一章 学園編入と共通点のある銀髪 その2

 村が見える頃には既に日は沈みかけていたが、セルトは無事に村に辿り着いていた。

 道中で魔族に遭遇することは無く、村を離れた恩恵を再度感じていたが。

「──うぇ、げほっ……。やっぱ全力で身体動かすのはしんどい……」

 元々大して身体は鍛えていない為、身体強化の全力稼働は流石にこたえたらしい。

 息は絶え絶えであり、およそあの黒竜を倒したとは思えない姿の少年がそこにはいた。

 なんとか息を整えて村の入り口に立っていた見張りのような人にセルトは話しかける。

「あの……銀髪で赤い瞳の男性ってこの村にまだいますか?」

「銀髪で赤い瞳……。あぁ、その人なら──」

 話を聞けば、くだんの人物は村の広場で酒盛りをしているらしい。快く村に入れてもらったセルトは、その広場に向かって疲れた身体にむちを入れながら走り始める。

 そして広場に辿り着くと、すぐにその男性を見つけた。不意に記憶がよみがえって来る。

 格好もあの時と同じ。白と紫を基調としたよろい風の服に身を包んだ、よく目立つで立ち。

「──ん? 俺に何か用か、少年」

「え、いや、その……」

 セルトが声を掛けてみると、座りながら少しだけ赤くなった顔をこちらに向けてくる。

 その反応は実に淡白で、人違いだったかもしれないとセルトが思った時。

「いや、待てよ……。その顔、どっかで見覚えあるな」

 彼はあごに手を当てて記憶を辿り始める。そして、あーと大きな声を上げた。

「十年前にルデス村で助けた少年か!! 大きくなったなぁ!!」

「そう、そうです!! 覚えてたんですか!!」

 セルトは喜びのあまり彼の手を握ってしまう。自分の人生を大きく変えた恩人であり、一種のあこがれを抱いた人物が自分を覚えていてくれたことが何よりもうれしかった。

 彼こそかつてのセルトとレリアの命を救った人物であることは疑いようがない。

「今朝目が合った気がしたので、急いで村まで来て正解でした……」

 セルトは徒労に終わらなかったことをあんし息を吐いて、その場にへたり込む。

 しかしセルトのその発言を聞いた男性は、大きく目を見開いてセルトの肩をつかんだ。

「目が合った……? 今朝俺は黒竜を撃ち抜いた魔術が飛んできた方向は物珍しくて見てたが……ってことはまさか、お前があの黒竜撃ち抜いたのか!?」

 この男性の言いぶりだとセルトの姿は流石に見えていなかったらしい。

 実際はセルトが一方的に男性を視認していたということが判明した。

「え、はい。そういえば、そんなこともあったような」

 ひょんなことから思い出の人物にえたことで本気で記憶から抜けていたが、今朝方黒竜を倒していたことをセルトは思い出す。これもルデス村に居た弊害の一つ。

「おいおい、将来有望じゃねぇか!! あの黒竜、ギルドの精鋭が三十人集まっても討伐が難しいってのに大したもんだ!! 流石はルデス村出身だな!!」

 そして彼はセルトの肩を掴んだまま身体を大きく揺する。感情が高ぶっているのか、その揺らされる速度というのは凄まじくセルトの意識が大きく揺らいでいく。

「ははははは!! まさかあの時大泣きしていた子供がなぁ!!」

 お構いなしにものすごい力で身体を揺すられる。この強引さもなんとなく覚えている。

「ちょ、それは、言わないで、くだ……あっ」

 そして疲れていた身体にとどめとなり、激しく揺すられた脳はいつたん休止を挟む。

 意識を手放したセルトが最後に見たのは、男性の嬉しそうな表情だった。


「──はっ!? まさかの夢オチか!?」

 意識がかくせいしたセルトは勢いよく起き上がり、首を振って周りを見回す。

 しかし周りの状況は意識を失った時とほど変わらず、多くの時間は経っていなかった。

「お、起きたか。悪かったな、つい興奮しちまって」

「だ、大丈夫です。気絶したのは俺の貧弱さが原因なので」

 まだ頭がくらくらするのか少しだけ頭を押さえながら、セルトは男性に応対する。

「君があの竜を倒したんだって!? 君こそ村の救世主だよ!!」

「凄いわ!! 今日は村総出でもてなすからゆっくりしていってね!!」

「あ、どうも……」

 セルトが意識を失っている間に男性が事の経緯を説明してくれたのか、村人達は全員が口を揃えてセルトを称賛していた。周りの盛り上がりはどんどん上がっていく。

 セルトはすぐに順応し、ギャラガと名乗った男性と共に輪の中心になっていた。

「本当にルデス村とは違う……。魔族討伐だけでここまで喜ぶなんて」

「まぁ、あの村は特殊だからな!! 勇者でもなければ絶対に立ち寄らない場所だ!!」

「どうりであれ以降誰も来ない訳だ……納得した」

 発言の節々がいまだにルデス村の色に染まっていることはギャラガはえて言わず。

 それよりもあの村の人間が外に出ていることが珍しいと疑問を抱いていた。

「んで、セルトは何を目的に旅をしてるんだ?」

「あー、ただあの村から出たかっただけなんで。強いて言えば、平和に暮らしたい?」

「ぶはははははっ!! そりゃそうだ、平和が一番だわな!!」

 思った以上に単純明快な理由だったとギャラガは大きく吹き出す。

 そんな理由で旅に出るなどあの村でなければ確かに出てこないと大笑いしていた。

「つっても、行く場所も目的も何も無いってのはちょっとあれなんじゃないか?」

「確かにそうなんですけど。この際、面倒ごとさえ無ければ何でもいいというか」

「何でもいい、か。それならお前にいい話がある」

 都合のいい部分だけを聞き取ったのか、ギャラガは不意に懐を探り始める。

 そうして取り出したのは、小さな一枚の紙。それをギャラガはセルトに手渡す。

「『クレシエンド学園』……? 何ですか、これ」

「俺が創った勇者を育成する学園だ!! 俺はもう勇者を引退しててな、世界各地を回って将来有望な少年少女を集めてる。この名刺があれば簡単に入れるぞ」

 ギャラガは嬉しそうにそう語り、セルトに対してその学園に来ないかと誘ってくる。

 後進の勇者を育成する機関。いつどのタイミングで魔界側が人間界に攻め入って来るか分からない以上、確かに勇者という強い存在を育成するのは道理だったが。

「嫌です。勇者になる気なんて無いですし、目指すと考えただけで吐きますよ」

 勇者という存在は平穏無事とは程遠い。頼まれてもセルトにはなる気は無かった。

 何よりも魔族とのたいが嫌で村を出たのにこれでは本末転倒になってしまう。

 受け取った紙を突っ返すようにすると、ギャラガは驚いた表情を見せる。

「マジか!? 大抵の奴はこれを言うだけでホイホイ釣れるんだが」

「誘いもありがたくないですし、そもそも学園がどういうものかも知らないので」

 にべもなく断られたギャラガだったが、あきらめてはいないらしく首をひねる。

 何かセルトの気をけるものはないかと考えた結果、先程のセルトの発言を思い出す。

「学園に入れば衣食住は完備、卒業するだけで名前にハクが付く、何より学園は人間界で最も栄えているであろう王都、『ミリラクシア』にある。平和に暮らしたいと思うお前にとってはこれ以上無い誘いだと思うが?」

「ゆ、夢のような誘いに一瞬でへんぼうした……!?」

 そしてそれはセルトに著しく効いた。明らかに心が揺れているのが見て取れる。

 これは好機とギャラガは追い打ちをかけるかのように更に提案を続ける。

「何より首席を取ろうものなら一生安泰だ!! こんなチャンス他には無いぞ?」

 一生安泰という言葉はセルトがのどから手が出るほど欲しいものだった。

 学園生活でも特に不自由は無く、その後に用意されている道もあるというのなら。

「……確認しますけど、勇者目指さなくてもいいんですよね? マジで嫌ですよ、俺」

「一人くらいそういう奴がいてもいいだろ。お前ぐらい強ければ何も問題は無い」

「じゃあ、ありがたくもらっておこうかな……」

 てんびんを用意するまでもなく、セルトはギャラガのその提案を受け入れることにした。

「いやー助かる!! 今は一人でも強い奴が学園に欲しくてな!!」

「というか、俺が学園に真面目に通うだなんて思わないでくださいよ」

「そう言うな!! お前にも楽しい学園生活が待ってるぞ!!」

 ギャラガはどこまでも前向きだったが、セルトのモチベーションは底辺に近い。

 というよりも本当に衣食住が保証されている、それだけを楽しみにしていた。

「俺の娘も通ってるんだ!! もう本当に可愛くてなぁ!!」

「親馬鹿……もし会ったらよろしくしておきますよ」

 どちらにせよ大きな目的はあったが行く当てなど無かったセルトにとっては、有用な道標になることは間違いない。セルトは貰った名刺をローブのポケットに仕舞い込む。

「何にせよ今日は飲んで騒ごう!! ほら、セルトもどんどん飲め!!」

「ちょ、俺酒はあんまり好きじゃ……。酔った人って本当にだるいな……」

 そうして世界の救世主と村の救世主を中心として村での宴の時間は深まっていく。

 とにもかくにも次の目的地は、王都ミリラクシアにあるらしい『クレシエンド学園』。

 久し振りに楽しく笑っているセルトは、その先にある苦難をまだ知らなかった。

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