第1話 魔法学園に入学したけどCクラスでした 4

 休憩時間を挟んで、Cクラスのメンバーは外の訓練場に集まった。

 入学式が行われた中庭とはべつの場所だ。中庭の訓練場は人数の多いAクラスが使用しているようだった。

「んしょ、んしょ」

 と、ミリアがヨタヨタしながら大きな的を運んでくる。

「んしょ、んしょ……んぎゃ!」

 と思ったら途中で転んで的の下敷きになった。

「先生っ!」

「大丈夫っすか?」

「ひーん、重いー!」

 レントとムーノが的を起こし、ディーネがミリアを助け起こす。サラは呆れ顔でそれを眺めていただけだった。

 的を所定の場所に置き、ようやく次の授業開始である。

 ミリアは服についた土を払ってから言う。

「で、では、実践授業を始めるわね。みんなには、この的に向かって魔力を当ててもらいます。まずは先生が手本を見せるわ」

 そう言ってミリアは、的から少し離れたところに立つと、手を前にかざす。

「体内の魔力を手のひらに集めて撃ち出すの。水滴でも石でも、自分のイメージしやすい具体的なものを、手に持って、的に投げる感覚でやってみるとうまくいきやすいわ」

 そう説明しながら、ミリアは魔力を放った。

 ぼんっ、と音がして的が大きく揺れた。

 同時に、円盤状の的の上四分の一と右四分の一の範囲が発色した。

「こんなふうに魔力の特性によって的が変色するわ。ワタシは火属性と風属性が得意ということがわかるわね」

 そういえばレントは、自分がどの属性が得意か考えたことがなかった。

 どの属性魔法も満遍なく使えるのだが、現代魔法のレベルに照らし合わせるなら、どれも中途半端にしか使えない器用貧乏ということになるのだろう、とレントは思う。

 この的で自分の得意な属性を把握し、そこをしっかり強化していかないと、と彼は決意を固めた。

「はいはーい。先生。オレやってみていいすか?」

「はい、じゃあムーノくん、どうぞ」

 ムーノがミリアに代わって的の前に立つ。

 両手を持ち上げ、全身に力を入れて唸る。

「ぐむむむむ……っ!」

 やがて、彼の周りの地面の砂がさらさらと揺れた。

 そして、彼の手から魔力が放たれる。

 的はそよ風に押されたようにかすかに揺れた。

「あっれー、全然威力がないぞ」

「初めてならこれで充分よ。それにほら」

 とミリアが的を指差す。的は下四分の一が変色していた。

「ムーノくんは地属性の適性があるみたいね。じゃあ次はディーネさん」

「は、はいっ」

 ディーネは緊張した様子で的の前に立つと、手を前に出し、目をぎゅっと閉じる。

「えいっ」

 的はほとんど揺れなかったが、左四分の一が薄く変色した。

「ディーネさんは水属性のようね」

「よかったぁ……」

 ホッとした様子で息をはくディーネ。

「じゃあ次はサラさん」

「……はい」

 サラが的の前に立つ。右手を構えるその姿は凜々しく、様になっている。すでに魔法を扱ったことがあるからだろう。

 サラの手に魔力が集まってくる。しかしそれは先の三人とは違い、赤く色づいた魔力で、すぐに炎へと変化する。

「あ、ちょっとサラさん——」

 ミリアが止める間もなく、サラは炎魔法を的に向けて放つ。

 ゴォ! と周囲の空気を膨張させながら、ファイアボールが的に命中する。

 的は上四分の一を変色させる暇もなく、真っ黒に焼け焦げてしまった。

「調べるまでもなく、私は炎属性です」

 そう言い放つと、サラは訓練場の端へ移動した。

「もうー……」

 困った顔で言いながら、ミリアはべつの的を持ってくる。また下敷きになりそうだったので、レントとムーノが手伝った。

「最後はレントくん。今はたまたま全員できたけど、すぐにはできないのが普通だから気楽にね。ましてやサラさんはCクラスとしては例外だから、気にしないように」

 ミリアがそう言ってくるのは、レントが魔力ゼロであることを考慮してだろう。

 しかしレントとしては手を抜きたくない。

 どんな授業でも全力でやって、少しでも多くのことを学ぶのだ。なにしろ古代魔法しか知らない自分と他のみんなとでは八百年分の実力差があるのだから。

 レントは手を掲げ、魔力を集中させる。

 サラはかなり実力のある魔法使いのようだ。その彼女の魔法で焼け焦げる程度で済むくらいだから、あの的はかなりの魔力耐性があるのだろう。

 レントの時代遅れの魔法では、手を抜いたら変色しないかもしれない。

 だから全力でいく。

「——ファイアショット」

 火属性・第一位階魔法。

 威力はそれほどではないが、レントが初めて憶えた魔法で、それゆえ一番使い慣れている。その単純な構成に、ありったけの魔力を込めて放つ。

 火球がレントの手から的へと飛んだ。

「「「「「え?」」」」」

 その場にいた五人——レントも含めて——全員が驚きの声を上げた。

 的が一瞬で消し炭になった。

 焼け焦げたとかそんなレベルではない。

 一瞬で燃え尽きて、残った真っ黒な灰がパラパラと地面に落ちた。

(あれ? 意外と脆い……?)

 レントがそんなことを思っている間に、彼の放った魔法はさらに飛んでいく。

 火球はどんどん大きくなり、しまいには校舎に激突して、その一角を破壊した。

『うわっ、なんだ⁉』

『魔法攻撃だ! この規模は……エンシェントフレアか⁉』

『バカ言うな! 学生がそんな魔法使えるかよ!』

『ぎゃー! 逃げろー!』

『丸焼きは嫌だぁ!』

 校舎が大騒ぎになる。

「……………………あれ?」

 レントは想定外の事態に戸惑う。

 あの的は、相当丈夫なんじゃなかったのか。

 ついでに言えば、学園の校舎には防御魔法がかかっていると思っていたが、ひょっとして無防備だったのだろうか。

 いや、きっとそうに違いない。

 戦争終結から五十年も経っているのだ。必要のない防御魔法なんかは撤去して、魔力の無駄遣いを抑えたりしているのだ。

 だからこそレントの時代遅れの魔法でも、あんなことになってしまった。

 そうに違いないとレントが考えているところに、ミリアの呟きが聞こえてきた。

「魔法学園の建物は全部、強力な防御魔法が施されているはずなのに……」

「………………」

 推測は間違っていたっぽい。

 どういうことだろう。

 困惑しているレントに、ディーネとムーノが駆け寄ってくる。

「す、すごいですレントさん!」

「お前すげえなぁ! 本当にCクラスかよ!」

「いやあ……うん……」

 なにがどうなっているのかわからず、レントは曖昧な返事しかできない。

 ミリアが言う。

「ま、まあでも、レントくんの適性は火属性ってことで間違いなさそうね」

「いいえ」

 と言ったのはレントではなくサラだった。

「彼は他の属性も得意です。ぜひ他の属性についても調べてみてください」

「いや、あの、でも一番得意なのは火属性なんだけど」

「防御術式を施された石像を破壊したあの風魔法で得意じゃないとでも? 黒フードを撃退したあの魔法は⁉」

「近い近い近いって!」

 レントは前みたいに詰め寄ってきたサラから逃げる。

「隠すなんて許さないわよ! あなたの魔法技術は全部見せてもらうんだから!」

 ふんっと鼻を鳴らすと、サラはミリアに向き直る。

「ミリア教官!」

「にゃ! にゃにかしら!」

 すごい剣幕でサラに名前を呼ばれて、ミリアは噛み噛みで答える。

「適性は満遍なくしっかり調べるべきです!」

「そ、そうね……」

 勢いに押されるようにミリアは頷いた。

「……とと、とりあえず、レントくんの適性は、明日新しい的を用意して確かめることにするわ」


 というわけで翌日。

 昨日より大きくて頑丈そうな的が用意された。

 ちなみに昨日の校舎破壊は、授業中の事故ということで、呼び出されて叱られることはなかった。

「さあ、ファーラント家の末裔の実力、とくと見せてもらおうかしらっ」

 ミリアより先にサラが言ってくる。

 ギラギラした目でレントをじっと睨んできてすごく怖い。

(参ったなぁ……)

 レントは内心ため息をつく。

 どうやら同じ火属性で自分より強力な魔法を放たれたことで、サラの怒りに火がついてしまったらしい。火属性だけに。

 レントとしてはそんな意図はなく、自分が得意な魔法を放っただけだったのだが。

 とはいえ、自分の得意属性を調べてもらえる機会が与えられたのはありがたい。

「ウォーターショット!」

 レントは手を掲げ、水属性・第一位階魔法を放つ。

 原因はわからないが、昨日は校舎が壊れてしまった。

 一晩寝て、レントは『きっと、たまたま防御魔法の構成が崩れている場所にファイアショットが直撃してしまったのだろう』と結論づけていた。

 だから、あんなことは滅多に起こらないとは思うが、万が一ということもある。

 なので昨日よりは威力を抑えた水属性魔法を放った。

 小さな水の球が的に向かって飛んでいく。

 的にぶつかった水の球が弾けて消える……かと思いきや、一気に水量を増し、巨大な津波となって的をのみこんだ。

「…………あれ?」

 津波はそのまま背後にあった室内訓練場の壁を破壊し、中に流れ込む。

『うわっ、なんだ⁉』

『魔法攻撃だ! この規模は……タイダルウェイブか⁉』

『バカ言うな! 学生がそんな魔法使えるかよ!』

『ぎゃー! 逃げろー!』

『ドザエモンは嫌だぁ!』

 またしても校舎は大騒ぎになる。

 どうもおかしい。

 レントは威力を絞って魔法を放っているのに、的にぶつかると拡散してしまう。

 ミリアが言う。

「えっと……また的が壊れてしまったので、新しいのを用意するわね」


 翌日、さらに大きな的が用意された。

「ウィンドショット!」

 風属性・第一位階魔法。

『うわっ、なんだ⁉』

『魔法攻撃だ! この規模は……タイタニックストームか⁉』

『バカ言うな! 学生がそんな魔法使えるかよ!』

『ぎゃー! 逃げろー!』

『墜落死は嫌だぁ!』


 さらに翌日……さらにさらに大きな略。

「ソイルショット!」

 地属性・第一位階魔法。

『うわっ、なんだ⁉』

『魔法攻撃だ! この規模は……ディメンションフリックか⁉』

『バカ言うな! 学生がそんな魔法使えるかよ!』

『ぎゃー! 逃げろー!』

『圧死は嫌だぁ!』


「本当にすごいですね、レントさん……」

「お前……本当にCクラスかよ……」

「二人とも引かないでっ」

 褒め言葉が先日よりぎこちないディーネとムーノだった。

 ミリアも、サラでさえ、唖然としていた。

「な、なんなの、あなたは……魔力ゼロとか、絶対嘘でしょ。空気中の微量魔力でこんな威力の魔法を放てるわけないもの」

「うーん、やっぱりそうなのかなぁ」

 レントもさすがに気づきつつあった。

 みんなの驚きようといい、魔法が当たった校舎や訓練場の地面の脆さといい、どうも古代魔法が現代魔法に比べてすごく弱いというのは、自分の勘違いなのではないか。

 ということは、入学試験の際の魔力測定器の結果が間違っていたということになる。

「あの、ミリア先生。もう一度魔力測定をしてもらうことってできないんでしょうか」

「ワタシも今それを考えていたのよ」

 ミリアはレントに向かって言う。

「けど、あの測定器は希少品なの。一年かけて、各国の魔法学園を巡って利用されているわ。次にこの学園に来るのは、だから来年の春になるのよ」

「そうですか……」

 ガッカリするレントに、ミリアは笑みを浮かべる。

「レントくんの魔法に関する体質は特殊なのかもしれないわね。校長先生に、代わりの測定方法がないか相談してみるわ」

「お願いします」

「さて、それじゃ、全員の得意属性がわかったところで、次に進みましょうか。サラさんとディーネさんとムーノくんには先に進めてもらっていたけど——」

 気を取り直してレントは授業に参加する。

 そんな中、サラはギラギラとした目でレントを睨んでいるのだった。

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