第1章 悪徳領主 その1

[レベル99を達成!]

[天下統一に成功しました]


 ゲーム内でメッセージがきらめいた。俺が最近すっかりはまっているこのゲームは、異世界の戦国時代を背景にしたものである。

 ゲーム発売日から夢中でプレイし続けた結果、ついに天下統一に成功した。


[運営からメッセージが届きました]


 ゲームを完全攻略した瞬間、初めて見るメッセージウィンドウが現れた。運営が直接メッセージを送ってくることがあるのか?

 ソロプレイゲームだが、戦略スコアが集計されてプレイヤーランキングが作成される。だから一応はネットに繫がっているし、メッセージを受信できる環境なのは確かだ。

 何か特典でももらえるのか? アイテムとか?

 好奇心を刺激されて、ひとまずメッセージウィンドウをクリックした。すると、また別のメッセージがずらずらと画面に表示された。


[ゲームの運営は、あなたの戦略を高く評価します]

[栄光に挑戦しましょう。これは、ランキング1位のあなただけに与えられる特典です]


[特典のご案内]

[栄光に挑戦する準備ができたら、まずは特典をかくとくしましょう。特典は、始まりのMAPから探検を通じて手に入れることができます]


『栄光』だと?

 まさか、続編でもあるのか? ゲームは完全攻略した。こんとんとした戦乱の時代、田舎町の主人公から始めて王となり、天下統一を成し遂げた。

 二周目にはあまり楽しさを見出せそうにないためプレイする気はなかったが、特典という言葉には少しかれた。

 そこまではっきり言われると隠されたストーリーがあるようにも思えてくる。

 始まりのMAPのどこだ?

 好奇心が爆発した。これでは攻略したのにすっきりしない。だから特典を探し回った。

 しかし、いくらゲーム内のMAPを探し回っても特典など見当たらなかった。

 運営の悪戯か?

 ここまでくるとそうとしか考えられない。パソコンから開発会社のホームページに入った。問い合わせフォームが設置されていたため、現れたメッセージの意味について質問のメールを送った。

 もし悪戯いたずらならがつんと言ってやろうと思いながら時計をながめた。

 運営からのメッセージによってゲームを攻略した達成感は消え、疲れだけがどっと押し寄せてきた。もう夜中の3時だ。問い合わせメールに返信がくる時間でもなかった。

「ふはぁ~あ!」

 自然とあくびが出たから仕方なくゲームの電源を落とした。いや、落とそうとした。その瞬間、急に意識が薄れた。周囲がやみに染まり、俺はひどいめまいに襲われた。


    *


 目を覚ました。

 今日もいつも通り始まった一日。伸びをしながらあくびをした。俺の習慣だ。これをすると、起きた時に少しすっきりした気分になる。


「えっ?」


 ところが、目の前の風景にまったく見覚えがなかった。寝ぼけているのかと思い、一旦目を閉じた。そして、目をこすってからまた開ける。

 しかし、見覚えのない風景であることには変わりなかった。

 誰かの家?

 生まれて初めて見る寝室だ。それもごうせいな中世ヨーロッパ風の寝室。

 別に酒に酔っているわけでもない。

 あっ!

 その時初めて思い出した。ゲームの電源を落とそうとしたら目の前が真っ暗になり、酷いめまいに襲われて意識を失ってしまったということを!

 何だ? 意識を失って夢でも見ているのか?

 どうにか目が覚めないかと俺はすぐにほおをつねった。

「うあっっ!」

 痛かった。強くつねりすぎた。

 だが、これでひとつ確実なのは夢ではないということ。

 夢の中で痛みを感じるはずがない!

 おそらく気を失ってからこの場所に移されたのだろう。

 俺はぞっとしながら、もう一度周囲を見回した。

 でもされたのか?

 一体、ここはどこなんだ?

 ベッドの正面の窓へ歩み寄り、カーテンのようなものを開けた。

 窓を開けて、外の風景を眺める。

 そこには……。

「これは一体?」

 思わずうつろなひとごとが飛び出す。開いた口がふさがらなかった。俺の知る風景ではない。ビルの森が広がる都市ではなく、一階建てから二階建ての建物が集まっている、そんな風景だった。そんな都市をじようかくが囲んでいた。

 じようへきの上には朝日が輝いていて、風景そのものは何だか異国的でとても美しかった。

 だが、美しさにかんたんしてる場合ではなかった。目の前に広がるのはリアルな風景だ。ゲームの画面の中ではないということ。

 到底、理解できる状況ではなかった。

 ヨーロッパには中世の姿のまま残された都市があると聞いたことはあるが、そんな感じではない。現代の雰囲気がまったくなかった。街路をう人々の服装もそうだが、自動車ではなく馬や馬車が道を走っている。

 さらに、俺がいる場所は城だった。都市で一番高い建物だ。都市の風景がこれほどにも一目で見渡せるのだから。

 俺は、そんな城の寝室で窓を開けていたのだ。

「お目覚めですか?」

 頭がこんらんおちいったその瞬間、扉をノックする音が聞こえてきた。

 この状況を作った張本人かもしれないと思い、急いで走って行き勢いよく扉を開けた。

「どういうつもりですか! どうして俺をこんなところに!」

 老人に向かってそうくと、彼は俺の顔色をうかがいだした。

「ご主人様?」

 さらに、この老人は突然俺をご主人様と呼んだ。

「ご主人様って、何を言っているんだ!? それにあんたは一体誰なんだ!」

 状況が理解できなかった俺はそう訊き返した。老人とその背後に立っていたメイド服のふたりの女は、俺の質問にすっかりおびえた表情でお互いの顔を見つめ合った。

「私はじゆうちようのランダースです。ご主人様はエイントリアンの領主エルヒン様ではありませんか。これはまた何のおふざけですか?」

 侍従長は酷く困惑した顔でそう言った。だが、俺の方こそまどっている。おふざけだなんて、とんでもない。

 いや、待てよ。エルヒン? エイントリアン?

 エイントリアンなら、確か寝る直前までやっていたゲームに出てくる地名だ。

 いや、まさか?

 エイントリアン領は、ゲーム後半で相当重要なイベントがたくさん起こる地域だった。そういえば、ゲームじよばんに出てくるエイントリアンの領主の名前がエルヒン・エイントリアンだったような気もするが。

 俺がそのエルヒン・エイントリアンだと?

「まさか、ここはルナン王国で、エイントリアンの領地?」

「ええ、もちろんです。ルナン王国の領地エイントリアンでございます」

「俺が、その領主のエルヒンだと?」

「はい。ご主人様。今日は……何をなさるおつもりですか?」

 侍従長が相変わらず怯えた表情で訊いてきた。俺は死ぬほど深刻なのに、さっきから何を言っているのか。いや、そんなことはどうでもいい。

 つまり、彼らにとって俺はゲームの登場人物エルヒン・エイントリアンということ?

 それは、俺がゲームの中にでも入ってきたということか?

 ありえない。

 確かにありえないが、周りの風景と侍従長やメイドたちのよう姿。そういったものが、今の状況に現実味を与えているのは事実だった。

 まったくあきれて話にならないが。

「鏡……。どこかに全身鏡は?」

「下の階にございます。ご主人様!」

 そう返答したのはメイドたちだった。

「下の階のどこに?」

「す、すぐにお持ちいたします!」

 どこにあるのかという質問をすぐに持って来いという意味にはき違えたのか、メイドたちはどこかへ走って行った。

 すぐさま自分の姿を確認したかったため、それを止めることはしなかった。

 一体なぜ、俺の姿がエルヒン・エイントリアンに見えるのかを。

「それと、地図! この国の地図なんかは?」

「地図? もちろんありますとも。少々お待ちください」

 侍従長も即答してどこかに消えた。動きがとてもびんだった。まあ、俺をご主人様と呼んでいるし、それは当然のことか。

 俺はひとまず寝室に戻り、ベッドに腰かけた。

 ぜんとしたが、明らかに自分がやっていたゲームの世界に入りこんでいるようだ。

 やがて、メイドたちが戻ってきた。ふたりがかりで抱えるようにして全身鏡を持ち、おどおどしながら相変わらず怯えた表情をしている。

 しかし、今は彼女たちの恐怖心を和らげている余裕はない。

 俺は鏡を見つめた。

 衝撃の事実に体が固まってしまった。言葉が出てこない。困惑を隠せなかった。

 鏡に映る自分の姿。俺ではない。

 それは、ゲーム内のグラフィックスだったエルヒン・エイントリアンのイラストとこくしていた。高身長で瘦せ型だが肉体美を誇る体つき。そして、高い鼻。銀髪が鋭い目つきによく似合った美男子。

 イラストが実写化されたような感じで、俺は間違いなくエルヒン・エイントリアンの姿をしていた。

「これが俺だと……?」

「ご主人様?」

「ひとりにしてもらいたい」

「かっ、かしこまりました!」

 メイドたちはその言葉に素直に従い、あたふたと引き下がった。間もなくして侍従長が大きな地図を手にして戻ってきた。

「ご主人様、地図をお持ちし……」

 ひとりになりたかった俺は侍従長の言葉を遮った。

「そこに置いて。あとは、俺が呼ぶまでは誰も部屋に入らないように」

「承知いたしました」

 侍従長もまた、メイドたちと同じ反応をしてあたふたと消えた。寝室の大きな扉が閉まって再び俺はひとりになった。

 俺は25歳。趣味はゲーム。

 気がつくと俺はゲームに出てきた風景の中にいて。さらにはゲームの登場人物のひとりになっている。

 信じられないし、信じたくもないが、この状況はどう見てもゲームの中だった。

 まさか、『栄光』に挑戦する機会って、こういうことだったのか?

 このゲームの開発者は神だとでもいうのか?

 そうでなければ、現実には絶対にありえない状況だった。ゲーム開発者が全知全能の神でもなければ。

 目の前に広がるのは2Dや3Dグラフィックスで動くゲームの中ではなく、ゲームの設定が適用されたリアルの世界だから、なおさら。

 侍従長の表情や行動、メイドたちの怯えた様子。

 全てが実際に生きている人間そのものだった。

 これが栄光だと? ゲームが現実になったこの状況が?

 これが普通のゲームなら、ゲーム好きの俺としては喜ばずにはいられなかったかもしれない。本当の現実にそれほど愛着があるわけでもないから。

 だが、問題がある。このゲームは戦争を題材としている。つまり、戦乱の時代を生き抜く、命懸けののゲームということだ。

 頭が痛くなってきた。いや、とっくに痛みは出ていたが、その頭痛がピークに達した。

 俺は頭を搔きむしりながら、侍従長が置いて行った地図を広げた。

 地図上の地名、そして国名は、やはりゲームの中の設定のままだ。

「待てよ、ってことは……!」

 一番大きな問題に気づいた。これがゲームの中の設定で俺がエルヒン・エイントリアンならば起きる最大の問題に。

 エルヒン・エイントリアンは主人公ではない。主人公どころか、ゲーム開始直後に死んでしまう人物だ。脇役ですらない。

 よりによって、俺がそのエルヒン・エイントリアンだと?

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