一章 学園編入と共通点のある銀髪 その4

 セルトが学園を訪れ、編入試験を受けてから既にもう三日が経っていた。

 結局あの後教員陣から『勇者らしくない』とこってり絞られ、一時は編入すら怪しい状況になったが、ギャラガの顔を立てるという意味でもギリギリで試験はパスした。

 学園に通うということで寮の一室が与えられ、学園内と寮内での飲食は全て無料、きらびやかで高機能な制服も数着貸与され、学園に通う準備は全て整えられた。

 かくしてセルトの第一目標であった衣食住の完備については成されたことになる。

 その点においてセルトは文句の一つも無かった。むしろ感動を覚えたぐらいのものだが。

「──あー、何もやる気出ねぇ。やる気出せって言う方が無茶だよこれは」

 現在、支給された制服に身を包んだセルトは早速窮地に立たされていた。

 見つけた手頃な校舎の屋根上で寝ころびながら覇気の無い表情を浮かべている。

「……もう一回だけ確認するか。俺の見間違いだったかもしれないし」

 セルトは編入試験の際にもらった学園の資料をもう一度読み込み始める。

 そこには学園のシステムが事細かに記載されているが、その内容が不可解だった。

「チームランクに付随して個人順位が上がる……あぁ、これはどうでもいい」

 生徒は個人で順位付けされるが、まずは複数人でチームを組みそのチームのランクを上げていくというのが学園のシステムの基本的な流れとなっていた。

 チームランクは七段階存在。チーム同士の模擬戦や、各地のギルドから寄越されるクエストの達成、全生徒合同の大規模演習などで得られるポイントにより上がっていく。

 昇格もあれば降格も存在。最高ランクであるSランクに居座れるのはたったの三チームのみであり、間違いなく学園の最高峰はそこにあると言えるだろう。

 そして最高峰と言えば個人順位の上位十名は『十傑』と呼ばれており、それぞれにスタイルに合った二つ名が付けられている。正しく学園で最強の十人と呼べるだろう。

 ちなみにセルトは生徒約八百人中でぶっちぎりの最下位。半分は教員陣の嫌がらせである。

 そしてそれに付随して他生徒からの評判も最悪。完全に学園で浮いていた。

 しかし口に出したようにセルトは順位には興味が無い。問題は学園の規則の方だった。

「チームを組んでいない期間がひとつき以上で退学……? 何だこのクソシステムは……?」

 この学園のシステムはチームを組むことを前提としている。勇者は決して一人で戦うものではなく、ギャラガにもかつて仲間がいたという部分を踏襲しているのは分かる。

 問題はチームを組めないとこの学園に居られないという点。学園に執着こそ無いものの、せっかく手に入れた平穏と安寧というものはそう易々と手放せるものではない。

めやがったな、ギャラガさん……。全然話が違うじゃねぇか……」

 セルトは自分を学園に誘ったギャラガに向けて恨み言を吐く。

 そしてまんまと釣られた自分に対しても沸々と怒りが湧いてくる。嘘こそ吐かれていないが、重要な部分を省かれていたことは明らかに卑劣なやり口だと言わざるを得ない。

「恩人とかもう関係あるか!! 次会ったら絶対に文句言ったる……」

 あっちの方が一枚も二枚もうわだった。今のセルトではこう言うしか出来ない。

 とにかく一度手に入れたものを手放すという選択肢は無い。そうであるのならば、一月以内に自分とチームを組んでくれる人間を探すほかにやることはなかった。

「くあ……流石にそろそろ動くかね……」

 動く合図と言わんばかりに大きな欠伸あくびを一つ。この三日で何もしていなかった。

 しかし期限が迫ってから切羽詰まって動くのだけは避けたい。

 取りえず学園内を回ってみると決めたセルトは緩慢な動作で屋根から降りていく。

 未だに学園内がどうなっているのかも知らない。それを兼ねての情報収集。

 まずは適当にその辺の演習場でも見に行くかと、セルトは歩き出した。


「──はははっ!! もっと僕を楽しませてみなよ、愚民!!」

 辿たどり着いた演習場から聞こえてきたのはよく目立つ声。その声色から感じるのは愉悦。

「や、やめ……もう勘弁してください……」

「はぁ? まだ終わってない、立てよ。この僕が相手してるんだからさぁ!!」

 そこでセルトが見たのは、金髪の少年が他生徒を一方的にいたぶっている光景。

 なかなかに洗練された剣術。相手の生徒はすべも無くじゆうりんされている。

 金髪の少年の周りには取り巻きのような連中が。誰も彼もが下劣な表情をしている。

(あー、いるんだこういうのも。関わりたく無さ過ぎる)

 セルトはそれを止めるつもりも無く、何事も無かったかのように通り過ぎようとする。

「お前みたいな弱者はこの学園に相応ふさわしくない、さっさと消えろよ!!」

 そして金髪の少年が放った火属性の魔術は、いじめられていた生徒に向かっていく。

 よろよろとギリギリの動きでそれはかわされ、そのまま直線上にいたセルトの方へ。

「うお!? こっち来てるじゃねぇか!?」

 セルトは反射的にそれを避けようとするが、それはセルトに届くより前に消える。

 その後一瞬の静寂。そしてそれを見ていた取り巻きは大笑いし始めていた。

「おい、あいつめっちゃビビってたぞ!! 届く訳無いのにな!!」

「というかあれ、例の編入生だろ? 最下位とかいう噂の」

 何も知らない取り巻き達は好き勝手にセルトのことを指差して心無い言葉をかける。

 何なら先程まで虐められていた生徒ですらちょっと笑っていた。

「……ちっ。俺基準で考える必要は無かったよな、そりゃそうだ……」

 自分がいつも行使している魔術なら余裕で届く。そう思っていたが故の回避行動。

 これは自分が悪い、とセルトは特に言い返すことはせずにその場を去ろうとする。

「おい、待てよ!! お前には僕の新しい遊び相手になる権利をくれてやる!!」

「いや、本当そういうのいいんで……すごく間に合ってる」

 これ以上関わり合いになりたくないとセルトは顔も向けずに彼の提案を棄却する。

 だがその言い方が悪かったのか、取り巻き達が怒ったかのようにまくし立てる。

「貴様、有力貴族の次男であるシュルキ様の言うことが聞けないのか!?」

「しかも個人順位は一年トップの超絶エリートなんだぞ!?」

「知らんしどうでもいい。もう行ってもいいか? お互いに時間の無駄だろ」

 それでもセルトは意に介さない。こういう手合いに絡まれるのは本当に御免だった。

「『剣聖』の弟であるこの僕の言葉に逆らうのか!? 身の程知らずが!!」

「いや、だから知らないって言ってるだろ。ちゃんと言語通じてんのかこれ」

 そのあまりにごうまんな態度にセルトは、ゴミを見るような目つきを彼に送る。

「お願いだからさっきの彼で我慢してくれよ。多分そっちの方がやりやすいぞ?」

 そして身代わりを拒否し、被害に遭っていた生徒をあっさりといけにえにし出す。

 被害者の生徒はこの世の終わりのような顔をしているが、気にすることは全く無い。

「そのしつけな態度、今すぐにでも矯正してやるよ!!」

 話が通じないのか言語が理解出来ていないのか、有無を言わさずにシュルキは持っていた剣を構え、今すぐにでもセルトに攻撃をしかけようとしていた。

(……もう無理か、これ。片付けた方が楽だわ)

 この際相手をした方が早いと判断したセルトは、四つの魔力球を指一つ動かさずに自身の周りに展開させる。それは一つ一つが非常に弱々しく淡い白色に光っていた。

「はっ、なんだそのヘボい魔術は!?」

 魔力球を見たシュルキは剣を構え、十メートル程の距離を一気に詰めようとする。

 しかしセルトはそれを許さない。顔と足に向けて三つの魔力球を飛ばす。

「そんな弱々しい魔術でこの僕を倒せると思うなっ!!」

「はいはい、すごいすごい」

 矢継ぎ早に三つずつ。飛ばしていく度に補充し、絶え間なく同じところを狙い続ける。

 その一つ一つはこの距離なら低ランクの魔族ですらかすり傷程度の弱い威力。

 だが相手の足を止めるだけならそれで十分。潜在意識の中に、被弾したくないという感情がある以上はその魔術は避けるか剣ではじくしかない状況になっていく。

 その間にセルトは段々と彼との距離を空けていき、三十メートル程開いたところ。

「そろそろか。久々に使ったな、超近距離専用の緊急迎撃手段」

 あろうことかそこでセルトは魔力球の放出を止め、完全な丸腰状態になる。

 構えることもなく、指の一つも動かさない。自殺行為にしか見えないその所業。

「ははっ、万策尽きたか!? やっぱり距離を詰めれば意味の無いクズ魔術──」

 その隙を見逃さず、シュルキは今度こそ間合いを一気に詰めようとする。

 それを見たセルトは、右手の人差し指をゆっくりと立てた。

「──距離? 距離ならあるだろ、

 その直後、ごうおん。上空から降ってきた魔力球が演習場の地を抉り風が舞い上がる。

 彼の目の前数センチに着弾したそれは、その余波であっても多大なる威力を持つ。

 最初に浮かせていた四つの魔力球の内の一つを、セルトは上空に放出していた。

 それはまさしく天にすら届く勢い。その上昇距離は、実に数キロにも及ぶ。

 横に距離が無いのなら縦を使えばいい。時間さえ作れればそれは容易なことだった。

「遊べて楽しかったか? 俺はとってもつまらなかったよ」

 つちぼこりが晴れるより前に、セルトは今の一撃で彼が気絶していることが分かっていた。

 直撃はしておらず、何より制服に込められた魔術で生徒同士の攻撃で無駄な傷を負わないようになっている。どうやら、その衝撃に耐えきれず意識を手放しただけだった。

『……は? う、嘘だろ……』

 そしてギャラリーを含めた周りはその光景に対してぜんとしている。

 そしてまるで化け物でも見たかのように、彼等は一気に散っていった。

「……だる、無駄に疲れた。今日はもう帰って寝よ」

 そしてもうなんかどうでもよくなったセルトはゆったりと寮に向けて歩き出す。

 チームを探すのは明日から。セルトは明日の自分に全て任せることにしたのだった。

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