさを少しだけ鼻で笑う。

「あー、ルデス村っていうド田舎です」

「!! ルデス村……あの魔界に一番近いと言われている……」

 てっきり知らないものだと思っていたセルトは意外そうな顔をしている。

 話を聞けばギャラガを通じてルデス村のことを知ったらしい。そしてルデス村の住人が相応に強く魔力量もけたちがいという話も伝わっているようだった。

 これなら話が早く、面倒ごとも無さそうとセルトはあんしていたのだが。

「──ちょっと待ってください、水晶の様子が変ですよ……!?」

 若い教員の一人が、いち早くその異変に気付き、全員が水晶に目を向ける。

 いまだに純白に輝き続けていた水晶だったが、途端に異音を発し始めその本体に一筋のれつを入れ始める。そしてそれに連鎖するかのように多数の亀裂が入り。

 そしてそのまま亀裂が入った水晶は、激しい音を立てながら派手に砕け散った。

「……はい? いやいや、うん? ……え?」

 思いもよらぬ結末にセルトは額に冷や汗を浮かべる。面倒ごとを引き起こさないように流し込んだ魔力は最低限にしていたのにこの有様では困惑もするというもの。

「せ、生徒十人分の魔力ですら余裕で耐える代物だぞ……!?」

「壊れるなどという前例は一つも……明らかに異常ですよ……」

 そして周りも騒然。ざわざわとその結果の是非について話が始まる。

 前例が無い、ということは評価のしようがないとも取れる。

 それを分かっているのか、目に見えて周りの教員達はとにかく狼狽うろたえていた。


「──と、取り敢えず次は実戦試験だ。特別演習場まで移動するから付いてきなさい」

 数分程の協議の末、結果自体は出ていた為に試験は続行の運びとなった。

「特別演習場?」

「あぁ、ここから十分程歩いたところにあるんだけど。ほら、あそこ」

 魔力測定が行われたのは本校舎の二十階の部屋。一人の教員が窓から指差した先にかすかに見える広大な空間が恐らく、試験が行われる場所なのだろう。

 それを見た瞬間、セルトはあからさまにゲッとした表情を見せる。

(……遠過ぎじゃね? 絶対行きたくねぇ、あんなとこ)

 まず降りたくない、そんな長距離を歩きたくない、もう無駄に時間をかけたくない。

 しかし既に教員達は移動の準備を始めている。その前に聞いておくことがあった。

「試験の内容って何です?」

「魔族の模擬討伐だよ。特別演習場に魔族のデータを基に魔術で再現したものが配置してあるから、それを数体倒してもらってある程度の実力を──」

「──あ、倒すだけでいいのか。了解です」

 それだけ確認し終わるとセルトは、勢いよく部屋の窓を開け放つ。

 そしていつも通りよく目を凝らす。屋外の特別演習場には五体の魔族が存在していた。

 演習場が屋外で助かった、とセルトは一安心しながらその場から動かずにいた。

「な、何を……」

 その行動が奇行に見えた教員はセルトを制止しようとするが、それを逆にセルトは制す。

「いや、移動するの怠いんで

 ここから演習場までの距離は約一キロあるかないか。これなら遠距離のはんちゆうではない。

 セルトは五つの魔力球を自身の周りに展開し、特に工夫も無く放出させる。

 一直線に、空を駆ける流れ星の如く飛んでいく魔力球は数秒で演習場に到着。

 そして正確に狙いを付けられていた魔族の身体を撃ち抜いた魔力球は無事に着弾。

 演習場の地面を大きくえぐり、爆発でも起きたのかというぐらいのふんじんが舞っていた。

「終わりでいいですか? もしかしてもう少しいました?」

 視認出来ていた魔族は五体だけだったが、一応追加で二つほど魔力球を展開。

 セルトの問いかけに対して、教員達はただただ目を丸くしていた。

「……。やったか、これ」

 そして彼等の目が一気に困惑と懐疑に満ちていくのをセルトは感じ取る。

 これは知っている。理解の及ばない異物を見る目だ、ずっとこれを向けられてきた。

 余計面倒なことになったかもしれない、とセルトは大きく息を吐いたのだった。

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