第1話 魔法学園に入学したけどCクラスでした 1
マナカン王立魔法学園の聖堂では、入学試験の最終科目である魔力値測定が行われていた。
聖堂には魔力測定のための魔道具がいくつか用意され、ずらりと並んだ受験者が順番に魔力を測っていく。
「魔力潜在値354、放出量25、純度は40パーセント……総合値は354だな。はい次」
魔道具の横に立つ試験官は結果を紙に書き込み、機械的にどんどん処理していく。
そうして自分の前の受験者が減っていき、自分の番が近づいてくるのを、レントはドキドキしながら待っていた。
周りと同じ十五歳。男子。
受験者の中には魔法騎士団志望の者もいるため、ガタイのいい者やいかつい外見の者も多い。
そんな中でレントは華奢と言っていいくらい痩せていた。
では嗜みとして魔法を学ぶ貴族のような整った外見かというと、そんなこともない。
顔はべつにマズいということはないが、どことなく野暮ったい。
ボサボサとして整っていない黒髪が、裕福な貴族とはっきり区別をつけている。かなり流行遅れの服装と合わさって、田舎者感が満載であった。
それも仕方ないだろう。
レントはマナカン王国一の田舎と言われるクォーマヤ地方の貧乏貴族の息子なのだ。
ファーラント家は一応男爵位を有してはいるが、特に常備している兵隊があるわけでも、王都に居館を有しているわけでもない。
やっていることは、地域住民の困りごと——川が溢れたとか、喧嘩が起きたとか、牛が逃げたとか——を解決してやることくらい。
そんな、地主と大して変わらないのがファーラント家である。
なので当然、王都で流行のファッションに身を包んだり、魔力測定試験のためにわざわざ散髪してくるなんて余裕はレントにはないのだった。
しかし、レントはやる気に燃えていた。
なにしろ彼には魔法の才能があった。
一週間前に行われた筆記試験はなんと満点。二日前に行われた面接試験でそのように言われ、褒められた。その面接試験でも、面接官の反応はとてもよかった。
魔力測定値が高ければ、Aクラスに入ることもできるかもしれない。
Aクラスといえば王立魔法騎士団への登竜門。ほかにも王立魔法研究所や王室魔法指南役、大陸魔法使い同盟の職員など、エリートへの道が拓けている。
そして……自分の魔力値がかなり高いことをレントはすでに知っている。
「なにしろ、ずっと魔法の練習してたからな……」
レントは思わず呟く。
ファーラント家の先祖は、八百年前に魔王討伐を果たした勇者パーティの一員だ。
勇者は魔王を討伐したのちマナカン王国を築き、パーティのメンバーは王家に仕える貴族となった。
勇者パーティに参加していたファーラント家の先祖は、当代最強の魔法使いだった。
魔王配下の十万のオーク軍を一瞬にして地の底に沈めたとか、巨大ドラゴンを炎で焼き尽くしたとか、様々な伝説を残している。
なので当然、ファーラント家はマナカン王国の王宮魔法士となった。
ファーラント家のもとで魔法技術は発展し、マナカン王国は大陸最強の国家になるのだ——と皆が思った。
しかし、ファーラント家の魔法の才能は一代限りのものだったらしい。
つまり、勇者パーティに参加した伝説の魔法使いの息子も、孫も、その息子も、魔法使いとしてはごく平凡だった。
娘も、その息子も、ついでにいとこも、甥も姪も、ひ孫も玄孫も、一人たりとも伝説の魔法使いの千分の一の能力も持たなかった。
そんなわけで、伝説の魔法使いが亡くなると、新たに当主となった息子は、自ら申し出て田舎のクォーマヤ地方に移り住んだ。いつか伝説の魔法使いの再来となるような者がファーラント家から現れたなら、ふたたび王国のために力を尽くすべく王都に参上することを、国王と約束したのだという。
それから八百年、ファーラント家の人間には、一人も魔法の才能がある者が生まれなかった。もう王室も、そんな約束は憶えていないかもしれない。
しかし、とうとう伝説の魔法使いの再来が生まれたのである。
それがレントだった。
ファーラント家の屋敷には、地下書庫がある。
そこには、伝説の魔法使いが記した魔法技術の指南書や研究書が山ほどある。
レントは幼いころからそれらの本を読みふけった。
なにしろ田舎なのでほかに娯楽がないのだ。
レントはそこに書かれた魔法の体系の美しさ、深遠さに心を奪われ、それらを一つ一つ実践していった。
王立魔法学園に入学できる歳になるころには、それらの本に書かれた魔法を一通り使いこなせるようになっていた。
レントの父は驚いた。
それらの本が王都の魔法騎士団の本部や魔法研究所ではなく、ファーラント家の地下に放り込まれていたのは、誰もそれらの本の内容を理解し、実践することができなかったからなのだ。
つまりレントは、八百年前の先祖、勇者とともに魔王を倒した伝説の魔法使いと同等の魔法の才能がある、ということになる。
そう、ファーラント家はとうとう復活したのだ。
長い時を経て、伝説の魔法使いの末裔がふたたび表舞台に立つときがきた。
今日はその記念すべき最初の日となるかもしれない。
「おお〜!」
少し離れた列の前のほうでざわめきが巻き起こった。
どうやら今日一番の高い魔力値が測定されたらしい。
「サラ・ブライトフレイム、魔力潜在値980、放出量135、純度80パーセント……総合値は1万584。もったいないな、面接でもっとちゃんとしていれば……」
「ありがとうございました」
試験官の言葉を礼で遮って、その受験者はその場を歩き去る。
燃えるような赤髪の、険しい表情の少女だった。
「かっこいー。やっぱ王都の貴族は違うなー」
そんな感じでレントが思わず見惚れていると、試験官に呼ばれた。
「おい、次は君だよ。えーと、レント・ファーラント?」
「あ、は、はい」
レントは慌てて魔力測定器の前に立つ。
「はい、そこに手をかざして」
いくつかの魔石と魔力回路で造られた精緻な魔道具だ。レントはじっくり観察したい気持ちになるが、試験官に促され中央にある魔石に両手をかざす。
しかし——なんの反応も起こらない。
試験官がこちらを見もせずに言ってくる。
「なにしてるの、早く両手を中央の魔石にかざして」
「あの……もうやってますけど」
「え?」
レントの言葉に、試験官が顔を上げる。
「あれ、変だなぁ。まさか故障? さっきまでなんともなかったのに……」
と、そのとき、ようやく魔石が光を放つ。レントの測定結果が出たようだ。
しかし、それを見る試験官の表情はふたたび困惑に染まってしまった。
「魔力潜在値0、放出量0、純度0パーセント……総合値0。え、なにこれ?」
困惑はレントも同じだった。なんか縁起でもない数字がたくさん連呼された気がしたんだけど。
「どうした?」
異変を感じ取って、隣の試験官が近づいてくる。
「それが……見てくださいよ、これ。故障ですかね?」
「総合値0? ありえないだろ。おい君、いったん手を離して、もう一度かざしてみたまえ」
「あ、はい」
レントは言われるままに、手を魔石から離し、もう一度近づける。
魔石の光がいったん消え、しばらくしてまた光る。
「……やっぱり0だな」
「0ですね」
そうゼロゼロと連呼しないでほしい。
次第にほかの試験官や、測定を終えた受験者まで集まってきてしまう。レントはひどく気まずい。
「やっぱり故障じゃないのか。君、こっちの測定器にきてくれ」
そう言われ、隣の測定器に手をかざすレント。
しかし、やはり結果は同じ。全ての数値が0を示していた。
さらに、それらの測定器で、べつの受験者や教官が魔力を測定したところ、問題のない数値が表示された。
故障ではないようだった。
つまり……。
「本当に、0?」
「そうみたいだな」
「そんなことありうるのか?」
「だが、測定器は正常に機能しているんだ」
教官たちはほかの受験者の測定そっちのけで問答を始める。
「原理上、魔力のない生物は存在しないんだぞ。ネズミだってカエルだってトンボだって多少の魔力は有しているもんだ」
「つまり彼はトンボ以下ということか?」
「しかし、この結果を見てください。筆記試験と面接試験は満点なんです。面接はともかく、筆記は、ある程度魔法の実践経験がなければ満点は取れない内容です」
一次試験と二次試験は素晴らしい成績だったらしいが、直前にオケラ以下とか言われているのでレントは素直に喜べない。
「うーん、まあ、空気中の微量魔力を用いれば魔法は使えるからなぁ」
「であれば、入学させないというわけにはいかないでしょう」
「魔力ゼロなのに?」
「魔力ゼロですけど」
「魔力ゼロじゃなぁ……」
魔力ゼロ魔力ゼロと連呼した末に、うーんと唸る試験官たち。
レントは耐えきれなくなって問いかける。
「あの、けっきょく俺はどうなるんでしょう……?」
試験官たちはいっせいにレントを見て、それからまたお互い顔を見合わせ、うーんと唸ってから告げた。
「「「「「ま、Cクラスかな」」」」」
こうして、八百年の時を経て華々しく復活を飾るはずだった、伝説の大魔法使いの末裔であるレント・ファーラントは、最低ランクのCクラスとして王立魔法学園に入学することになったのだった。