第一章『猫と鼠と協力関係』その8
「申し訳ありません……」
朝の誰もいないグラウンドで、
少し離れたところでは、
……というのも、
それなのに、彼女はどうしても少女漫画の作戦をやりたがって、一度目みたく僕をドキドキさせては無理やり作戦を実行した。
……これは彼女の策にハマって、いちいちドキドキしちゃう僕も悪いんだけど。
そうして強行した作戦は全て失敗。
たったいま四度目の作戦も試したけど、これも失敗に終わったところだ。
四度目の作戦は、誰もいないグラウンドで大声で好きな人に伝えたいことを叫ぶ、というもの。
僕と
それから二人には僕と
「やはりあなたの作戦をやるべきでしたね。申し訳ありません」
「そ、そんな謝らないでよ。た、たしかに
正直、少女漫画を参考にした作戦なんて、そうそう上手くいかないと思ってた。
でも実際にやってみたら、あと少しで二人が一年生の最初の頃みたいに楽しく話せそうな時が何回かあったんだ。
一番目の作戦だって、
……最終的には、
それでも、
「僕の方こそごめんね。あまり考えもせずに
「何故あなたが謝るのですか。悪いのは私です」
話している間、彼女の表情は一切変わらない……けれど、明らかに落ち込んでいることは感じ取れた。
「
なんとか彼女に元気を出して欲しいと思った。
こんな時こそ彼女の協力者の僕の出番だと。
でも……一体どうすればいいんだろう……。
「ミャー」
不意に聞き覚えのある鳴き声。
声がした方には、ぽっちゃり系の白猫──マシュマロがいた。
どうしてこんなところに……?
「今日は家に置いてきたつもりだったのですが、どうやら登校した時に
「そういえば
「毎朝、リムジンで学校まで来ています。きっとそれに乗ってきたのでしょう」
マシュマロは気まぐれなので、と話す
ね、猫がリムジンに……!!
びっくりしてマシュマロの方を見る。
「ミャーゴ」
マシュマロは嘲笑うかのような鳴き声を出した。
す、すごいバカにされてる……。
「っ! そ、そうだ!」
その時、ふとある考えが浮かんだ。
これなら
「マシュマロ、ちょっとごめんね」
僕はマシュマロの体を抱き上げる。
すると、マシュマロは「シャー」と睨みつけてきた。
「……何をやっているのですか?」
「そ、その、マシュマロに今から僕の作戦をやってもらうんだ。そしたら、
と話している最中に、マシュマロはひっかき攻撃をしてきた。
「ちょっ、や、やめて! い、痛いよぉ……」
「やはり嫌われているみたいですね」
うぅ、こんな時まで全く言うことを聞いてくれなかった……。
「マシュマロは
「そ、そうなんだ……」
そういう情報はもっと早く知りたかったなぁ……。
「マシュマロ、
「ミャー」
マシュマロは返事をしたあと、
この作戦、成功して欲しいなぁ……。ド、ドキドキしてきた……。
息を呑んで見守りつつ、チラッと
彼女はいつもの無表情のままだけど、
「マシュマロ……! どうしてここにいますの?」
「お前は……」
マシュマロが二人の下に辿り着くと、
先に
二人は目を合わせて、赤面した。
きっと
ついさっきまでのピリピリとした空気が、徐々に穏やかなものに変わっていく。
そして、二人はマシュマロを助けた時のエピソードを中心に会話を交わし始めた。
ぎこちないし、仲が良かった頃のようにはいかないけど、二人は普通に喋っていた。
「や、やった! 作戦成功だ!」
喜んで隣にいる
びっくりしちゃって、思わず僕は自分の顔を明後日の方向へ。
「さ、
「どうしてあなたがお礼を言うのですか? 私を元気づけようとしてくれたのですから、感謝したいのはこちらの方です」
「……ありがとうございます」
相変わらず表情は変わらない──けれど、ちょっぴり恥ずかしがっているように見えた。
そんな彼女を可愛いと思ってしまい、鼓動が少しだけ速くなる。
「あの……一つだけ質問してもいい?」
「良いですよ。なんでしょうか?」
「そ、その、どうして
作戦を強行する
ひょっとしたら、僕の作戦にすごい不満があったのかもしれない。
「いいえ、そんなことはありませんよ」
「実は、今まで私はずっと一人で
「……そ、そうなの?」
「はい。……ですが一人ではなかなか上手くいかず、どうしようかと困っていた時、
そうだったんだ……。
じゃあ
「最初は本当に
「そっか……。だから、自分が考えた作戦を強行したんだね」
「……酷い話ですよね」
顔を俯けてしまう
作戦を無理やり実行している間、彼女にも罪悪感があったんだと思う。
「そんなことないよ。僕は
「えっ」
戸惑っている
でも、僕は本当に彼女の気持ちがわかっていた。
僕だって小さい頃からずっと
たとえ協力関係の相手でも、他の人のアイデアで
「……怒らないのですか?」
「そ、そりゃ
言い終えると、
な、何か気に障るようなこと言っちゃったかな……。
「あなたはおバカなくらいお人好しですね」
「そ、そうかな!」
「褒めていませんよ」
「そ、そうなんだ……」
せっかくあの
「先ほど、引っかかれたところを見せてください」
「えっ……い、いいよ。これくらい大したことないし……」
「以前にも言いましたが、もし傷が深かったらどうするのですか。見せてください」
「じ、実はね……猫に引っかかれたところを他人に見せると、胸が苦しくなる病が……」
「変な嘘をついてもダメですよ。見せてください」
「……うん」
押し切られてしまって、僕は過去二回と同様にビクつきながらひっかき傷を見せる。
彼女はすぐに持っていたポーチから、ガーゼと消毒液を出してくれた。
すぐに傷口を消毒して、最後には絆創膏を貼ってくれた。
「これで、もう大丈夫ですね」
「そ、その……あ、ありがとう……」
「マシュマロが迷惑をかけたので、このくらい当然です」
感情があまり表に出なくて、謎めいている時もあって、そこがちょっと恐かったりするけど──彼女の方こそ、お人好しなんだ。
そうじゃないと、いちいち他人の傷を心配したり、治療したりしないもん。
それ以外にも、転ばないように手を繋いでくれたり、口に付いたクリームを(舐め)取ってくれたり……。
きっと
「
名前を呼ばれて、僕は視線を向ける。
「これからはきちんと
その言葉からは、これまでにないくらい真剣な思いが伝わってきた。
きっといまの彼女なら、作戦を強行したりすることもないと思う。
「うん! 次は一緒に頑張ろうね!」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
こうして改めて、僕と
この時、僕は少しだけ
その日以降、
------------------------------
試し読みは以上です。
続きは2021年1月25日(月)発売
『きゅうそ、ねこに恋をする』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
------------------------------