1、でくの坊、その正体は 2
そんな一悶着もありつつ、その日は下校時刻となった。
オーマも何とか書類仕事を片づけたので、荷物をまとめて帰ろうとした……が。
「ん?」
「……」
学校の校門を出たところで、オーマはブランギとばったり出くわしてしまった。
オーマは軽く会釈してそのまま立ち去ろうとしたが。
「おい待てよ」
ブランギの方がオーマを呼び止め、足を止めた彼の肩に腕を回して逃がさないようにした。
「ちょっとそこまで歩こうぜ」
「はぁ」
ブランギの取り巻きも三人ほどいたため逃げられず、オーマは仕方なく彼らと一緒に歩き出す。
「お前なー、会長にヒイキされてるからってあんま調子乗るなよ」
「いえ、そんなつもりは」
帰り道を歩きながら、ブランギはグチグチとオーマを小突く。
「大体お前は普段からボーッとしやがって、そんなだからでくの坊なんだよ」
「スミマセン」
「少し頭を働かせれば、ウチみたいな名門校のシャツにドラゴンは使っちゃダメだって普通分かるだろ……ったく」
「はい」
オーマは律儀に頷き続ける。
だが彼の素直な態度が逆に癇に障ったのか、ブランギはますます眉間にシワを寄せる。
「お前なぁ! ちゃんと俺の話聞いて……」
「
その時、ちゃんと前を見て歩いていなかったブランギの肩が、すれ違った男の肩にぶつかった。
「あ、スミマセ……!?」
ブランギは慌てて謝ろうとしたが、相手がいかにもガラの悪いチンピラの集団であることに気づいてギョッとした。
「何すんだこのガキィ……骨折れたじゃねぇか」
「おいおい大丈夫かよお前ぇ~」
「ビョー院行くかビョー院」
チンピラは五人。彼らはお仲間同士で見え透いたウソのお芝居をしつつ、ブランギたちを取り囲んで退路をふさいだ。
そして、先程ブランギにぶつかったハーフゴブリンが一歩前に出た。
どうやら彼がこのチンピラ集団のリーダーらしい。
「落とし前どうつけてくれんだあぁん?」
いかにも喧嘩慣れしたリーダーは、そのデコボコの顔を近づけてブランギに凄んでみせる。
「あ、えっと……」
ブランギは冷や汗を流しながら口ごもる。
彼も彼の取り巻きもチンピラに囲まれ、身を竦ませて怯えきっていた。
中には足を震わせている者もいるが……ひとり、なんとなく一緒に囲まれたオーマだけは平然とした顔をしていた。
「黙ってりゃ許されると思ってんのかぁ? 人の骨折っといてよぉ?」
「アニキ、こいつらクラ高の生徒ですぜ」
「へへへ、それじゃあ親は金持ちなんだろ~な~?」
骨が折れたというのはどう見てもチンピラのウソ。
これが強請りだと分かっているが、相手の強面に腰が引けて何も言えない。
「ちょっと兄ちゃんそこの路地裏行こうや」
そう言ってチンピラはブランギの制服を掴もうと手を伸ばす。
が――その横からオーマが腕を伸ばし、チンピラを遮った。
「あン?」
「……」
今度はオーマがチンピラに睨まれるが、彼は生徒会にいる時と同じく相変わらずぼんやりとした顔をしていた。
「あの、先輩がそちらにぶつかったのは俺の所為なので」
「ハァ? 何だじゃあテメェが責任取ってくれんのか?」
「……ウス」
オーマは小さく頷き、まだ右往左往しているブランギたちの方を振り返る。
「先輩たちはどうぞ先に帰っててください」
「あ、ああ、けどお前……」
「大丈夫ですから」
若干躊躇いは見せたものの、オーマの言葉に促されてブランギたちはそそくさとその場をあとにした。
そうしてその場にはオーマとチンピラが残される。
「……で? どう責任取ってくれんだ? こっちは骨折れてんだぞ骨ぇ、治療費と慰謝料払えや」
「そうですか……」
オーマは懐から財布を取り出す。
「これで足りますか?」
そう言って彼が差し出した財布はお札がぎっしりと詰まっていた。
「うぉ……!」
その財布を見て強請った側のチンピラも思わず呻いた。
「これで勘弁してもらえませんか?」
オーマはそこで深々と頭を下げる。
あからさまなイチャモンに対し、この平身低頭ぶり。
周囲からはそれがいかにも弱気な小心者に見えることだろう。
だが、見る目のある者ならば、彼が終始落ち着き払っており、突然のトラブルにも眉ひとつ動かしていないことに気づいたかもしれない。
「へっへへっ、いいやぁまだ足りねぇなぁ」
しかし、ただのチンピラたちにそこまで見抜く目はなかった。
それどころか欲張った彼らは、さらに金を脅し取ってやろうと考えたようだった。
「……生憎、今はそれしか手持ちがないので」
「だったら親に出してもらえや」
「……いえ、それは」
そこで初めてオーマはほんの少し口ごもった。
「いいから家案内しろや。どうせどっかのボンボンなんだろ?」
チンピラたちはオーマを逃がさないように囲み、彼の家まで道案内をさせる。
彼らの行動はカツアゲにしてもリスキーだったが、オーマの差し出した財布があまりに分厚かったため、この金蔓を逃がしてなるものかという心理が働いたようだ。
道中、オーマは無言で歩き続けた。
そんな彼をチンピラたちはニヤニヤと笑い、時折小突く。
「……」
それでもオーマは平然としていた。
やがて辿り着いた彼の家は広い庭付きの一軒家だった。
いかにも裕福そうな家を見て、チンピラたちはここからいくら金を毟り取れるかと期待に胸を膨らませ、口許をだらしなく歪ませた。
が、その笑みが引き攣ったのは、オーマの家の玄関が開くまでだった。
「お帰りなさい」
オーマを出迎えに現れたのは、身長二メートルを超える
腕も脚も胴も太く、どこも筋肉質で、尖った鼻先から頬にかけての一本傷は、明らかにその肉体が実戦で鍛えられたものと物語っている。
その圧倒的な〝暴〟の気配に、先程のブランギたちのようにチンピラたちは竦み上がる。
「……?」
一方、蜥蜴男の方も思わぬ団体客に首を傾げていた。
彼はオーマへと視線を向けて。
「二代目、そちらはお友達ですか?」
と、尋ねた。
その丁寧な物言いは、蜥蜴男よりもオーマの方が目上の人物であることを示していた。
「俺の客だ。こちらさんに少し御迷惑をかけちまってな、詫びの印にもてなしてやってくれ」
「なるほど……そういうことでしたら、どうぞ皆さんこちらへ」
オーマの指示を受け、蜥蜴男は丁寧な仕草でチンピラたちを家の中へと招いた。
「あ、あ、いや、俺たちは別にその……な?」
「そうそう別に、そんな、迷惑なんて、なぁ?」
一方、チンピラたちは想定外の事態にすっかり逃げ腰になっていた。
だがしかし、彼らが断ろうとすると、蜥蜴男は爬虫類特有の鋭い眼光をさらにギラリと光らせる
「あんた方……まさかこちらの誘いを断るつもりで?」
「いえいえいえいえいえいえ!」
慌ててリーダーは首を横にブンブン振った。
もう逃げるわけにもいかず、彼らは蜥蜴男に促されるままに室内に入る。
「俺は着替えてくるから、先に客間に通しておいてくれ」
「はい」
靴を脱いですぐオーマはチンピラたちの前からいなくなる。
「ではどうぞこちらへ」
蜥蜴男は丸太のような腕でチンピラたちを促す。
「~~~~」
長い廊下を歩く間、チンピラ五人は互いに肩を寄せ合っていた。
気分としてはもはや怪物のはらわたの中にいるようなものだろう。誰もがブルブルと震えまくり、悲観的な者は「もう生きて出られないのでは?」とさえ考えていた。
やがて彼らは畳敷きの大広間に通される。
大広間の中央には大人数で食事をするための長机があって、蜥蜴男はそこに五人分の座布団を敷いた。
「こちらでお待ちください」
言われるがままチンピラたちは座布団に座る。正座だった。
「!?!?!?!?!?」
そこでふと大広間の壁にかけられた額縁を見上げた彼らは、ついにこの日最大の驚愕に襲われることとなる。
その額縁に入れられた半紙には、見事な達筆でこう書かれていた。
『四天会』
ケチなチンピラでもその名は流石に知っていた。
それは大戦直後のまだ魔族に対する偏見の強い時代に、社会的立場の弱い魔族同士が互いに助け合うために作られた互助組織のひとつである。
彼らは歴史的必然によって日なたを避けて闇に溶け込んだ。
やがて表社会で処理できない裏稼業を取り仕切るようになり、裏社会で着実に勢力を伸ばしていった。
今や四天会は大陸東部の裏社会を牛耳る大組織である。
構成員は数万人を数え、その幹部にはかつての魔王四天王の直系が名を連ねる――まさに東の
無論ただのチンピラなど四天会と比べたら蟻か蚤に等しい。
「……………………え!?」
そこでチンピラのリーダーははたと気づく。
先程オーマは蜥蜴男から「二代目」と呼ばれていた。
こういった組織でそのように呼ばれる立場の者は限られている。
(てことはあのボケッとしたガキはまさか、四天会幹部の息子!? いや、それともまさか四天会のボスの息子!?)
リーダーがその事実に気づくと同時に大広間の戸が開き、仕立てのいい部屋着に着替えたオーマが現れる。
「ススススススミマセンでしたああああ」
オーマの姿を認めるや否や、リーダーは畳の上でスライディング土下座を決めた。
その素早い動きに、残りの四人も慌ててそれに続く。
「ままままさか四天会のボスの息子さんに無礼を働くつもりは……」
「バカ野郎!!」
必死に謝る男たちに対し、突然怒声を吐いたのは隣で話を聞いていた蜥蜴男だった。
このチンピラたちがオーマに無礼を働いたと聞いて、四天会の一員らしき彼が怒るのは当然の反応である。
しかし、次に蜥蜴男が口にしたのは、またしても男たちの予想を裏切る言葉だった。
「ウチの大将をガキ扱いするつもりかテメェ!」
「え?」
あまりの驚きに、思わずチンピラは顔を上げる。
「大将って……じゃあまさか!?」
「そうだ!」
蜥蜴男は憤慨した様子で答える。
「――この御方は初代魔王様の魂を受け継いだ全魔族の王、二代目魔王様だ!」