幕間2
「オーマ様。ただの乳母に過ぎない私を母さんと呼んで心配してくださるのは嬉しいのですが、あまり我を失ってその御姿を晒してはいけませんよ?」
あの後、オーマはそうサラリサに注意を受けてしまった。
てっきり彼女がオルドに襲われていると思ったのだが、どうやらそれは勘違いだったらしい。
無闇に真の姿を晒したこと、料亭を破壊してしまったことなど、諸々を反省しながらオーマはその日の床に就いた。
「……」
だがあんなことがあった所為か、どうにも寝付きが悪い。
十分ほどで起き上がり、再び部屋の電気をつけた。
「こんな時は……アレか」
オーマは部屋の押し入れ――の天井の板をはずした隠し棚から、そのブツを取り出す。
そのブツとは何か……ちなみに酒ではない。
それは一握りの才人の手によってのみ生み出され、時とともに常に進化を続ける文化の極み。
即ち、漫画本である。
「……」
押し入れの中にライトを持ち込み、家人の目を逃れて夜中に漫画を読み耽る。
それはサラリサにも秘密の、彼の数少ない趣味のひとつである。
彼と漫画の出会いは数年前。
サラリサから魔王の二代目としての英才教育を受けていた頃、受験生もかくやという濃密スケジュールに疲れ、コッソリと家を抜け出た時のことだ。
当時、ほとんど外に出ることを許されていなかったオーマには、ひとつ行きたいところがあった。
それは家の手伝いが話していた『コンビニ』なる場所。
そこはいつでもどこでも営業しており、欲しい物なら何でも揃う便利な店らしい。
買い物すらしたことのなかった彼は、一度自分で好きな物を買ってみたかったのだ。
はたして件のコンビニなるものはすぐに見つかった。
「いらっしゃいまっ……!?」
入店したオーマを見て店員は声を詰まらせていたが、彼は気にせず中へ歩みを進めた。
彼は握り締めた紙幣をクシャクシャにしながら店内をうろつき――ふと雑誌コーナーの一角で歩みを止める。
「……?」
それが本であることは一目で分かった。
しかし、オーマの知る本とは基本的に『教科書』ばかりだった。
ゆえにその棚に並んだ様々な雑誌、しかも内容もバラエティ豊かな本の数々に、彼はまず軽い衝撃を受ける。
が――
「……! ……!? !?!?ッ!?」
――真の衝撃は手に取ってみた漫画雑誌を開いて読んでみた時に訪れたのだ。
オーマの知らなかった世界がそこにはあった。
彼は夢中でその漫画雑誌を読み耽り、気がつけばそれを持ってカウンターへ向かっていたのだった。
ぱらり
昔を懐かしみつつ、オーマは幾度も読んだその漫画のページを捲る。
「……フッ」
そこでオーマの口許に笑みがこぼれる。
その表情は今日イチ癒やされたものだった。
オルドのこともあったが、その前にも襲名式があり、彼にとっても気を張った一日だったのだ。
ちなみに彼が読んでいる漫画はいわゆる学園ラブコメであった。
「ガッコー……楽しみだな」