プロローグ 剣と魔法のファンタジー

 大陸暦一五九九年、ドラゴンの月、十二日。

 地下魔王城逆天守、玉座の間。

 その一閃を以て、アルネスに存在するとある一つの物語が終焉を迎える。

 流麗であった。

 勇者がその手に持つ白銀の剣から放たれた斬撃は、一条の光となって大気を切り、霊素エーテルを裂き、宿業を断ち――魔王を斬った。

 ヒトと魔族の生存競争、定命モータル不死イモータルの覇権をかけた戦争、勇者と魔王の最終決戦、後の世で『不死戦争』と呼ばれるその戦争は、ここに勇者を旗頭とする定命の軍勢の勝利で決着が付いたのである。

 戦場と化した魔王城の玉座の間は、一瞬の轟音の後に静寂に包まれた。

 禍々しくも荘厳な玉座の間は、先の戦闘で柱は折れ、真紅の絨毯はぼろ布となり、玉座は粉々に砕け散っている。

 相対するは二つの影。

 此方、青の外套の下に白銀の軽装鎧を纏い、眩い輝きを放つ銀の聖剣イクサソルデをその手に携え、剣の輝きよりも更に煌めく意思の光をその瞳に宿した、金髪碧眼の人間の青年。

 彼方、捩くれた二本の角を戴く竜の頭蓋を頭部とし、闇が滲んだかのような漆黒の片刃剣、魔剣ベルナルを持ち、同色の外套に身を包んだ巨大な異形。

 天を穿つような二本の角は今や片方が半ばから折れ、竜の頭蓋も大きな切創と何条もの罅が走っている。

 異形がその顎を開き、霊素を震わせた。

「見事だ、勇者よ」

 儼乎たる声音で、臓腑に響くような低い声が玉座の間に響き渡る。

 魔王はその手に持つ魔剣を取り落し、剣は黒い霞となって散っていく。

 勇者によって体を両断され、致命の一撃を受けた魔王は、その巨大な異形の身体の末端から枯れ葉のように崩れていき、闇色の外套の中から長い黒髪の男が姿を現し、投げ出されるように地に膝をつく。

 それは、異形と化していた魔王の本来の姿であった。

「よくぞ……よくぞ定命の身で余を討ち倒した……その強さ、そして何よりもその勇気を余は称えよう」

 魔王は己を打ち倒した勇者に、心からの惜しみない賞賛の言葉を投げかける。

「そう、か」

 勇者は目を閉じ、魔王の言葉を噛み締めるように聞き入っていた。

「君も強かった……本当に……」

「……」

 魔王も、勇者の言葉に沈黙で返す。

 互いに憎むべき仇敵であり、最大の宿敵であり、唾棄すべき怨敵であり、自らの正義に対する滅ぼすべき悪である。

 しかし戦いの果て、両者の心の中はとても晴れやかであった。戦いを通じて、怒りや憎しみといった感情の外の境地へと達していた。

「何故負けた」

 魔王は勇者に問い掛ける。

「余は、何故負けた……何故、貴様は勝てたのだ……」

 魔王は不死の魔族だ。

 例え手足がもがれようとも再生し、心臓や頭が潰れようとも死ぬ事はない。生命の理から逸脱したモノ――不死イモータル

 魂が存在する限り生き続ける死を超克した存在。

 だが彼は今、終焉の時を迎えようとしている。

 幾度も聖剣から受けたダメージは、魔王の魂を枯渇させた。肉体の死ではなく、魂の滅び。それこそが魔王の終焉であった。

 身体はもうほとんど動かす事ができず、魂の残り火も後わずか。ただ塵へと帰り、滅びゆく運命である。

「軍略も、軍勢も、そして余も……何もかも全て、ちっぽけで儚い定命より勝っていた……何一つ、劣っているものなどなかった……負けるはずなどなかった……だが余は、余達は負け、貴様が勝った。何故だ? 教えてくれ、勇者よ」

 魔王の問い掛けに、勇者は答える。

「……命だ」

「命……?」

「僕達には命がある。君達にとってはちっぽけで儚くて、弱く短い命かもしれない。無限の命を持つ君達の方が優れているのかもしれない」

 だけど、と勇者は続ける。

「だからこそ、弱く儚い僕たちは必死に生き足掻く、弱いからこそ強くあろうとする。だから、僕は……僕達はそこに命の輝きを見出したから、勝てたんだよ。きっと」

「……ふざけるな。そんなくだらないものに、余が負けたなどと……」

「別にふざけてなんていないよ」

「命の輝き……認められん、そんなものは……」

 勇者の言葉は悠久の時を生きてきた不死にとって、理解できないものであった。あるいはそれは、遥か昔に持ち合わせ、そして忘れてしまったものなのだろう。

「それでも僕たちが勝った。これはヒトの持つ光の勝利なんだと、僕はそう信じている」

「………………心せよ勇者よ。ヒトの光が在る所には闇もまた存在する。そして闇が在る限り余は何度でも光の前に現れよう、世は不死の王ではなく不滅の王なのだから」

「ならば、僕は何度でも闇に立ち向かうよ」

 そう迷いなく言葉にした勇者の瞳には、希望の光が満ちていた。


「さらばだ、我が最大の怨敵――勇者グラム」


「さらばだ、我が最悪の宿敵――魔王ベルトール」


 勇者は聖剣を振り上げる。

 そして、魔王ベルトールの頭を勇者グラムは斬り落とした。

 魔王の眼に僅かに宿っていた光が霧散し、その体も黒い砂のように散っていき、やがて虚空へと溶けるように消えていく。

 その様子を、勇者は己の目に焼き付けるように見つめていた。

「……帰ろう、皆の場所へ」

 剣を杖代わりにして疲れ切った体を起こし、勇者は希望に満ちた明日へと歩みだす。



 ――終幕。



 なれど世界は続いていく。

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