第1章 悪徳領主 その3

    *


 問題は生き残る方法。つまり戦略だ。

 いくつか考えはある。

 最も重要なのはナルヤ王国軍が俺という存在をまったく知らないという点。つまり、彼らは俺がを知らないということ。

 これを最大限利用しなければならない。

 ただ、心配なのは我がエイントリアン領地軍の現状。

 領主がこんな調子なのだから、その下の軍隊がまともなはずがない。

 実際にゲーム内の歴史でも何の反抗もできずに敗北していたから、酷い状態のはず。

 まずは我が軍の現状を把握することが先だ。

 自分を知ることは敵を知ること以上に大事だ。それが兵法の基礎でもある。

 ひとまず、俺は侍従長を呼んで言った。

「侍従長。これからへいえいに向かう」

「兵営ですか? 何かご用でしたら指揮官をお呼びしますが」

「いいや、俺が直接行こう」

「では、すぐに馬車を用意します」

 侍従長は慌ただしく外へ飛び出して行った。

 領主の悪評はこんな時に大いに役立つ。失言をして命を落とした者が何人もいるようだ。気になることがあっても訊かない雰囲気。俺が何をしようとしているのかを一々説明していられる状況でもないため、その点はかなり助かった。

 やがて侍従長が戻ってきた。彼の後について行くと領主城の外に馬車が用意されていた。屋根付きのごうな馬車だ。興味深かったがそれを表情には出さずに馬車に乗り込んだ。馬車の中はそれほど広くはなかった。4人乗りくらいだろう。自動車の前後の座席をつなげた広さとでもいおうか。

 侍従長は自ら馬車を走らせるつもりか中には入って来なかった。俺はひとり心おきなく馬車の中を見回した。

 すぐに馬車が動き出す。ガタンッという音と共に体が浮く感じがした。乗り心地は最悪。すぐにものいをしてしまうレベル。

 おえっ。

 ガタガタ揺れる度に吐きそうになった。酷い揺れだ。やはり自動車とは比べ物にならない。まあ、技術力の差は大きい。

 必死に吐き気をこらえてシートにもたれていると、間もなく馬車が止まった。

「ご主人様。到着いたしました」

 俺はすぐに外へ飛び出した。車外の風にあたると少し吐き気がおさまった。これは、慣れるまで大変そうだ。軽く深呼吸をして周囲を見回す。

 木造の兵舎が目に留まった。俺が知る限り、このゲームでは都市にある兵営は都市の治安を担当する。さらに、領地軍の指揮部がある場所でもあった。おそらくエイントリアンも同じはず。

 俺はひとまずスキルで情報を確認した。


[エイントリアン領兵営]

[兵力:1200人]

:20]


 情報を見た俺は思わず頭を抱えた。

 そして、思わずしつしようを漏らした。兵力の士気がたったの20だ。最大値が100だから20という数値はほとんど最低に近い。

 さすが悪徳領主エルヒンの軍隊。だから何の抵抗もできずに囮部隊に全滅するんだ。

 兵力はエイントリアン全軍ではなく、都市の守備を担当している兵力の数を表したものである。多くもなく少なくもなく程よい数字だ。

 ここ以外にもエイントリアン領地の各地に兵営は存在する。都市は領主城がある領地の中心部で、その周りに農業をいとなむ広い領土がある。まあ、農耕社会の時代だから。

 他の兵営の士気もこれより高そうには思えない。俺はその現実にめまいがしそうになるのを何とかこらえて兵営の中へと入って行った。れんぺいじようでは兵士たちがあちこちに集まっていた。訓練中かと思いきやすぐにそれが浅はかな考えであることに気づいた。

 兵士たちは練兵場のあちこちでを開いていたのだ。簡単なすごろくからカードの類いまで、あらゆる種類の賭博が行われていた。

 一瞬、俺は目を疑った。これが本当に兵営だというのか?

 それも領主が練兵場に入ってきたというのに警備兵の姿もなく誰も気づいていない。慌てて身を乗り出そうとする侍従長を制して、俺はサイコロを投げようとする兵士のえりくびつかんで思いっきり引き寄せた。

「何だ、てめぇ!」

 引っ張られた兵士はサイコロを持ったまま激怒して振り向いた。そして俺と目が合う。

「ヒェェエエエッ! りょ、領主様! 申し訳ありませんっ。い、いつお見えに……!」

 彼は一目で俺に気づくとすぐさま地べたにひれ伏す。領主の悪名は兵士たちの間でもこう覿てきめんだ。

「もういい。それより、今すぐ指揮官を呼んできてくれ」

「か、かしこまりました! うわあああああっ!」

 兵士はすぐに立ち上がり叫びながら走って行った。彼がそんなふうにぜつきようしたおかげで、周囲の兵士も俺に気づいてきようがくして全員立ち上がり気をつけの姿勢をとった。ここまでくると、領主そのものがほとんど災害レベルなのでは?

 まあ、今重要なのは指揮官だ。俺は練兵場の中央にある建物、すなわち軍の指揮部へと足を運んだ。先ほどの兵士が駆けこんで行った場所でもある。

「おい、こんなに盛り上がってるってのに何なんだ」

「その……。領主様が……領主様がお見えになられました!」

 指揮官たちも集まってポーカーをしていた。こっちでは外の賭博とはけたちがいの大金が積まれている。指揮官がこんな調子だから兵士たちも朝から賭博にふけっているわけだ。本当に未来がない。

かつがお見えになられただと? ……ハッ! 閣下!」

 その指揮官とおぼしき男は俺に気づくと兵士を押しのけて駆け寄ってきた。一緒に賭博をしていた階級の高そうな軍人たちも、俺を見るなり立ち上がって姿勢を正す。

 そして、閣下。

 これはこうしやくからはくしやくまでの高位貴族の呼び方だ。この呼び方は貴族同士で使われる呼称でもあった。平民は領主と呼び、閣下とは呼べない。エルヒン・エイントリアンは領地を持つ高位貴族だ。そう、今の俺はなんと伯爵だった。

 そして、軍の指揮官ともなればこっちも貴族。もちろん下位貴族だが。おそらくだんしやくくらいだろう。それに、エイントリアン家の家臣でもある。


[バーク・ゴードン]

しやく:男爵]

[年齢:38歳]

[武力:33]

[知力:23]

[指揮:20]


[所属:エイントリアン領地軍の指揮官]

[所属内の民心:10]


 情報を確かめた。やはり思った通りだ。まさに無能そのもの。指揮官のくせに武力数値が一般の兵士よりも低い。貴族だから指揮官になった、まあそんなところだろう。だが、家臣に無能な貴族を雇うことはあっても、軍の指揮官につかせていただと?

 いくら元のエルヒンが無能だとはいえ、これは酷い。

「朝から何かご用で? へへッ」

 俺の元に歩み寄ってきたバークは両手のひらをわせながら笑い出した。それを見てわかった。エルヒンは親しさから彼を指揮官に任命したようだ。軍を荒らそうと気にも留めず、親しい家臣を取り立てたという感じか。

 そして、エルヒンと親しいということ。それは言うまでもなくクズという証拠だ。

「外の賭博は君の指示か?」

「はい、もちろんです。閣下がお許しくださったことですから。賭博をする者は私に賭博税を納める義務がありますので。ハハハッ」

 賭博税? ばかばかしい。俺は首を横に振って侍従長の耳もとでささやいた。

「侍従長」

「はい、ご主人様」

「あの者がずっと軍の指揮官を?」

「いえ。前領主の時は別の者が……」

「俺が変えたのか?」

「はい。さ、ようでございます」

 そういうことか。

 前領主。つまり、エルヒンの父親は数年前に病死した。

 エルヒンは家督を継いでまだ間もない。自分を制御していた父親が死ぬなり、彼は水を得た魚のようにあらゆる悪行を働くようになったらしい。

「では、前指揮官は今どこに?」

「……はい?」

「前指揮官はどこにいるのかと訊いているんだ」

 エルヒンが交代させたのなら、少なくとも目の前の男よりは優秀な人物だろう。

 暗君がちゆうしんを遠ざけようとするのは不変の真理だろ?

「ハディン男爵はろうごくかんきんされています」

「ほう、そうか」

 幸いにも、死んではいないようだ。貴族だからか? まあ、そこはよかった。指揮官に相応ふさわしい人物を一日で探し出すのは大変だが、有力候補がいるともなれば話は別だ。

 もちろん、その候補者をよく調べた上で決めることだが。

「つまり、君が訓練時間に賭博をさせたんだな?」

「そそ、そうですが?」

 俺と侍従長のひそひそ話は聞こえていないだろうが、何だか雰囲気が怪しいことに気づいたのかバークはげんな表情になった。

「すぐに指揮官バークを牢獄にぶち込め! 軍のこうを乱した罪を問う!」

 彼の目の前で俺は厳命を下した。バークは驚きのあまり飛び跳ねる。

「かっ、閣下! どういうことですか!? ……エルヒン閣下! 私はゴードンですぞ!」

 だからどうしたっていうんだ。答える必要もない。

 これ以上相手にする価値もない男だった。


    *


 牢獄はさつばつとしていた。

 地下に造られていて、かろうじてろうそくの薄明かりだけが灯されている。長いこと監禁されたりなんかしたら、本当に精神を病んでしまいそうなところだった。

「おいっ、放せ! 閣下! 閣下ぁぁぁああ! どうしてこんなことを! 閣下っっ!」

 牢獄にぶち込まれて騒ぎ立てるゴードンを無視して前指揮官のもとへ向かった。軍の指揮官が監禁されるという事態に緊張が走ったのか、牢獄のかんしゆちようはロボットのような動きで俺を案内した。

「こ、こちらに……ハディン男爵が監禁されています!」

 背筋を伸ばし姿勢を正して声を張る看守長。

「大声を出さなくていい。黙って牢獄の扉を開けてくれ」

 俺のその言葉に看守長は慌てて両手で口を塞ぐ。そして、へいこらしながら牢獄の扉を開けて後ろに下がった。

 牢獄の中に入ると、壁にもたれて座り込むひとりの男の姿が見えた。しようすいしている。

「閣下……?」

 すぐに[情報確認]を使った。

 明日の戦いに命がかかっている俺は切実な思いで情報を確認した。


[ハディン・メルヤ]

[年齢:45歳]

[武力:60]

[知力:57]

[指揮:70]


[所属:現所属なし]

[所属内の民心:75]


 へぇ。まあ、この程度なら悪くはない。バークの能力値を見た後だからか、この能力値を見たら目が浄化されたような気がした。

 兵士の平均武力は30から40ほどである。

 60という武力はそれほど大した数値ではないが、すい退たいしきったエイントリアン領地軍に指揮ができるまともな人材がいるということだけでも少しほっとした。

 このゲームで数値が90を超えるA級の能力値を持つ者は珍しい。100以上のS級ともなればかなり貴重だ。

 それに、どのみち重要なのは指揮の数値。すぐに必要なのは鳥合の衆と化した部隊を率いる指揮官なのだが、指揮が70ともなれば申し分なかった。

「閣下! こんなところまで、何かご用で……」

「ハディン男爵。君、実戦の経験は?」

 俺は彼の言葉を遮った。今は俺につくよう説得などしている時間はない。だから、このまま領主の権限で任命した方が早い。この人材を完全に掌握するのは明日の戦争で生き残ってからでも十分だ。

「実戦ですか? もちろんです。二十年前は規模の大小を問わず戦闘がひんぱつしていましたし、私はその時も軍にいましたが……」

 そうか。確かに、今の彼が45歳だから二十年前とはいえ当時は25歳だ。貴族であっても、下位貴族は軍にほうしよくする場合も多いため、ある意味当然なことではあった。

「よし、ハディン男爵。今から君をエイントリアン領地軍の指揮官に復帰させる!」

「え……? かかか、閣下! それは本当ですか?」

「君が復帰してまずやるべきことは、国境の警戒兵を除くエイントリアンの全兵力を城郭の西門前に召集することだ」

 驚きのあまり思考が止まってしまったのか、目を瞬かせるだけのハディンにそう命令して、俺は牢獄から出てきた。

 領主の命令は絶対だ。

 身分制社会における身分の違いは絶対的。

 そして俺は高位貴族の伯爵。

 こくじようや反乱を起こしたところで、王国全域で犯罪者として追われる。

 領主にこうめいする存在はいないと言っても過言ではない時代というわけだ。

 だから、その権限も悪名も最大限利用して生き残れるよう戦略を練る。

 必ず生き残るために。

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