第二話 今日から俺は王女のヒモ? 6

 ――王都城下、庭園。

 暗闇に星々が輝く夜、フウタとライラックの姿は庭園の広場にあった。

 ここは王族の私有地で、ライラックの手により人払いは済んでいるとのこと。わずかに人の気配はしたものの――彼女は、それを些事だと言ってコンツェシュを構えていた。

「良いんですか?」

「ええ。楽しみましょう」

「王女様がそうおっしゃるなら、全力で」

 フウタはライラックと同じようにコンツェシュを手に取る。

 瞬間、風が放たれるかの如くフウタの空気が変わった。

 それが闘気と呼ばれるものであることを、ライラックは今日知った。

「……良い、心地です」

 ライラックは一度瞳を閉じ、噛みしめるように言った。視界が遮られていても分かる、正面に立つ男の気迫。自分よりも熟達し、洗練された剣技を持つ男の気力。

 目を開き、コンツェシュを振るう。

「――はじめましょうか」

「はい。いつでもどうぞ」

 立ち上がりは今朝とまるで同じだった。

 ブレるように掻き消えたライラックが、死角から風を纏って刺し穿つ。首を傾け紙一重で回避したフウタを、逃がさないとばかりにコンツェシュが薙ぎ払われる。

 突きに伸び切った剣が無造作に横一閃。

響くは鉄。弾けるは火花。自らのコンツェシュで受け止めたフウタは、そのままいなすように剣を薙ぐ。利き腕とともに剣を払われ、バランスを崩したライラック。

 しかし、くるりと背を向けるように回転。続く二撃目を、勢いのままに突いた。

 体勢は悪いが、この速度でリカバリーしたライラックの剣は、そうそう受けきれるものではない。現に、この国の人間相手には絶対に放つことが出来ない技だった。

 対応しきれず、為す術もなく倒れてしまう。だから、ライラックは口角を上げた。

「――涼しい顔をするものです」

 微動だにせず、一瞬で狙われた喉元にコンツェシュを合わせるフウタ。

 防戦に回らせたこの刹那、畳みかけるようにライラックはコンツェシュを振るっていく。

 刃を交える音が響く響く響く響く――。飛び散る火花に臆することなど欠片もあり得ず、むしろその火花すら使って目を晦まし、自分に有利な状況を生み出そうとする獣のように。

《宮廷我流剣術:雨(デシュツ)》

 手先が二十三十にも増えたように錯覚させるほどの最速剣技は、スプレッドのように拡散し敵を穿つ。雨と名付けたのは、雨を全て避けるような人間はこの世に居ないから。

 だが、とライラックは、相手と視線を交差させた。

 ――貴方は、違うのでしょう?

《模倣:ライラック・M・ファンギーニ=宮廷我流剣術:雨(デシュツ)》

 ガガガガガガ、と鈍い音が一瞬に、篠突く雨のように響き渡った。

「ふふ、あはは!」

 ――楽しい。朝、フウタと初めて試合った時もそうだった。自分の全力に、全て応えてくれるような剣の応酬。今までのライラックの研鑽を肯定し、あまつさえ、まだ“上”があるのだと教えてくれるその能力と技量。

 ライラック・M・ファンギーニという少女は、この王国にあって最強の剣士だ。

 誰も彼女に敵わなかった。そして彼女の持つ闘気と高貴なる者の威圧。強い精神と高い教養が合わさって、誰もが彼女を遠ざけた。何一つ、敵いっこないと彼女を避けた。故に、彼女はあらゆる努力を一人で進めた。

剣技に限らず、ありとあらゆるものへの研鑽は全て一人だった。だからだろう。たった一つ。剣技という枠組みにだけ、フウタという“格上”が現れてくれたことに歓喜した。思わずあの時、身を隠すための外套を、邪魔だからと放り出してしまうほどに。

半身を逸らしてライラックの刺突を難なく回避したフウタは、そのままコンツェシュを振り上げた。不味い、と背を投げ出すように横転して回避。

 振り下ろされるフウタのコンツェシュが空を切る。

「ちょ、王女様!? そんな、地面を転がるなんて」

 目を見開くフウタに、ライラックは髪を払う。

 ふぁさり、とその銀世界のような髪が夜の星々に反射して煌めいた。

「あとでシャワーを浴びますから、どうとでも」

「俺の認識が間違いじゃ無ければ、王女様ってもっと髪とか大事にするものだと」

「確かに貴方の見解に相違はありませんが……」

 コンツェシュを改めて構え、ライラックは告げる。

「優先順位は先ほど言った通りです。ここで全力を出す方が、正しい」

 すると、フウタは小さくため息をついてから、顔を上げた。

 覚悟が決まったような、そんな表情。

「……分かりました」

「分かりましたか」

「ええ、ですので」

 コンツェシュを構えるフウタの瞳が、爛と輝く。

「――全力でお相手しましょう」

 瞬間、溢れんばかりの闘気。

 それを一身に浴びて、ライラックは震えた。恐怖ではない。武者震いかと言われれば、部分的にそう。引き絞られるような、強い威圧――それが、痛いほど心地いい。

 歓喜の情、とでも言うのが一番近い。朱に染まり上気した頬。幸い、夜の闇に紛れてフウタには見えないだろう。熱く息を吐き、改めてライラックは構えた。

 これだから、たまらない。

 目の前のフウタの姿が掻き消えた。彼は全力だと言っていた。なら、ライラック同様、本気で剣を振るうはずだ。ライラックはその場でコンツェシュを、背後に振り抜く。

 鈍い鋼の音が、静かな夜に響き渡った。

「よく弾きましたね、王女様」

「気配を察するのは得意なのです」

 背中に感じた気配通り、フウタのコンツェシュが閃いた。

 それを払うだけで、びりびりと手に震えが走る。

「ならば――これでも、受けなさい!!」

《宮廷我流剣術:雷霆(グリジュモッド)》

 閃く刃は雷の如く。至近距離で放たれる、腹部付近から貫くように喉元へと迫る刺突。

「見えていますよ」

《模倣:ライラック・M・ファンギーニ=宮廷我流剣術:雷霆(グリジュモッド)》

 フウタの放った一撃は上から。下から突き上げたライラックとぶつかり合い、はじけるように反動で下がる。――痺れる腕が心地良い。

「……はぁ、はぁ」

 息が上がっていたことにすら、気が付かなかった。

 運動量、スタミナの管理も覚束ないほどに没頭していた。

「……楽しい、では、ありませんか」

 自然と、彼女の口角が上がる。呼応するように、ぴくりとフウタの眉が動いた。

「貴方と剣を交える度、自分の至らない所、届かない所が手に取るように分かる」

 ライラックはフウタを貫くように剣を突き出した。――それも、彼によって弾かれる。

「これはどうか、これはどうか、どんなことを試したとて、貴方の牙城は崩れない」

「それは」

 フウタは口を挟もうとした。崩れない牙城は、楽しめるのかと。甦るコロッセオの記憶が言う。お前の戦いはつまらない、と。だが、目の前の彼女は違ったのだ。

「――だから、崩してみたい!!」

 剣を振るう。フウタが弾く。振るう、弾く、振るう、弾く。

「いつか。絶対に。崩してみたい! 貴方の剣は、そう思わせる!」

「俺の、剣が」

「ええ。貴方を、貴方の剣を超えた先に無限の達成感がある。そう感じる。だから!」

 ライラックの手から、コンツェシュが弾かれた。

 フウタのコンツェシュが、彼女と全く同じ技で以て、打ち払ったのだ。

 からからから、と地面を滑るコンツェシュを眺めて、ライラックは息を吐いた。

「――今宵はこれまで。ですが何度でも。貴方と立ち会っていたい。分かりましたね?」

 そう、儚げな笑顔で紡がれる彼女の言葉。まだ実感は湧かなかったけれど。それでも、彼女の気持ちは剣を通じて伝わった。

「分かりました。俺で良ければ、いくらでも」

「よろしい」

 そう、互いに笑みを見せて。――初めての逢瀬は、終わりを告げた。

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