プロローグ

「いい天気だなぁ……」

 屋敷を出たレント・ファーラントは大きく伸びをしながら呟いた。

 十五歳の若者とは思えない、のんびりとした態度である。

 彼の眼前に広がるのは見渡す限りの牧草地と、そこをまっすぐに伸びていく田舎道。

 道はずっと先の山々を迂回してこのクォーマヤ地方から王都まで続いている。

 まだ一度も訪れたことのない街。

 レントはこれからそこへ向かおうとしていた。

 王都にある魔法学園。

 そこで魔法を学び、優秀な成績を残して卒業すれば、王都で魔法使いとして就職することができる。

 王立魔法騎士団や王室魔法指南役、大陸魔法使い同盟の職員など、エリートへの道が拓ける。

「そのためにも、まずは試験をがんばらないとな」

 魔法学園の入学試験は厳しいと聞く。

 そこで落ちてしまえば、王都までの旅費がムダになってしまう。

 なんとしても合格しなければ。

「よし、行くぞ!」

 と気合いを入れ、馬車に乗り込もうとしたところで、屋敷から声をかけられた。

「ちょっと、お兄ちゃん!」

「…………なんだよ、ターシャ」

 すっ転びそうになりながら振り返るレント。

 声をかけてきたのは妹だった。

 彼女は呆れた顔で歩み寄ってくると、レントの手に箱を押しつけてきた。

「なに、これ?」

「もうっ。昨日言ったでしょ。おべんとう、作るから持っていってって」

「あれ本気だったの!?」

 レントは目を丸くする。

 なにしろ妹はどれだけ母に言われても家のことを手伝いたがらず、父にくっついて狩りに出かけたり、弓術の稽古ばかりしているのだ。

 おかげでレントの家事炊事の腕が上がること上がること。

「お前が料理をするなんてなぁ……」

「なによ。ちゃんとお母さんに手伝ってもらったから、死にはしないわよ」

「そこは、美味しいよ、とかじゃないの」

 レントは呆れるが、すぐに笑みを浮かべ妹の差し出すおべんとうを受け取る。

「ありがとう、味って食べるよ」

「うん、その……がんばってね、お兄ちゃん」

「ああ、絶対合格する」

「Aクラスだよ」

「もちろん!」

「それで、首席卒業して、王室勤務になって、私に王族の結婚相手を紹介してよね!」

「ハードすぎる!」

 おべんとう一つの対価としてはでかすぎる。

 レントは苦笑しつつ馬車に乗り込む。

「じゃあ……行ってらっしゃい!」

「うん、行ってきます」

 屋敷を出るときにもしたが、改めて言葉を交わす。

 馬がいなないて、馬車が出発する。

 次にここに戻ってくるのはいつになるだろうか。

 魔法学園で自分を待ち受ける、とんでもない事件のことなど知る由もなく、レントは妹が作ってくれたおべんとうを食べるのだった。

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