第一章『猫と鼠と協力関係』その8

「申し訳ありません……」

 朝の誰もいないグラウンドで、さくらみやさんが力ない声で謝った。

 少し離れたところでは、たくくんとひめさんが喧嘩をしていた。

 ……というのも、さくらみやさんが考えた少女漫画を参考にした作戦が失敗して以降、本来なら僕の作戦をやるはずだったんだ。

 それなのに、彼女はどうしても少女漫画の作戦をやりたがって、一度目みたく僕をドキドキさせては無理やり作戦を実行した。

 ……これは彼女の策にハマって、いちいちドキドキしちゃう僕も悪いんだけど。

 そうして強行した作戦は全て失敗。

 たったいま四度目の作戦も試したけど、これも失敗に終わったところだ。

 四度目の作戦は、誰もいないグラウンドで大声で好きな人に伝えたいことを叫ぶ、というもの。

 僕とさくらみやさんで示し合わせて、たくくんとひめさんを朝のグラウンドに呼び出したんだ。

 それから二人には僕とさくらみやさんがそれぞれ「今までごめん」くらい言ったら、と促してみたんだけど、結局は大声で罵倒し合っただけになっちゃった。

「やはりあなたの作戦をやるべきでしたね。申し訳ありません」

「そ、そんな謝らないでよ。た、たしかにさくらみやさんは全然僕の言うことを聞いてくれなかったけど、さくらみやさんが考えた作戦はどれもあと少しで成功しそうだったし」

 正直、少女漫画を参考にした作戦なんて、そうそう上手くいかないと思ってた。

 でも実際にやってみたら、あと少しで二人が一年生の最初の頃みたいに楽しく話せそうな時が何回かあったんだ。

 一番目の作戦だって、さくらみやさんの指示でひめさんが寝言でたくくんの名前を呟いたら、彼は嬉しがっていた。

 ……最終的には、ひめさんが恥ずかしがって寝言でたくくんの暴言を吐いちゃって、今みたいに言い合いになっちゃったけど。

 それでも、さくらみやさんの作戦は決して間違っていなかったんだ。

「僕の方こそごめんね。あまり考えもせずにさくらみやさんの作戦を否定して」

「何故あなたが謝るのですか。悪いのは私です」

 話している間、彼女の表情は一切変わらない……けれど、明らかに落ち込んでいることは感じ取れた。

さくらみやさん……」

 なんとか彼女に元気を出して欲しいと思った。

 こんな時こそ彼女の協力者の僕の出番だと。

 でも……一体どうすればいいんだろう……。

「ミャー」

 不意に聞き覚えのある鳴き声。

 声がした方には、ぽっちゃり系の白猫──マシュマロがいた。

 どうしてこんなところに……?

「今日は家に置いてきたつもりだったのですが、どうやら登校した時にあいさまと私に付いて来てしまったみたいですね」

「そういえばさくらみやさんとひめさんって、たしか……」

「毎朝、リムジンで学校まで来ています。きっとそれに乗ってきたのでしょう」

 マシュマロは気まぐれなので、と話すさくらみやさん。

 ね、猫がリムジンに……!!

 びっくりしてマシュマロの方を見る。

「ミャーゴ」

 マシュマロは嘲笑うかのような鳴き声を出した。

 す、すごいバカにされてる……。

「っ! そ、そうだ!」

 その時、ふとある考えが浮かんだ。

 これならさくらみやさんの元気が戻るかもしれない。

「マシュマロ、ちょっとごめんね」

 僕はマシュマロの体を抱き上げる。

 すると、マシュマロは「シャー」と睨みつけてきた。

「……何をやっているのですか?」

「そ、その、マシュマロに今から僕の作戦をやってもらうんだ。そしたら、たくくんとひめさんの仲が少しは良くなって、その……さくらみやさんが元気出してくれるかなって」

 と話している最中に、マシュマロはひっかき攻撃をしてきた。

「ちょっ、や、やめて! い、痛いよぉ……」

「やはり嫌われているみたいですね」

 さくらみやさんはマシュマロを抱いて、僕から引き離してくれる。

 うぅ、こんな時まで全く言うことを聞いてくれなかった……。

「マシュマロはあいさまと私以外には滅多に懐きませんから」

「そ、そうなんだ……」

 そういう情報はもっと早く知りたかったなぁ……。

「マシュマロ、あいさまのところへ行ってくれますか?」

「ミャー」

 マシュマロは返事をしたあと、たくくんとひめさんのところまで歩いていく。

 この作戦、成功して欲しいなぁ……。ド、ドキドキしてきた……。

 息を呑んで見守りつつ、チラッとさくらみやさんに視線を向ける。

 彼女はいつもの無表情のままだけど、ひめさんたちの方をじっと見ていて、たぶん僕と同じような気持ちなんだなって感じた。

「マシュマロ……! どうしてここにいますの?」

「お前は……」

 マシュマロが二人の下に辿り着くと、たくくんとひめさんの視線はマシュマロに集まり、 ピタリと喧嘩が止まった。

 先にたくくんがマシュマロのことを思い出すと、彼の話を聞いてひめさんの方もマシュマロが自身の恋のきっかけを作ってくれた猫だと思い出す。

 二人は目を合わせて、赤面した。

 きっとたくくんはひめさんのことを、ひめさんはたくくんのことを好きになった瞬間を思い浮かべたんだと思う。

 ついさっきまでのピリピリとした空気が、徐々に穏やかなものに変わっていく。

 そして、二人はマシュマロを助けた時のエピソードを中心に会話を交わし始めた。

 ぎこちないし、仲が良かった頃のようにはいかないけど、二人は普通に喋っていた。

「や、やった! 作戦成功だ!」

 喜んで隣にいるさくらみやさんの方を向くと、ピタッと視線が合った。

 びっくりしちゃって、思わず僕は自分の顔を明後日の方向へ。

「さ、さくらみやさん、その……ありがとう」

「どうしてあなたがお礼を言うのですか? 私を元気づけようとしてくれたのですから、感謝したいのはこちらの方です」

 さくらみやさんは少し視線を逸らしながら、

「……ありがとうございます」

 相変わらず表情は変わらない──けれど、ちょっぴり恥ずかしがっているように見えた。

 そんな彼女を可愛いと思ってしまい、鼓動が少しだけ速くなる。

「あの……一つだけ質問してもいい?」

「良いですよ。なんでしょうか?」

「そ、その、どうしてさくらみやさんは自分の作戦を強引に実行したの? 僕の作戦が、そんなに嫌だった……かな?」

 作戦を強行するさくらみやさんは、どう考えても様子がおかしかった。

 ひょっとしたら、僕の作戦にすごい不満があったのかもしれない。

「いいえ、そんなことはありませんよ」

 さくらみやさんは首を横に振ると、こんな告白をした。

「実は、今まで私はずっと一人であいさまの恋を叶えようとしていました」

「……そ、そうなの?」

「はい。……ですが一人ではなかなか上手くいかず、どうしようかと困っていた時、くんに協力関係になって欲しいと頼まれたのです」

 そうだったんだ……。

 じゃあさくらみやさんも僕と全く同じだったんだね。

「最初は本当にくんと協力をしようとしていました。けれど、初めて作戦会議をして、あなたのアイデアが私のよりもとても良くて……そ、その悔しくなってしまって……」

「そっか……。だから、自分が考えた作戦を強行したんだね」

「……酷い話ですよね」

 顔を俯けてしまうさくらみやさん。

 作戦を無理やり実行している間、彼女にも罪悪感があったんだと思う。

「そんなことないよ。僕はさくらみやさんの気持ち、よくわかるよ」

「えっ」

 戸惑っているさくらみやさん。

 でも、僕は本当に彼女の気持ちがわかっていた。

 僕だって小さい頃からずっとたくくんと一緒に過ごしてきて、一年間、ずっとたくくんの恋を応援し続けてきたんだ。

 たとえ協力関係の相手でも、他の人のアイデアでたくくんの恋が進展するかもしれないってなると、やっぱりちょっとは悔しくなっちゃうし、自分が情けなくも思えてくる。

「……怒らないのですか?」

「そ、そりゃさくらみやさんが強引に作戦をやっちゃって困ったけど、その……大切な人のために頑張ろうとして、逆に空回りしちゃうことはよくあるから」

 言い終えると、さくらみやさんは深く息を吐いた。

 な、何か気に障るようなこと言っちゃったかな……。

「あなたはおバカなくらいお人好しですね」

「そ、そうかな!」

「褒めていませんよ」

「そ、そうなんだ……」

 せっかくあのさくらみやさんに褒められたと思ったのに……。

「先ほど、引っかかれたところを見せてください」

「えっ……い、いいよ。これくらい大したことないし……」

「以前にも言いましたが、もし傷が深かったらどうするのですか。見せてください」

「じ、実はね……猫に引っかかれたところを他人に見せると、胸が苦しくなる病が……」

「変な嘘をついてもダメですよ。見せてください」

「……うん」

 押し切られてしまって、僕は過去二回と同様にビクつきながらひっかき傷を見せる。

 彼女はすぐに持っていたポーチから、ガーゼと消毒液を出してくれた。

 さくらみやさんとマシュマロを助けようとして、転んだ時と同じだ。

 すぐに傷口を消毒して、最後には絆創膏を貼ってくれた。

「これで、もう大丈夫ですね」

「そ、その……あ、ありがとう……」

「マシュマロが迷惑をかけたので、このくらい当然です」

 さくらみやさんはそう言うけど、いまわかった気がする。

 感情があまり表に出なくて、謎めいている時もあって、そこがちょっと恐かったりするけど──彼女の方こそ、お人好しなんだ。

 そうじゃないと、いちいち他人の傷を心配したり、治療したりしないもん。

 それ以外にも、転ばないように手を繋いでくれたり、口に付いたクリームを(舐め)取ってくれたり……。

 きっとさくらみやさんはとても優しい女の子なんだ。

くん」

 名前を呼ばれて、僕は視線を向ける。

 さくらみやさんは真っすぐにこちらを見つめていた。

「これからはきちんとくんと協力します。ですからもう一度、あいさまと王生いくるみくんの恋を叶えるお手伝いをさせてください」

 その言葉からは、これまでにないくらい真剣な思いが伝わってきた。

 きっといまの彼女なら、作戦を強行したりすることもないと思う。

「うん! 次は一緒に頑張ろうね!」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

 さくらみやさんは丁寧に頭を下げる。

 こうして改めて、僕とさくらみやさんは協力関係を結んだ。

 この時、僕は少しだけさくらみやさんと仲良くなれた気がした。



 その日以降、たくくんとひめさんの喧嘩はちょっぴり減って、ときどき前みたいに喋るようにもなったみたい。マシュマロ最高です。


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試し読みは以上です。


続きは2021年1月25日(月)発売

『きゅうそ、ねこに恋をする』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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