第一章 電子荒廃都市《サイバーパンクシティ》・新宿(6)
くつくつと背中を丸めて笑う少女にベルトールは近付いて、古エルド語訛りが強い共通語で声を掛ける。
「そこな女」
「え?」
少女はびくりと肩を震わせ、周囲を見回す。
「其方だ、黒髪の」
「あ、あたし?」
「うむ」
自分の顔を指差す少女に、ベルトールは鷹揚に頷いた。
キョロキョロと周囲を窺いながら、警戒心を丸出しにして少女が口を開いた。
「な、何?」
「其方、今何をした?」
ベルトールは腕を組み、顎で広告を指す。
「え、な、なんの事かな~? あたしわかんなーい、バグかなんかじゃないのぉ?」
両手を頭の後ろに回し、足を交差させて明後日の方向に視線を泳がせて少女は気の抜けた口笛を吹いた。
「余を前に空言を弄するな。其の方の周囲の霊素が揺らいでからそこな投影像が変じただろう。霊素の揺れと投影像に意識が向いていたのは周囲では其の方だけ。であれば、何かしたと考えるのが自然であろう」
ベルトールの言葉に、少女は目の色を変えた。警戒と驚愕を濃くして、だ。
「……霊素の揺れであたしのハッキングを見破った……? そんなのありえない。
「ふっ、余の姿を見て何者と問うとは。蒙昧は罪であるが、今日は余の再誕を記念する祝日である」
「いや普通に平日だけど……」
「なので特別に恩赦をやろう」
「あーはいはい。いいから、あんた何者なの?」
如何にもめんどくさそうな視線で少女はベルトールを見ながら訊ねる。
視線なぞ気にもせず、ベルトールは両腕を大きく広げて天を仰ぎ、瞳を伏せ、言った。
「――魔王だ」
「――まじで何言ってんの?」
「よもや余の顔を知らぬというわけではあるまい?」
「いや知らんけども……」
全く信じていないという目で少女はベルトールを見るが、すぐに溜息と共に肩を竦めて視線を逸らす。
「それで、あたしを捕まえて都市警察にでも突き出す気? そんな正義感発揮したところで都市警察クソだから報奨なんて出ないよ」
「よくわからんが憲兵の類には突き出さぬわ、安心しろ」
ベルトールの言葉に、少女はほっとした様子で胸を撫で下ろした。
「それで、何の用?」
「先程のアレだが、どういう類の魔法だ? 霊素の揺れの感じで、虚像投影に何かしらを仕掛けたのはわかるが、原理がわからん。この余ですら理解が及ばぬ魔導の技術を用いたであろう其方に少し興味が湧いたのだ。余が初見で見抜けなかったとは中々の手練であろう。立ち振舞にも実力から来る自信が見える」
ベルトールの言葉に気を良くしたのか、少女はだらしない笑みを浮かべる。
「え~そんな~、別に大した事してないって~単なるハッキングよ、ハッキング」
声のトーンが少し上がり、ウキウキとした声音で少女は言った。
「はっきんぐ……?」
「そ。
「そ、そうか……」
「そ。ま、そこらにいる並のハッカー程度なら見抜けないくらいの脆弱性だけどね、スーパー天才美少女ハッカーであるあたしにだからこそ見破れたし、脆弱性を突く事もできたのよ。それで――」
止まることなく早口で捲し立てる少女に、ベルトールは戸惑って口を挟めずにいた。
「ああ、それと」
「んで結局術式変動アルゴリズム自体に――何? 今ちょうどノってきた所なんだけど」
いつまでも喋っていそうな少女の話を強引に止めるように、ベルトールが制す。
「マルキュスという名前の男を知っているか?」
「マルキュス?」
不死狩りというものがあったのであれば、無事ならばまだどこかに身を潜めている可能性が高い。
こんな所でたまたま出会っただけの少女が、マルキュスの名前を知っているなどという都合のいい事態になるとは端から期待していない。
だがベルトールの思考とは裏腹に、返ってきた答えは予想外のものであった。
「それってIHMIの社長の事? それなら知ってるよ」
「何……?」
「あそこ」
少女は遠方を指差す。
指の先には、新エルヴン調の白亜の巨塔。
「IHMIの本社ビル。あそこに行けば居場所わかるんじゃない? マルキュスって言ったらあそこの社長で有名だもん」
ベルトールはじっと、天を衝く摩天楼を見た。
これから彼が対峙する“真実”と“運命”を知らぬまま――。
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第1巻の試し読みは以上です。
続きは2021年1月20日(水)発売
『魔王2099 1.
でお楽しみください!
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