〇第一章 救助隊員の仕事 5
探索は比較的に順調に進んだ。
が──全く問題がないわけではない。
「三階層でモンスターを呼び出すトラップに掛かった冒険者には驚いたわね」
「ああ……低級とはいえ、道を塞ぐほどの魔物がいるなんてな……それと四階層も……」
「空腹でぶっ倒れてた冒険者ね……」
「三日三晩迷い続けてたらしいな。……魔物の餌にならなくて良かった」
そんなこんなで、俺たちは各階層で冒険者たちを助けつつ、五階層へと繋がる階段を発見した。
「ここを下りれば五階層だな」
「情報通りなら依頼人はここにいるはずよね」
だが、五階層からは
つまり俺たち自身が経路を把握しながら、要救助者を探さなければならないのだ。
「報告の通り依頼人が怪我を負っているなら、広範囲にわたる行動は不可能だろうな」
「状況を考えれば、どこかに留まり身を隠しているはずよね」
「そうだ。見落としのないように探索を始めよう」
話をしながら、カタン、カタン──と、数分ほど階段を下り続けて。
「ここが……」
ようやく終わりを迎えたその先に広がっていたのは、これまでとは全く違う世界だった。
「本当にダンジョンの中なの?」
地面には草が生い茂り、信じられないことに木々が立っている。
流石に青空や太陽までは見えないが、本当に大森林の中にいるようだ。
「まるで異世界に迷い込んじゃったみたいね……」
「……五階層の正確な
「変化するダンジョンというのは、ただの噂じゃないみたいね」
永遠の魔窟の五階層以降は、階層内の構造が常に変化を続けているらしい。
実際に自身の目で見ると現実味を帯びてくる。
「……何が起こるかわからない。警戒して進むぞ」
「了解」
言葉少なに返事をしたカレンの顔が引き締まる。
俺たちは慎重に足を進めた。
魔物たちの気配はない……が、草を踏む度にみしみしと音が鳴る。
すると前方から駆け出す音が聞こえてきた。
(……魔物が向かってきたか?)
その音は徐々に大きくなって、
「っ──」
人型の狼が姿を見せ、周囲を窺うように見回した。
(……こんな上層にワーウルフ?)
他のダンジョンであれば中層以降で出現してもおかしくはない、戦闘能力の高い魔物だ。
俺たちは、その場で足を止めた。
息をひそめてワーウルフが過ぎ去るのを待つ。
たとえば先程のように、何かを踏みしめてしまった際の足音。
自身の気配を遮断しようと、環境音までは消すことができない。
その位置に何かがいると判断すれば、直感の鋭いモンスターが攻撃を加えてくる。
「グゥゥゥゥゥ!」
口元から
(──こいつ、めっちゃ腹空かせてんじゃん!?)
すっげぇ「エモノ、ドコ? オレ、ハラヘッタ!」みたいな顔してやがる!
(──これなら、
やばい……こっちに近付いてきやがった。
(……まさかバレたのか……! うおおおおっ、よ、
緊張から喉が渇く。
空気が重く
が、その信頼と並ぶほどに、魔物の本能が恐ろしいものだという危機感が拭えない。
──ぎゅううう。
強く手を握られた。
カレンが俺を見つめる。
自分の力を信じろと俺に伝えるみたいに。
(……カレン)
返事の変わりに俺もカレンの手を強く握り返す。
それから少しして、何事もなかったようにワーウルフはこの場を離れて行った。
しばらくの間、俺たちはその場から動かずに様子を見て……。
「はぁ……」
安全を確認してから小さく息を吐いた。
「……一瞬、気付かれたのかと思ったでしょ?」
「お前は、そう思わなかったのか?」
「思ってないわよ。あんたのこと信じるから」
カレンの言葉が、態度が、そんなこと当然だと訴えている。
「ははっ」
「なに笑ってんのよ」
「悪い。でも、ありがとな」
「別に……感謝されるようなことじゃないでしょ」
感謝されたことを照れるように、カレンが俺から目を逸らした。
「またあいつが戻ってくるかもしれない。その前に先に進みましょう」
「わかってる。……カレン、気付いたか?」
「何を?」
「あいつの爪──人を引き裂いたのか血がついてた」
既に固まっていたことから、時間が経過していることがわかった。
「襲われた人がいるってことね」
「その可能性が高い。ワーウルフが来たのは向こうからだったよな」
足を進めながら、俺たちは何か
「罠にも気を付けろよ」
「わかってるわよ」
冒険者たちにより探索が進んでいる四階層は、仕掛けられた罠の多くが
だが五階層からは別だ。
正確な
そこに罠が仕掛けられていてもおかしい話ではない。
「……早速、見つけた」
「これは……明らかにおかしいわね」
草で覆われた地面が変に膨らんでいる。
踏めば発動するトラップだろうか?
「……こっちは避けて進んでも良さそうだな」
「ええ。……あれ? ……ねえ、レスク、この臭い……」
「ああ……獣臭だな」
北東のほう……かなり強烈だ。
明らかに何かがある。
「行くしかないわよね」
「そうだな。……今のところ手掛かりはこれだけだ」
広大な迷宮の中で、要救助者を助けるヒントがあればと臭いを辿る。
木々の間を抜けると少し開けた場所に出た。
(……これは──)
そこには数体の魔物が倒れ伏していた。
状況を見るに、ここで戦闘があったことは明らかだった。
ならその戦闘を行った者は──
「……オルフィナ、もういいからオレを置いて逃げろ」
「アーマさん……だって、あなたはわたしのせいで……」
声が聞こえて駆け出す。
オルフィナとアーマ。
二階層で会った冒険者が口にしていた名前だ。
「だれっ!?」
振り返った少女の恐怖に揺れる瞳が俺を捉えた。
「安心してください。俺たちは
「同じくカレン・アリスブールよ。救助要請を送ったのはあなたたち?」
答えながら、俺たちは状況を確認していく。
「
「まさか……本当に、来たのかも?」
俺たちの姿を見てオルフィナの瞳に希望が宿る。
対してアーマは驚きに目を見開いていた。
俺たちが
「今の口振りから察するに、キサラ・ローレンスを
「……はい。わたしが
その沈痛な表情を見れば、彼女の謝罪が心からのものであることは理解できた。
「なんでそんな嘘を吐いたのよ? 正確な情報がなければ、
カレンの声音には苛立ちが宿っていたが、それは当然だろう。
こちらは
実際、今回の
「……それは……」
「キサラの名前を利用すれば……
答えたのは剣士アーマのほうだった。