第一章『猫と鼠と協力関係』その7

 そして迎えた翌日。僕は朝一番に登校していた。

 作戦決行の予定時間は放課後なんだけど、何故かさくらみやさんから呼び出されたんだ。

 あっ、ところで昨日練った作戦の内容はこんな感じ。

 下校途中、僕とさくらみやさんで協力して、たくくんとひめさんが鉢合わせるようにする。その後、二人の間にマシュマロを投入するんだ。

 何故マシュマロなのかというと、それにはちゃんと理由がある。

 昨日さくらみやさんから、ひめさんがたくくんのことが好きになるきっかけを作ったのは、マシュマロだって聞いたけど、実はそれはたくくんにも当てはまることだった。

 木から落ちてしまったひめさんを助けたあと、たくくんは「今度は俺がやる」と言って、木に登ってマシュマロを助けたんだ。

 だけど、木から下りる時に枝が折れて、着地した時に足を捻っちゃったんだ。

 そんなたくくんを見て、ひめさんはバスケ部の彼が常備しているテーピングを使って、なんとか手当てしようとした。

 ……でも、全然上手くはいかなかった。

 それでも不器用なりに一生懸命治療しようとしてくれたひめさんを見て、たくくんは恋に落ちたんだ。

 なんでこんなことを知っているかというと、僕もその場にいたから。

 まだ一切話したことなかったさくらみやさんとひめさんに近づくのが恐くて、ちょっと離れてはいたけど……。

 でも驚いたなぁ。マシュマロがあの時の白猫だったなんて。

 当時よりだいぶぽっちゃりになっていて、全く気付かなかったよ。

 たくくんとひめさんの恋を生んだマシュマロなら、二人をまた昔みたいに楽しく話せるような関係に戻してくれるはず。

「……で、どうしてさくらみやさんはこんな朝早い時間に呼び出したんだろう」

 もしや告白! ……なわけないよね。

 さくらみやさんって、自分の恋愛とか興味なさそうだし。

 それ以前に僕みたいなやつが誰かに告白されるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないよ。

「っ!」

 教室に入ると、さくらみやさんが自分の席で眠っていた。

 すやすやと寝息を立てて。

「……か、可愛い」

 昨日みたいに思わず呟いてしまった。

 ね、寝ているから聞かれてないよね! セーフだよね!

 なんて安心している次の瞬間、

くん……」

 寝ているはずのさくらみやさんが呟いた。

 起きちゃったのかと思って慌てて見ると、彼女はまだ気持ちよさそうに眠っている。

 ……じゃあ、いまのは寝言?

 寝言で僕の名前を言っちゃったのかな。

 そう考えると、急に鼓動が速くなってきた。

 た、たぶん偶然だろうけど……でも、もしさくらみやさんが寝ている時でも考えちゃうくらい、僕のことを想ってくれているなら……。

 ひょ、ひょっとしたら彼女は僕のことが好きなんじゃ……。

「おはようございます、くん」

「うわぁぁぁぁ!」

 全力で叫んだ。

くん、一旦落ち着きましょう」

「……ご、ごめんなさい」

 とりあえず謝ったけど、未だに状況が把握できていない。

 さくらみやさんはついさっきまで寝てたはずなのに。

「ドキドキしましたか?」

「え、な、なんのこと?」

 本当に何を言っているのかわからなくて、僕は問い返す。

「私が寝言であなたの名前を呟いたでしょう。それにドキドキしましたか?」

「え、えっと……」

「ドキドキしましたか? ドキドキしてませんか?」

「は、はいぃぃ! ド、ドキドキしましたぁぁぁぁ!」

 グイグイと迫られて、僕はビビりまくりながら正直に答えてしまった。

 こ、これって何? こ、恐いよぉ……。

「では、作戦はこれにしましょう」

 困惑していると、続けざまにさくらみやさんがわけのわからないことを言い出した。

「……作戦って、どういうこと?」

「本日に実行する作戦のことです。ただいま『眠っているあいさまが王生いくるみくんの名前を呟いちゃう作戦』に変更されました」

「えぇ!? だ、ダメだよぉ!?」

「何故ですか? あなたはドキドキしたと言ったでしょう」

「うぅ、そ、それはそうだけど……でも昨日、ちゃんと一緒に決めたんだし……」

「昨晩考え直した結果、やはり少女漫画を参考にした作戦が一番良いと判断したのです」

「えっ、いまのやつって少女漫画に出てくるの!?」

 さくらみやさん、諦めてなかったんだ……。

「と、とにかく、その……ダメだよぉ」

「そうですか……。では、最終手段を使うしかありませんね」

 急にさくらみやさんはこっちに近寄ってくる。

 また何かされちゃうんだ、と思った僕は恐くて、自然と後ろに下がってしまう。

 けれど、さくらみやさんは足を止めず、どんどん接近してくる。

「あっ」

 背中が壁に当たって、逃げ場がなくなっちゃった。

 すると、さくらみやさんは目の前で止まって、大きく手を振り上げる。

 ひいぃぃぃぃっ!? な、殴られるぅぅぅぅ!?

 そう思って、僕は反射的に目を瞑った。

 

 ドンッ!

 

 大きな音が響く。……でも、痛みはなかった。

 恐る恐る目を開くと、さくらみやさんの手は僕の顔の横を通り過ぎて、壁を突いていた。

 要するに、少女漫画で定番の『壁ドン』をされていたんだ。

 彼女の方が背が高いため、見下ろされる形になる。

「どうですか? ドキドキしていますか?」

「あっ、え、うぅ……」

 彼女が言った通り、ドキドキしている……けどそれを認めちゃったら、今日の作戦を変えられちゃう。こ、ここは我慢だ……。

「これでもまだダメですか」

 さくらみやさんは僕の顎をつまむと、強引に持ち上げる。

 今度は『顎クイ』をされちゃった……。

 そのせいで、彼女と超至近距離で目が合う。

 ち、近すぎるぅ……!!

「これならドキドキしているでしょう?」

「う、うぅ……」

「私の作戦を実行しないなら、クラスメイトが来るまでずっとこのままですよ」

「そ、そんなぁ……やめてよぉ……」

「いいえ、やめません」

 さくらみやさんは本気だった。

 そんなことされたら、他の生徒たちに誤解されちゃう……。

「わ、わかったよぉ、さくらみやさんの作戦で良いから放してよぉ」

「言いましたね? 男に二言はありませんね?」

 こくこくと頷く。

 それでようやくさくらみやさんから解放された。

 ……恐すぎて恥ずかしすぎて、死ぬかと思ったぁ。

 猫に食べられそうになる、鼠の気持ちがすごくわかった気がしたよ……。

「では、今日の作戦は『眠っているあいさまが王生いくるみくんの名前を呟いちゃって、壁ドン顎クイもしちゃうよ作戦』に変更ということで」

「な、なんか増えてない……?」

「……気のせいですよ?」

 絶対に気のせいじゃない。

 でも、これ以上彼女に何か言えるような気力がもう僕にはなかった。

 うぅ、僕って情けないなぁ……。

 結局、今日は僕が考えた作戦じゃなくて、さくらみやさんの作戦を実行することになった。

 ……でもいまのさくらみやさん、明らかにおかしかったよね。なんか色々と強引だったし。何かあったのかな……?


 同日の放課後、さくらみやさん考案の『眠っているあいさまが王生いくるみくんの名前を呟いちゃって、壁ドン顎クイもしちゃうよ作戦』が実行された。

 結果、作戦は大失敗に終わった。

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