◇死神と他殺志願者 その2
「……そういうことか」
瞬間、花子の意図を理解した。
自分を愛してくれる人間に殺されたい俺と、最愛の人を殺したい彼女。
上手くいけば、二人の望みを同時に叶えることが出来る。という算段か。
また一口飲んで、彼女は続ける。
「詳しい説明は省きますが、私には幼少期から『最愛の人間を殺したい。殺したくなるほど愛したい』という願望があります」
緊張しているのか、声は微かに震えていた。
「こんなこと、今までは限られた人にしか言えませんでした。気の迷いだと自分に言い聞かせて、諦めようとした時期もありました」
『限られた人』には、恐らく死神花子も含まれているのだろう。
「……けど、駄目なんです。日増しに思いは強くなっていくんです。誰かを愛したくて、殺したくて堪らないんです」
……同じだ。
俺も、誰かに愛されたくて、殺されたくて堪らない。
生まれて初めての同種との邂逅。図らずも精神が高揚する。
「このままだと、いずれどこかでどうでもいい人を殺してしまいそうなんです。そんな消化不良の殺人では、死刑にされても死にきれません」
その通りだ。どうでもいい奴に殺されたら、悔やんでも悔やみきれない。地獄に落ちる以上の苦痛と屈辱だ。
人生の末路を想像したのか、青ざめた浦見。彼女は切なる声で言い切った。
「だから、私が貴方を殺します」
「……おう。助かる」
混乱するあまり、意味不明な返答をしてしまった。何だよ、助かるって。
「その代わり、貴方は私に愛されてください。私にとって、最愛の人になってください」
「わ、分かった。努力してみる」
この瞬間、利害関係の一致によって、人生初の恋人候補が誕生した。
安堵の息を吐いた恋人候補が、メニュー表を手に取り、その角で俺の手の甲をつつく。
止めろ。地味に痛いから。
「もし、貴方を愛することが出来たら、その時は遠慮なく刺殺してあげます」
「殺害方法まで決まってるのか」
「爆殺でもいいですよ。方法にこだわりは無いので。どう足掻いても決して手の届かない所へ行ってくれれば良いんです」
「爆殺は勘弁してくれ。何が原因で死んだのか分からない」
第一希望は絞殺。次点で刺殺かな。第三希望を圧殺にするか毒殺にするか、悩ましい所だ。ちなみに最下位は溺死。
「……私からの話は以上です。何か質問はありますか?」
俺は迷わず尋ねた。
「お前と花……、あの女の関係は何だ?」
「あの女とは、死神を自称する女のことですか?」
渋面で問われて頷く。
「……姉妹です。遺憾ですが」
自称死神の姉と、最愛の人を殺したい妹。
育ちは良くなさそうだな。俺も人のこと言える立場じゃないけど。
「とはいえ、姉さんにも良い所はあります。両利きです」
「姉の長所、それしか無いのか?」
「あと早口言葉が得意です」
「……奥二重の時も、スキンヘッドの時も思ったけど、褒める所が無いなら無理して褒めなくても良いと思うぞ」
お前、人を褒めるの向いてないよ。
俺の本音に、浦見は真剣な面持ちで答える。
「どんな人であっても、好きな部分を探して、伝えるようにしてるんです。そうすれば、そこをきっかけに、好きになれるかもしれないでしょう?」
つまり、現時点で俺の好きな部分は奥二重だけということか。前途多難だなぁ……。
アイプチの使用を検討していると、急に浦見が立ち上がった。
「ここでダラダラ喋っていても仕方ありません。そろそろ行きますよ」
「は? どこに?」
聞くと、何故か半眼を向けてくる浦見。
「決まっているでしょう。服屋ですよ」
◇
浦見と並んで店を出る。涼風が頬を撫でた。
母の手を想起させる感触。思わず口角が上がってしまう。
「にやけないでください。気持ちが悪いです」
「お前、俺を好きになる気あるのか?」
「貴方こそ、私に愛される気はあるんですか?」
横目で互いを睨む。いきなり剣呑な雰囲気。
待て。落ち着け俺。対立すれば、どちらの望みも達成できない。大切なのは譲歩だ。感情的になるな。
深呼吸して、強引に話題を変える。
「……飲み物、まだ残ってたぞ」
「あえて飲まなかったんです。美味しくなかったので」
失礼な奴だ。心中で毒づく。
そういえば。
「どうしてコーヒーなんだ?」
何の話か分からなかったようで、浦見は可愛らしく小首を傾げる。
「どうして、俺は今後コーヒーしか頼んじゃいけないんだ?」
「コーヒーを飲む男性の姿が好きだからです」
「……それだけ?」
その反応が気に障ったらしく、彼女は不満げに口を尖らせた。
「貴方には、徹底的に私の理想を演じてもらいます。異論反論は許しません。基本的に、コーヒー以外の飲み物は禁止です」
「了解」
素直に受け入れる。全ては愛のため。その先にある死のため。この程度なら従うさ。
「服装も同じか?」
「逆に、そんな風体で誰かに愛されると思いますか?」
「格好を変えたくらいで愛せるのか?」
あまり自分で言いたくはないが……、好みの分かれる顔立ちだと思うぞ。
自分なりに凛々しい顔を作ると、浦見は深々とため息を吐いた。
「何の努力もせずに愛されようと、殺されようと思っていたんですか? 図々しい人ですね。そんな考えだから、今まで誰からも、殺したくなるほど愛されなかったんですよ」
「……」
そう言われると、その通りかもしれない。
殺したくなるほどの愛情。当然、生半可なものではない。相応の努力は必要。なのか?
半信半疑な俺の方へ、浦見が歩み寄ってくる。
戸惑う俺に、彼女は尊大な口調で告げた。
「貴方には、私の理想の男性になってもらいます」
「……分かった」
「殺したくなるくらい魅力的な男性にしてあげますから、覚悟してください」
「お、おぉ」
手放しで喜んで良いのか、いまいち分からなかった。
◇
とりあえず、浦見が勧めるセレクトショップをいくつか巡って、黒いライダースジャケットと白のインナー、ネイビーのスキニージーンズをそれぞれ二着ずつ購入した。
服屋のトイレで着替えて、店先のショーウインドーで全体像を確認。
悪くない。ファッションとは、もっと複雑怪奇なものだと思っていたが、案外簡単なのかもしれない。
意気揚々と歩き出そうとした時、インナーの襟を掴まれた。
「ぐっ……」
狭まる気道。乱れる呼吸。遠のく意識。
振り返らず、背後の敵を詰い問める。
「何しやがる」
「タグ、外してください。一緒に歩くこっちが恥ずかしいです」
要求があれば口で言え。
野蛮人の暴挙に喉をさすっていると、浦見が俺の前へ出た。
振り返らず、背後の俺に命令する。
「何をしているんですか? 次に行きますよ。早くしてください」
「まだ服買うのか?」
「別件です」