第1話 魔法学園に入学したけどCクラスでした 3

「うーん、よし!」

 マナカン王立魔法学園の男子寮の一室。

 レントは制服に着替えると、鏡で服装を確認した。

 入学式の翌日。

 今日からいよいよ魔法学園での生活が本格的に始まるのだ。

 ここで魔法をしっかり学んで、いい仕事を見つける。そして父や母や妹に楽をさせてあげるのだ。

「よし!」

 もう一度そう言って気合いを入れると、レントは寮の自室を出た。


 指定されたCクラスの教室に到着する。

 教室にはすでに生徒が何人か揃っていた。

 薄い水色の髪のディーネは最前列の真ん中に緊張した面持ちで座っている。

 その斜め後ろ、少し離れたところに男子生徒が一人。机に脚をのせ、頭の後ろで手を組んでいる。

 赤髪のサラは、窓際で不機嫌そうに腕を組み、目をつぶっていた。

「あ、レントさん。おはようございます」

「やあ、おはよう」

 ニッコリと笑みを浮かべて挨拶してくるディーネに挨拶を返し、レントは彼女の隣に座った。

「もうすぐ授業開始だけど、あまり揃ってないね」

「いえ、Cクラスはこれで全員みたいですよ」

「そうなの?」

 昨日の入学式では、新入生は百人くらいいた。ほとんどの生徒はAクラスかBクラスというわけか。

 たしかに会場の端っこに追いやられたCクラスはレントとサラとディーネしかいなかったが、あれはそんな扱いが嫌でみんなサボっていたのかと思っていた。

 レントは入学式のときにはいなかった、斜め後ろの男子に話しかける。

「俺はレント・ファーラント。よろしくね」

「おう、オレはムーノだ。よろしくな」

 ムーノは、ポーズはそのままだったが、人懐っこく笑みを浮かべて答えた。

 短い髪に、着崩した制服。ちょっと怖そうな印象があるが、性格は人当たりがよさそうだった。

「さ、サラも、よろしくね」

「ええ、よろしく、レント・ファーラント。あなたがこれからの授業でどんな魔法を見せてくれるのか今から楽しみだわ」

「あはは……」

 どうやらレントへの興味はいまだ強い様子だ。

 ムーノは驚いた顔でレントを見てくる。

「なんだお前、ブライトフレイム家のお嬢様と仲良いの? すごいな」

「いや、仲がいいっていうか……」

 レントは入学式に向かう途中で黒フードを撃退した話と、入学式会場で校長の像を破壊した話をする。

「うっわーそれ見たかったな。オレ用事があって入学式出られなかったから」

 ムーノはそう言ったあと、窓際のサラのほうを睨んで、

「オレが挨拶したときなんか顔すら向けてくれなかったんだぜ」

「わ、わたしもです……」

 ディーネも言ってくる。

「ブライトフレイム家のお嬢様は落ちこぼれのオレらとは関わりたくないんだろうよ」

 ムーノはサラの家名を強調してくる。

「ブライトフレイム家ってそんなすごい家柄なの?」

「おまっ、マジかよ」

 レントが尋ねると、ムーノは椅子のバランスを崩してひっくり返りそうになる。

「ブライトフレイム家っていえば、ここ何代も王立魔法騎士団の団長を務める火魔法使いの名門中の名門だぞ。オレみたいな庶民でも知ってるっつうの。なあ」

「はい……わたしの家は魔道具を扱う商家なので、ブライトフレイム家のお名前はよく耳にします」

「そうなんだ……ごめん、俺、地方出身だから王都の事情には詳しくなくて」

 レントは苦笑しながら言う。

「けど……その名門のお嬢様がどうしてCクラスに?」

「さあ。本人に訊いてみたいけど、あの調子だからなぁ」

 ムーノはサラのほうをちらっと見て、わざとらしくため息をついた。

 そういえば、石像破壊事件のとき、シフルがサラになにか言っていた。『僕の誘いを断るから』とかなんとか。

 サラがCクラスに入ったのには、彼が関わっているのだろうか……?

 レントがそんなことを考えていると、女性の教官が教室に入ってきた。

 歳は二十代半ばだろう。かなりの美人で、大人の雰囲気を漂わせている。

「初めまして、皆さん。ワタシがこのクラスを担当するミリア・ピースマーキスよ。よろしくお願いしまわわわわわ!」

 と、教壇に向かいながら挨拶をしていた教官は、段差につまずいてどしんと転んだ。

「だ、大丈夫ですか?」

「え、ええ。もちろんよ! 魔法学園の教官は、この程度で痛がったりしません——ああ、スカートが破けてるっ! 高かったのにっ!」

「…………」

 泣きそうな顔で叫ぶミリア教官。

 しかし彼女は気を取り直したように立ち上がり、教壇に立つと、こほんと咳払いして話を再開する。

「ええっと、まずは出席を取りますね」

「見れば、揃っているのはわかると思いますが」

「うっ……」

 サラに冷たい声で言われて言葉を詰まらせるミリア。

「そ、そうね……では、皆さん自己紹介を……」

「必要を感じません。ここは魔法の技術を習得する場であって、友達を作る場ではありません。早急に授業に入っていただけますか」

「ううっ……」

 さらに冷たい声で言われて、さらに言葉を詰まらせるミリア。

 と、そこへムーノが口を開く。

「ほんとブライトフレイム家のお嬢様は偉そうだな」

「なんですって?」

「なにがあったのか知らないけど、あんたもCクラスなんだからよ。Cクラスの教官のやり方に従うべきなんじゃねえの?」

「私はっ、本来ならこんなところにいるべきじゃないの……! お友達ごっこなんかしてる余裕はないのよっ!」

「オレだって、自分だけは別世界の人間ですよみたいな顔してる貴族と仲良くなんかしたくねえな」

「なんですって!」

 ガタッ、と立ち上がるサラ。ムーノも椅子を蹴立てて立ち上がる。

「ちょっと、ムーノっ」

「さ、サラさんも落ち着いて」

 レントとディーネが二人を止めようとする。

 が、それより早く、

「ふふふ二人とも、喧嘩はだめよぉおお!」

 バババン! と、教室の中央に小さな雷が発生した。

 火と風の二属性を扱えないと使えない雷撃系魔法『ライトニングフラッシュ』だ。

 雷の直撃によって、机が一個丸焦げになる。

 さすがは王立魔法学園の教官である。ちょっと抜けているように見えても、魔法の実力は確かなもののようだった。

「…………」

「…………」

 サラとムーノは無言で席に座り直す。生徒を静まらせるために教室内で魔法をぶっ放すミリアに恐怖を覚えたのかもしれない。

 しかし、当のミリアは笑みを浮かべて、

「みんな、同じクラスの仲間なんだから仲良くしてね。それでは授業を始めるわよ」


 教官のミリアは黒板に図を描きながら説明を始める。

「現代では魔法技術は四系統、三段階に区分されているわ。系統は、地水火風の四つ。段階は下位魔法、中位魔法、上位魔法の三つね。この学園のクラス分けはこの段階に対応していて、Aクラスでは上位魔法、Bクラスでは中位魔法、Cクラスでは下位魔法を中心に学習を行っていくわ」

 この辺りは常識らしく、サラ、ディーネ、ムーノの三人はなんてことない顔で話を聞いている。

 しかしレントにとっては違った。

(古代魔法より簡素化されているのか……)

 レントの先祖である伝説の魔法使いが残した書物によれば、古代魔法には、地水火風の四属性のほかに、光と闇の二属性があった。

 さらに、段階も『位階』と称され、第一位階から第九位階まで存在していた。

 一応レントは第九位階まで使いこなせるようになったのだが……。

(たぶん、それでやっと下位魔法を憶えた程度なんだろうな……)

 なんといっても、レントがCクラスに入れられるくらいなのだ。

 現代の魔法は、古代魔法の第九位階など初級、入門といった扱いなのだろう、とレントは考える。

「さて、この三段階の区分は魔法の特徴に一致しているわ。これは、わかる人、いるかな?」

 ミリアが皆に問いかける。

 ディーネとムーノが手を挙げる。レントが挙げないのは普通にわからないからだが、サラはミリアに対する反発のようにも見える。

「では……サラさん、答えてくれるかしら?」

 しかしミリアは果敢にサラに声をかける。

 さすがに授業の進行を妨げる気にはならないようで、サラは小さくため息をつきながら立ち上がった。

「……上位魔法は攻撃重視。中位魔法は防御や回復などの戦闘補助重視、下位魔法はそれ以外です」

「そうね。ちなみに——」

「ちなみにこの区分は五十年前まで続いていた抗魔戦争の際に生まれたものです。長期にわたった戦争において魔法を効率的に運用するため、戦場における役割を明確にする目的でマナカン王国が採用し、その後各国に広がっていきました」

「そ、そうですね。完璧です。ありがとう」

「…………」

 サラは鼻を鳴らして着席した。

 レントは内心でなるほどと頷く。

 現代魔法の区分は、古代魔法の九位階とはまったく異なるもののようだった。

 位階は、簡単に言えば『魔法の理屈をどれだけ理解しているか』を表すもので、使える魔法の種類とは関係ない。

 それなら第九位階まで進んだレントがCクラスというのもわかる。

 きっと現代の攻撃魔法や戦闘補助魔法は実戦重視で、自分が扱えるのよりもずっと強力なのだとレントは考える。

 ちなみにサラが言っていた抗魔戦争というのは、百年前から五十年前までの五十年間続いた、人間の連合軍と魔族軍との戦争である。

 魔族の長である魔王は八百年前、マナカン国王の祖先である勇者とその仲間が倒したが、魔族の残党は生き残った。

 その残党が力をつけて、人間たちに復讐を果たそうとしたのが戦乱の始まりである。

 魔族が使う独自の魔法に人間側は苦しめられたが、マナカン王国を中心とする連合軍が一丸となり、魔族軍を打ち倒した。

 現在、魔族は大陸北部の山脈で細々と生き延びている。今は活発な動きを見せていないが、やがてまた立ち上がるだろうと言われている。

 そのときのためにと、抗魔戦争終結後、各国は魔法技術の発展のための研究施設や、魔法使いの養成施設を設立した。

 この王立魔法学園もその一つなのである。

「先生、しつもーん」

「はい、ムーノくん」

「下位魔法はそれ以外、って言ってたけど、具体的にどんなことをするんすか?」

「幅広いので一言では言えないけど、戦場では、小さな火魔法を連続で熾して煮炊きに利用したり、風魔法で食料や武器を運んだり、地魔法で塹壕を掘ったり、水魔法で川の流れを変えたり、という役割を担うわ」

 なるほど、戦闘とその直接補助以外ならなんでもする、といった感じだ。

「ふんっ」

 とそこでサラがまた小さく鼻を鳴らした。

「しょせんは裏方よ。『下位』魔法なんて呼び方で、その扱いがよくわかるじゃない」

「そんなことはないわ!」

 サラの言葉に、ミリアは珍しく強く反発した。

「たしかに下位魔法は上位魔法や中位魔法に比べて軽んじられ、魔法使いの才能に劣る人が扱うのが下位魔法という偏見があるわ」

 けど、とミリアは四人の生徒を見回しながら言う。

「逆に言えば、皆さんには攻撃や戦闘補助以外の全ての魔法を扱う才能があるということでもあるの。決して自分の力に制限を設けないで、どんなことにでも挑戦してほしいわ」

 レントはうんうんと頷く。

 しかしサラにはミリアの言葉は響かなかったようで、彼女は呆れたように顔を窓のほうに向けてしまった。

 ミリアは気を取り直すように手を叩いて告げる。

「じゃ、じゃあ、次は訓練場に出て実践よ。みんなの現在の力を見せてもらうわ」

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